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第三百四十四話 新兵器(二)

 ガルムの巨躯きょく、その首の付け根辺りに穿たれたあなからき出したのは、深紅しんくの光だった。禍々《まがまが》しく破壊的な光は、またたく間にその巨体をおおい尽くし、全身に染みこんでいくかのように輝きを収めていく。

 幸多こうたは、ヴェルザンディの警告に従って飛び退きながら、その光に見覚えがあるものだということに気づいた。

「イクサだ」

 瞬間、幸多の脳裏のうりよぎったのは、天輪てんりんスキャンダルの渦中、人型魔導戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサに起きた異変であり、イクサが真価を発揮した瞬間ともいうべき光景である。

 イクサの巨体が紅い光に包まれ、幻魔の細胞が大量に内包された人工筋肉によって覆い尽くされ、変貌へんぼうを遂げていく模様。

 それがいままさにガルムに起きていた。

『これは……DEMシステム・コード666』

「コード666……」

 ヴェルザンディが発した言葉は、おそらく、イクサが変貌した機能を示すものなのだろうということは、幸多にも理解できた。

 だが、ガルムは、幸多によって魔晶核ましょうかくを破壊され、生命活動を停止したはずだった。

 魔晶核は幻魔の心臓である。

 わずかに損傷しただけで幻魔にとって致命傷となり、戦闘行動に支障をきたし、魔晶核の大半を失うほどの打撃を受ければ、生命活動を停止し、死骸しがいと成り果てるのだ。

 それは、鬼級おにきゅう幻魔であっても変わらない原理原則であり、幻魔が生物であることの証明といっても過言ではなかった。

 それなのに、ガルムは、再び活動を開始した。

 頭部が持ち上がり、足に力が籠もった。巨躯が音を立てて起き上がると、重苦しい咆哮ほうこうを発する。紅い光は既にその全身に染み渡り、傷口は、爆発的に増殖した幻魔の細胞によって覆い尽くされ、背部の器官がさらに巨大化していた。

 いや、巨大化したのは、背部の器官だけではない。

「でっか」

 幸多が思わずつぶやいてしまうほど、ガルムの全身が巨大化していた。

 先程までの二倍くらいはあるのではないかという巨体には、さすがの幸多も圧倒されかけた。しかし、その巨大さに飲まれることはなく、さらに飛び退いて距離を取っている。

 直後、幸多が立っていた場所をガルムの炎の触手が撫でつけ、地面を溶解させた。舗装された道路がだ。人体など容易く溶断するだろう。

『気をつけて! とんでもない速度で魔素質量が増大し続けているわ!』

「増大し続けてる?」

 ヴェルザンディの忠告を反芻はんすうしながら、幸多は、さらに後退する。炎の触手は、六本。その全てが自由自在に空間を飛び回り、万世橋の地面を溶かし、欄干を切り裂き、街灯を吹き飛ばしていく。

 機械化ガルムの四つの眼が、幸多を捉えていた。赤黒く輝く目には、激しい怒りと憎悪が渦巻いていて、溢れんばかりの殺気に満ちている。

 ガルムがその巨躯でもって突っ込んできたのは、幸多が炎の触手を回避し続けている最中のことであり、その速度たるや、図体の大きさから考えられないほどの俊敏さだった。

「っ」

 幸多は、猛然と突っ込んできたガルムの巨躯を、辛くも飛んでかわし、さらに迫り来る炎の触手を裂魔れつまで切り裂きながら距離を取った。

 炎の触手は、ガルムの再起動後、その威力を増している。が、

白式武器はくしきぶきは、通じる……か」

 裂魔に断ち切られた触手たちは、しかし、つぎの瞬間には元の長さに戻っている。

 ガルムの触手は、背部の器官から放出されている魔力体であり、どれだけ切り裂こうとも瞬時に復元するのも当然だろう。

 触手を攻撃したところで大した意味がないということだ。

 幸多は、裂魔を握る手に力が籠もるのを認識しつつ、ガルムが咆哮するのを聞いた。大気をつんざくほどに強烈な雄叫びとともに発せられるのは、律像りつぞうを成す無数の紋様であり、膨大な魔力だ。

 そして、魔力は炎となってガルムの頭上に収束し、球体を形成する。

「まるで太陽だな」

 幸多がガルムの頭上に浮かぶ火球を睨み据えるのと、ガルムが動き出すのはほとんど同時だった。六メートルもの巨躯が猛然と動き出せば、火球が火を噴いた。それは無数の熱光線であり、その全てが幸多に向かっていく。

 触手を閃かせながら突っ込んでくる巨獣と、多方向から包囲覆滅ほういふくめつするように飛来する熱光線。

 その全ての攻撃に含まれる膨大な殺意に胸焼けがするような気分になりながら、幸多は、大きく後方に飛ぶ。万世橋の東端へ。

『機械型が再び動き出した理由がわかったわ。機械型には魔晶核だけでなく、DEMコアが内蔵されていたのよ。通常、機械型は魔晶核だけで活動していた。だから、魔晶核が破壊されただけで活動停止状態になっていたってわけ』

「それで、コード666で再起動したってことですか?」

『そゆこと。DEMコアがもう一つの心臓として、あの怪物を動かしているということね』

 幸多は、飛来する数多の熱光線を右に左に飛び回ることで回避しつつ、ガルムの突進を、も躱した。

 熱光線は、幸いにも追尾誘導式の攻撃ではなく、回避することそのものは困難ではない。ただし、その破壊力はとてつもない。

 熱光線を乱射されたせいで、万世橋が崩壊寸前といった有り様なのだ。道路を貫き、橋脚にまで大打撃を与えている。

 人体に触れれば、ただでは済むまい。

 一方、幸多は、ヴェルザンディの解析結果を纏めると機械型は二つの心臓を持っている、という結論になるのだろう、ということも考えていた。

 本来の心臓たる魔晶核と、機械の心臓であるところのDEMコアを併せ持っているのだ。そして、魔晶核が損壊されたのだとしても、DEMコアで再起動することが可能であり、DEMシステムによってその能力を最大限に発揮することが出来るようだ。

 幸多は、何度目かのガルムの突進を回避しつつ、熱光線が橋のたもとに立ち並ぶ建物に直撃する様を目の当たりにした。熱光線は、触れたものを超高熱によって融解させており、橋付近の建物という建物の壁が穴だらけになり、溶断されていく。

「ということは、DEMコアを破壊すればいいわけだ」

『ガルムのDEMコアは、あそこよ』

 幸多の視界に光がよぎったかと思うと、ガルムの巨躯の内側、まさに心臓の辺りに光点が灯った。幸多が思わず瞬きしたのは、幻覚でも見たのかと思ったからだが、飛び退きながら何度瞬きしても光点は消えなかった。

 その光点が、ヴェルザンディの発言と結びつくまでに多少の時間を要したのは、幸多には理解の及ばない出来事だったからだ。

「あの光がDEMコアの位置、ということですか?」

『そうよ。幸多ちゃんの義眼にわたしたちが解析した座標を送ったの』

「そんなことが……」

『出来ちゃうわけよ』

「へえ……」

 幸多は、なにやら得意げなヴェルザンディに対し、感心しつつも生返事を浮かべることしか出来なかった。

 ガルムの攻撃は、苛烈さを増す一方だ。

 突進と炎の触手、火球が発する熱光線による多重攻撃を躱し続けることしかできない。

 何度か攻撃する機会を見出しては果敢かかんに攻め込んではいるのだが、触手に妨害され、結局、回避に専念せざるを得なくなっている。

 これが幸多の弱点といえるだろう。

 近接戦闘ならば、妖級ようきゅう幻魔ともある程度は戦えることがわかっているが、遠距離戦闘となれば、幸多には対抗手段がない。

 そこで幸多は、裂魔を左手に持ち替えるなり、新たに武器を呼び寄せた。

切魔せつま

 瞬時に現れた短剣を右手に握り締めると、超高温の炎の塊となって突進してきたガルムの巨躯を大きく飛んで回避する。

 幸多は、熱光線が地面や建物を貫き、穴だらけにしていき、炎の触手が虚空を撫で回す様を見下ろしながら、短刃剣を投げ下ろした。眼下、ガルムのDEMコアの位置目掛けて、だ。

 切魔は、一瞬にして目標地点へと到達した。炎の触手も捉えられないほどの速度。そして、短刃剣が発する超周波振動は、ガルムの全身を覆う炎を中和し、魔晶体ましょうたいへと突き刺さる。

 が、そこまでだった。

 六メートルもの巨躯だ。その全身を覆う魔晶体の分厚さは並外れたものであり、手を離れた切魔が発する程度の超周波振動では、外殻をわずかに突き破る程度で終わってしまうのだ。

 幸多は、建物の壁に着地すると、その場から飛び離れながら今度は裂魔を右手に持って投擲とうてきした。

 裂魔もまた、同様の結果に終わった。


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