第三百四十話 機械型(二)
「ふざけやがって!」
真白が叫んだのは、ケットシーが機械仕掛けの傘のようなものを振り回しながら闊歩している様を目の当たりにしたからだ。
ケットシー。
獣級下位に類別される幻魔である。本来ならば、一見すると黒い体毛に覆われた猫そのものであり、可愛らしくさえあるのだが、よく見れば凶悪な赤黒い眼が幻魔の特徴を現している。
さらに人間にその本質を気づかれるか、あるいは戦闘状態に移行すると、二本の足で立ち上がり、人間のように手足を使うようになるのだ。
そして、水属性の魔法を操り、苛烈な攻撃を仕掛けてくるというのが、ケットシーの特徴なのだが。
「機械型って、そういうこと?」
黒乃が納得できないといわんばかりに首を傾げつつも、律像を形成する。
九十九兄弟がいるのは、空中――真白の長杖型法機・流星に二人して跨がっていた。飛行魔法を使っているのは、無論、法機の前方に乗っている真白である。
葦原市中津区旭町南部、未来河の河川敷を眼下に見下ろしており、多数のケットシーを視界に収めていた。
ケットシーたちは、いずれもが金属製の傘のようなものを手にしていて、降り注ぐ花火の光を避けるようにして傘を掲げている。そして、傘の上には水球が乗っていて、水球が落ちないように傘を回転させてさえいた。
「まるで大道芸だね」
などといったのは、伊佐那義一である。義一は法機に跨がって空を駆け、誰よりも先陣を切っていた。既にケットシーを射程に収めており、彼の周囲に展開する律像が破壊的な魔法の完成を伝えるかのようだった。
「伍百壱式改・閃飛電」
真言の発声と同時に、義一が振り下ろした右手から電撃が放たれる。電撃の帯は、瞬く間に大気を焼きながらケットシーの群れの中へと到達するが、ケットシーの一体が掲げた傘に衝突し、弾き返された。それとともに複数の水球が義一に襲いかかる。
「なるほど」
「じゃねえ!」
怒鳴ったのは、真白だ。
彼は、飛行速度を上げつつも、展開した律像を完成させるべく、声を上げる。
「白き大盾!」
瞬間、義一の前方に巨大な光の盾が出現し、次々と飛来した水球の尽くを受け止め、弾き飛ばした。強力無比な魔法の盾。その完成度、強度たるや素晴らしいものだと、義一は素直に感心する。
「さすがだね」
「だろ?」
真白はまんざらでもないといわんばかりの顔をしつつも、義一よりも前に進み出て、さらに魔法の壁を全面に展開する。
「壁は、おれだ!」
「ああ、任せたよ」
義一は、真白の実力には安心感すら覚えていた。
防型魔法に関しては、真白の技量、精度ともに抜きんでたものがある。事実、真白が展開した魔法の防壁は、ケットシーたちが機械の傘を振り回しながら発動する水魔法の数々を容易く受け止めきり、それでもなお維持され続けているのだ。
「わたしたちは攻撃に専念ってことでいい?」
「おうよ!」
「ということで、がんばろうね、弟くん」
「は、はい」
金田友美に声をかけられ、黒乃は、一瞬動転しかけたものの、すぐさま冷静さを取り戻した。金田姉妹は、真白が展開する魔法壁の後方に布陣すると、続け様に魔法を放つ。
河川敷には、ケットシーの群れ。
その数、およそ二十体である。
下位獣級幻魔など、どれだけ群れていても雑魚に過ぎない、などと過信してはいけない。どれだけ強力な魔法士であっても、高位の導士であっても、もっとも低い等級である霊級幻魔に殺されることだってありうるのだ。
わずかな油断が命取りになる。
新種の、未知の幻魔ならば、尚更だ。
尚更、慎重に挑まなければならない。
機械型と呼称される新種の幻魔は、獣級幻魔を元になんらかの機械的な改造を施されたもののようだ。
報告によれば、ガルム、フェンリル、アーヴァンク、カラドリウス、カーシー、オルトロスなども出現しているという話であり、それぞれ異なる傾向の改造が行われているようだった。
ケットシーは、機械仕掛けの傘を持っているのだが、その傘は、尻尾が変形したものだった。通常のケットシーとは異なる機械化された尾が、本体の意志によって変形し、傘状に展開している。
つまり、ケットシーたちは、二本足で地面に立ち、尻尾を握り締めているのだが、その奇妙な立ち姿は怪物らしいといえるかもしれない。
ケットシーたちは、河川敷を跳ね回りながら、魔法の水塊を生み出してはこちらに向かって投げ放ってくる。そして、真白の魔法壁に激突し、霧散するのだ。
しかし、ただ霧散するだけではない。弾け飛んだ水が変形し、水の刃となってさらに攻撃を仕掛けてきたのだ。が、それらの攻撃も真白の防型魔法の相手ではない。
真白の防型魔法は、天下一品だ。
それは疑いようのないことだと、兄の背後で立ち乗りしている黒乃は想うのだ。義一が賞賛したように、金田姉妹が完全に信頼を寄せているように。
この数日の合宿は、真白の防型魔法に対する信頼感を強めるのに大いに役立ったことだろう。
そして。
(ぼくは)
黒乃は、機械仕掛けの傘で魔法攻撃の尽くを弾いてみせるケットシーの群れを見下ろしながら、律像を改良し続ける。
(ぼくに出来ることは)
脳裏に描くのは、破壊。圧倒的な破壊のイメージ。ケットシーを根本から破壊し尽くし、跡形もなく消し滅ぼす魔法の想像。魔法の設計図。黒乃の周囲に展開する精緻にして複雑な律像が、無数に絡み合い、変化し、より巨大なものへとなっていく。
そして黒乃は、真言を唱えた。
「崩轟撃!」
瞬間、ケットシーの群れの中心に歪みが生じた。それは暗黒球となり、周囲の空間そのものを破壊しながら拡大し、なにもかもを飲み込むかのように暴れ回った。
ケットシーたちは、咄嗟に飛び退き、あるいは傘をそちらに向けた。破壊のエネルギー、その渦中へと。しかし、飛び退いたものはまだしも、傘を向けただけのケットシーは、敢えなく破壊の奔流に囚われ、飲み込まれていった。
巨大な魔力の渦がもたらすのは、徹底的な破壊である。
六体あまりのケットシーがその奔流に飲み込まれ、傘から上半身、下半身までもが粉々に打ち砕かれていった。
破壊の渦は消え失せると、残るのはもはや動くことのない幻魔の死骸だけだ。
魔法の攻撃範囲を逃れ、生き残ったケットシーたちが一斉に怒声を上げ、魔法攻撃を黒乃に集中させる。
水球の雨霰だ。
「白き盾」
真白が冷ややかに告げると、黒乃の前方に小さな魔法の盾が無数に出現し、水球の一つ一つを受け止めて見せた。全ての水球、そしてその飛散によって生じる水の刃の尽くが、魔法の盾によって防がれたのだ。
「届かねえっての」
真白の断言は心強く、頼もしい。
黒乃は、だからこそ、安心して攻撃に集中できるのだ。真白が側にいてくれる、ただそれだけのことが、黒乃を安定させているといっていい。
そんな九十九兄弟の連携を目の当たりにすれば、金田姉妹も黙ってはいられなかった。
「やるう」
「負けてらんないんだけど」
「本当に、そうね」
「じゃあ、久々にあれをやりますか」
「あれ、わたしだけが大変なんだけど」
「いいじゃん」
「よくないんだけど!?」
なにやら空中で言い合う二人を尻目に、義一が、魔法を唱えた。
「伍百肆式改・電渦乱」
義一は、法機の上から腕を振り下ろすような素振りを見せた。すると、ケットシーたちは、空中から攻撃が来るものと思ったのだろう。一斉に傘をこちらに向けた。しかし、義一が放った魔法は、ケットシーたちの足下から立ち上る超高圧の電流の渦であり、幻魔を足からあっという間に飲み込んでいった。
凄まじい電熱の渦が、瞬く間に数体のケットシーを灼き尽くす。
ケットシーは残り十体となった。
「……仕方ないわね」
朝子は、覚悟を決めると、友美に目配せした。友美の周囲には、既に律像が不完全ながらも最善といっても過言ではない精度で出来上がっている。
ならば、自分もより精度の高い魔法を紡がねばならない。