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第三百三十七話 未来河花火大会(四)

 九十九つくも兄弟は、九月機関くがつきかん総合研究所のある出雲いずも市から葦原あしはら市に移動していた。

 それもこれも、百瀬ももせ姉妹に外の世界を知ってもらいたいということもあれば、未来河みらいがわ花火大会を間近で見物して欲しかったからだ。

 そのためにはまず、九月機関所長・高砂静馬たかさごしずまを説得しなければならなかったが、これはすんなりといった。

 静馬は、九十九兄弟にせよ、百瀬姉妹にせよ、自分の子供のように大切に想ってくれていたし、いつだって親身になって相談に乗ってくれるような人だった。

 だから、黒乃くろの真白ましろも静馬のことが大好きだったし、百瀬姉妹も静馬のことを実の父親のように想っているのだ。

 そんな静馬が、百瀬姉妹が初めて外界に触れるのを妨害するような真似をするわけもないということは、九十九兄弟が一番よくわかっていた。

 事実、二人の想像通りの結果になっている。

 百瀬姉妹は、今日、妖精の国(アールヴヘイム)を訪れて以来、初めてその外に出たのだ。

 愛らしい妖精そのもののような八人姉妹には、見るもの全てが目新しく、その視線は四方八方を飛び交った。驚きと興奮、好奇心に満ちた様々な反応は、九十九兄弟にとっては懐かしいものにほかならない。

 九十九兄弟もまた、箱庭の世界を飛び出した直後は、彼女たちと同じような反応をしたものだ。

 ただし、真白も黒乃も、彼女たちほど世間知らずではなかった。

 戦団に入ることが決まっていたということもあって、社会の常識や央都おうとの知識に関して、ある程度の教育を受けていたからだ。

 それでも外界の景色は、箱庭の内側とはまるで異なるものだったし、刺激的な魅力に溢れていたことをはっきりと覚えている。

 だから、妖精の国の外に出たばかりの少女たちの反応、その全てが可愛らしかったし、愛おしく思えてならなかったのだ。

 百瀬姉妹は、真白と黒乃にとって最愛の妹たちであり、故にこそ大切にしていたし、だからこそ外界を知って欲しいという気持ちがあった。

 妖精の国(アールヴヘイム)は、箱庭の世界だ。外界から隔絶されたその中には、一切の不安も苦しみも悲しみもなかったし、安寧と平穏だけがあった。けれども、同時に喜びも少なかったのではないか、と、九十九兄弟は思うのだ。

 外の世界は、確かに危険で一杯だった。それこそ、ここ最近は毎日のように幻魔災害が発生していたし、被害者も大勢出ている。身の安全だけを望むのであれば、閉ざされた楽園に隠れ住んでいるのが一番なのだろう。

 だが、それだけでは、なにも得られない。

 なにも、生まれない。

 九十九兄弟がこの四ヶ月余りで経験した様々な事物が、そう実感させる。

 百瀬姉妹は、外界に触れることで様々な反応を見せた。

 車に乗り、九月機関総合研究所を出て、葦原市に向かう間、彼女たちの反応が途切れることはなかった。彼女たちにしてみれば、なにもかもが新鮮な驚きに満ちていたに違いない。

 やがて葦原市に辿り着くと、今度は人の多さに驚きの声を上げた。

 未来河花火大会は、央都最大の夏祭りといっても過言ではない。

 人出は多く、どこもかしこも市民だらけだ。

 市内の警備に動員されている導士の数も、半端ではなかった。

 そして、屋台や出店の数も。

 未来河近くの駐車場で車を降りた九十九兄弟は、百瀬姉妹に急かされるまま、彼女たちの保護者である火村九重ひむらここのえとともにお祭り会場へと向かった。

 九十九兄弟は、百瀬姉妹が夏祭りの賑わいに目を丸くするだけでも嬉しかったし、彼女たちを連れてきて良かったと想ったものだが、なによりも夜になって花火が打ち上がり始めた瞬間の興奮ぶりたるや、しばらくは忘れないだろうと確信した。

 そんな矢先だった。

「まさか、こんなところで遭遇するとはね」

 そういって二人に声をかけてきた人物がいた。伊佐那義一いざなぎいちである。次々と花火が打ち上がっている最中のことで、九十九兄弟は顔を見合わせ、目を丸くした。義一と遭遇するのはありえることだったが、まさか彼から声をかけてくるなどとは考えもしなかったのだ。

 その上義一は、一人ではなかった。

「なになに、その子たち、かわいー」

「可愛いねえ、可愛いねえ」

 浴衣姿の金田朝子かねだともこと金田友美(ともみ)が、九十九兄弟の足に纏わり付くようにしている百瀬姉妹を見つけると、満面の笑みを浮かべた。百瀬姉妹は浴衣ではないが、真っ白な衣服を纏う彼女たちの姿は、妖精のように可憐かれんだった。

「あー……面倒くさいのに出会っちまったな」

「兄さん……」

 黒乃は、真白が憮然ぶえんとするのも無理からぬことだと感じつつも、そういった感情を隠そうともしない兄そのものにはため息しかでなかった。

 それから、黒乃は、義一たちに百瀬姉妹と火村九重のことを紹介した。

 金田姉妹は、一瞬で百瀬姉妹のことが気に入ったようらしく、なにかとちょっかいをかけた。百瀬姉妹も、初めて九月機関外部の人間と触れ合うということもあり、興味津々といった様子だった。

 それそのものは、良かった。

 義一も悪い人間ではなかったし、金田姉妹からも悪意や邪気を感じることもない。

 大人数になってしまったが、それも悪くない――などと真白たちが考えていると、今度は異変が起こったのだ。

 次々と打ち上がる花火の中に、巨大な閃光が混じり始めた。

 それは最初花火師による演出なのだろう、と、誰もが想ったはずだ。

 真白も黒乃も義一も、金田姉妹だって、そう考えた。

 当たり前だ。

 徹底的に管理運営されているはずの花火大会に異物が混じるなど、到底考えられることではなかった。

 だが、閃光が音楽と全く同調しておらず、花火をも飲み込むほどに巨大で威圧的なものだということになれば、話は別だ。

「あれは……攻型魔法こうけいまほうだね」

 義一がそうつぶやいたことで、九十九兄弟、金田姉妹が抱いていた疑念は確信へと変わった。そして、義一を見れば、彼の黄金色の瞳が光を帯び、真眼しんがんを発揮していることがわかった。

 魔法は、魔力の具現であり、魔力とは魔素まそを練り上げることによって生み出されるものだ。魔素には色があり、様々な傾向がある。そして、いま義一が閃光の中に見出したのは、破壊的な傾向であり、それは数々の花火魔法には全く見られないものだ。

 花火魔法は、ただの想像力の投影であり、そこには一切の攻撃力がなく、破壊力もない。誰も傷つけることなく、ただ人々を楽しませるだけの魔法。

 まさに、素晴らしい芸術作品そのものだ。

 だからこそ、巨大な閃光に含まれる微量な破壊の力に飲み込まれ、掻き消えてしまう。

「攻型魔法だって?」

「誰かが花火大会を邪魔してるってこと?」

「なんのために?」

「そんなこと、ぼくがわかるわけないだろう。……転身てんしん

 義一は、すみやかに転身機てんしんきを作動させると、私服から導衣どういへと着替えた。

 本来、義一たちは休養日である。つまり、非番なのだ。だが、万が一に備えておくのは、導士の常だ。いつ何時なにがあるのかわからないのがこの世界だったし、不測の事態の対応するのは、非番であろうが関係がない。

 央都防衛構想の抜本的な見直しによって、そういう風になってしまった。

 九十九兄弟も金田姉妹もすぐさま転身機を起動し、導衣へと着替えた。

 五人が次々と導衣に着替えたのは、未来河の河川敷である。人集りの真っ只中といってよく、周囲の市民がその光景に声を上げるのも当然と言って良かった。

 百瀬姉妹も、驚きと興奮を隠せない様子だった。

『未来河花火大会会場周辺にて待機中の全導士に通達。現在、花火大会が何者かの魔法による妨害行為を受けている。近辺を捜索し、妨害者の存在を確認次第、拘束せよ。繰り返す――』

 導衣の通信機から聞こえてきたのは、情報官の声であり、作戦司令部からの指示である。

 九十九兄弟は、顔を見合わせた。金田姉妹も義一もやる気になっていて、九十九兄弟も出向くべきなのだろうという状況だ。

 しかし、真白たちには、妹たちがいる。

「任務だろう。行きなさい。この子たちの面倒はわたしが見ておくよ」

 そういって、九十九兄弟を送り出したのは、火村九重である。火村は、九十九兄弟に魔法を始めとする戦闘技術を叩き込んだ担当教官だ。九十九兄弟にとっては、高砂静馬に次ぐ第二の父のような存在だった。

 だから、二人は彼に全幅の信頼を寄せていたし、百瀬姉妹も彼になら安心して任せられるのだ。

「よろしくお願いします!」

「ぼくたちは行ってくるからね。良い子にしてるんだよ」

 真白が九重に頭を下げれば、黒乃は妹たちに笑いかける。

「はーい!」

「おにいちゃん、がんばって!」

「けがしないでねー!」

「きをつけてねー!」

 百瀬姉妹は、法機ほうきを取り出して空に飛び立とうとする九十九兄弟に精一杯の声援を送る。

 導士たちを応援するのは、なにも身内だけではない。周囲の市民が突如出現し、空高く舞い上がった導士たちに限りない声援を送った。

 花火は打ち上がり続けていて、そこに混じる閃光の数も増え続けている。


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