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第三百十二話 統魔とルナ(十)

 視界に光が差した瞬間、それが極めて暴力的で破壊的なものであるということは、統魔とうまにはなぜだか理解できた。

 律像りつぞうたわけでもなければ、それがなんであるかを知っていたわけでもないというのに、だ。

 統魔には、それが自分か本荘ほんじょうルナのどちらか、あるいは両者を排除するために撃ち放たれた攻撃魔法であることが、瞬時に把握はあくできたのだ。

 そして、把握した瞬間には、対抗手段を講じている。

 魔力を錬成し、律像を形成し、真言しんごんを唱える――一連の動作を瞬く間に行いながら飛び起きたのだ。そして、びくりと反応した本荘ルナの目の前まで移動する。

「な、なに?」

 本荘ルナは、力なく、疑問符を浮かべた。空腹の余り、言葉を発することすらままならないとでもいわんばかりだ。だが、その両目は爛々《らんらん》と輝いていて、その異様な光には、統魔も思わず睨み返してしまうほどだった。

「なによ……?」

 彼女の疑問は、天から降ってきた光によって掻き消された。

 莫大な光と熱の塊が、統魔たちからは見えない遥か頭上から降ってきたのだ。

 それは、統魔の見ている前方、いまにも崩れ落ちそうな建物群に突き刺さると、爆発的な勢いで膨れ上がり、嵐の如く吹き荒んだ。光と熱の嵐が、爆心地から光都こうとタワーを飲み込むまで一秒もかからなかっただろう。

 あっという間に全てが白く塗り潰され、破壊の奔流ほんりゅうが盛大な音を立てて、なにもかもをき尽くし、打ち砕いていくのがわかった。破滅的な音が意識の内と外に散乱し、頭の中を掻き乱すようだった。

 本荘ルナが悲鳴を上げた。

「なによ!? なんなのよ!?」

 そして、彼女は、統魔の足にしがみついた。そうすることで心の安息を得ようと思ったのだ。

 なにもかもを白く染め上げる光の奔流、その真っ只中にあって微動だにせず、仁王立ちに立っている統魔の姿は、頼もしいことこの上なかった。彼にしがみついていれば安全であり、安心だろう――本荘ルナにはそう思えてならなかったのだ。

 実際、統魔にしがみついている限り、不安に駆られることも、恐怖や絶望に襲われることもなかったのだから、不思議だ。

 そして、破壊的な光の嵐が止むと、頭上から物凄まじい音が聞こえてきた。世界が壊れる音とはこのような音をいうのではないか、などと、ルナはぼんやりと思った。それくらい、なにもかもが現実離れしていた。

 それは、二本の足を吹き飛ばされた光都タワーが支えを失い、崩れ落ちていく音だったのだが。

 そしてそれは、盛大な破局の音に他ならず、天地が崩壊するかのような轟音とともに、巨大な構造物が廃墟の真っ只中へと雪崩れ込んでいく。

 しかし、ルナにはなんの影響もなかった。

 統魔が発動した魔法が、堅牢な防壁となって全周囲を覆っているからだ。

 統魔は、光都タワーの崩壊によって生じる破壊的な余波すらも魔法壁で受け流しながら、それを見据えていた。

 元より廃墟そのものだった光都跡地に、更に壊滅的な被害をもたらしたもの。

 それは、異形の存在だった。

 倒壊し、膨大な粉塵ふんじんを撒き散らす光都タワーの残骸の上に降り立った、巨大な塊のような発光体。

 目を凝らしてよく見ると、顔が二つあり、それぞれ人間の男性、人間の女性に似ていた。似ているが、そのものではない。双眸は蒼白い光を放ち、口からもまた、光が漏れている。そして、巨大な胴体は、球体そのもののようであり、青と赤の衣をでたらめに纏っているとでもいうような姿だった。手足はなく、胴体の各所から伸びた光の翼と、頭上に浮かぶ光の輪が特徴的だった。

 光の輪と光の翼という特徴だけで考えると天使のようでありながら、天使には全く見えない異形感がある。

 本荘ルナとその球体を見比べ、どちらが怪物なのかと問えば、百人が百人、球体を怪物をいうだろう。

「なんだありゃ」

「なんなの、あれ……」

 統魔と本荘ルナは、球体の怪物を目の当たりにして、同じような反応をした。

 誰であれ、そうならざるを得ないだろう。

 それが幻魔であることは疑いようがない。たとえその目が赤黒く光っていなくとも、人外異形の怪物といえば幻魔なのだから、それ以外に考えようがなかった。

 人間そっくりで記憶も人格もなにもかもがそのままの本荘ルナとは、明らかに違うものだ。

 球体の幻魔が、四枚の翼を大きく広げ、眩い光を放った。

「我はオファニム」

「燃え盛る車輪なり」

「我はオファニム」

「神の戦車なり」

 幻魔の二つの顔が、順番に言葉を発した。男の顔は、重低音を響かせ、女の顔は、甲高い声音を奏で上げる。この廃墟の既に崩れ去った静寂を徹底的に破壊し尽くすような幾重もの響き。聞いているだけで頭がおかしくなるのではないかと思えるほどに強い力を持った言葉。

 統魔は、その場から飛び離れようとしたが、できないことに気づき、舌打ちした。本荘ルナが統魔の足に全力でしがみついているからだ。

 そうしている間にも、オファニムと名乗った幻魔の周囲に律像が展開した。複雑かつ精緻せいちな無数の図形が幾つも積み上がり、一つの攻型こうけい魔法の設計図を構築していく。

 全ては一瞬。

 その一瞬で、統魔は、その魔法の目的を理解した。同時に魔法を編んでいる。

「我はオファニム」

 幻魔のその言葉こそが真言であり、故に、攻型魔法が発動した。球体型幻魔の周囲に無数の光の矢が生まれ、射出されたのだ。光の矢の数々が、目標目掛けて殺到し、そして、光の壁に阻まれた。

 統魔がオファニムの最初の魔法を防いだ防型魔法・護光砦ルミナスフォートの効果だ。

 しかし、それも長くは持たない。最初の魔法を受け止めた時点で大打撃を受けていて、崩壊寸前といった状態だったのだ。事実、次々と叩きつけられる光の矢によって、光の砦には無数の亀裂が生じており、今にも崩れようとしていた。

「わたしを……狙っているの?」

 本荘ルナが愕然とした様子でつぶやいたのは、光の矢の着弾点を見てのことだろう。光の矢は、統魔の存在など一切無視するかのように、本荘ルナへと集中していたのだ。その全てが光の防壁によって妨げられているものの、それももう持たない。

「だろうな」

 統魔は、彼女の絶望的な想像を否定しなかったが、だからといってそのまま放置することもしなかった。仕方なしにその場に屈み込み、本荘ルナを抱え上げる。

「え?」

 彼女は、きょとんと、統魔の顔を見上げた。統魔は、厳めしい眼差しを光の球体に向けている。オファニムと名乗った異形の幻魔は、光の矢を集め、巨大な槍を形成し始めていた。

「我はオファニム」

「もう聞いたよ」

 統魔は、吐き捨てるように告げると、地面を蹴った。真言を唱える。

光翼翔シャイニンググライド

 統魔が発した魔力が強烈な光となって発散し、その全身を包み込んだかと思うと、背後に翼が展開した。そして、光の翼が空を叩く。

 ルナを抱えた統魔は、一瞬にしてその場を飛び離れ、遥か上空へと到達すると、爆音を聞いた。

 オファニムが投擲とうてきした巨大な光の槍が、護光砦ルミナスフォートを粉砕し、統魔たちがいた場所を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。

 光都タワーが完全に崩壊していく様は、世界の終わりであるかのように荘厳だった。

「やりすぎだろ」

 統魔は、オファニムがこちらに向き直るのを見遣みやりながら、ぼやくようにいった。あの様子では、輸送車両も擬似霊場発生器ぎじれいばはっせいきイワクラも、無事では済むまい。

「わたしを助けてくれるの? どうして?」

「……知るかよ」

 統魔は、本荘ルナの視線から目を逸らしながら、空を舞った。オファニムの周囲には既に律像が浮かんでいる。攻型魔法である。やはりその狙いは本荘ルナだけだ。が、当然ながら、この状態で本荘ルナが攻撃されれば、統魔も巻き添えになるだろう。

 巻き込まれたくなければ、彼女を投げ捨てればいい。どうせ彼女は人間ではないのだ。この地上十数メートルの高度から落ちたところでなんということもあるまい。無論、オファニムの攻撃魔法を喰らえば、どうなるものかはわからないが。

「気づいたら、動いてた」

 統魔は、光の翼で大気を叩くようにして、空を飛んだ。本荘ルナは、彼の横顔をその腕の中でじっと見つめていた。

 そして、胸中を過るのは、彼をこんな目にわせている自分は何者なのか、という疑問だ。

 オファニムと名乗った幻魔は、明確にルナを殺そうとしていた。

 人間は幻魔の敵だ。だから、自分を殺そうとするのはわからなくはない。が、しかし、統魔を黙殺し、ルナだけを狙うというのは、全く理解が及ばなかった。

 だから、彼女は考え込むのだ。

 自分は一体、何者なのか。

 本当に、人間ではないのではないか。

 五日間余り、飲まず食わずの状態だ。人間ならばもう身動きひとつ取れないどころか、意識を失っていてもおかしくないはずだ。

 やはり、自分は人間ではないのか。

 だが、幻魔でもないという確信が、ルナにはあった。

 幻魔が、人間に好意を抱くはずがない。


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