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第三百二十七話 夏休み(二)

 八月に入ると、夏の日差しが強まるのと時を同じくするようにして、伊佐那いざな家本邸での合宿も熱を帯び始めていた。

 座学ざがく、身体の鍛錬、魔法の研鑽けんさん、幻想訓練――幸多こうたたち七名の合宿参加者は、日々、それらに時間を費やし、全力を注いだ。

 座学では、戦団本部から派遣されてきた戦闘部以外の部署の導士どうしたちが、教鞭を振るった。幸多たち新人導士が学ぶべき物事は数多と有ったが、それらを一から懇切丁寧こんせつていねいに、そして徹底的に叩き込んでいった。

 また、長時間の任務に堪えられる肉体を作り上げることも奨励され、現実世界での猛特訓も行った。

 魔法の研鑽は、魔法士まほうしたちにとっては当たり前の日課といても過言ではない。

 座学ではほとんど学ぶ必要のない義一ぎいちも、魔法の訓練には全力で取り組んでいる。

 幸多は、魔法を使うことこそ出来ないものの、魔法を使う敵との戦いを想定し、魔法に関する様々な情報を脳に刻み込んだ。

 幻魔も魔法を使う敵である。

 幻魔との戦いが激化していく可能性を考えれば、魔法を学ぶことも極めて重要だ。

 そして、幻想訓練である。

 幻想空間上での訓練は、様々な形式で行われた。

 参加者同士の総当たり戦を行うこともあれば、二組に分かれてぶつかり合うこともあった。また、様々な幻魔との戦闘を想定した訓練も行い、通常任務や衛星任務などを仮定し、七人で協力した訓練を行うこともあった。

 そうして、合宿が始まってからというもの、およそ一週間が経過した。

 多少バタバタしていたのは初日だけであり、二日目以降は、美由理みゆりらが作成した訓練表通りに全てが進行した。

 幸多たち合宿参加者たちは、毎日の訓練にへとへとになりながらも充実感に満ちた日々を送っており、参加して良かったと誰もが口を揃えていったものである。

 日曜日は、休養日だ。

 美由理は、七月末から八月一杯のおよそ一ヶ月間、参加者たちを徹底的に鍛え上げるために合宿を立案し、計画、実行したのだが、だからといって連日連夜、参加者を訓練漬けにするのは疲労が蓄積するだけであって意味がないと結論づけていた。

 日々、ほとんどの時間を訓練に費やしている。

 心身ともにとてつもない負荷を掛け続けていることになるだろうし、定期的に休養日を設けないことには、参加者たちを壊しかねない。

 それでは本末転倒だろう。

 そして、それほどまでの鍛錬を日夜繰り返しているからこそ、参加者たちの表情ひとつとっても、この一週間で様変わりしていた。

 初日こそ、余裕に満ちた、それこそ、軽い気持ちで参加したといわんばかりの表情をしていた導士たちだが、合宿内容が明らかになっていく中で笑ってなどいられないことを理解していったのだ。

 日々、全力で取り組まなければついていくこともできなければ、身につくこともないという事実を誰もが身を以て実感していた。

 幸多も、そうだ。

 全身全霊で合宿に挑まなければならない。

 座学も実習も、全て、だ。

 参加者たちと切磋琢磨せっさたくまする日々は、夏の日差し以上に熱く、燃え盛るようだった

 そのようにして迎えた最初の日曜日、幸多は、前々日の金曜日に入った友人たちからの呼びかけもあり、出かけることにした。

 もちろん、美由理の許可は取っている。

「休養日だ。好きに使いたまえ。ただし、訓練に支障をきたさない程度にな」

 美由理は、幸多の少しずつ変わりゆく顔つきを見つめながら、彼に友人がいることを好ましく思ったものである。

 戦団戦務局戦闘部の導士となれば、死と隣り合わせの任務に赴くことが大半だ。通常任務であれ、衛星任務であれ、戦う相手は幻魔か魔法犯罪者なのだ。魔法を用いた戦いとなれば、相手がどれほど弱かろうと、ふとした拍子に命を落とす。

 どれだけ優れた導士であっても、死ぬ瞬間はあっさりしたものだ。

 死とは、劇的なものではない。

 極めて日常的な、ありふれた事象に過ぎないのだ。

 だからこそ、幸多には、友人たちとの時間を大切にして欲しいと思うのだ。

 美由理の親友は戦団に所属していて、顔を合わせることも少なくなければ、軽口を飛ばし合うことも多い。そして、そうしたやり取りに安らぎを感じることもよくあることだった。

 友とは、常に命を賭して戦うものたちにとって、大きな心の支えとなる存在なのだ。

「だったら、おれたちも一度顔を出すか」

「なにが、だったら、なの……?」

 真白ましろの発言に黒乃くろのが小首を傾げたのは、幸多がせっかくの休養日に友人たちと遊びに行くという話を聞いた後のことである。

「どこに?」

機関いえにさ」

「なるほど」

 幸多は、黒乃に対する真白の回答に大いに納得した。

 機関いえとは、九十九つくも兄弟が所属する研究機関、九月期間のことだろう。

 出雲いずも市にその研究所があるという話は、よく知られている。その研究所こそ、九十九兄弟にとっては生まれ育った我が家のようなものであり、つまり彼らは、久しぶりの里帰りでもしようというのだろう。

 幸多は、二人との会話で九月機関のことが多少気になったものの、とはいえ、学校の友人たちと久々に会えることの方が重要であり、すぐに忘れてしまった。

 金田かねだ姉妹や菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじ、伊佐那義一もそれぞれに休養日を過ごすようだった。

 特に義一は、金田姉妹に付きまとわれる可能性を危惧し、土曜日の夜から雲隠れしてしまっていて、金田姉妹が騒ぎに騒いだことは合宿始まって以来最大の、しかしどうでもいい事件となった。

 さて、幸多である。

 合宿最初の休養日を迎えるに当たって、幸多は、友人たちと様々なことを話し合った。待ち合わせ場所やどこでなにをして遊ぶのかなどだ。それこそ、修学旅行以来、通話こそすれ、直接合う暇がなかったこともあり、幸多だけでなく圭悟けいごたちも浮き浮きしている様子が伝わってくるようだった。

 幸多自身、久々に友人たちと逢えると言うだけで気分が昂揚こうようしてきたものであり、興奮こうふんの余り中々寝付けなかったものだ。

 日曜日の朝を迎えると、幸多は、伊佐那家本邸で朝食を終えるなり、すぐさま屋敷を出た。

 空は、快晴そのものだった。

 雲一つ見当たらず、何処までも続く蒼穹そうきゅうが眩いばかりに輝いていて、なにもかもが美しく思えた。

 こんなにも晴れ晴れとした気分になるのは、いつ以来だろうか。

 天輪てんりんスキャンダルに直面し、サタンとともに闇の世界に転移したことによって、幸多は、己の中の闇を視た気分だった。遥か心の深奥で今もなおくすぶり続ける怒りの炎が、サタンを目の当たりにした瞬間、〈七悪しちあく〉たちと対面した直後、全身をき焦がすほどに噴き上がり、細胞という細胞を燃やし尽くさんとした。

 怒り。

 それこそ、幸多の原動力といっていい。

 その怒りでもってしても、サタンには全く歯が立たなかったし、空振りに終わるどころか、殺されかけたのだ。

 鬱々《うつうつ》たる気分になって落ち込んでいくのも当然だったし、光すら見えない闇の底、絶望の深淵しんえんに沈み込んでいくような気持ちですらあった。

 それでも生きているのは、家族がいて、師匠がいて、同僚たちがいて、そして、友人たちがいてくれるからだろう、と、幸多は確信を持って断定する。 

 それが事実であれ、友人たちに面と向かって言い放てるほどのふてぶてしさはないが。

 そんなことを考えながら、伊佐那家本邸から葦原あしはら市中央公園へと向かって意気揚々と歩いていく。

 伊佐那家本邸は、葦原市北山区きたやまく山祇町やまつみちょうにあり、葦原中央公園は葦原市中津区本部町(なかつくほんぶちょう)にある。距離は、幸多からしてみればそれほどでもなく、余裕で歩いて行ける距離である。

 だから、というわけではないが、早めに屋敷を出た幸多は、急ぐでもなく歩道を進んだ。

 葦原市全体に言えることだが、道幅は極めて広い。車道沿いの歩道の横幅もたっぷりとあって、万が一にも歩道を駆け抜けてくる自転車とぶつかることもありえないくらいだ。

 そもそも自転車を使っている市民は、希少とさえいえるのだが。

 大抵の場合、法器ほうきを用いる。

 自転車で道路を走るよりも、空を飛んだ方が遥かに効率的であり、自由度が高いからだ。どのような方向へも自由自在に移動できるし、わざわざ信号機が変わるのを待つ必要もない。空は、速度と高度以外、極めて自由だ。

 夏休みということもあり、葦原市の上空を飛び交う魔法士の姿は、朝早くから散見された。 

 どこもかしこも法器に跨がり飛行魔法を行使する一般市民の姿があり、それらは幸多にとっても見慣れた景色といっていい。

 魔法の発明と普及によって誰もが当然のように魔法が使えるようになってからというもの、上空を我が物顔で飛び回る魔法士の姿が絶えたことはないのだ。

 そして、

「お兄ちゃああああああん!」

 突如、聞き覚えのある声が上空から降ってきて、幸多ははっと顔を上げた。

 物凄ものすさまじい勢いで降ってくる少女は、まさに流星そのものだった。


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