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第三百三話 光の都(一)

 空白地帯。

 魔天創世まてんそうせいによってこの地上に生息していたありとあらゆる生物が死滅すると、地球は、一部の例外を除いて幻魔げんまのみが跋扈ばっこする世界となった。

 変わり果てた地上を指して、異界とも魔界ともいう。

 それは幻魔が支配する、かつてとは異なる世界であることを示す言葉であり、人類が魔天創世後の地上の有り様を認識し、理解してから用いられる様になった。

 そんな世界を我が物顔で闊歩する幻魔には、序列がある。

 人間が定めた等級そのものが幻魔たちの序列として機能しているのは、偶然なのか、はたまた、必然なのか。

 幻魔の世界において頂点に君臨するのは、竜級りゅうきゅう幻魔である。

 竜級幻魔は、その名の通り、竜、いわゆるドラゴンの如き姿をした幻魔であり、その巨大さは、他の等級の幻魔を圧倒し、隔絶した力を誇った。あらゆる等級の幻魔とも比較にならない、それこそ、次元の異なる力の持ち主とされる。

 しかし、竜級幻魔は極めて温厚であり、能動的に活動しないという特性を持っていることが明らかになっていた。寝床ねどこと定めた場所で眠り続けるというのが竜級幻魔特有の生態であり、眠り続ける竜級幻魔には、人間でさえ近づくことが出来た。そして、余程のことをしでかさない限り、竜級幻魔が目覚めることもなければ、なにか行動を起こすことも一切なかった。

 だから、人類は、竜級幻魔を幻魔の例外としたのだが、どうやら幻魔たちも竜級幻魔を例外としていたようだった。

 というのも、幻魔の世界における勢力争いの中心となったのが、鬼級おにきゅう幻魔だからだ。

 鬼級は、竜級に次ぐ等級である。

 鬼級幻魔は、強い個性、強い自我を持ち、同時に極めて強烈な野心家でもあった。鬼級幻魔たちは、己が領土として〈クリファ〉を作り、〈殻〉を拡大するための戦争を絶え間なく起こした。

 そうした闘争は、魔天創世以前から今日こんにちに至るまで長らく続いており、今現在、今日も何処かで幻魔同士の戦争が行われているに違いなかった。

 伊佐那美由理いざなみゆりが、そんな導士どうしにとって当たり前のことを考えていたのは、夜間の警戒任務中でのことだった。

 空白地帯だ。

 どこもかしこも荒れ放題に荒れているのは、幻魔同士の戦いのあとであったり、幻魔と導士の闘争の爪痕であったりもするのだろうが、大半は、魔天創世によって世界そのものが作り替えられたせいだろう。

 魔天創世は、地球全体の魔素まそを増大させたことにより、結果として地上の生物を死滅させた。そして、それによって地球そのものが活性化し、強烈な地殻変動が起きたのではないか、と考えられている。

 地形そのものが激変するほどの大変動。

 それによって世界中を繋いでいたレイラインネットワークが断たれ、故にネノクニが孤立したともいわれている。

 いずれにせよ、変わり果てた死の大地を見回るのは、大切な任務だった。

 空白地帯にたむろするのは、なにも野良の幻魔だけではない。いずれかの〈殻〉に所属する幻魔が敵勢力を視察するべく派遣されることもあるのだ。

 央都おうとの様子をうかがう幻魔も数多く確認されている。

 央都は、何度となく幻魔の襲来を受けている。

 当然だろう。

 央都は、幻魔の世界に突如として出現した人間の都市だ。幻魔にとっては排除すべき異物でしかない。幻魔が人類の天敵であるように、人類は幻魔にとってもはやただの害悪でしかないのだ。

 とはいえ、だ。

 かつて、幻魔は、人類を好物とした。魔法士まほうしが死ねば、多量の魔力を生み出すからだ。その魔力が幻魔の腹を満たすだけでなく、幸福感すらもたらすものだから、幻魔たちが人間を襲うのも当然だったのだろう。

 魔天創世により地上が膨大な魔素によって満たされたからといって、人間を襲い、殺戮するという幻魔の習性が消え去ることはなかった。

 央都は、誕生以来、度々、窮地きゅうちに陥っているが、それは近隣の〈殻〉による単独行動の結果である。複数の〈殻〉が――複数の鬼級幻魔が手を取り合い、協力し合って央都に攻め寄せてくることはないだろうと考えられていた。

 央都誕生から四十年以上が経過し、直に五十年になろうという頃合いだった。央都が幻魔の連合軍によって攻められるようなことがあるのだとすれば、とっくにそうなっていてもおかしくはないはずだった。

 無論、これから先、そうした事態が絶対に起きないとは断言できないのだが。。

 美由理は、八人小隊の小隊長として任務についており、隊員たちとともに幻魔がいないものかと目を光らせている。

 この空白地帯ならば、幻魔が何処にいてもおかしくはなかったし、暗闇から奇襲してくる可能性だって十二分に考えられた。

「それにしても……眩しいものですね」

 隊員の一人が、遥か南方を見遣みやり、渋い顔をした。

「ああ……」

 美由理も同意するほかない。

 それくらいに眩しく輝いているものが、空白地帯の南方にそびえ立っていた。

 闇夜を切り裂くように光り輝く巨大な塔が、伊佐那小隊が巡回している空白地帯の南方に在った。いや、光を放っているのは、なにもその塔だけではない。塔の足下から周辺一帯に立ち並ぶ建物の数々も光を帯び、都市全体が莫大な光を発しているのが遠目にもはっきりとわかるのだ。

 光都こうとである。

 天をくように聳え、輝いているのはその代名詞たる光都タワーだ。

 光都は、企業連が自由都市開発計画の第一弾として開発した都市であり、戦団および央都政庁が管轄していない都市としては、ネノクニに次ぐ第二の都市といえるだろう。

 企業連がその野心の行き着く先として生み出したそれは、眩いばかりの欲望に塗れていながらも、未来への希望と期待に満ちた光に彩られてもいた。

 異様なほどの光。

 異常なほどの輝き。

 強烈極まる、膨大なきらめき。

 それが光都の光都たる所以なのだろう、とは、思うのだが。

「……眩しすぎる」

 美由理は、唾棄だきするように告げた。

 光都が誕生して、既に八年が経過している。たった人口一万人程度の都市だが、光都がこのまま成功していけば、企業連は次々と自由都市を開発していくだろう。

 自由都市。

 戦団の支配を受けない都市であるということを、企業たちは、そのように表現した。

 それが戦団の導士たちには、皮肉にも受け取れたし、嫌味にも感じられた。実際、皮肉と嫌味を込めた名称に違いない。

 企業連は、央都の成立は、自分たちの存在があればこそだと認識し、自負している。事実、そういう側面があるのは間違いないのだし、戦団も央都政庁も彼らの実績を認めているからこそ、企業連の野心の暴走ともいえる自由都市開発計画を認めたのだが。

 央都の外での活動であり、戦団に認められる必要などあろうはずもない、とは、企業連の発言である。

 そんな企業連が全力を上げて開発した光都は、今のところ上手く行っているように見受けられた。

 企業連に所属する様々な企業がこぞって参加し、支社を作り、社員を住まわせ、それによって瞬く間に人口が増加すると、その見た目のきらびやかさに見せられた央都市民が移住を望み、求めた。

 そして移住者が増え、人口が一万人に達すると、企業連は光都の拡大を始めた。

 それが、今だ。

 光都が発展することそのものは、悪いことではない。

 だが、と、美由理たちは思わざるを得ない。

 ここは、空白地帯だ。

 幻魔の世界である。

 結界セフィラに護られた央都四市の内側とは、なにもかも勝手が違うのだ。

 この八年、大きな事件、事故がなかったのは、たまたまなのではないか。

 美由理がそんな風に考え込んでいるときだった。

 夏だった。

 頭上には、雲一つなく、満天の星々と月がその光を余す所なく降り注がせていた。地上には、そんな星空よりも眩い光が満ちていて、天を貫かんばかりの輝きを見せつけているのだが、その輝きに吸い寄せられるようにして、光が落ちていくように見えた。

「あれは……なんだ?」

 美由理は、思わず法機ほうきに飛び乗り、飛行魔法を発動させていた。

 光点は、急速に光都タワーへと近づいていく。

 それが光都タワーの中心に突き刺さるまで、大して時間はかからなかった。

 光り輝く巨大な塔が、凄まじい閃光とともに大きくひしゃげ、爆音が散乱した。破壊の嵐が巻き起こる中、その巨大な物体の底部が開放されると、そこから無数の怪物が飛び立った。

 幻魔である。

「幻魔の軍勢か!」

 美由理は、光都タワーに突き刺さった異形の構造物を睨み据え、叫び――そして、目を覚ました。

 脳裏のうりく閃光の影がゆっくりと遠のいていく中、窓の外から差し込む朝日のまばゆさに安堵するような気分だった。

「夢……か」

 だとすれば、最悪な夢だと思わざるを得ない。

 光都事変、その始まりの夢。

 悪夢。

 多量の汗が、美由理の全身から噴き出していた。


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