第三百三十話 夏休み(五)
「なるほどねえ」
「皆代くんにそんな才能があったなんて、気づかなかったわ」
「そりゃあ、導士様だからな。人を導くのも導士様の役割ってこった」
「米田くんとは違いますものね」
「ひでえな」
「それでね、それでね――」
圭悟たちが盛り上がっているのは、幸多と愛理の関係について、だった。
葦原市中央公園を歩きながら、他愛のない会話を交わす。
それだけのことにこれほどまでの幸福感を覚えるのは、きっと、地獄のような現実を目の当たりにしたからに違いない、などと、幸多は想う。
六人で連れ立って歩いていると、時折、見知らぬ市民から声がかけられた。無論、幸多にだ。
幸多は、市民の声に応えるのも導士の務めである、と、教わったばかりだった。
戦団は、広報部を通じて導士を売り出し、市民の人気を得ることに力を注いでいる。星将を始め、人気や知名度の高い導士は、様々なグッズが販売され、その売り上げが戦団の財源の一つになっている――というのは言い過ぎにしても、それなりに活用されているのは間違いない。
導士の人気が高まれば戦団に入団しようという市民が増えるのではないかという考えもあれば、単純に市民と戦団の関係性を良好にし、その状態を維持したいという考えも強く働いているのだ。
戦団は、央都の守護者であって、支配者ではない。実質的な支配者ではあるが、遠い将来まで支配者として君臨し続けるつもりなどはないのだ。
戦団最大の目的は、人類復興である。
そのためにこそ、央都守護を担い、幻魔殲滅のために戦っている。
人類復興が成された暁には、戦団は、解体されるか、存続するとしても大きく形を変えることになるだろう、というのが今現在の戦団の考え方だ。
ただ、人類復興が成されるのだとしても、遙か遠い未来になることは間違いなく、それまでは央都の守護者にして支配者として、この地に君臨し続けなければならない。
だからこそ、市民とのより良い関係性を築き上げたいというのが戦団の考えなのだ。
幸多は、市民の声に応え、手を振ったり、笑顔を見せた。携帯端末での撮影に応じるのも、導士の務めだ。
「大変だな、導士様ってのも」
「これも仕事だからさ」
「それが大変なんだって。ぼくには耐えられないなあ」
圭悟と蘭は、幸多が時折見せる市民への対応を素直に褒め称えた。それと同時に、幸多が今や央都有数の有名人になったのだという事実に圧倒される気分でもあった。
元より魔法不能者で対抗戦優勝に貢献し、最優秀選手に選ばれたということで知名度は高かったはずだが、入団以来の様々な出来事が彼をあっという間に圭悟たちの手が届かない位置に押し上げてしまっている。
それにも関わらず、こうして今まで通りに付き合ってくれるのだから、幸多のことがますます好きになるのは当然だった。
「でも、皆代くんの笑顔は素敵だと想うな」
「お兄ちゃん、かっこいいし、皆が撮りたくなるのもわかるよ!」
「そうかな?」
「そうだよ! ね、お姉ちゃん」
「うんうん!」
「そうかな……?」
幸多は、愛理と真弥の迫力に気圧されながら、怪訝な顔をした。褒めてくれるのは嬉しいが、容姿を褒められることには慣れていないということもあり、どんな反応をすればいいのかわからなかったのだ。
そんな風にして、六人は歩いて行く。
愛理は、魔法の訓練はいつでも出来るといい、幸多たちと一緒に遊び回ることに決めたようだった。
今日は、八月四日。
八月最初の日曜日である。
葦原市で八月最初の日曜日といえば、例年、花火大会が開催されると決まっている。
いわゆる、未来河花火大会である。
今日、圭悟たちが幸多を誘ったのは、一緒に花火を見たいという理由からだった。この機会を逃せば、もう二度と一緒に花火大会を楽しむ事なんてできないかもしれない、と、圭悟たちは考えてしまっていた。
幸多は、加速度的といっても過言ではないくらいの速さで昇級している。
つい最近戦団に入ったばかりだというのに既に閃光級三位なのだ。一年後には、どうなっているものか。
そして、階級が上がれば上がるほど忙しくなるのが導士の常だ。
輝光級以上の導士ともなれば多忙を極めるものであり、圭悟たちとくだらない話をしながら花火大会を満喫する暇なんてあろうはずもない。
そう思えば、居ても立ってもいられなかった。
幸多との思い出をたくさん作りたいというのは、圭吾たち四人に共通した願いだった。
「結局、天輪スキャンダルってのは、なんだったんだ?」
圭悟が足を投げ出しながら幸多に尋ねたのは、屋台村で色々と買い込んだ後のことだ。
屋台村は、花火大会などのお祭り期間中にのみ、中央公園内の一角に出現する。英霊祭のときにも、中央公園の賑わいに一役買っていたのはいうまでもないだろう。
広場に並ぶ長椅子の一つを占拠し、六人それぞれが確保した食べ物や飲み物を手近に置いている。幸多の右隣には圭悟が座っていて、左隣には愛理が陣取っている。愛理は、常に幸多の側から離れなかったし、隣を取られるのを嫌った。
愛理が幸多に懐いていることは誰の目にも明らかであり、その執着心の強さが彼への全幅の信頼から来るものだということもわかっていたから、圭悟たちもなにもいわなかった。
ただ、微笑ましく思っているのだ。
とはいえ、愛理も幸多とばかり話しているわけではなく、真弥や紗江子とよく話し込んでいた。その話題の中心は幸多だったりするようで、愛理の知らない幸多の話を真弥や紗江子から聞き出そうとしているようだった。
「さあ、なんだったんだろう」
幸多は、特殊合成樹脂製の容器に入ったたこ焼きを、同じく特殊合成樹脂製の楊枝で突き刺しながら、とぼけて見せた。
「とぼけやがって。守秘義務って奴かよ」
「そりゃあ……話せることには限りがあるよ」
「当たり前だよねえ」
「おれらは当事者で、被害者だぞ」
「でも、だからってなんでもかんでも話していいわけないでしょ」
たこ焼きを頬張る幸多の代わりといわんばかりに、蘭が苦笑した。
それは当たり前の話だったし、圭悟が理解していないわけもない。
それでも、圭悟は、幸多に聞きたいことが山ほどあったし、知りたいことも大量にあった。それこそ、圭悟は当事者中の当事者といっても、言い過ぎではないのだから。
「……親父は、財団を辞めたよ」
「ええ?」
「天輪スキャンダルは、天燎鏡磨が主導し、ネノクニ支部を使って起こした大事件――それが財団の発表ってことは、知ってるよな」
「……うん」
幸多は、たこ焼きの具がもたらした熱を冷ますように炭酸飲料を口に運びながら、頷いた。唐突な告白がもたらした衝撃的な事実に、頭の中が混乱する。
幸多にとって圭吾の父親とは、多少面識がある程度の人物に過ぎない。しかし、米田圭介が、圭吾のことを愛しているということには疑いを持っていなかったし、複雑な親子関係が少しでも早く修復してほしいと願っていたところだった。
「財団は、あの事件の全責任を天燎鏡磨一人におっかぶせようとした。が、それはいくらなんでも無理がある。そりゃあそうだ。あれだけのことをたった一人の人間が出来るわけがねえ。いくら天燎鏡磨が財団の理事長で、財団で二番目の権力者だったとしても、だ」
圭悟は、焼きそばが山盛りになった容器を手にしたまま、頭上を仰いでいた。長椅子の背後に聳える大樹、その青々とした枝葉の隙間から降り注ぐ陽光が、やけに眩しく感じるのは、陰影のせいだろうが。
風が枝葉を揺らし、零れ落ちる光を揺らめかせる。
「どれだけ天燎鏡磨に権力があろうとも、あれだけのことを行うには、どうしたって数多くの協力者が必要だ。そんなもん、ガキにだってわかる。そこで、財団は、ネノクニ支部を天燎鏡磨の協力者に設定したのさ。財団を護るために。親父は、ネノクニ支部の総合管理官だったからな。当然、ネノクニ支部の行動に関する全責任を負わされた。蜥蜴の尻尾切りって奴だな、ありゃ」
圭悟が、大きく嘆息する。
幸多は、彼の父である米田圭助の厳めしい顔つきと、その穏和としかいいようのない言動を思い浮かべた。悪い人ではなかった。少なくとも、幸多には、そう思えたし、圭悟のことを心の底から大切に想っているようにも見えた。
圭悟は、そんな父親のことを心底嫌っていたようだが、しかし、いま彼の言葉からはそのような嫌悪感は感じ取れない。
きっと、色々とあったのだ。
幸多の与り知らないところで、圭悟の中のわだかまりがわずかばかりでも薄れるような出来事があったのだ。解消とは行かないまでも、なにか大きな事が。
それこそ、天輪スキャンダルが原因となったに違いない。
「……親父は、なにも知らなかったらしい。いや、イクサについては知っていたんだ。イクサは、革新的で革命的な発明になると思っていたんだと。けど、イクサの本質についてはなにも知らなかったし、天燎鏡磨が戦団を排除するために計画していただなんて、知る由もなかったんだよ」
圭悟が吐き捨てたのは、天燎鏡磨であり、天燎財団だろう。
彼が、広場にいる他の誰にも聞こえないようにいう言葉の数々には、蘭や真弥たちも同情を禁じ得ないようだったし、多少なりとも同じような気持ちであるらしかった。
幸多は、圭悟の遠くを見遣る眼差しを見つめながら、言葉を探した。
彼に言ってあげられるようなことはないものか。




