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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
青春の無能少年

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第三十三話 草薙兄弟

 六月十日。

 対抗戦の予選大会が央都おうと四市で行われる日である。

 央都には四つの市があり、それぞれ、葦原あしはら市、出雲いずも市、大和やまと市、水穂みずほ市という。葦原市が最初に誕生し、ついで出雲市が生まれるまでそれなりの時間がかかったが、出雲市から大和市、水穂市が誕生するまでにそこまでの時間差はなかった。

 央都四市の位置関係はといえば、葦原市の北に出雲市があり、西に大和市、東に水穂市がある。

 ちなみに、葦原市は南側が海に面しており、その海に決勝大会が行われる海上総合運動競技場が浮かべられている。

 今日は、平日である。

 にもかかわらず、予選大会が開かれるということもあり、央都四市は、常ならざる熱気と昂奮に包まれていた。

 予選大会を競技場で応援するため、休暇を取る市民もいるくらいだった。

 対抗戦は、いまや央都市民に欠かせないものとなっており、毎年この時期になると、対抗戦の話題が各種情報媒体を騒がせた。

 今年一番の注目といえば、新規則である予選免除権だろう。

 運営委員会によって突如として規則に盛り込まれたそれは、これまでの対抗戦の常識を覆すものであり、歴史を変えるものといっても過言ではなかった。

 これまでどれほどの強豪校であっても、予選大会を突破しなければ決勝の地に足を踏み入れることは出来なかった。

 それを突如、一校だけ免除するといいだしたものだから、大騒ぎだ。

 それも第一回目となる今年は、一度も決勝進出経験のない、万年最下位の天燎てんりょう高校に与えられたのだ。

 対抗戦を楽しみにしている市民が注目しないわけがなかった。

 そして、各高校の出場選手は、既に公式に発表されているということも、大きい。

 天燎高校の出場選手の中でもっとも注目を浴びているのが、幸多こうただった。

 それも必然だろう。

 対抗戦は三種競技、魔法競技の場なのだ。そんなところに魔法不能者が飛び込んでくるなど、正気の沙汰ではない。

 しかも、珍しい皆代みなしろという姓である。

 皆代統魔(とうま)に関する様々な記事が掘り起こされ、幸多という弟がいるという話がメディアを騒がせ、ネット上の話題を独占した。

 いまや央都でも知らぬもののいないほどの人気導士(どうし)である統魔の弟となれば、騒がれるのは当然の話だった。

 そうなったのは、各高校の出場選手が発表されてからのことだ。

 今となっては、天燎高校の生徒たちも教師たちも、俄然、幸多に注目していた。もちろんだが、幸多が活躍する可能性については考えられていない。

 ただ、珍奇な動物を見るような、そんなまなざしだった。

 それも致し方のないことだ、と、幸多は半ば諦めの境地に達していた。


 放課後、幸多たちは、いつものように部室に集まっていた。

 部室内の端末を操作し、幻板げんばんに試合結果を表示させ、食い入るように見ていた。

 対抗戦予選大会は、央都四市で同時間に開催される。午前九時に始まり、午後六時までには終わる予定になっている。

 部活が始まる頃には大勢たいせいが決しており、大方、らんの予想通りの結果となっていた。

 葦原市代表には星桜せいおう高校が、出雲市の代表には天神てんじん高校、大和市は叢雲むらくも高校で、水穂市は御影みかげ高校が、それぞれの市の予選大会一位となった。

 特に圧巻は星桜高校であり、他校を圧倒的な力で突き放す一位であり、さすがは常勝校というべき実力を見せつけたのだ。

「さすがは星桜高校だな」

「確かに手強そう」

 圭悟けいごと幸多は、試合結果だけでなく、試合内容を映像として確認しながら唸った。

 過去七度の優勝経験を持つ強豪校だけあって、対抗戦予選大会の勝ち方がわかっているようだった。

 どこでどう力を入れ、力を抜けばいいのかを理解し、選手間で共有している。

 そういった様子が見て取れる戦い振りは、熟練の域に達しているといってもいい。

 しかし、そんな結果に一人納得していない部員がいた。

「うーん……」

 中島なかじま蘭である。

 彼は、自身の携帯端末を操作し、なにやら難しい顔をしていた。

「なーんか不服そうだな?」

「いや、だって、これ見てよ」

 そういって蘭は、幻板を最大限に拡大して見せる。

 彼が幻板に映しだしていたのは、叢雲高校の全試合結果である。誰が出場し、どのような活躍をしたのか、その詳細が記されている。

「叢雲がどうかしたのかよ?」

「そういえば、草薙くさなぎ兄弟がどうとかいっていたっけ」

「あー、あのいけ好かない兄弟!」

 真弥まやが大声を上げたのは、英霊祭えいれいさいのことを思い出したからだ。

 草薙(まこと)は、統魔や世間に対する恨み節をこぼしていたから、幸多もよく覚えていた。もっとも、あの場では顔もよく見えなかったが。

「草薙兄のほうがほとんど活躍していないんだよ。今年一番の注目株で、叢雲高校の躍進を担ってる……はずなんだけど」

「つまり、だ。それが思い違いだった、ってこったろ。よくあることじゃねーか」

「そうは思えないんだよねえ……」

「草薙くんが決勝大会を見越して実力を出さなかったってこと?」

「ぼくは、そう考えてる」

 蘭は、その口振りからもわかるとおり、予選大会における草薙真の成績にこれっぽっちも納得していないようだった。

 幸多には、その辺の話はまったくわからないが、だからこそ蘭を信じ、草薙真を警戒した。



 叢雲高校は、順当に対抗戦大和市予選大会を突破した。

 妥当というほかなかった。

 大和市には、四つの高校がある。

 叢雲高校、勾玉まがたま高校、御鏡みかがみ高校、たける高校である。

 この四校の中では叢雲高校が実力で突出しており、話にならなかった。

 草薙真が、その本来の実力を発揮するまでもなかったほどだ。

 草薙真。銀鼠ぎんねず色の頭髪が特徴的な少年だ。平均よりは高めの身長で、均整の取れた体格をしており、目つきが鋭すぎるほどに鋭かった。群青色の瞳が、どんよりと濁っているように見えた。

 鈍色にびいろ基調きちょうとし、差し色として白が入った叢雲高校の制服は、似合っているといっていいだろう。

「おかげで兄さんを温存することができたんだ。他校が弱かったことには感謝しないと」

 草薙(みのる)が、安堵とともにいった。真の弟であり、兄と同じく銀鼠色の頭髪の少年である。鶯茶うぐいすちゃ色の目は、いつも物憂げで、常に考え事をしているように見えると評判だ。

 平均的といってもいい体格を、兄と同じ叢雲高校の制服で包み込んでいる。

 兄弟揃って歩いているのは、叢雲高校からの帰路だからだ。

 草薙兄弟は、祝勝会を開こうという生徒たちの輪から離れ、二人だけで家路についていた。そのことをだれもが知っているだろうし、だれも止めようとはしなかっただろう。

 実はともかく、真は協調性というものがない。昔はそうではなかったはずだが、あるときから他者に目を向けることもしなくなってしまった。親しかった友人たちとすら滅多に会話をしなくなったほどであり、実は何度となく困り果てたものだ。

 そんな真だが、その実力だけは絶対的だった。

 叢雲高校において、彼に敵うものは一人としていなかった。教師たちでさえも、真の前に敗れ去らざるを得ない。それほどの実力があれば、人格的に難があろうとも、文句の付けようもない。

 非の打ち所のない人間など、この世にはいないのだ。

 だから、というわけではないが、実は、真の補助に徹していた。そうすることで、真の圧倒的な力を存分に発揮させることができるのであれば十分だったし、それこそ弟である自分の役割だと考えている。

 そんな実から見ても。叢雲高校が予選大会を勝ち抜くことは決まり切ったことであり、なんら不思議なことではなかった。約束された勝利であり、なんら感慨がない。

 とはいえ、真が活躍するまでもなかった事実には、感謝したいくらいだった。もちろん、叢雲高校の選手たちが気張ったからこそではあるし、そのことを理解していない真でもあるまい。

「たとえ今日、本領を発揮することになっていたとして、優勝するのはおれだ」

 実の発言を受けて、真は、低く断言した。

 実は、真を見た。暗く燃えるように輝く目は、この世の中に対する深いいきどおりと、ある種の諦観ていかんに満ちている。

 それが、実の胸を締め付けるのだ。

「……そうだね。兄さんが優勝するよ」

 実は、真の言葉を否定しなかった。

 優勝するのは、この叢雲高校ではない。

 草薙真なのだ。

 草薙真ただ一人が優勝することにこそ、意味がある。そして、そのために鉄を打つようにして己を鍛え上げてきたのが、草薙真という人間である。

 兄が負けるわけがない。

 実は、確信をもって、断言できる。

 誰にだって胸を張っていえる。

 それほどまでの信頼を真に対して持っているのだ。

 初夏の風が生温い熱気を運び、二人の間を通り過ぎていく。

 決勝大会は、十日後だ。


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