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第三百四十二話 機械型(四)

 機械型幻魔に関する情報が、導衣に搭載された通信機を通して伝わってくるが、そんなことに意識を割いているほどの精神的余裕は、隆司にはなかった。

 フェンリルは、獣級じゅうきゅう下位に類別される。

 全長三メートルを優に越す巨躯きょくだが、その魔素まそ質量は、獣級上位には及ばないし、攻撃も単調で、冷気を操るのが関の山だ。

 もちろん、たかが獣級下位だといって油断してはならない。

 どんな幻魔であれ、幻魔である以上、人類の天敵であり、どれほど優れた魔法士まほうしであっても一瞬で殺される可能性があるのだ。

 だからこそ、だ。

 隆司は、細心の注意を払いながら空中を飛び、川の方へと移動していく。

 河川敷方面には、逃げ惑う市民が多数いて、そちらに攻撃を向けられると、人々が巻き込まれる可能性があるからだ。そうなれば大惨事だ。

 フェンリルの意識を自分に集中させるには、どうするべきか。

 隆司は、まずはそれだけを考える。

三光矢さんこうし

 最初に放ったのは、牽制用の攻型こうけい魔法である。

 瞬時に組み上げた律像りつぞうとともに発散した魔力が、三本の光の矢を形成し、真っ直ぐな軌道を描いてフェンリルへと襲いかかった。しかし、フェンリルの左頭がえると、その目の前に氷壁がせり上がり、光の矢が三本とも氷の壁に激突して終わる。

「はっ」

 隆司は、空中を高速で移動しながら、フェンリルが氷壁に飛び上がるのを見た。右の首が吼え、氷壁から切り出された氷のつぶてが、次々と飛来してくる。

 それら氷の礫の雨霰あめあられを大きく旋回することで回避しながら律像りつぞうを形成しつつ、機械型幻魔が目の前のフェンリルだけではなく、未来河周辺に多数出現しているという現実に目眩めまいがする。

 そこかしこで機械型幻魔と導士の戦いが繰り広げられているのだ。

 万世橋ばんせいばしの上でも、別の河川敷でも、土手の上でも、道路でも、打ち上げ場所でも――葦原市内各所で、だ。

(一体、なにが起きてるんだ?)

 疑問に思うが、そんなことを考えている場合ではない。

 再び、フェンリルの左の頭が吼えれば、その足下の氷壁が周囲の魔素を吸い上げてさらに巨大化する。これならば氷の礫をいくらでも切り出し、飛ばすことができるといわんばかりだった。

 隆司は、法機の高度を上げると、氷礫の嵐を逃れながら律像を更に練り上げた。

 機械型幻魔は、ただの幻魔よりも余程厄介だということは情報官からの報せによってわかっている。

 魔素質量そのものが増大しているというだけでなく、全く新たな能力を与えられている。というのだ

 フェンリルは通常、冷気を操り、氷を生み出すことで攻撃や防御行動を取るのだが、機械型フェンリルは、三つの首を得たことで、攻防一体を体現する存在となった。

 左の首が防御を、右の首が攻撃を担当している。であれば、中心の首は――。

(頭脳か)

 隆司は、自分の動きを目で追っているのが真ん中の頭だけだということに気づくと、そのように結論づけた。中心の頭を破壊すれば、左右の頭の機能不全に陥るのではないか。そうでなくとも、頭一つ減るだけで戦力が低下することは間違いない。

 だから、まずは真ん中の頭部だけを破壊するためだけの魔法を練り上げたのだ。唱える。

覇光千刃はこうせんじん

 隆司が真言を唱えた瞬間、彼の全身が膨大な光を発したかに見えた。光は一瞬にして無数の刃となり、空中に複雑な軌跡を刻みつけながら、一点へと集中していく。その一点こそ、フェンリルの三つある頭の内、中心の頭部である。

 左の頭と右の頭が同時に吼えた。

 氷壁がフェンリルの前後左右にせり上がり、氷壁から無数の氷礫が打ち出されると、無数の光刃の大半が撃ち落とされ、あるいは受け止められた。

 残った光刃は、上空から頭部を狙って降り注ぐものだけだ。

 それも、フェンリルに見られている。

 左の頭が吼えた。

 氷の天蓋がフェンリルの頭上を覆い、光の刃を尽く防いで見せた。

 が、隆司は、笑っていた。告げる。

破光陣はこうじん

 魔法が発動した瞬間だった。

 フェンリルを覆い隠した氷壁と天蓋の内側で、莫大な光が炸裂したのだ。多量の魔力が爆発的な光となって荒れ狂い、氷壁と天蓋の内側を蹂躙じゅうりんし尽くす。その暴れっぷりは、氷壁の狭間からでもはっきりとわかった。

 フェンリルが怒号を発し、氷壁や天蓋から氷の礫を散乱させる。もはや相手など関係ないといわんばかりの、暴走。

 光の爆発は、氷の天蓋をも吹き飛ばし、フェンリルの頭部が粉砕されている様が見て取れた。

 隆司の思惑通りの結果になったということだ。

 もちろん、それで終わりではない。

 フェンリルの魔晶核ましょうかくは、まだまだ無事なのだ。

 真ん中の頭を吹き飛ばしたことにより、そこに穿うがたれた大穴から魔晶核が覗いていた。黒々と輝く結晶体。そして、魔晶核《》それが存在する限り、幻魔の生命活動は終わらない。死なないのだ。

 事実、フェンリルは生きていた。再生を始めようとしていた。隆司の魔法にかれた傷口が既に復元し始めており、だからこそ彼は攻撃の手を止めなかった。

紅飛光こうひこう!」

 紅い光の塊が雨のようにフェンリルの周囲に降り注げば、機械仕掛けの頭部を打ち据え、再生中の頭部を徹底的に粉砕し、魔晶核をも傷つけ、損壊していく。

 魔晶核の損傷が決定的なものとなると、フェンリルの再生は止まり、生命活動もまた、停止した。

 隆司は、小さく息を吐くと、作戦司令部に報告を済ませ、命じられるままに旋回した。

 未来河周辺は、地獄のような戦場に変わり果てている。


 機械型と呼称されることとなった幻魔には、機械による改造、改良が施されている。

 ガルムの場合は、魔法金属製の装甲を纏っているだけでなく、背部装甲から炎の触手を生み出し、それを自在に操るという能力を獲得したようだ。

 そして、炎の触手を束ねることで翼とし、空を飛ぶことすら可能らしい。

 幸多は、炎の翼を広げ、ゆっくりと舞い降りてくる怪物を睨み据えながら、地面を蹴った。

 ここは、万世橋の真っ只中だ。

 戦場には不向きだったし、万が一、橋そのものに大打撃を与えるようなことになれば、目も当てられない。

 魔法を使えば復旧工事などあっという間に違いないが、それでも、だ。

 全身のバネを最大限に活用し、空中高く飛び上がった幸多に対し、ガルムが吼えた。息吹きとともに熱気が拡散し、灼熱の炎となって幸多に襲いかかる。

 幸多は、思い切り斬魔ざんまを投げつけた。両刃剣は、真っ直ぐに飛翔し、紅蓮の炎を切り裂くようにしてガルムへと到達する。が、ガルムの眉間に突き刺さろうとしたものの、炎の触手に絡め取られてしまった。

 そのままガルムが突っ込んでくる。

砕魔さいま

 幸多は、二十二式大槌にじゅうにしきおおつち・砕魔を呼び出すなり、眼前に迫ったガルムの頭部に思い切り叩きつけた。えぐるように打ち込み、その勢いで自分自身の体を高く打ち上げる。ガルムの上を取ったのだ。すると、炎の触手が四方八方から幸多に襲いかかってきて、あっという間に絡み取られてしまう。

 ガルムが憎悪に満ちた声を上げた。

 幸多は、ガルムの触手に囚われたまま、地上に向かって落下していくのを認めた。手も足も自由が利かず、振り解けなかったのだ。

 しかし、落下による衝突が幸多にとって痛撃となることはなかった。結局、地面に激突したのはガルムの体であり、幸多は触手に絡み取られたまま、頭上に掲げられていたからだ。

 無論、このままでいいわけがない。

 砕魔で粉砕したはずのガルムの頭部が見る見るうちに回復しており、すぐに全快してしまうだろう。

 幸多は、砕魔を手放し、告げた。

裂魔れつま切魔せつま

 召喚言語とともに出現した白式武器はくしきぶきをそれぞれの手に掴むと、右手首を捻った。まず、左腕に絡みついた触手を切り裂き、続いて切魔を振り回して右手を自由にする。その際、切魔の反動が左腕を機能不全に陥らせたが、問題はない。

 右手さえ自由になれば、どうとでもなる。

 幸多は、立て続けに触手を切り裂き、体の自由を取り戻すと、ガルムの背中に降り立った。

 ガルムの獰猛な頭部がほぼ完全に復元していて、幸多を仰ぎ見ていた。

 その赤黒い四つの眼が、怒りに燃えている。

 幸多は、右手だけで裂魔を握り締め、真下に突き下ろした。

 ガルムの魔晶核は、胃袋辺りにある。


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