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第三百五十四話 祭りの後(三)

 神木神威こうぎかむいは、幻板げんばんに表示された数々の報告に目を通しながら、けわしい顔になっていくのを止めようという気さえ起こらなくなっている自分に気づいた。

 今年に入ってからというもの、戦団による央都おうと守護の在り方そのものに疑問をていしかねないかのように幻魔災害げんまさいがいが頻発し、多大な被害を撒き散らし続けている。

 対抗戦決勝大会、虚空事変、天輪てんりんスキャンダル、そして、今回の未来河みらいがわ花火大会の真っ只中に起きた大事件。

 いずれもが、ここ数年、サタンの手引きによって頻発ひんぱつするようになった幻魔災害がもたらした多数の被害を、軽々と、そして大きく上回るほどの規模だ。

 そしてそれらが全て、〈七悪しちあく〉の首領にして特別指定幻魔壱号サタンと関連していることは、疑いようがなかった。

 対抗戦決勝大会の閉会式中に起きた幻魔の大量出現。あの事件は、戦団が徹底的に調査追及したものの、しばらく原因不明のままだったが、〈七悪〉の存在とその行動理念が明らかになった今となれば、サタン一派の仕業としか考えられなかった。

 なにより、海上総合運動競技場で観測された固有波形が、〈七悪〉の〈クリファ〉を抜け出した直後の皆代幸多から検出されていたのだ。

 サタンともバアル・ゼブルともアスモデウスとも、マモンとも異なる固有波形――消去法によって、アザゼルの固有波形と断定された。

 アザゼルの固有波形は、光都跡地で麒麟寺蒼秀と激突した際に観測し、記録されている。その際に観測された固有波形は、やはり、競技場や皆代幸多から検出されたものと一致している。

 つまり、対抗戦決勝大会の幻魔大量出現も、〈七悪〉の仕組んだことになる。

 サタン一派は、〈七悪〉に相応しい鬼級幻魔を生み出すべく、様々な手を打っている。

 今回の新種の幻魔が多発したのも、その一つなのではないか、というのが神威たち護法院ごほういんや戦団上層部――戦団最高会議の出した結論だった。

「今回の災害における市民、導士含めた死者の数は五十四名。重軽傷者は、その十倍を超える。近年、類を見ない被害だ」

 情報局長・上庄諱かみしょういみなの声が幻板越しに聞こえてくる。見れば、彼女もまた、厳しい顔つきで作業を行っている最中だった。

 戦団本部棟・総長執務室。

 室内には、神威と総長特務親衛隊の導士たちだけがいて、虚空に浮かぶ無数の幻板が、戦団最高幹部たちと彼を繋いでいた。

「五十四名か」

 神威は、苦い想いで、報告書を閲覧し続ける。そこには、今回の災害で命を落とした市民の氏名が記されており、導士たちの所属軍団、階級、名前も並んでいる。

 その中には、若く、将来有望な導士もいた。

 皆、新種の幻魔によって、その未来を奪われたのだ。

 機械型と呼称している新種の幻魔は、いずれも獣級じゅうきゅう幻魔になんらかの改造を施したものばかりだった。

 だが、たかが獣級幻魔とあなどってはいけない。

 機械型幻魔は、天輪技研が鬼級幻魔アスモデウスの知恵と知識を得たことで完成させた、鬼級幻魔にも匹敵しうる戦闘兵器、人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサと同等の機構が組み込まれていたのだ。

 そして、それによって、機械型幻魔は、二つの心臓を持っているということも明らかになった。

 幻魔本来の心臓たる魔晶核ましょうかくと、イクサの動力機関であるDEMコアである。魔晶核を破壊するだけでは絶命することはなく、DEMコアも損壊しなければ、機械型が活動を停止することはない。

 二つの心臓の内、どちらか一つでもあれば、それだけで戦い続けられるのだ。

 しかも、DEMシステムによってその能力を最大限に発揮した機械型は、獣級どころか妖級ようきゅうに匹敵するほどの力を見せた。

 星将せいしょう煌光級こうこうきゅうの導士たちにとっては相手にもならないような存在ではあったが、輝光級以下の導士にとっては強敵としか言いようのない相手でもある。

 故に、数多くの死者が出てしまった。

 特に今回は、市内各所で同時多発的に幻魔が出現したことも大きいだろう。

 未来河近辺の数十カ所に百体以上の機械型が現れたのだ。

 当時、現場は、花火大会の真っ只中であり、見物客で満ち溢れていた。それこそ、葦原あしはら市のみならず、央都中から数多くの市民が集まっていたのだ。

 未来河花火大会は、央都の夏の風物詩である。

 央都市民ならば一度は生で見たいというのが、人情というものだ。

 それそのものは、悪いことではない。

 それどころか、市民が平穏と安寧あんねい謳歌おうかできていることの証明であるといえるのだから、戦団としても止めるわけにはいかない。いかに最近幻魔災害が頻発しているからとはいえ、恒例の行事を止める理由にはならないのだ。

 だが、その結果、被害が拡大したということはいうまでもない。

 未来河周辺の河川敷、土手、道路――どこもかしこも見物客で賑わっており、幻魔災害が発生した瞬間、逃げ惑う人々によって大いなる混乱が起きたのは、必然以外の何物でもなかったのだ。

 誰もが一目散に逃げようとした結果、足の引っ張り合いのような形になり、挙げ句、負傷者が続出してしまった。

 突如幻魔が出現すれば、動転し、正常な判断ができなくなるものである。

 いざというときのために携帯していた法器を展開し、空中に逃げた市民も少なくはないのだが、しかし、それも必ずしも正しい判断とはいえない。空を飛ぶ幻魔も少なくなければ、必死に逃げようとするあまり多量の魔力を用いてしまう可能性だって考えられた。

 幻魔は、魔素質量の大小によって、その攻撃対象を決める。

 導士がその場にいれば、大抵の場合は導士に牙を剥き、集中するのだが、導士がいない場合はどうなるかといえば、逃げ惑う市民の中でも特に魔素質量の大きな人間を選び、襲いかかるのだ。

 だから、たとえその場から離れるための飛行魔法とはいえ、魔法の使用というのは、極力避けたほうがいい――と、されている。

 央都市民はそのように教わり、学ぶ。

 戦団の導士は、その逆だ。

 幻魔災害が発生した場合には、多量の魔力を錬成しろ、と学ぶ。

 それによって幻魔の意識を自分たちに向けることが出来、市民が避難するための時間を稼ぐことに繋がるからだ。

 戦団は、市民の杖であり、盾である。

 今回の大規模幻魔災害でも、市民の盾となって命を落とした導士は多い。

「未来河近辺だけで三十万人以上の人出だったという話ですが」

「それを踏まえれば、少ない方ではあるが」

 伊佐那麒麟いざなきりん相馬流陰そうまりゅういんも、幻板を通してこの会議に参加している誰もが深刻な表情だった。

 それはそうだろう。

 ここ数年、いや、この半年余り、央都の秩序が乱れに乱れている。

 戦団が徹底して敷いてきた鋼の法、鉄の秩序が、幻魔災害の連続によって、根底から崩壊しようとしているかのようだった。

 戦団のやり方が間違っていたのか。

 だとすれば、どこでどう間違えたというのか。

 ほかにもっといいやり方があるのではないか。だとすれば、それはどのような方法で、それは、どうすれば実現できるというのか。

 神威は、葦原市各所の被害状況を映像で確認しながら、考えこむしかない。

 未来河周辺の被害は、どこもかしこも強烈なものであり、復旧作業に多数の魔法士が動員されていた。特に万世橋ばんせいばしを始めとする交通機関の復旧作業は手早く行わなければならず、戦団の導士たちも借り出されている。

 高層建築物が倒壊し、道路に大穴が開き、家屋が薙ぎ倒され――市内各所、様々な場所に今回の大災害の爪痕つめあとが刻まれている。

 それらの復旧作業が終わるまで、それほど大した時間はかからないだろうが。

「被害の程度は問題ではあるまい」

 神威は、戦団最高幹部の顔を見回し、告げた。

「〈七悪〉に対し、我々が後手に回らざるを得ない現状こそ、問題だ」

「では、どうする? なにか解決策でも思いついたのか? 奴らの居場所は不明だ。闇の世界などという〈くりふぁ〉の所在地すらわかっていない。いや、わかったとして、我々に打つ手があるとでも?」

 諱が冷徹そのものの言葉を投げかけてきたが、神威は、それも重々承知だった。

 戦団が全力を上げても、ノルン・システムの全能力を駆使しても、〈七悪〉の所在地、つまり〈殻〉の座標は不明のままだ。

 彼らの拠点たる〈殻〉が存在していることは、判明している。皆代幸多がサタンの転移に巻き込まれたことで、明らかになった。〈七悪〉の存在も、だ。

 特異点。

 神威の脳裏にその言葉が浮かんだ。

 アザゼルが、彼のことをそう呼んだ。

 皆代幸多である。

 なぜ、〈七悪〉が彼をそう呼び、特別視するのか。

 それは、彼が完全無能者だからなのだろう、と、誰もが想う。しかし、それだけではないのではないか、とも、考えるのだ。

 彼こそ、この状況を打開しうる存在なのではないか。

(それは……都合よく考えすぎだな)

 神威は、幻板に映された皆代幸多の戦いぶりを一瞥いちべつし、頭を振った。確かに、魔法不能者らしからぬ戦いぶりではある。最新鋭の兵器を使っているとはいえ、だ。機械型幻魔を相手に健闘し、撃破している。

 彼が戦団の将来を背負うようになる、とは、日岡イリアの言だが。

「ないが……いざとなれば、おれが出るまでだ。それで、全て決着がつく」

 神威の宣言には、さすがの護法院の面々も眉をひそめるしかなかった。

 総長特務親衛隊の面々も、唖然とするしかない。



「結局、全滅しちまったのかよ。つっまんねえ」

 バアル・ゼブルがマモンの部屋を出て行ったのは、全てを見届けてからのことであり、そのことにアザゼルは苦笑せざるを得なかった。

「言葉の割りには、興味津々だったようだが」

 もっとも、と、アザゼルは、マモンの周囲に浮かぶ映像板を見回しながら、バアル・ゼブルの興味の矛先が改造幻魔などには全くなかったことも理解していた。

 映像板の一枚は、一人の少年をとらえている。

 皆代幸多。

 特異点の少年は、なんらかの魔機まきを装備し、それによって完全無能者でありながら改造幻魔をも撃滅げきめつせしめたようだ。

 そして、それがバアル・ゼブルが唯一興味を引いた瞬間だったようでもある。

「しかし、彼のいうことももっともだ。百体もの幻魔を出した挙げ句、なんの成果も得られなかったのではね」

「まだまだ開発中だからね。ほとんどがアスモデウスのお下がりだったし。これからだよ」

 マモンは、しかし、満足げに映像板を見ていた。彼の見ている映像板には、改造幻魔の死骸が映し出されている。

 下位獣級幻魔アーヴァンクの死骸であり、それを撃ち抜いたのは、皆代幸多だ。

「それに……ほら、面白いものを見つけたんだ」

「ほう?」

 アザゼルは、マモンがもう一枚の映像板を展開するのを見て、目を細めた。

「なるほど……三つ目の特異点、か」

「無駄じゃなかったでしょ」

「まあ、そういうことにしておいてあげようじゃないか。アスモデウスの顔に免じてね」

 マモンの得意げでどうにも子供じみた言動に対し、アザゼルは、いつもどおりの軽薄な笑みで頷き返した。


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