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第三百四十九話 新兵器(七)

「お兄ちゃん、大丈夫かな」

 愛理あいりがだれとはなしに問いかけるようにつぶやいたのは、避難所でのことだ。

 避難所は、央都おうと四市いずれであっても市内各所に点在しており、どんなときであって多数の市民を受け入れられるようになっている。

 葦原あしはら市、出雲いずも市、大和やまと市、水穂みずほ市――いわゆる央都四市のいずれもが、幻魔げんま災害の発生を前提として、計画的に開発された都市だからだ。

 あらゆる場所の道幅が広いのも幻魔が出現した際、討伐しやすくするためだったし、建物の高度制限があるのも幻魔災害の二次、三次被害が少なくなるようにという考えによるものだ。もっとも、その高度制限が徹底されているのは、葦原と出雲の二市だけではあるのだが。

 そして、央都四市の最大の特徴として、地下通路の存在がある。

 央都四市の地下には、迷路のように入り組んだ通路が存在しており、それらは市民の住居を始め、市内に存在するあらゆる建造物や、市内各所に点在する昇降口と繋がっているのだ。

 幻魔災害の発生が確認されると、その周囲一帯に避難警報が響き渡る。それは、市民が携帯しているであろう多目的携帯端末を始めとする様々な機器、市内各所に設けられた警報装置等から鳴り響く。

 そして、それらの機器は、市民を最寄りの避難所へと誘導するために機能する。

 避難所は、各市の地下に無数に用意されていて、幾重にも張り巡らされた魔法金属製の堅牢な防壁によって守られている。その内側にいれば、決して幻魔に襲われることはないだろうという安心感を誰もが覚えるほどに厳重であり、頑丈だった。

 実際、愛理たちは、避難所に足を踏み入れた瞬間、ほっと胸をなでおろしたものだ。

 昨今の央都四市での生活と避難所は切っても切り離せないものであり、愛理などは、物心ついたときには、避難所に逃げ込み、戦団の導士たちによって幻魔が退治されるのを待つ時間を経験している。

 この六年、幻魔災害が頻発するようになると、当然ながら避難所が活用されることも多くなった。

 それまで、央都各所に数多く設けられていた避難所の存在は、央都政庁を批判し、非難する際に用いられる争点の一つだった。

 なぜならば、央都市内で幻魔災害が発生することがそこまで多くはなく、ましてや央都が外敵に攻め込まれることもほとんどなかったからだ。

 避難所の維持費だけでどれだけの税金が使われているのか、などと激しく非難していた人々は、しかし、幻魔災害が頻発するようになると、自分たちが発した言葉も忘れてしまった。

 いかに央都政庁、引いては戦団を批判していようと、自分の身の安全を護るために避難所を利用しない理由がないのだ。

 避難所の存在は、ここ数年の間で市民に強烈な印象を与え、戦団がいかにして央都の未来を考え、市民の安全のために尽力じんりょくしているのか、身をもって思い知ったのである。

 央都の開発を主導したのは、戦団である。

 戦団が将来の央都に起きるであろう幻魔災害への対応策を考えていたからこその避難所であり、市民の安全が保証されているのもまた、戦団が血反吐ちへどを吐くような思いで戦い続けているからだ。

 などと、圭悟は思いながらも、愛理が外の様子がわからないという事実に不安を覚えるのも当然だと考えた。

 広い広い避難所内には、圭悟たち五人だけでなく、数多くの市民が肩を寄せ合うようにして、幻魔災害が収まるのを待っていた。

 つまりは、幻魔が戦団の導士たちによって、地上で暴れまわる幻魔たちが討伐されるのを待っているということだが。

 避難所の天井から降り注ぐ照明の光は、避難者の不安を和らげるように優しく、穏やかだ。広い空間内に所狭しと集まった人々は、それぞれ小さな集団に分かれ、せっかくの花火大会が幻魔災害によって中断されてしまったことに憤慨ふんだいしつつ、導士たちの無事を祈ったり、どうにかして地上の様子がわからないものかと話し合っている。

「絶対に大丈夫よ、皆代みなしろくんなら」

 愛理の不安を紛らわせようと、真弥まやが微笑みかけた。愛理が幸多のことを兄のように慕っている理由は、彼女の口から熱っぽく聞かされている。幸多が彼女のために力を尽くしたという話もだ。

 愛理にとって幸多はヒーローの中のヒーローだともいっていた。

 それくらい強い思い入れのある相手であっても、心配になってしまうのは、当たり前のことだろう。どれだけ幸多が超人的な身体能力を誇っているからとはいえ、相手は幻魔だ。人類の天敵であり、破壊と殺戮の化身。

 わずかな油断が命取りとなるような相手なのだ。

 さらにいえば、不安にならざるを得ないような話が聞こえてきたからでもある。。

 新種の幻魔が出たらしい、だの、普通のガルムじゃなかった、だの、機械と融合した化け物だった、だの、避難者の話し声が真弥たちの耳にも入ってきたのだ。

 しかし、外の様子は、わからない。

 携帯端末で情報を集めようにも、地上での戦闘に関する情報は全く以て見当たらなかった。報道も、各所の被害状況が淡々と述べられている程度でしかない。

 報道規制。

 幻魔災害発生時には、戦団は市民に余計な心配を与えまいとするのだ。不安が一人歩きし、混乱が起きるようなことがあれば、それだけで一大事だ。

 市民は、ただの弱者ではない。

 力有る弱者なのだ。

 もし万が一、一部の市民が混乱のあまり魔法を暴走させるようなことがあれば、幻魔災害どころの騒ぎではなくなるだろう。

 だからこそ、報道される情報には徹底的な検閲が入る。

「そうですわ。皆代くんなら、きっと……」

 紗江子さえこは、愛理の小さく細い手を優しく握った。少しでも不安を取り除いてあげられる方法はないものかと考えた末の行動である。

「きっと……な」

 圭悟は、愛理たちには聞こえないようにぼそりとつぶやいた。彼の脳裏のうりには、幸多が飛び去っていく後ろ姿が鮮明に焼き付いている。それが今生こんじょうの別れになる可能性も、十二分にあった。

 幸多の身体能力は、高い。圭悟が魔法を使っても追いつけないくらいの速度は、彼が超人的な身体能力を持っていることを示していた。圭悟どころか、黒木法子の試練を乗り越え、草薙真くさなぎまことをも打ち倒したのだ。

 それは、魔法不能者の戦果としては上々どころのものではなかったはずだ。

 そして、幸多は、何体もの幻魔を撃破したという実績もあったし、妖級ようきゅう幻魔サイレンを討伐している。

 だが、圭悟には、どうしても忘れられないことがあった。

 幸多が鬼級幻魔とともに姿を消した瞬間の、まさに絶望的な光景である。

 あのあと、幸多が殺されたとしてもおかしくはなかったし、生きて帰ってこられた事それ自体が奇跡と言っても良かった。

 奇跡的に生還した彼が、またすぐに死地に赴かなければならないという事実には、憮然ぶぜんとするほかない。

 それが幸多の望んだ道なのだとしても、だ。

 ふと、圭悟は、先程から蘭《》らんが黙り込んでいることに気づき、目を向けた。彼は、携帯端末を熱心に操作しており、空中に浮かぶ幻板げんばんと睨み合っていた。

「なにやってんだ?」

「出来た」

「は?」

「見てよ、これ」

 蘭は、会心の笑みを浮かべながら、幻板を圭悟の前に滑らせてきた。蘭の携帯端末が出力する幻板には、なにやら町並みが映し出されている。閑散とした夜の市街地。

 それが葦原市中津区内の映像であることは、一目でわかった。

「なんだよ、こりゃ……」

 圭悟が思わず唸ったのは、その町並みに魔法の爆発光が入り込んできたからだ。さらには法機ほうきに跨がって空を舞う導士の姿が入り込んできたかと思うと、獣級幻魔カーシーが映り込む。大気が渦巻き、周囲の街灯がひしゃげた。

「監視カメラの映像だよ」

 蘭が臆面おくめんもなく言ってのけてきたものだから、圭悟は、彼を見て、口をあんぐりと開けた。

「なにやってんだ、おまえ……」

「なにって、外の情報を知りたいんじゃなかったの?」

「そりゃあ……けど、ばれたらどうなるか、わかってんのかよ」

「わかってるよ」

 蘭は、心配性の圭悟に笑い返すと、さらに端末を操作した。

 この五人にだけ見えるように複数の幻板を出力し、市内各所に設置された監視カメラの映像を流していく。

 央都は、監視社会といっても過言ではない。

 市内のあらゆる場所に監視カメラが設置されていて、常に人々の動向を見守っている。

 幻魔災害が発生する予兆を捉えるためでもあれば、魔法犯罪の発生の瞬間を捉えるためでもあり、抑止のためでもある。

 全ては、市民の安全を保証するため。

 だから、蘭も圭悟も、ほとんど多くの市民も、この監視社会そのものには不満を持っていない。

 むしろ、監視されているからこその安心感があった。


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