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第三百四十五話 新兵器(三)

 ガルムが、える。

 禍々《まがまが》しいまでの殺意に満ちた咆哮ほうこうは、夜の市街地に響き渡り、建物群に跳ね返って散乱していく。低く重く、それでいて力強いがために幾重にも反響する雄叫おたけび。

 だが、いまやこの夜の市街地に響いているのは、ガルムの叫び声だけではない。

 数多あまた機械型幻魔きかいがたげんまが、再起動ともにうなりを上げ、攻勢に転じたことを告げるかのようだった。

 それに対抗する導士たちの気合いの声も、そこかしこから聞こえてくる。

 無数の魔法が夜の街を飛び交い、河川敷を、中州を、未来河みらいがわのただ中を極彩色ごくさいしきに染め上げていく。

 幸多こうたには、そうした導士たちの戦いを気にしている余裕はない。

 目の前のガルム一体仕留められないようでは、加勢に行くことなど出来るわけもない。

 機械型幻魔は、ただの獣級じゅうきゅう幻魔ではない。

 獣級上位以上、妖級ようきゅう下位かそれ以上の力を秘めている。極めて頑強な肉体を持つだけでなく、二つの心臓を有し、DEMシステム・コード666によってその能力を強化されているのだ。

 そんな機械型幻魔を一体でも引きつけていられるのであれば、幸多の存在も無意味ではないし、無駄ではないといえるだろう。

 幸多は、真武しんぶ歩法ほほう空脚くうきゃくでもって左に飛び、火球から飛来する熱光線をかわしつつ、ガルムが足を止め、触手を伸ばしてくるのを見た。ただ勢いだけで突進するだけでは幸多を捉えられないと判断したようだ。

 六本の触手がうねり、迫り来る。

薙魔ていま

 幸多は、二十二式機薙刀にじゅうにしききていとう・薙魔を呼び出すと、先行とともに出現した長い柄を右手で掴み取った。幸多に肉迫しているのは触手だけではない。無数の熱光線が間断なく飛来してきていて、それらを避けながら触手をさばきつつ、ガルムをたおす算段を立てなければならない。

 現状、幸多のほうが圧倒的に不利に思えた。

 ガルムは、熱光線と触手による遠距離攻撃で幸多を寄せ付けず、元より堅牢極まりない魔晶体がコード666によってさらに頑強なものになっている。まるで難攻不落の要塞が出現したかのような圧迫感さえ覚えるのは、その大質量としか言いようのない巨体故だろう。

 懐に潜り込み、全力で武器を叩きつけるのであればいざ知らず、遠距離から武器を投げつける程度ではどうにもならないのだ。

(どうしろって――)

 幸多が、薙刀を振り回すことによって触手を切り払いながらも内心では悲鳴を上げかけていたちょうどそのときだった。

 通信機が、予期せぬ人物の声を届けてきたのだ。

『幸多くん、よく聞いて』

「イリアさん?」

『いまから召喚言語を伝えるわ』

「召喚言語……!」

 幸多は、通信機越しのイリアの声に多少の安心感を覚えながら、眼前に肉迫した触手を薙魔の一閃で薙ぎ払うと、かさず後ろに飛んだ。熱光線が幸多の立っていた地面に突き刺さり、道路を融解させる。

 ガルムは、悠然とした足取りで幸多に迫ってきている。

 距離を縮めながら、どうすれば幸多を捉えることができるのか、どうすれば惨殺ざんさつできるのか、ガルムの四つの眼の赤黒い輝きからは、そんなことを考えているように思えてならない。

銃王じゅうおう、と唱えるのよ』

「銃王?」

 幸多は、イリアに言われるままにその言葉を発した。疑問とともに、だ。すると、闘衣とういの中に収めてある転身機てんしんきが作動して、光を発した。

 そして、閃光は幸多に違和感をもたらす。

 幸多の全身を包み込む闘衣、その上に分厚い装甲が重なるようにして組み上がったのだ。闘衣自体、魔法金属製の装甲を帯びているのだが、新たに召喚された装甲はさらに分厚く、どうにも機械的に見えた。

 それも、右半身の一部だけなのだ。

『つぎは、飛電ひでん

「飛電!」

 こちらは聞いたことのある武器の名称であったため、幸多は力強く唱えた。転身機が閃光を発し、光が幸多の左手に収斂しゅうれんする。光の中から現れるのは、鋭角的な印象を与える巨大な金属の塊だ。

 そしてそれは銃器であり、左手だけで持つには大きすぎるほどの代物だった。

 とはいえ、薙魔を投げ捨てるわけにはいかない。ガルムの攻撃が止んだわけではないのだ。

 まずは、苛烈かれつなまでの大攻勢から身を守らなければならない。

撃式武器げきしきぶきについては以前説明したわよね』

「は、はい!」

 幸多は、ガルムの猛攻を避けながら、強くうなずく。

 近接戦闘用の白式武器はくしきぶきと対をなす、遠距離戦闘用の撃式武器。

『飛電は、その撃式武器の一つで、いわゆる突撃銃アサルトライフルよ』

 イリアが通信機越しに告げてくる中で、幸多は、全身を覆う装甲の重量が気になりつつも、右に飛んだ。熱光線をかわし、薙刀でもって触手を捌く。

 ガルムの四つの眼が、幸多を睨んだ。吼える。地を這うような咆哮とともにその巨躯が跳ねた。地面を割るほどの勢いで空中高く飛び上がると、全身を紅蓮の炎で包み込み、回転した。そして、自らが火球となって降ってきたものだから、幸多は全力で飛び退いた。

 ガルムの巨躯が地面に激突すると、巨大な魔力の爆発が起きた。光と熱が吹き荒れて、地面だけでなく周囲の建物にも甚大な被害が生じる。窓硝子が割れ、看板が吹き飛び、街灯が倒れ、建物の半分が抉れ――大惨事としか言い様がなかった。

『そして、銃王は、戦略拡張外装・鎧套がいとうの一種で、銃器の使用を補助してくれる優れものよ。たとえ、銃の扱いに関する訓練を一切受けていないきみでも、完璧に使いこなせるようにしてくれるわ』

「完璧に」

 幸多は、イリアの説明を聞きながら、ガルムが渦巻く熱と煙の中から顔を上げるのを見ていた。薙魔を手放し、右手に飛電を持つ。銃の扱い方など全く知らないし、飛電の構造すら把握していない。が、形状を見た限りでは、どこをどう持てばいいのか、なんとはなしにわかった。

 片手で持つには大きすぎるこの銃器は、鋭角的で複雑な形状をしており、抱え込むように持つようになっているようだ。

 銃など、映画や漫画、アニメなどの創作物でしか見たことがない。

 魔法社会において、銃器を始めとする通常兵器は役立たずの象徴とされた。

 魔法が発明された当初、銃器も十分に利用価値があった。魔法の使えない相手、魔法を覚えたばかりの不慣れな相手には、引き金を引くだけで撃ち殺すことのできる銃器は、圧倒的な優位を勝ち得たのだ。

 だが、魔法が発展し、魔法士の技量が上がっていくと、優位性も失われていった。

 銃では魔法に太刀打ちできなくなっていったのだ。

 さらには、銃などの通常兵器が通用しない怪物、幻魔の出現が、銃火器の衰退を加速させた。

 幻魔が出現するまでは、魔法に押されこそすれ、まだ銃器にも活躍の場があったという。しかし、幻魔が出現し始めると、通常兵器の存在価値はなくなっていくしかなかったのだ。

 それからどれくらいの月日が流れたのだろう。

 もはや通常兵器が利用されることがなくなって久しい。

 幸多が生まれたときには、そういった類の武器兵器が開発され、製造されるということもなくなっていたのだ。

 幸多だけが、通常兵器に類する武器を手にしている。

 白式武器がそうであるように、撃式武器が、そうであるように。

 幸多は、右手で飛電の銃把じゅうはを握り、左手で本体を支えるようにして構えた。飛来する熱光線を躱しながらでは安定させることは出来ないが、仕方がない。

 ガルムは、新たな武器の登場を見て、警戒したようだった。四つの眼が瞬き、その巨躯の周囲に律像りつぞうが浮かぶ。

『飛電の使い方は単純よ。照準を合わせて、引き金を引くだけでいいわ。それだけで、超周波振動弾が相手を撃ち抜く』

『安心して、幸多ちゃん。撃式武器の使用に際しては、わたしたちが全力で支援するわ。見えるでしょ、照準』

「照準……」

 幸多は、突如として視界の真ん中に出現した十字の模様がヴェルザンディのいう照準なのだろうと理解した。そしてそれが義眼に内蔵された機能に違いないということも。

 この義眼は、第四開発室の特別製なのだ。なにかしらの機能が隠されていたとしても、なんら不思議ではない。

 そしてその機能が、撃式武器に対応したものなのだとすれば、納得も行くというものだ。

 照準を、ガルムの体内の光点――DEMコアに合わせる。が、飛来する熱光線を回避しなければならず、そう上手くはいかない。

 ガルム本体に照準を合わせようとすると、未だにその存在感を示す火球の熱光線が邪魔となる。

 火球は、厳然げんぜんと存在し、幸多目掛けて熱光線を放出し続けていた。

 だからこそ、幸多は、そちらを見遣みやった。

 未来橋みらいばしの上、禍々《まがまが》しくも強烈に輝く太陽のような、火の玉。

 無数の熱光線が夜空を引き裂くようにして、幸多に飛来する。


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