第三百四十一話 機械型(三)
友美が、勇躍する。
法機を蹴るようにして飛び離れた彼女は、真白が展開し、維持している魔法壁の向こう側へと突っ込んでいった。そのまま、一足飛びにケットシーの群れの真っ只中へと殺到する。
「なに考えてんだ!?」
「まあ、見ててよ」
あまりにも無防備かつ無謀極まりない友美の行動に対し、真白が素っ頓狂な声を上げたが、朝子は、わかりきっていたとでもいうように冷静にいった。実際、朝子には友美の行動原理が手に取るほどに理解できている。
だからこそ、朝子は、編み上げた律像を完成させるべく、真言を唱えるのだ。
「魔魂共鳴法・武身!」
朝子の魔法が、発動した。
彼女が練り上げた魔力が律像とともに周囲に発散し、その直後、朝子の体が跨がっていた法機から落下する。
慌てて法機を差し向け、空中で彼女を抱き留めたのは義一である。
義一は、ケットシーの群れの中に飛び込んだ友美の周囲に浮かぶ律像が、不自然で不完全なのだということに気づき、それがなにを意味しているのかと察したのだ。
そして、ケットシーの攻撃が友美に向けられようとしたそのときである。
朝子の魔法が発動すると、友美の律像が変化した。いや、友美そのものに変化が起きたというべきに違いない。
それと同時に朝子が法機から落下し、飛行魔法の影響から外れた法機が地面に落ちていった。
朝子自身は義一に受け止められたのだが、彼女は意識を失っているかのように目を閉じており、まるでなにがしかの魔法の影響を受けているようだった。
「なんだってんだ?」
「……おそらく、彼女だ」
真白の疑問に、義一は、友美を一瞥した。義一の腕の中、朝子はただ意識を失っているだけであり、呼吸はしているし、脈も正常だという点には安堵している。
直後、地上から聞こえてきたのは、ケットシーの断末魔だった。
見れば、友美が機械型ケットシーに包囲され、集中攻撃に曝されながらも、たった一人で縦横無尽に立ち回っていた。
殺到する水球の数々を容易く躱して見せれば、飛びかかってきたケットシーの小さな体を軽々と受け止め、傘の柄の部分を掴んでは力尽くで奪い取る。傘は、尻尾が変化したものだ。その傘を奪うということはつまり、胴体からちぎり取ったということにほかならない。
凄まじい剛力としか言いようがなかった。
ケットシーが唸りを上げ、多量の魔力で洪水を生み出すが、友美は、手にした傘で魔法の奔流を受け流し、さらに水球の尽くも傘で跳ね返していく。
「なんていうか、凄すぎない?」
黒乃が、感心するというよりもむしろ唖然としたのは、当たり前だっただろう。
友美は、まるで身一つで戦っているようだからだ。
そんな友美の戦い方を見て思い出すのは、皆代幸多だ。魔法を使えない幸多の戦い方というのは、今現在の友美のように苛烈かつ自分の身の危険性を顧みないものであり、そして、破壊的でもあった。
「なんなんだよ、一体」
「これが彼女たちの魔法なんだろう」
呆気に取られる真白に対し、義一は、腕の中で静かに呼吸だけをしている朝子を見て、更に友美へと視線を移した。
友美は、ただ持ち前の身体能力だけでケットシーを相手に大立ち回りを演じているわけではない。
義一の真眼は、友美の周囲に渦巻いていた律像に変化が起きたのを見逃さなかった。律像に律像が重なり、そして、朝子と友美の魔法が発動したのだ。それこそ、いままさに友美がケットシーの群れを素早く撃破している理由だろう。
魔法の発動とともに出現した友美に寄り添う影のようななにかが、彼女の身体能力を極限にまで引き出すだけでなく、動体視力、反射神経までも限りなく研ぎ澄ましているようだ。
影が動き、友美が動く。
影は、物理法則など嘲笑うかのように自由自在に動き回るのだが、友美の体もまた、その影と全く同じ動きをした。それが人体では不可能な動きであっても、だ。たとえば、前方から飛来した水球を躱すために大きく仰け反ったのだが、その角度は背骨が折れてもおかしくないほどのものだった。
が、友美は、まるでなにごともなかったかのように跳ね起き、眼前のケットシーに向かって傘を投げつければ、傘に括り付けた影に引っ張られるようにして飛びかかり、追撃を叩き込む。
影と友美の行動は完全に同調しているが、しかし、影を伸ばすことによる攻撃や防御も可能であり、影は自在に変化した。腕の周囲の影が盾のように展開して水球を受け止めれば、爪先の影が槍のように変化し、ケットシーの頭部を貫く。そのまま、口腔内の魔晶核を破砕したのだろう。ケットシーが絶命した。
友美は、寄り添う影と舞い踊るようにしてケットシーの群れを蹂躙し、十体余りを殲滅して見せたのだ。
「すげえ」
真白が素直に感心するのは珍しいことだったが、当然の反応だとも、黒乃は思った。
確かに友美の活躍は、称賛に値するほどに素晴らしいものだったのだ。
菖蒲坂隆司は、多数の屋台を根こそぎ吹き飛ばした怪物を目前にして、苛立ちを隠さなかった。
怒りだ。
怒りが、彼の闘争心に火を点けている。
それが起きたのは、未来河花火大会の最中のことだった。
隆司は、今日という一日を大変楽しみにしていた。星桜高校対抗戦部の仲間たちと久々に過ごす一日だからだ。
今年の対抗戦決勝大会が終わり、対抗戦部における三年生の活動に一端の区切りがついたというだけでなく、優秀選手に選ばれ、戦団に入った隆司は、星桜高校対抗戦部の部員たちとの繋がりが薄れていた。
任務と訓練の日々。
星桜高校に在籍こそしているものの、顔を出している暇などほとんどなかった。
携帯端末を通しての連絡のやり取りくらいしか出来なかったが、それでも満足していた。友人たちとの関係が深く長く続いている。ただそれだけでも十分だった。
だからこそ、今日という一日を心底楽しみにしていたし、今の今まで楽しんでいたのだが。
「最後の最後に全部ぶち壊しやがって! 転身!」
隆司は、転身機を起動すると同時に第三世代導衣・流光を身につけると、さらに法機を召喚した。
花火の打ち上げ会場の南側に位置する河川敷に、彼はいた。
友人たちとともに河川敷を歩き回り、屋台を散策していたのだ。
その屋台が、どこからともなく現れた幻魔によって吹き飛ばされ、屋台の店員や見物客を含め多数の負傷者が出ていた。
隆司が無事だったのは、屋台村から離れていたからにほかならない。
そして、友人たちも無事だ。
皆、幻魔の現出とともに避難している。
隆司だけが、屋台の残骸を踏みしめるようにして佇む幻魔と睨み合い、対峙していた。
獣級幻魔フェンリルである。
しかし、ただのフェンリルではなかった。本来、フェンリルとは、大型の狼のような姿をした幻魔である。魔氷狼の名の通り、三メートル程度の巨躯から膨大な冷気を発し、さながら白銀の体毛に覆われているような外見だった。
いま隆司の目の前にいるフェンリルは、金属製の頭部が二つ、本来の頭部の左右に付属していて、より禍々しい怪物へと改造されていた。
まるで三頭の幻魔ケルベロスのようでもある。
「機械型だかなんだか知らないが、許さないからな!」
隆司は吼え、大地を蹴った。空中に飛び上がった瞬間、フェンリルの口から吐き出された冷気が地面を凍結させ。巨大な氷塊を成した。
隆司は法機に跨がり、空中を飛ぶ。
すると、フェンリルの機械仕掛けの頭部がそれこそ機械的な咆哮を発し、氷塊を乱射してきたものがから、隆司は飛行魔法の制御に意識を割いた。空中高くを飛び回ることで、フェンリルの魔法による被害が広がらないようにしなければならない。
そして、魔法を想像する。
導士の戦いは、攻防一体でなければならない。
第十一軍団長、獅子王万里彩の教えである。




