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第三百二十四話 本荘ルナの件について(五)

「きみは、どうしたい?」

 蒼秀そうしゅうがルナに質問を投げかけたのは、しばらくして、誰もが落ち着いてからのことだった。

 大食堂の一角。

 大食堂内で食事をしている導士どうしの多くがこちらの様子を気にしたり、うかがっていたりするのは、ルナがあまりにも目立つからだったし、蒼秀と鏡子きょうこの存在も大きいだろう。

 軍団長と副団長がいて、皆代みなしろ小隊が勢揃いしているのだ。注目の的になるのも当然だった。

 しかし、統魔とうまたちは、そんな目線を気にすることは一切なかった。

「え?」

 ルナは、きょとんと、蒼秀を見た。蒼秀の眼差しは真っ直ぐに彼女を射貫いぬくようだった。

護法院ごほういんは、きみの処遇を決めた。きみは、今後、戦団の管理下に置かれることになった。きみは幻魔げんまではない可能性が極めて高く、また、我々の敵ではないと考えていい、と判断された。きみの言動、きみに対する幻魔たちの反応を見る限り、だ」

 蒼秀は、護法院の下した結論を出来る限りわかりやすくかみ砕き、彼女や統魔たちに伝えた。

 ルナが、人外の存在であることは、明らかだ。人間などではなく、だが、幻魔でもない。人間でも幻魔でもない、未知の存在。

 幻魔と同様に莫大な魔力を内包していて、魔法を使えるだけでなく、他者を強制的に支配する異能いのうを持っている。

 極めて脅威きょうい的な存在であり、驚異きょうい的な存在でもある。

 護法院が彼女の処遇について決めかねるのも無理からぬことだと、蒼秀も思うのだ。

「管理下……」

 ルナは、小さくつぶやき、統魔を見た。手を伸ばして、彼の手を握る。彼は反応しなかった。

「当然だろう。きみは、人間ではないのだ。人間に酷似した姿をした、幻魔ならざる怪物。それがきみだ。そんなきみを放っておけるほど、戦団には余裕がない。が」

 蒼秀は、ルナのいかにも息苦しそうな表情を見つめながら、続ける。彼女がどこにでもいるありふれた一市民のような反応をするのが、なんだか不思議で、奇妙で、けれども当然なのではないか、とも思ったりした。

 人間と幻魔には連続性はない。

 しかし、彼女は、本荘ほんじょうルナとして存在し続けていた。

 本荘ルナという存在としての連続性があった。

 その時点で、彼女と幻魔には明確な違いがあったのだ。

「きみには、選択肢がある。戦団の管理下で暮らすか、それとも、戦団の一員になって共に戦うか」

「共に戦う……って正気ですか? 師匠」

「これはおれの判断ではないよ、統魔。護法院の決定だ」

 蒼秀は、統魔の赤黒い瞳を見つめ、告げた。だとしても正気とは思えない判断だということは否定しようがなかったし、蒼秀もその決定を聞いたときには耳を疑ったものだ。

 管理下に置く、というのはわかる。

 未知の存在であり、強大な力を秘めている以上、そうするべきだったし、それ以外に考えようもなかった。

 しかし、共に戦う、戦団の一員とする、などというのは、なにもかも飛躍しすぎてはいないか。

 彼女が味方で在り続けてくれる保証など、どこにもないのだ。

 確かに、本荘ルナの精神性は素晴らしいものといってよかった。誰かのために己の命をなげうつことができるのは、戦団の導士にも通じるところがある。

 誰かのため。

 統魔のために、と、彼女は言った。

 統魔のためならば、死ぬこともいとわない。

 それが本荘ルナの本心であることに疑いようがなかったし、だからこそ、蒼秀は彼女を戦団本部に連れ帰ることにした。

 その結果、護法院は、彼女を監視下に置くだけでなく、戦力として活用できるのではないか、と、考えた。議論は白熱したようであり、様々な意見がぶつかり合い、さながら戦場のようだった、とは、伊佐那麒麟いざなきりんの苦笑交じりの一言だが。

 そうした大いなる議論の末に導き出されたのが、二つの選択肢だ。

 そしてそれを選ぶのは、本荘ルナ自身である。

「わたしは……統魔と一緒にいたい……な」

 ルナは、蒼秀に目を向け、すぐに統魔に視線を移した。統魔の手を握ったままだが、手を離すつもりはなかったし、離したくなどなかった。

「戦団の一員として、導士として、戦列に加わると言うことでいいんだね?」

「うん。だって、戦団の管理下で暮らすっていうことはさ、自由なんてないっていうことでしょ?」

 当然、統魔とも会えなくなるだろう。

 それどころか、誰とも会えなくなるのではないか。少なくとも、気軽に出歩くことなど出来るわけもないし、今までのような生活など許されるわけもなかった。

 それは、ルナ自身が一番よく理解している。

 もはや、一般市民の本荘ルナとして生きていくことはできない。

 けれども、悲壮感や絶望感はなかった。

「そういうことになる。護法院は、きみのための住居を用意する手筈を整えているとのことだ。もちろん、徹底的な監視の下、あらゆる行動に制限がつくことになるが」

「……それは嫌だな」

「だよねー。そんなの息が詰まって生きている気がしないもん」

 香織かおりがルナに対し、大いに同情して見せるのを枝連しれんつるぎも納得するような素振りを見せた。

 あざなも、ルナの気持ちを多少なりとも理解しているようだ。

「わたしは、やっぱり、統魔と一緒にいたい。それが導士として戦うことになるのだとしても、そっちのほうがずっといいよ」

 ルナは、統魔の手をさらに強く握り締めて、彼の目をじっと見つめた。ついに根負けしたように、統魔がルナと見つめ合う。互いに赤黒い瞳。だが、微妙に色合いが異なるようだ。統魔の虹彩は黒が強く、ルナの虹彩は赤が強い。

 統魔は、ルナのなにを考えているのかわからないような表情を見て、なんともいえない顔にならざるを得なかった。

「おまえ、自分がなにをいっているのか、わかってるのか?」

「わかんないよ。なんにもわかんないんだよ。自分のことだってわかんないのに、なにがわかるっていうの?」

 ルナが途方に暮れたような顔をして、統魔に救いを求めた。

「……困ったな」

「なにがよ」

「そんな風にいわれちゃあ、どうしようもないだろ」

「どういうことよお」

「……師匠、どうしたらいいんです?」

 突如、統魔が助けを求めてきたものだから、蒼秀は憮然ぶぜんとした。

「こういうときだけ師に頼ろうとするのは、どういう了見りょうけんなんだ」

「弟子は師に似るといいますが」

「痛いところを突く」

 鏡子の一言に蒼秀は苦い顔をした。

 結局、ルナの決断は覆らなかった。

 ルナは、導士として戦団に所属することとなったのだ。

 そのための諸々の事務処理が行われ、本荘ルナに関する取り扱いが戦団内部で取り決められた。

 本荘ルナを人間として、戦団の一員として、導士として扱うようにと言う通達である。

 それにより、戦団戦務局戦闘部第九軍団導士灯光級三位・本荘ルナが誕生することとなった。

 ルナは、当然のように皆代小隊に所属することとなり、彼女は大いに喜んだ。

 そして、彼女の両親の葬儀も、密やかに執り行われている。

 しかし、葬儀の場では、ルナの格好はあまりにも不釣り合いだったこともあり、ルナは出席を躊躇ためらった。

「上から何かを羽織るとかでいいんじゃないの?」

 香織の提案に対し、ルナは頭を振った。

「それじゃあ駄目なの」

 ルナは、そういってその場にあった適当なものを羽織ろうとして見せた。すると、彼女の体に触れることも出来ずに弾け飛んでしまった。香織がきょとんとする。

「どういうこと?」

「わかんない。どうしよう。お父さんとお母さんのこと、ちゃんとお見送りしたいのに」

 ルナは、またしても途方に暮れた。

 両親を失ってから今日まで、何度途方に暮れたのかわからない。しかし、ルナにしてみれば致し方のないことだとしか言い様がなかった。

 なにもかもわからないことばかりだ。

 自分の身に起きた異変も、自身を取り巻く状況の激変も、この姿も、なにもかもが想定外であり、想像しようのないことばかりだった。

「なんだ、それでいいじゃん?」

「え?」

 香織が微笑みかけてきたものだから、ルナはきょとんとしながら幻板に映した自分の姿を見ると、彼女の全身は、いつの間にか露出の激しい格好ではなくなっていたのだ。

 喪服に身を包んでいた。

 それがどういうことなのか全く理解できなかったものの、おかげで葬儀に参列できたことには、ルナは、誰とはなしに感謝するほかなかった。

 そして、ルナは、両親の冥福を心の底から願い、同時に、これまで育ててくれたことへの感謝を伝えた。

 自分は人間ではなくなってしまったけれど、人間として生み、人間として精一杯の愛情を込めて育ててくれたことへの感謝である。

 そして、最後までなにもしてあげられなかったことへの後悔が湧き上がってきて、気がつくと頬を伝う涙となっていた。

 ルナは、葬儀の間、ずっと泣いていた。 

 統魔は、そんな彼女の様子を見守りながら、父の葬儀のことを思い出して、拳を握りしめた。

 統魔には二人の父親がいる。

 実の父親と、育ての父親だ。

 しかし、実の父親であり、五歳のころまで育ててくれたはずの赤羽亮二あかばりょうじに関する記憶はどうにもおぼろげで、葬儀の光景さえ思い浮かべられなかった。

 母親に関してもそうだ。皆代奏恵みなしろかなえに関する記憶は鮮明で、なにもかも思い出せるのだが、実の母である赤羽緋沙奈(ひさな)のことは顔すらも遠い過去のものと成り果てている。

 我ながら薄情すぎるのではないかと想うのだが、こればかりは、どうしようもない。

 皆代家の一員になってからの人生のほうが長く、充実していたのだから。

 だからこそ、統魔は、育ての父、皆代幸星(こうせい)の命を奪ったサタンを許せなかったのであり、その理不尽にこそ、怒りを燃やしていたはずだ。

 なのに、そんな自分が本荘ルナにとっての理不尽そのものに成りかけていたという事実には、慄然とするのだ。

(おれは……そうじゃない)

 サタンと同じような、ただ理不尽に奪い去るだけの存在になど、なりたくはない。

 統魔は、葬儀の後、香織や字がルナを慰め、元気づけようとしているすぐ側で、改めて自分のあり方を見つめ直すのだった。

 



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