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第三百二十話 本荘ルナの件について(一)

 闇の中に浮かぶ無数の仮面は、それぞれ動物の頭部、特に顔面を模したものばかりだ。中には幻獣げんじゅうとでもいうべき想像上の架空の動物を模した仮面もあるが、大差はない。

 魔天創世によって地球上のありとあらゆる生物が死滅し、全ての動物が想像上の存在と成り果てたといっても過言ではないのだ。

 ネノクニに保存されていた生命の種子は、当然、かつて地球上に存在していた全生命などではない。秘密裏に集めるのにも限度があったし、異界化した地上に適応させられなかった種も数多といた。

 なにより、央都の限られた土地では、ネノクニが保全している全ての生命を芽吹かせることは不可能に近かった。

 地上に適応することの出来た種の中でも選ばれた極一部だけが、この人類生存圏の生態系を彩っている。

 かつて幻魔によって色を失い、人々の手によって再び色づいた世界。 

 そこに生きるのは幻想から現実へと回帰した動物たちであり、人類である。

 そしてこの日、護法院ごほういんが招集されたのは、戦団のみならず、人類にとっても極めて大きな問題に進展があったからだ。

 本荘ほんじょうルナの件について、である。

麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうは、この三日間に及ぶ監視任務の末、本荘ルナに人類に対する害意がいいはなく、戦団及び央都市民の敵になる可能性は極めて低いと考えるに至ったそうだ」

 雀の仮面こと朱雀院火流羅すざくいんかるらが、第九軍団長・麒麟寺蒼秀からの報告書を熟読した結果を簡潔に伝えると、護法院の老人たちが様々な表情を浮かべる様が脳裏のうりを過った。

 幻想空間上に浮かぶ仮面だけではその表情を看破かんぱすることなど出来るわけもないし、だからこそ仮面だけのやり取りをしているのだが、それでも、長年の付き合いであり、死線を潜り抜けた同志でもある。

 火流羅にとって彼らの反応やその際の表情を思い浮かべることなど児戯に等しい。

 もっともそれは、護法院の老人たち全員にいえることだが。

 きっと、ほかの老人たちも、火流羅の表情を雀の仮面の向こう側に見ているはずだった。

 事実、幻獣・麒麟きりんの仮面――伊佐那いざな麒麟は、火流羅の冷徹極まりない表情を想像しながら、口を開いていた。

「本荘ルナさんは人間ではなく、そして幻魔でもないのではないか、と、麒麟寺星将(せいしょう)は考えているようですね」

「報告書には、アザゼルは本荘ルナを指して異物といった、とある」

「それは事実だ。アザゼルとの会話は記録に残っている。再生しようか?」

「いや、いい。麒麟寺星将を疑っているわけではない。彼が本荘ルナの精神支配の影響下にあるのであれば、話は別だが……」

 栗鼠りすの面・上庄諱かみしょういみなの申し出に首を横に振ったのは、馬の面・相馬流陰そうまりゅういんである。

 本荘ルナの件でもっとも恐るべきは、彼女が半径五メートル以内にいる人間の精神を支配し、彼女の全面的な肯定者にして擁護者にしてしまうという能力があるということだ。それが厄介なのは、ただの魔法などではないということだ。魔法ならば、発動の直前、律像りつぞうが見えるものだが、それすらなかった。

 魔法ではなく、生来備わった能力。

 伊佐那麒麟の真眼しんがんのような第三因子サードファクターである可能性も高い。

 さらにいえば、導士が徹底的に叩き込まれる精神制御技術を持ってしても対抗しようがないほどに強力無比であり、星将でさえ為す術もなく彼女の擁護者に成り果ててしまったという現実が有る。

 だからこそ、戦団は、本荘ルナの処遇をどうするべきか思案しなければならなかったし、徹底的に討論してもいた。

 ノルン・システムによる生体解析の結果、彼女の肉体を構成する要素の九十五パーセントが幻魔であり、残り五パーセントは人間に近い成分であるということが判明している。

 幻魔と人間の混合体なのではないか、という考えは、日岡イリアと妻鹿愛めがめぐみによって否定された。

 人間と幻魔は相反する存在であり、一つの肉体に共存することなどあり得ない。

 唯一の例外を除いて。

 竜の面・神木神威こうぎかむいが幻想空間上に展開する幻板げんばんの一つに目をり、嘆息たんそくとともに口を開く。

「天使型の幻魔オファニムに〈七悪しちあく〉のアザゼル。両者ともに規格外の幻魔だが、その規格外の幻魔に狙われ、排除されようとしていたということは、本荘ルナが幻魔にとっても厄介な存在である可能性は高い」

 幻板には、光都こうと跡地で繰り広げられた天使型幻魔オファニムとの苛烈な戦闘の模様が映し出されている。

 オファニムの球体のような巨躯きょくから放出される魔法攻撃の数々は、全て、本荘ルナだけを狙い撃ちにしたものであるということは、その攻撃の軌道からも明らかだった。そして、それは、彼女が己が身を投げ出した際に確定的なものとなっている。

 天使型幻魔といえば、ドミニオンと名乗った幻魔が確認されている。

 ドミニオンは、英霊祭えいれいさいに現れた獣級じゅうきゅう幻魔リヴァイアサン討伐に一方的に協力し、また、バアルの出現時にこちらに手を貸すような素振りを見せたことから、一部では、人間に友好的な幻魔なのではないか、と、考えられてさえいた。

 オファニムも、天使型の幻魔だ。

 少なくとも、姿形こそ異形だが、その名は、ドミニオンと同じく天使の階級の一つである。

 とはいえ、天使の階級を名乗る幻魔が同じ勢力に属し、同じ意志の元で行動しているのかどうかはいまのところ不明だ。そもそも、天使型の幻魔という存在そのものが、未だに謎に包まれている。

 まだ、悪魔たちのほうが明らかな部分が大きかった。

 悪魔たち。

 サタンを首魁しゅかいとする〈七悪〉の一派である。

 その〈七悪〉の一体、アザゼルがオファニムをたおし、さらに本荘ルナを攻撃、排除しようとした事実は、今回の件で大きく考慮するべき事柄といえた。

 天使型幻魔と悪魔型幻魔が対立しているということが明らかになったということもあれば、天使型幻魔にしても、悪魔型幻魔にしても、本荘ルナを排除しようとしているのではないか。

「だからこそ生かすべきだ、と、そう仰るか」

「……おれは、本荘ルナに利用価値があるのではないか、といっているのだ」

「利用価値か」

 諱は、幻板を見つめながら、神威の言葉を反芻した。

 そこには、光都跡地で本荘ルナを取り囲む第九軍団の導士たちの姿が映っていた。本荘ルナの至近距離にいながらも一人として精神支配を受けていないというその光景を見れば、彼女への心証も変わるというものだが。

「本荘ルナは、周囲の人間を支配しなくなった。理由は不明だが、少なくとも、麒麟寺星将の報告書や導士たちの発言からは、支配の影響は見られない」

「もう支配する必要がなくなったのでしょうね」

「それは……どういう?」

 諱は、麒麟の面を見遣り、彼女の視線を追った。仮面の向こう側に存在するのであろう瞳、その視線の先には、一枚の幻板が浮かんでいる。そしてそこには、現在の戦団本部棟の大食堂が映し出されている。

 大食堂の一角に集まっているのは、この度の任務に動員された第九軍団の導士たちの一部であり、中でも皆代みなしろ小隊の隊員たちが中核を成している。そして、その中心にいるのが、本荘ルナだ。

 見るからに人間らしくない格好の少女は、大量の料理に囲まれ、幸福感に満ちた表情をしていた。

 表情ひとつとっても、深層区画内に隔離されていたときとは大違いだ。

 なにか大きな問題が解決して、心の底から安堵しているような、そんな様子だった。

 彼女を見守る導士たちの表情にも、緊張感一つ見受けられない。

 本荘ルナの存在そのものを受け入れているような雰囲気すらあった。

 麒麟は、考える。

 彼女は、この三日間に及ぶ監視の中、麒麟たちの想像を絶する孤独と飢餓、そして絶望を感じていたのではないか。

 彼女は、ここに連れてこられた当初、自分が人間であると信じているような言動をしていた。自分は人間本荘ルナであり、それ以上でもそれ以下でもないといって憚らなかった。

 人間と幻魔の間に連続性はない。

 人間の死によって誕生する幻魔には、人間の記憶などはなく、当然、その人格、自我も、人間のものとは全く関係のないものだ。 

 しかし、本荘ルナと名乗る彼女の言動は、本荘ルナ本人のそれだったし、彼女の記憶もまた、本荘ルナのものだった。

 彼女は、本荘ルナなのだ。

 ただし、人間ではなく、幻魔に近い、なにか。

 人ならざる何者か。

 央都守護を担う戦団としては、一刻も早くその正体を暴く必要性があった。だからこその三日間の監視任務であり、彼女に極限状態を強いたのだ。

 その結果、彼女は、極限状態を耐え抜き、空腹を堪え、飢餓を乗り越えた。さらには、献身的で犠牲的な行動を取ったことにより、彼女が持つ精神性も明らかになった。

 本荘ルナは、敵ではない。

 少なくとも、今のところは。

 それから、護法院は、本荘ルナをどう扱うべきか議論に議論を重ねた。

 彼女のこれまでの言動とその能力、そして三日間似及ぶ監視任務の結果を踏まえ、議論は白熱した。

 当然だが、本荘ルナの存在そのものを危険視する声もあった。周囲の人間を一方的に支配し、己の擁護者にしてしまうその能力は、幻魔の攻撃魔法以上に危険性が高い。星将が支配されれば、その強大な戦闘力のみならず、戦団の機密情報までもが奪い取られるのだ。

 本荘ルナは、その気になれば、単独で戦団を崩壊させることができるだろう。

 たとえば、神木神威が彼女の支配下に入れば、それだけで全てが終わりかねない。

 それほどの危険性をはらんだ存在なのだ。

 その扱いに対し、誰もが慎重にならざるを得ないのは当たり前のことだった。 



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