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第三百三十五話 未来河花火大会(二)

 太陽が西の彼方に沈んでいく最中、未来河みらいがわ水面みなもが夕日を跳ね返してきらきらと輝いていた。

 真夏。

 気温は未だに高く、流れる風は生温なまぬるい。

 じきに夜になる時間帯だ。

 夜になれば、未来河の上空に花火が打ち上がり始めるだろう。

 それはそれは豪華絢爛ごうかけんらんな花火大会が始まるのだ。

 央都おうと市民の多くは、この花火大会を楽しみにしていて、だからこそ葦原あしはら市は現在、一年でもっともひとが集まっている状態といっても過言ではなかった。

 花火大会は夏の風物詩だが、とはいえ、葦原市の専売特許などではない。央都四市ならばどこでも行われるものだ。なのに、未来河花火大会目当ての央都市民が、未来河周辺に溢れかえっている。

 対抗戦決勝大会のときもかなりの人が会場に集まったものだが、そのときとも比べものにならないくらいの数の市民が、未来河の土手や河川敷を埋め尽くしているのだ。

 英霊祭えいれいさいに匹敵するのではないかというくらいだった。

 央都の人口が百万人を突破したのはつい最近のことだが、そのうちのどれほどがこの大河の周囲に集まっているのだろうか、などと考えてしまうほどだ。

「相変わらずの人数だなあ」

「皆、花火大会の雰囲気そのものを楽しみたいんだよ。わたしたちみたいにさ」

 圭悟けいごがあまりの人の多さにうめくようにいえば、真弥まやがそんな彼の言動をたしなめて見せる。その隣で、紗江子さえこがくすくすと笑った。

「そうだよ。米田よねだくんだって、楽しみにしてたくせになにいってんだか」

「誰が楽しみにしてたって?」

「その格好でそんなことをいってもなんの説得力ないんだけど」

 らんがやれやれと頭を振るのも当然だった。

 圭悟は、花火大会目当ての人々と同じように浴衣に身を包んでいたのだ。

 圭悟だけではない。

 蘭も、真弥も、紗江子も、それに愛理あいりも、幸多以外の全員が、浴衣を着こなしている。

 幸多だけが今朝と変わらない格好だったのは、この花火大会に見合った格好に着替えるには、一度実家まで戻らなければならないという問題があったからだ。

 市内に実家があり、いつでも着替えに帰ることができる圭悟たちとは大きく違うのだ。

 皆、浴衣姿が似合っていたし、花火大会の空気感に溶け込んでもいた。

 そんな空気感とは相容れない幸多の姿も、ある意味ではお祭り騒ぎに相応しいものといえるのかもしれないが。

「おれはおまえらに合わせてやっただけでだな」

「誰も合わせて欲しいだなんていってないけど?」

「無理をさらずとも良ろしいのですよ?」

「そうそう、嫌なら嫌だっていえばいいんだよ」

「別に嫌だといってるわけじゃあ……」

「圭悟お兄ちゃんって面倒くさいひとだね」

「うっ……」

 愛理が幸多に向かってこっそりとつぶやいた一言は、圭悟に思い切り突き刺さったようだった。彼はその場に立ち止まり、頭を抱え込む。

「人の邪魔になるから、立ち止まらない」

「お、おう」

 真弥に叱責しっせきされ、圭悟は素早く幸多たちの元に戻ってきた。

 幸多たちは、未来河の土手の上を歩いている。道幅は広いものの、車道が大半を占めていることもあり、本来ならば通行人によって埋め尽くされることはない。が、英霊祭といい花火大会といい、大きな行事があるときには車による交通が規制され、人々が我が物顔で歩き回れるようになっているのだ。

 今が、そうだ。

 土手の上の道も、河川敷も、どこもかしこも人、人、人――央都市民が未来河周辺を埋め尽くしていた。

 圭悟たちのように浴衣を身につけている人もいれば、夏らしい格好の人々もいるし、なんらかのコスプレをしている人もいる。祭りの楽しみ方は様々で、それぞれにこの空気感そのものを満喫しているようだった。

 ここ最近、央都やネノクニでは大きな事件が立て続けに起きていて、それら事件に関する報道合戦は加熱する一方だ。それら錯綜する情報の数々に熱狂するような人間ばかりではなく、多くの市民が、そうした事件の余波に悲しみ、苦しんでいるのが実情なのだ。

 そして、そのような悲しみや苦しみは、央都が地上に存在する限り、いや、地上が幻魔によって埋め尽くされている限り、なくならないものなのだということもまた、誰もが理解していた。

 この世から幻魔が消えてなくならない限り、幻魔災害はいつだって起こりうる。

 だからこそ、明るい話題に意識を集中させたいのだし、こういう行事は全身全霊で楽しむべきなのだ――と、央都の人々は考えるのだ。

 幸多たちも、この花火大会を全力で楽しんでいた。

 朝から今までほとんどの時間をこの六人で過ごした。未来河周辺で食べ歩いたり、話し込んだり、遊んだり、色々なことをした。

 幸多は、心が洗われるようだ、と改めて想ったものだ。

 圭悟たちのような親友と呼べる人達がいるということが、愛理のように自分を慕ってくれる人がいるということが、どれほど大きな力になるのか、今ならばはっきりとわかる。

 自分がなにを成すべきなのか。

 自分がどうやって行くべきなのか。

 幸多は、圭悟たちと触れ合う度に自覚していくのだ。

 彼らのためにこそ、自分は戦うべきだ。

 復讐も大事だが、それだけでは道を見失いかねない。復讐心に身を焦がしすぎた結果、周囲に多大な被害を起こしかねないような失態をしているのだから。

 圭悟たちの平穏を守るために戦うのだと念頭に入れておけば、いざというときにも我を忘れずに済むのではないか。

 そんなことを、愛理の小さな手を握り締めながら、想う。

 愛理だって、そうだ。

 彼女は、近い将来、星央魔導院せいおうまどういんに入る。早期入学試験に抜群の手応えを感じたというのだから、合格間違いないだろう。

 そんな彼女の未来を奪うようなことがあってはならない。

 それが幸多の暴走の結果によるものだったとしたら、どうだ。

 幸多は、友人たちと他愛のない会話をしながら、深く重く考え込んでいた。

 道行く人々の幸福そうな表情や言動、こちらに向けられる携帯端末が発する閃光、市民の様々な声援――幸多を取り巻く現実が、彼の意識を塗り潰していく。

「ここら辺がいいかな?」

 真弥が足を止めたのは、未来河の中程とでもいうくらいの位置でのことだ。地理的に言えば、葦原市中津区(なかつく)旭町あさひちょうのやや南側である。

 真弥は、土手の斜面を見下ろしている。周囲の斜面には、既に何十人もの人が陣取っていて、空いている場所というのは真弥が見下ろした辺りくらいにしかなかった。

「まあ、いいんじゃねえの」

「打ち上げ会場はあっちだし、ちょうどいいかもね」

「あまりにも近いと首が痛くなりそうですものね」

 圭悟は、早速土手から斜面へと降りると、鞄から敷物を取り出し、広げた。それを魔法で以て抑えつければ、それだけで陣地の完成である。後は、各々座ればいい。

 圭吾がどっしりと座り込むと、友人たちがそれぞれ思い思いの場所に腰を下ろす。

 愛理が敷物の前の方の空白を手で示し、幸多を振り返った。

「じゃあ、お兄ちゃんはここ!」

「え、ああ……うん」

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

 幸多は、愛理に心配させたくなく、笑顔を向けた。

 愛理は幸多の笑顔を見ただけですっかり安心すると、敷物の上に腰を下ろし、幸多に自分の隣に座るようにと急かした。

 幸多が素直に彼女の指示に従うと、圭悟たちはそんな二人のやり取りに微笑んだ。

 本当に仲のいい兄妹のようだ、と、圭吾は思ったし、真弥と紗栄子は愛理の幸多への溢れんばかり好意が伝わってくるようで、見守って上げたくなるのだ。

 蘭は、といえば、友人たちとのこの時間を記録するべく、携帯端末を回している。この六人で一緒にいられる時間は、きっと限られている。だからこそ、記憶に刻みつけなければならないし、記録として残しておきたいのだ。

 六人の眼下には、河川敷が横たわっていて、無数の屋台や出店が立ち並び、それを目当てにした人の数たるや膨大極まりないものだった。

 央都でも英霊祭に次ぐ祭りということもあり、動員される警備員の数も大量であったし、導士たちも市内各所で任務についていることだろう。

 日が、完全に沈んだ。

 頭上には夜の闇が訪れていて、星々が輝きだしている。月が異様なほどに大きく感じられるのは、気のせいだろう。夜風は、やはり生温いが、風に揺れる草花の音がなんともいえない夏の風情ふぜいを感じさせた。

 しばらくして、未来河花火大会に関する音声案内が響き渡り、各所から歓声が上がった。

「始まった!」

 愛理が一際大きな声を上げると、遥か遠方、未来河の中州から光が立ち上った。

 一発の光球が、光の尾をきながら天へと昇り、夜空に巨大な花を咲かせる。そして、遅れるようにして大きな破裂音が鳴り響いた。

 未来河花火大会が、いままさに始まったのだ。



 未来河花火大会の開催は、未来河周辺に集まった市民を歓喜させ、興奮させたようだった。

 頭上に咲き乱れる光の花々は、絢爛としか言いようのないくらいに美しく、まばゆい。見た目に鮮烈せんれつなだけでなく、響き渡る轟音ごうおんも、それとともに伝わってくる波動も、臨場感をたっぷりに実感させるのだ。

 これが本場の花火大会であり、本物の花火大会なのだ、と、彼らは思うしかない。

 ネノクニでは、ありえないことだ。

 ネノクニに打ち上げられる花火といえば、立体映像の紛い物でしかなく、見た目にこそ綺麗であり、幻想的だが、迫力も臨場感もあったものではなかった。

 細胞が沸き立つような興奮を覚えることもなければ、轟音に打ちのめされるのではないかという感覚もない。

 なにもかもが偽物の、作り物。

 それがネノクニだったのだ、と、長谷川天璃はせがわてんりは思うのだ。

「素晴らしいね」

 天璃がつぶやけば、近藤悠生こんどうゆうせいも松下ユラも大きく頷いた。

 ここには、確かな本物が有る。

 それは、三人に共有する想いだった。


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