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第三十二話 二人の誕生日

「残念だねー、たいちょ」

「なにがだ」

 香織かおりが心底楽しそうにいってきたものだから、統魔とうまは、渋い顔をした。

 彼女がなにを言いたいのかは、わかりすぎるくらいにわかっている。

 イワフネ型輸送車両内には、皆代みなしろ小隊の面々が乗り込んでいて、それぞれ自分なりの方法でくつろいでいた。つるぎは無線型のイヤホンをつけ、携帯端末から流している音楽を聴いていたし、枝連しれんは魔法の訓練と称して瞑想している。あざなは携帯端末で調べ物をしており、香織は統魔をからかっている。

 統魔は、香織に眠りを邪魔されている。

「だって、衛星任務だよ、衛星任務。これじゃあ愛しの弟くんの活躍を生で見られないじゃん」

「別に生で見る必要ないだろ」

「またまたー、本当は作戦部を恨んでるっしょ」

「恨んでねえっての」

「なんでそう嘘をつくのかしらねー、あざりん」

 眩いばかりの笑顔を浮かべながら抱きついてくる香織に対し、字は、大きく嘆息して見せた。そんなことでは香織がへこたれることもなければ、なんの効果もないことを知っていて、それでもせざるを得ないのだ。

 ため息をつきたいのは、統魔自身だ。

 急な衛星任務は、いつものことだ。それ自体は問題ではなかった。

 誕生日当日に言い渡され、直行することになるというのも、よくあることと割り切れる。

 戦団は、多忙だ。

 常にどこかしらの部署がなんらかの活動を行っていて、全体が休んでいる時間というものはなかった。

 戦闘部ならば、なおさらだ。

 戦闘部は、日夜、戦いの中に身を置いている。常在戦場とはよくいったもので、どこにいても幻魔げんまとの戦闘になる可能性があり、油断はできなかった。

 無論、非番の日がないわけではなかったし、休養日の導士どうしが、幻魔災害が発生したからと現地に急行する必要などはない。

 福利厚生も行き届いている。

 戦団ほど福利厚生に心血を注いでいる組織もないのではないか、といわれるほどだ。

 それはそれとして。

 字は、車両内の薄明かりでもはっきりとわかる統魔の顔を見つめた。複雑そうな表情が彼の心情を物語っている。

「でも、本当によろしいのですか?」

「ん?」

「隊長、弟さんと約束していたのでは?」

「えっ、そうなの!? それだったら最悪じゃん!?」

「いいんだよ、仕事なんだから」

 統魔は、騒ぎ立てようとする香織を字に抑えつけるよう目で指示を送りつつ、つぶやいた。

「それに、誕生日なんて、毎年やってくるんだ。一度や二度くらい祝えなかったからって、どうということはないさ」

 今日は、六月五日。

 統魔と幸多こうたの誕生日である。

 幸多が葦原市に出てきたこともあり、また、統魔に時間が取ることができたため、二人揃って誕生日を祝おうという話になっていた。

 その予定だったのだが、つい先程突然言い渡された衛星任務によって、予定がすべて消し飛んだ。

 もちろん、そんなことは織り込み済みで戦団に入ったのだから、文句をいう筋合いもなければ、理屈もない。

 幸多も、任務ならば仕方がないといっていたし、統魔もそう思っている。

 まさか、香織や字にほじくり返されるとは思ってもみなかったのだが。

「しょうがない、あざりん、わたしたちで隊長の誕生日会をしましょう」

「いいですね、それ」

「なんでこういうときは乗り気なんだ」

「いいじゃないですか、隊長の誕生日会」

 とは、剣。どこから話を聞いていたのか皆目見当もつかないが、彼は、目を輝かせていた。枝連も話に入ってくる。

「それはいい。暇潰しにもってこいだ」

「しれっち、それは駄目よー。目一杯の愛情を込めないと」

「いらないから、愛情とか、重すぎるから」

 統魔は、隊員たちが盛り上がる様に頭が痛くなりながら、窓の外に目を向けた。

 イワフネ型輸送車両は、葦原市中津区なかつく本部町ほんぶちょうにある戦団本部を出発し、第二衛星拠点を目指して移動中だった。

 いま西稲区せいとうく中津町なかつちょうを抜け、葦原市外へと至ったところである。

 葦原市の外は、空白地帯と呼ばれる荒涼こうりょうたる大地が横たわっており、どこを見てもなにもないといっても過言ではない風景が広がっている。

 まさに殺風景というべきか。

 生気のない黒々とした大地は、歪にも大きく隆起し、あるいは著しく陥没しており、道と呼べるようなものはどこにもなかった。

 空白地帯にそんなものを作ろうとしても、すぐに無駄になるからだ。

 空白地帯には、野良とも野生ともいわれる幻魔が潜んでおり、いつどこで戦闘が起こったとしてもおかしくはなかった。それが幻魔と導士の間によるものであれ、幻魔同士のものであれ、周囲の地形に相応の打撃を与えることになるのは疑いようがない。

 何度か央都四市から衛星拠点までの道路が敷かれたことがある。が、いずれの場合も徒労に終わった。幻魔との戦闘によって大打撃を受け、そのたびに復旧作業を要したからだ。

 央都市民の住む市内ならば、幻魔災害による被害箇所を速やかに復旧し、維持するのは当然のことだ。が、戦団以外が利用することのない空白地帯の道を整備し、維持し続けるのは、無理難題のように思われた。

 なにより資源の無駄と判断された。

 衛星拠点とは、そんな空白地帯各所に築かれた戦団の防衛拠点である。

 央都四市を取り巻く衛星のような拠点、という意味で、衛星拠点と呼ばれるようになったという。全部で十二の衛星拠点があり、央都四市の周囲に散らばっている。

 それら衛星拠点に出向することを衛星任務といい、戦闘部の各軍団、各小隊に定期的に命じられる。数ヶ月に一度の割合だが、およそ一ヶ月間、衛星拠点に籠もりっきりの缶詰に等しい状態になるため、あまり喜ばれる任務ではない。

 とはいっても、衛星拠点は戦団にとっての最前線である。最前線任務とも呼ばれるように、この任務を好む導士もいたりする。

 衛星任務は、央都四市以上に幻魔と直接戦闘する機会があり、衛星任務中に昇進することはよくあることだった。

 統魔が急速に階級を駆け上がることが出来たのも、衛星任務で多数の幻魔を討伐したからだ。

 だから、というわけではないが、衛星任務そのものに悪い印象はない。

「というわけで、突発! 愛情一杯夢一杯、我らが希望、皆代統魔大誕生日大会を開催しまーす!」

「おー、いいぞー!」

「ひゅーひゅー!」

「素晴らしいです!」

 何やら盛り上がっている隊員たちを尻目に、統魔は、窓の外に広がる無辺荒野むへんこうやを見つめ続けていた。

 幻魔が蠢く大地は混沌としていて、この世の終わりが具現したかのようだった。

 そして、車両内には、香織たちによって別種の混沌が生まれようとしていた。



 幸多は、なんともいえない幸福感の真っ只中にいた。

「誕生日おめでとー!」

「おめでとうございます!」

「めでてえなあ」

「おめでとう、皆代くん」

 真弥まやが、紗江子さえこが、圭悟けいごらんが、幸多の誕生日を全身全霊で祝福する。

「ありがとう、ありがとう!」

 幸多は、そんな友人たちに感謝の言葉を返すことしか出来なかった。

 天燎高校てんりょうこうこうに程近い場所にある喫茶店フランベルジュ、その一室を借り切っており、室内には幸多たちだけがいた。

 テーブルの上には、山ほどのケーキや様々な料理、飲み物が並べられているのは、幸多の大食漢振りを知ってのことだ。

 練習で腹を空かせたであろう幸多には、目一杯腹一杯食べさせたいという圭悟の意図もある。

「うむ、実にめでたい」

「本当に良かったわねえ」

 法子ほうこ雷智らいちが幸多を祝えば、

「なんか、おれたちまで一緒ですまん」

「本当、場違いすぎるぜ」

 怜治れいじ亨梧きょうごは、場の空気感に飲まれて縮こまっていた。

 部活が終わり、家路に着こうとしたとき、圭悟の提案によって幸多の誕生日会が開かれる運びとなったのだが、それは幸多にとっても予期せぬ出来事だった。

 そしてそれには、当然のように部員全員が参加することとなった。

 怜治と亨梧の二人は、自分たちが加わるのは申し訳ないという理由で断ったのだが、圭悟が強引に連れてきたのだ。

 今日に至るまでのおよそ二ヶ月間、を上げることなく練習についてきた二人を仲間はずれにするのは、それこそありえない、と、圭悟はいった。

 幸多は、そんな圭悟の主張に強く共感したし、圭悟の価値観、考え方に惹かれもした。

「んなこたあねえよ。おまえらがいるからって空気が悪くなるわけもあるまいし」

「そうか……?」

 圭悟が闊達かったつに笑えば、怜治と亨梧は顔を見合わせた。

 二人にしてみれば、負い目があるのは当然だった。

 二人は、曽根伸也そねしんやに従い、暴力沙汰を引き起こしたのだ。それは曽根伸也に逆らえなかったからにほかならないし、二人が直接手を下したことはないのだが、だとしても、二人からすれば同じことだった。気まずくなっても致し方のないことなのだ。

 あれだけのことをされて、もはやまったく気にも留めていない圭悟のほうが、普通ではない。

 もっとも、圭悟に怪我をさせたのは曽根伸也であり、二人はまったく関係のないことではあるが。

 だから、圭悟も、二人を責めたりしないのかもしれない。

「そうだよ、ぼくももう気にしてないし、さ」

 幸多が二人にいえば、怜治と亨梧もしばし考え、納得したような顔をした。

 曽根伸也の暴力沙汰は、幸多を狙って引き起こされた。その幸多が許してくれているのだから、そこまで気に病むことではないのではないか。とっくに謝罪は済ませているし、罪滅ぼしに対抗戦部に入ったのだ。

 怜治も亨梧も、なんだか救われたような気分になって、目の前のケーキにかぶりつく。

 幸多も負けじとホールケーキにかぶりつき、友人たちの笑いを誘った。

 幸多は、誕生日会を満喫し、幸せな気分で一杯になった。

 その幸福な気持ちは、家に帰っても続いていた。

 統魔に任務が入り、二人での誕生日会がなくなったときには落胆したものだが、そのおかげで友人たちと最高の時間を送ることができたのだとすれば、悪いことばかりではなかった。

 そのことを携帯端末越しに統魔に伝えると、彼はぐったりしたような声で恨みがましくいってきたものだった。

「おまえがうらやましいよ、おれは」

「どうしたの? なにか問題でもあった?」

「あったよ、大ありだ」

 統魔は、新野辺しのべ香織によって引き起こされた惨事さんじについて、滔々《とうとう》と語った。

 幸多が眠りに落ちるまで、彼の愚痴は終わることなく続いたのだった。

 幸多は、来年こそは統魔と祝いあうことを夢に見て、いつの間にか眠ってしまっていた。

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