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第三十四話 大会前夜

 六月十九日。

 対抗戦決勝大会を目前に控えた央都おうと各所では、大きな盛り上がりを見せていた。

 予選大会自体が大いに盛り上がったこともあるが、予選大会後、各種メディアの報道は加熱する一方だった。

 対抗戦は、高校生たちの全身全霊の戦いであり、見るものの心を震わせ、様々な感情を沸き上がらせるということで、開催初年度から央都市民の心を鷲掴みにしている。

 それ以来十八年間、毎年初夏に開催されるこの大会は、央都市民の楽しみであり、ある種、娯楽として見られている節もあった。

 故に、報道も熱が入る。

 今年はどこの高校の誰々という生徒が有望であり、優勝できなくとも優秀選手に選ばれるに違いない、だとか、優勝校の予想や戦績予想など、様々な記事がメディアを賑わせるのだ。

 そうした報道の中には、当然、天燎てんりょう高校に関するものも少なくない。

 予選免除権の付与による決勝大会進出という、対抗戦の歴史を塗り替える新規則の影響も大きいだろう。

 そして、魔法競技の大会だというのにも関わらず、魔法不能者が主将として参加しているという事実が注目を集めないはずもなかった。

 皆代奏恵みなしろかなえは、そんな我が子に関する報道の数々を見聞きして、なんともいえない気持ちになったものだ。

 奏恵は、幸多こうたの実の母だ。親譲りの黒髪に褐色の瞳を持つ女性である。身の丈は平均的だが、日々鍛錬を欠かさないこともあってしなやかな体つきをしている。

 明日からの決勝大会には、当然、会場に応援に行くつもりだったし、そのための準備も整えている。

 そんな彼女は、報道内容に胸を痛めているというわけではなかった。

 むしろ、この状況を楽しんでいるのだ。

 最愛の夫、幸星こうせいとの間に生まれ、完全無能者と診断された幸多が、いまや世間を騒がせているという事態がなんとも面白く感じられる。

 あの幸多が、だ。

 もう一人の我が子である統魔とうまは、といえば、昔から世間を騒がせていた。

 それこそ小さい頃から、だ。

 統魔は、その圧倒的といってもいい魔法の才能と実力でもって知られていたし、星央魔導院せいおうまどういんに入ってからもなにかと取り沙汰された。飛び級で卒業し、通常より一年早く戦団せんだんに入ったこともそうだ。そして、いまや央都市民で知らないものはいないほどの有名人となってしまっている。

 だが、それは想像できたことだ。

 統魔ほどの才能と実力、そして厳しい鍛錬と研鑽けんさんを続ける精神性ならば、必ずや注目の的となるだろうこと間違いないと、奏恵は思っていた。

 親馬鹿といわれても仕方がないが、それが彼女の実感だった。

 一方で、幸多は、そこまでにはなるまい、と見てもいる。

 幸多には、魔法の才能がない。

 それどころか、生まれながら死に直面しており、生まれ落ちることができたのは、赤羽あかば医院の医師赤羽亮二(りょうじ)の機転のおかげだった。

 その点に関しては、幸運に恵まれていたとしか言い様がない。

 だが、幸運にも生まれることができた幸多だったが、絶望的といってもいい人生と直面しなければならなかった。

 完全無能者と診断され、魔法不能者ですら持っているものを与えられていなかった。

 魔法の恩恵をほとんど受けることができないのは、この世でただ一人の完全無能者たる幸多だけなのだ。

 そんな幸多の数少ない強みは、体の頑丈さであり、類い希な身体能力だ。

 それだけは、子供の頃から誇れるものであり、だからこそ、奏恵は幸星とともに幸多を鍛えに鍛えた。体を強くすることで、魔法士まほうしにない強みを得られると、そう信じた。

 幸多は、心身ともに強く育った。

 奏恵が親馬鹿だからかもしれないが、そう見える。

 立派に育ったと、胸を張っていえる。

 けれども、幸多が話題の中心になるとは、考えにくかった。

 どう足掻いても二番手、三番手に届くのでやっとではないか。

 そんな風に考えていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 幸多とは、携帯端末で通話したり、コミュニケーションアプリ・ヒトコトで伝言を交わしたりしているのだが、そうした日常的なやり取りでも、彼が充実した高校生活を送っていることが伝わってきていた。

 天燎高校対抗戦部の主将として、日々、この上なく張り切っている。

 それが母である奏恵には、嬉しくて堪らなかった。

 奏恵は、鼻歌交じりに料理の下準備を行う。

 明日の決勝大会には、お弁当を持っていこうとしていた。お弁当を食べながら、幸多を全力で応援するのだ。

 幸多の人生にとって、恐らく、いや、間違いなく、初めてとなる大舞台だ。

 気合いを入れていかなければならない。



 幸多たちは、決戦を明日に控え、最後の作戦会議を開いていた。

 練習は、一昨日までだ。

 昨日今日は、練習で疲れ切った心身を休めることに重点を置くべきだ、ということで休養日となっていた。それは、当初からの圭悟けいごの予定通りである。

 決勝大会当日に疲れ果てて力が出ないとなれば、本末転倒この上ないし、大問題だ。優勝するための猛練習がすべて無駄になる。

 そうならないためにもしっかり休むべきだ、という圭悟の提案は至極真っ当だった。

 真っ当すぎて、真弥まやらんが圭悟を心配するほどだった。

 そんな圭悟を中心とする作戦会議は、対抗戦部の部室で行われた。

 部室には、部員が勢揃いしている。幸多、圭悟、法子ほうこ雷智らいち怜治れいじ亨梧きょうご、蘭、真弥、紗江子さえこの九人。それに顧問の小沢星奈おざわせいなもいる。

 星奈は、天燎高校の注目度が上がっているという事実に対し、目眩めまいさえ覚えているという話だったが、そんなことを気にしている余裕は、幸多たちにはなかった。

「いよいよ明日が本番なわけだが、気分はどうだ?」

「悪くない、と思う」

 幸多は、圭悟の質問に素直な心境を述べた。

「なんともいえないんだ。こんな感覚は初めてなんだよ」

 緊張しているようで昂揚こうようしているような、そんな感覚が、幸多の中にあった。

 ここ最近、対抗戦の決勝大会の動画を何度となく見た。その場に自分がいるという想像もした。だが、そうまでしても実感が湧かなかった。現実感がないのだ。

 それはそうだろう。

 対抗戦は、魔法競技の大会だ。

 そこには本来、魔法不能者の居場所はない。

 そうした現実への、魔法社会への大いなる反抗とでもいうべき行いを、幸多たちはしようとしている。

 もちろん、そこまで大袈裟に捉えているわけではないし、それが真意などではない。幸多の目的は優勝賞品とでもいうべき、戦闘部に勧誘される権利であり、それ以上でもそれ以外でもなかった。

 しかし、結果として、そのように捉えられることがあったとしても、不思議ではない。

 天燎高校の理事長天燎鏡磨(きょうま)がそう認識していたように。

 そうなのだ。

 天燎鏡磨は、なにやら幸多たちに期待を寄せているような口振りをしていたのだ。

 今朝、天燎高校では珍しく全校集会が開かれた。

 室内総合運動場に集った全生徒、全教師の前に姿を見せたのが、理事長天燎鏡磨である。

 天燎鏡磨は多忙な身の上ということもあり、教師の前に姿を見せることすら稀といわれており、二年生の中からも初めてその姿を見たという声が聞かれるほどだった。

 どうやら三年生は見たことがあるらしく、先程、雷智もそのようなことをいっていた。

 天燎鏡磨が全校集会を開いたのは、明日、対抗戦決勝大会が行われるからだということだった。

 理事長は、どういうわけか、出場選手である対抗戦部の面々を壇上に呼んだ。

 予期せぬ事態に幸多たちは戸惑ったが、呼ばれた以上向かう以外に選択肢はなかった。

 生徒たちの注目を浴びる中、壇上に上がった幸多たちは、天燎鏡磨と対面した。

 天燎鏡磨は、一見して若々しいが、眉間に深々と刻まれた皺が厳めししさを感じさせる男だった。

「我が校が決勝大会に進出するのは、対抗戦始まって以来の出来事だ。これは無論、新規則によって予選を免除されたからだが。とはいえ、決勝大会だ。出場する以上は、不様な姿は見せられまい」

 鏡磨の不遜としかいいようのない言動は、幸多たちを萎縮させるつもりなどではなかったのだろう。それが天燎鏡磨という人間なのだ。無意識に対峙する人間を威圧してしまっている。

「きみたちは、そのために日夜猛練習をしてきたのだろう。皆が勉強に明け暮れる日々を、対抗戦のために費やしてきたのだろう。せめて悔いを残さぬよう、全身全霊で事に当たりたまえよ。そして、決勝大会に、対抗戦の歴史に名を刻むのだ。天燎高校の、きみたちの名を」

 理事長は、対抗戦部を応援するように声を励ました。威圧的ではあったが、どうにも彼が幸多たちになんらかの期待を寄せている様子は伝わってきたので、必ずしも悪い気はしなかった。

 そのあと、理事長は、幸多たちを応援することを生徒や教師たちに望み、同意の拍手を求めた。

 天燎鏡磨の迫力の前には、誰もが頷かざるを得なかったし、拍手をするしかなかった。

 全教員、全校生の拍手が鳴り響く中、幸多たちは、なんともいえない気分になったものだった。

 それが、今朝のことだ。

 圭悟は、そのことを思い返して、幸多のことが心配になった。圭悟にとっては天燎鏡磨の言葉などどうでもよかったし、響きもしなかった。大人のいうことだ。聞く必要もない。

 しかし、幸多は、あのとき壇上で緊張しているようだった。それが気がかりなのだ。

「まさかいまも緊張してるのか? だとしたら、らしくねえぞ」

「そうよ、皆代くんらしくないわよ」

「そ、そう? ぼくってそんな感じ?」

「そうですね、傍若無人で傲岸不遜といいますか」

「え、まじ?」

「まあ、だいたいそんな感じかな」

 友人たちのからかい半分冗談半分といった、いつもの調子には、幸多も笑うほかなかった。

 そんな幸多たちのやり取りを見聞きして、雷智が法子に微笑する。

「まるで法子ちゃんみたいね」

「ならば、悪くない評価だぞ、皆代幸多」

「そ、そうですか」

「嬉しくなさそー」

「そりゃ嬉しくねえだろ」

「そこ、聞こえているぞ」

「ひいっ」

 亨梧と怜治が法子に一瞥されて縮み上がる。

 部室内には、いつもの空気感が戻りつつあった。

 確かに緊張していたのかもしれない。

 ただしそれは幸多だけではない。ほかのだれもが、全校集会という予期せぬ事態に直面し、理事長に発破をかけられ、無意識のうちに緊張していたのではないか。

 そうした緊張が程よく解けてきている、そんな感じが、幸多にはあった。

「ともかく、泣いても叫んでも明日だ。明日と明後日の二日ですべてが決まる。なにも怖がることはねえ。おれたちは、この二ヶ月間でやれるだけのことはやってきたんだ。できる限りの練習をして、戦術も組んだ。あとは、やるだけだ」

 圭悟は、皆の顔を順番に見た。

 実際、やれるだけのことはやったという自負があった。即席のチームでできることはすべて行ったはずだ。これ以上にできることがあるのであれば、圭悟が教えて欲しいくらいだ。

 圭悟は、本来人に教えることが苦手だった。しかし、幸多の力になるために買って出て、四苦八苦しながらもやりきったのだ。

 すべては明日、優勝を掴み取り、幸多を送り出すためだ。

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