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第三百一話 統魔とルナ(一)

 戦団印の輸送車両が、夜中の葦原あしはら市内を進んでいた。

 車内にいるのは、たった二人だけだ。

 統魔とうまとルナである。

 統魔は運転席、ルナは助手席に座っているが、統魔が運転しているわけでも、ましてやルナが操縦しているわけでもなかった。完全なる自動操縦である。

 まさに自動車というべきであろうその技術は、遠い昔に実現されたものである。そして今や一般的なものとなっていて、あらゆる車両に搭載され、活用されている。

 自動操縦技術は、目的地までの経路を設定することで自動的に移動してくれるのは当然として、法定速度を守り、車間距離を維持し、交通事故等を防ぐため常に全周囲を警戒、対応するようになっている。

 特に戦団謹製の車両は、ノルン・システムによって完璧といっても過言ではない補助を受けることができるため、極めて優秀かつ安全な乗り物だった。

 央都市内だろうと空白地帯であろうと、自動操縦に任せればなにも問題がなかった。

 統魔が後部座席で眠りこけていたとしても、車両は確実に目的地に辿り着いてくれることだろう。

 しかし、統魔は、眠るわけにはいかなかった。本荘ほんじょうルナから目を離すわけにはいかないからだ。常に緊張感を持ち、警戒しなければならない。もしかすると、眠りについた瞬間、本荘ルナが正体を表し、暴れまわるかもしれないのだ。

 あらゆる可能性を考慮し、細心の注意を払う必要が有った。

 統魔は、じっと本荘ルナを見ている。

 助手席に座った人外の怪物は、助手席の上で膝を抱えるように座り込んでいて、縋るもののない幼子のような不安げな表情をこちらに向けていた。それが人間の心理に強く訴えかけるものだということを本能的に理解しているのではないか、と、統魔は考えている。

「わたしをどこに連れて行くつもりなのよ?」

「そのうちわかる」

 統魔は、何度目かの本荘ルナの問いかけに対し、素っ気なく答えた。

 統魔が視線を移せば、自動操縦によってハンドルやらペダルやらが勝手に動いている様子がはっきりとわかる。自動的かつ適切に加減速し、停車と発車を行ってくれるその技術には、なんら不安を抱くことはない。

 夜中とはいえ、葦原市内を走る車両というのは決して少なくはない。それら車両とぶつかるような危なっかしさは一切なかった。

 しかし、通りすがる車両の多くは、二人を乗せた輸送車両が過ぎ去った直後に急停止したり、進路を変え、追いかけてくる気配さえ見せた。が、輸送車両との距離が開くと、我に返ったかのように本来の目的地へと進路を戻していく。

 本荘ルナの精神支配が与える影響は、そのように、目に見えた形で現れる。

 進路を妨げるような車両が現れないのは、衝突事故を起こしてしまう可能性を考慮してのことなのか、どうか。

 統魔には、そこまではわからない。ただ、本荘ルナが極めて危険な存在だということは、はっきりと理解できる。

 しかし、全く納得できないといわんばかりの表情をしているのが、本荘ルナである。

「わたし、人間なのよ? こんなことをして、一体なんになるっていうのよ!」

「おまえは人間じゃあないよ」

「人間よ!」

「ノルン・システムはいった。おまえの中には、九十五パーセントの幻魔成分があり、人間としての成分は五パーセントしかない、とな。おまえがどういおうと、おまえに支配されたものたちがどれだけおまえを肯定しようと、おれがおまえを否定してやる」

「……なんでよ、なんで、なんでなのよ!?」

 悲痛な叫び声を聞きながら、しかし、統魔の目は、本荘ルナの赤黒い眼を捉えて放さない。それは幻魔と同じ眼のようにも見える。赤く黒い虹彩。鈍く輝き、燃えているようにも見えた。

 そこに映り込んでいるのは、車の窓の外から入り込んでくる街灯の光であり、それらの光が急速に流れていくのは、車両の速度のせいだろう。

 二人だけを乗せた車両は、やがて央都大地下道へと至った。

 そして、その車両から大きく離れて追跡する複数の車両が存在していることは、統魔だけは理解していた。それらも戦団印の輸送車両であり、その中には選りすぐりの導士たちが乗り込んでいた。

 もし、万が一のことがあれば、本荘ルナを速やかに撃滅げきめつするためだ。そして、そのためにも本荘ルナの能力、精神支配の影響を受けない距離を保ち続けなければならず、後続の車両は手に汗握るような緊張感を以て、追跡していた。

 その車両の一台には、皆代みなしろ小隊の四人が乗り込んでいる。


「大丈夫かなあ、たいちょ」

 新野辺香織しのべかおりが心配そうに幻板げんばんを覗き込む。幻板には、先頭車両が捉えた映像が映し出されており、統魔と本荘ルナを乗せた輸送車両の後ろ姿があった。黒い車体が大地下道の無数の照明を浴びて、輝いているようだった。

「ここは信じるしかあるまい」

「統魔くんだけなんだもんね、支配されなかったの」

「ですが、心配です」

 六甲枝連ろっこうしれんも、高御座剣たかみくらつるぎも、上庄字かみしょうあざなも、自分たちの言動を思いだしながら、いった。皆、苦い顔をしている。

 本荘ルナと遭遇したときのことだ。

 自分たちの記憶の中では、正しい判断をしたという認識があったのだが、記録映像を見てみると、どう見ても異様としかいえないような行動を取っていた。幻魔にしか見えない本荘ルナの味方をし、統魔と対峙さえしたのだ。

 本来ならばありえないことだったし、考えられないことだった。

 それが本荘ルナの魔法ならば、事前に気づけたはずだ。

 魔法の発動には、律像りつぞうが伴う。

 たとえ幻魔であっても、律像を展開せずに魔法を発動することはできない。鬼級幻魔ですら、だ。

 魔法を使うためには、想像力でもってその設計図を描く必要がある。そして、魔法の設計図は、魔力を帯びたとき、術者の周囲の空間に投影されてしまうのだ。それが律像である。

 しかし、あのとき、。本荘ルナの周囲に律像はなく、故に、字たちは精神支配を警戒することも出来ないまま、彼女に支配され、彼女の擁護者に成り果ててしまっていた。

 とてもではないが、信じがたいことだったし、許されないことだと思う。

 特に字は、統魔に杖を向けるようなことになってしまって、ひどく落ち込んでいた。統魔になんといって詫びれば良いのかと、考え続けている。

 統魔以外の誰もがそうなっているという話を聞いてはいるのだが、だからといって納得できる話ではあるまい。

 信頼していたであろう部下に裏切られたのだ。

 統魔がどれだけ傷ついたのか、想像もつかない。

 その統魔が、本荘ルナの正体を明らかにする方法を提案し、戦団総長によって承認された、という。

「……しかし、まあ、隊長もよく考えたものだ。確かにその方法ならば、幻魔が正体を現さないわけがないな」

「そうだね」

 枝連が唸るように感嘆すれば、剣も頷いた。

「でも、あの方法だと、隊長が一番危険じゃないですか」

「それがたいちょーじゃん」

「そうですが」

 香織の言い分には納得も行くのだが、しかし、と、字は考えてしまう。

 もし、統魔の身に何かがあれば、自分はどうすればいいのか。

 統魔を失うようなことが起きる可能性だって、十二分にあるのだ。それが字には耐えられない。

 だが、しかし、戦団の実働部隊たる戦闘部に所属している以上、そのような可能性は常に有るということもまた、事実だ。


 統魔とルナを乗せた車両は、大地下道を葦原市の西へと突き進んでいく。 

 ルナは、助手席に座り込んだままだ。窓の外の景色を楽しむような精神的余裕はなさそうであり、常に追い詰められているような表情をしていた。切迫しているようだ。

 だが、そんな彼女の精神状態を慮ってやれるわけが統魔にあろうはずもない。

「一つ、聞きたいことがある」

「なによ」

 口先を尖らせ、本荘ルナは、統魔を睨んだ。統魔は、冷ややかな眼差しを彼女に向け、問うた。

「おまえは、人間だといったな」

「そうよ、わたしは人間なの!」

「だったら、なぜ、両親のことを警察部に通報しなかった?」

「え?」

 統魔は、本荘ルナの眼が見開かれる瞬間を見ていた。虚を突かれたような、そんな表情。呆気に取られ、頭の中が真っ白になっているようにも見えた。

「おまえが両親という本荘理助(りすけ)、本荘志乃(しの)の死亡推定時刻は、二日前の二十六日二十二時頃だ。おまえが両親の死に気づいたのが、今日ついさっきだったなんてことはありえない。そうだな?」

「え……ええ……そうよ。うん、そう……」

 しどろもどろになりながら力なく頷く本荘ルナの目を見つめながら、統魔は、続ける。

「だったら、なぜ、通報しなかった。両親が動かなくなったから気が動転した、というのは、わかる。だが、二日もの間放置しておく理由はないはずだ」

 しかも、本荘夫妻の亡骸は、死後二日経過しとは思えないほどの保存状態であり、一切の劣化や変化が見受けられなかった。それは、本荘ルナの魔法によって保存されていたからだ。

 亡骸から検出された固有波形がそれを証明している。

「おまえは、二日間、なにをしていた?」

「なにを……して……?」

 本荘ルナは、統魔の赤黒い瞳を見つめながら、その瞳の奥に映る自分の顔が蒼白になっていく様を目の当たりにしていた。

 窓の外を流れる大地下道の照明は、まるで流星のように視界を掠めていく。


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