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第三百二十六話 夏休み(一)

「夏休みだー! わーわー!」

「子供かよ」

 ぼそりとつぶやいて見せたのは、真っ白なワンピースを閃かせるようにして走り回る幼馴染みが鬱陶うっとうしかったからにほかならない。

 米田圭悟よねだけいごは、吹き抜ける風の生ぬるさに顔をしかめながら、公園の片隅に置かれた長椅子に腰掛けている。

 葦原あしはら市中央公園の一角。

 始まったばかりの夏休みを満喫しようという子供たちがそこら中を走り回っていて、はしゃぎ回る阿弥陀真弥あみだまやの姿も、そんな子供たちと同じように見えてならなかった。

「今年は色々あったしさ、こういうときくらいはしゃがないと、って思わない?」

「思わねえよ」

 体を傾けてこちらの顔を覗き込んできた真弥に対し、圭悟は、やはり渋い顔をする。なぜこうも真弥は能天気で楽観的なのだろう、と、考え込んでしまう。

 真弥は野放図なまでに明るく、元気だ。その活発さが唯一の取り柄、などとはいうまいが、彼女の最大の特徴といっていいだろう。故にこそ、彼女の周囲には明るさが絶えないし、人も集まるのだ。

 いまも、見知らぬ子供たちが真弥の周囲に集まっていて、一緒になって遊び回っている。

「真弥ちゃんはいつも元気で、素晴らしいことです」

「いつも以上にな」

「はい。素敵ですわ」

 そういってはにかんで見せたのは、百合丘紗江子ゆりおかさえこだ。白一色のワンピースは、一見、真弥とお揃いのようだが、花の刺繍が入っているという一点だけ違いがある。

 そして、紗江子は、真っ白な帽子を被っていて、その立ち姿だけで絵になるようだった。

 それこそ、子供たちと一緒になって遊んでいる真弥が絵になるように。

「見ず知らずの子供たちとよく遊べるよねー。ぼくには考えられないな」

「だろうな」

「米田くんもでしょ」

「ああ」

 中島蘭なかじまらんは、圭悟の隣に腰掛けると、多目的携帯端末をいじり始めた。

 今日は、八月四日、日曜日。

 夏休みの真っ只中である。

 央都おうとの教育機関において、八月中の一ヶ月間は夏期休業――夏休みと決まっている。

 小学校も中学校も高校も、そこは変わらない。

 だからこそ、圭悟たちを含む天燎てんりょう高校の生徒たちの大半が、天輪てんりんスキャンダルが起きてからというもの、一刻も早く八月にならないものかと待ち侘びていた。

 なぜならば、天輪スキャンダルを引き起こしたのが天燎財団の前理事長・天燎鏡磨(きょうま)であり、天燎高校の前理事長でもあったからだ。そしてなにより、天燎高校が天燎財団によって運営されているからにほかならない。

 天輪スキャンダルは、天燎財団が引き起こした、央都のみならず双界そうかいの秩序を乱しかねないほどの大事件だ。

 その注目度は極めて高く、連日連夜、様々な報道がなされた。報道合戦は日増しに加熱し、天燎高校に関する事実無根の報道もあった。

 天燎高校の生徒が通学中、部外者から心ない言葉を投げかけられることもあったし、白い視線を向けられることも少なくなかった。

 新たに理事長に就任した天燎十四郎(とうしろう)は、そうした事態に対し、生徒たちに制服ではなく私服で通学することを許可し、奨励しょうれいした。天燎高校の制服は既に知れ渡っていて、悪目立ちするが、私服ならばそうわかるものでもない。

 とはいえ、圭悟は、目立った。

 その真っ赤に染め上げた髪のせいでもあるが、親のせいでもある、と、彼は考えている。圭吾の父、米田圭助(けいすけ)は、天燎財団ネノクニ支部総合管理官である。

 天輪スキャンダルは、天輪技研ネノクニ工場で起きた事件だ。

 圭助は、財団のネノクニでの活動内容を知らないはずがないということで、事態収拾を図ろうとする財団の矢面に立たざるを得なかった。

 米田圭助が注目を浴びれば浴びるほど、その子供である圭悟も話題にならざるを得なかった。

 情報社会だ。

 あらゆる情報がレイライン・ネットワークを通じて、央都中、双界中を駆け巡り、氾濫はんらんしているといっても過言ではない時代。

 天燎高校の一生徒に過ぎない圭悟の情報ですら、軽く検索して調べるだけで知ることができた。

 対抗戦決勝大会前後、皆代幸多みなしろこうたの情報が世間を賑わせたのと同じくらい――というのは、言い過ぎだろうが。

 それでも、あれから二週間が過ぎ、天燎高校を取り巻く状況は落ち着きつつあった。

 それもこれも、天燎財団が天輪技研を完全に切り離し、ネノクニ支部さえも戦団に明け渡したからだが。

 それによって、天燎財団は戦団に全面降伏したと世間に受け止められているが、実際、その通りなのだろう。天燎鏡磨の暴走が引き起こした大事件によって、財団がこれまで築き上げてきた全てを失うかどうかの瀬戸際だったのだ。であれば、戦団に土下座してでも財団本体そのものを守ることくらい、なんということはない。

 財団にとってもネノクニ支部を手放すのはとてつもない損失であり、できるならば取りたくない選択肢だっただろうが、背に腹は代えられなかったのだろう。

 結局、財団は生き残った。

 企業連の中での発言力や立場を大いに失い、権勢も弱まりつつあるが、それだけで済んだのだから、御の字というほかあるまい。

 それが、圭吾にはどうしようもなく気に食わないのだが、そんなことを一学生がいったところでどうにもならない。

 魔法は、全能ではない。

 一個人の魔法が、現実を塗り変えられるわけもなかった。

「今月の衛星任務は第一、第三、第五、第九、第十、第十二軍団だってさ」

「そんなことを調べてたのかよ」

 圭悟は、蘭が幻板げんばんと睨み合いをしながら端末を操作する様に、多少、唖然とした。

 蘭が戦団オタクといっても過言ではないくらいに戦団に熱中していることは理解していたつもりだったし、彼ほどの熱狂的なファンならば衛星任務に当たる軍団について調べておきたいという気持ちもわからないではないのだが。

 圭悟にとっては、どうでもいいことだった。

 それよりも、気になることは別にある。

「第九軍団といえば、統魔とうま様ですね」

 紗江子が、蘭の背後から幻板を覗き込むようにしながら、いった。

 第九軍団でもっとも注目を集めるのは、どうしたって皆代小隊だろう。それは皆代統魔が昨今の新人導士の中でも段違いの注目度を誇るからだけでなく、紗江子たちとも関わりが少なくないからだ。

 紗江子たちにとってこの上なく大切な友達である皆代幸多は、皆代統魔と兄弟なのだ。その縁で直接会ったこともあったし、その際にはサインももらっている。だから、ほかの導士よりも身近に感じるのであり、注目してしまうというところがあった。

「そうそう、統魔様といえば、皆代小隊が増員したんだって」

「まあ、そうなんですの?」

「うん。本荘ほんじょうルナって人が入ったみたい」

「本荘ルナ?」

「知ってる人?」

「まさか、知ってるわけねえだろ」

 圭悟は、蘭の幻板を覗き込みつつ、いった。ただ、聞き慣れない名前だから口にしただけのことだ。

 すると、真弥が三人の元へ駆け寄ってきた。

「ねーねー、いったいなんの話?」

「皆代小隊が増員したって話」

「統魔様に部下が増えたんだ?」

「そうなるね」

「どんなひと?」

 真弥の疑問に蘭が端末を操作し、立体映像を出力する。

「こんな……って凄いな」

「確かに……凄いわね」

「ええ……本当に」

「なんだこりゃ」

 四人が同時に奇妙な顔をしたのは、立体映像として虚空こくうに出現した本荘ルナの全身像が、あまりにも奇抜な格好だったからにほかならない。

 一見、可憐な少女なのだが、その出で立ちはほかの導士たちとは一線を画するものであり、とてもではないが、導士には見えなかった。

 まず、腰まで伸びた長い髪は、いいだろう。艶やかな漆黒の髪に朱が混じっているというのも、ありがちな髪色だ。そもそも、髪色は自由自在だし、圭悟が真っ赤に染めているのだってそれだ。顔の形だって、いまの美容成形技術でいくらでも変えられる。赤黒い瞳も、宝石のように綺麗なだけだ。

 問題は、その身につけている衣服なのだ。いや、服とすらいえないようなものを身に纏っている。漆黒の衣は、胸元や腰回り、太腿を曝け出した極めて露出度の高いものであり、背中側などがら空きであり、目のやり場に困るようなそんな格好だった。水着のようであり、下着のようですらある。

 頭上には黒い輪が浮かんでいて、背後にはまるで光背のように黒い花弁の集合体のようなものが浮かんでいるが、それらは浮遊装飾フロートレットと呼ばれる類の装飾品だろう。

 やはりなんといっても目に付くのは、露出の多さだ。

 導士が戦闘時に身につけている導衣どういは、拡張性が極めて高く、自分好みに改良を加えることが出来るということで知られている。それは性能だけでなく、導衣の外見を含めて、だ。極めて派手な導衣を身につけている導士もいれば、一見して導衣に見えない導衣を纏っている導士もいる。

 しかし、本荘ルナの身につけているそれは、とてもではないが導衣には見えなかった。

「本荘ルナって人、露出狂だったりしないわよね?」

「まさか……」

「そんなことはないと思うけど」

 そういって四人の話題に首を突っ込んできたのは、誰あろう、皆代幸多だったものだから、圭悟たちは目を丸くして大きくのけぞったものだった。

 しかも幸多は空中にいて、圭悟たちを見下ろしていたものだから、さらに驚きが増した。


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