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第二百九十六話 大事件(六)

 本荘ほんじょうルナの姿を模した幻魔げんまは、麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうの提案に乗った。

 戦団本部で徹底的な生体解析を受けることによって、自分が人間であることを証明してみせると息巻いたのだ。誰もがそんな彼女を肯定し応援する様を見て、違和感を覚えていたのは、どうやら統魔とうまだけだった。

 統魔は、どうしようもないほどの疎外感と孤独感の中で、戦団本部と連絡を取り続けた。

 いくつか、わかったことがある。

 この幻魔は、周囲の人間を自分の味方に引き入れる能力を持っているということが、一つ。そして、その能力は、一定の範囲内にいる人間に作用するらしい、ということ。戦団本部の導士たちには一切影響がなかった上、現場に到着した時点では、麒麟寺蒼秀たちも影響下に入っていなかったのだ。

 蒼秀たちが幻魔の能力の影響を受けたのは、幻魔と対面した瞬間のようだった。

 幻魔と対面した直後から蒼秀の言動は、統魔にとって違和感しかないものとなった。

 統魔は、作戦司令部にそれらの情報を伝えた。

 作戦司令部は、といえば、蒼秀から幻魔を戦団本部に連れて行くという連絡が入ったことによって半ば混乱状態に陥っていたが、統魔の情報によって状況を把握したようだった。

 星将せいしょうまでもが一瞬にして幻魔の支配下に入ってしまったという事実は、作戦司令部を大いに驚かせ、戦慄せんりつさせたに違いない。

 星将は、戦団最高戦力だ。

 星将が幻魔に味方するようなことになれば、戦団は大打撃を受けることになる。

 そして、そんな能力を持った幻魔を戦団本部に連れて行くというのは、あまりにも危険で、自滅的な行動といっても過言ではないのではないか。

 だからこそ、統魔は、作戦司令部を通じて戦団本部に警告したのだ。

 この少女の姿をした幻魔の検査を行うというのであれば、誰であれ、直接対面しないようにしなければならない。直接向き合った瞬間、支配され、味方になってしまうことがわかっているのだから。

 戦団本部は、蒼秀からの報告と統魔からの警告を受けて、すぐさま対応を取り決めた。

 蒼秀は、確保した幻魔を人間であることを証明するべく、戦団本部にてノルン・システムによる生体解析を受けさせようとしていて、戦団本部としては、それそのものは問題ではないと考えていた。

 むしろ、好都合であり、千載一遇せんざいいちぐうの好機ではないか、と。

 生きている幻魔を捕獲した例など過去になく、歴史上初めての出来事であり、大事件といっても過言ではなかった。

 それも推定鬼級(おにきゅう)幻魔である。

 鬼級幻魔は、妖級ようきゅう以下の幻魔と隔絶した力を持つ存在だ。魔晶体ましょうたいの作りからして違うのではないかと考えられており、調査できるのであれば、徹底的に調べ上げたいというのが、戦団のみならず、幻魔殲滅(せんめつ)を望む全ての人間の願いだった。

 だが、その幻魔が周囲の人間を支配し、操るというのであれば、話は全く別だ。

 戦団本部が大打撃を受けるどころか、戦団そのものが支配される可能性があった。

 故に、極めて慎重に対応しなければならない、と、護法院ごほういんは考え、様々に手配した。

 統魔たちが戦団本部へ到着したのは、午後八時を大きく回っている頃合いだった。

 満天の星々が輝く夜、戦団本部は、無数の照明によって闇の中に浮かび上がっているかのようだった。しかし、戦団本部敷地内には、いつもならばいるはずの導士たちの姿は見当たらなかった。

 幻魔の味方になるようなものが一人でも増えることのないよう、導士たちに敷地内を歩き回ることのないように指示が下されていたからだ。

 統魔たちは、幻魔を引き連れ、戦団本部の本部棟へと足を踏み入れた。本部棟の内部でも、作戦司令部から指示の有った進路上には誰一人導士はおらず、幻魔と対面するものがでないように徹底されていることがわかった。

 そして、中枢深層区画に向かうということもあり、統魔以外の皆代みなしろ小隊の面々とは分かれることとなった。そのとき、幻魔と離れるのが名残なごり惜しそうな隊員たちの言動を目の当たりにして、統魔は、頭がおかしくなりそうだと思ったものだ。

 ここに至る道中もそうだったが、蒼秀を含めた導士たちの全員が、幻魔に対し友好的な言動をしているのは、異様としかいえなかった。

 自分がおかしいのではないか、と、思えてくるくらいだ。

 統魔が正気を保っていられたのは、通信機越しに聞こえてくる情報官の声のおかげだった。情報官たちは、幻魔の能力の影響下にはなく、故に幻魔を敵と見做みなし、冷静に対応してくれていたからだ。統魔を励まし、統魔が正気であるということを証明してくれていた。

 もし情報官たちまでもが幻魔の味方をするようなことがあれば、統魔は、そのときこそ自分の正気を疑っただろう。

 厳選された人数で昇降機に乗り込むと、蒼秀が昇降機の操作盤で暗号を入力し、中枢深層区画へと降りていく。

「中枢深層区画?」

 聞いたこともないとでもいうような顔で本庄ルナが問えば、蒼秀は、弟子に見せる以上に優しい表情を彼女に向ける。

「そこで、きみのことを徹底的に検査することになる。もちろん、きみが人間であることを証明するために、だ。なにも案ずることはない。我々がついている」

「は、はい……」

 幻魔は、緊張感たっぷりといった面持ちだったが、蒼秀が声をかけ、八咫鏡子やたきょうこらが微笑すると、安心したようだった。

 統魔だけは、そうした異様としか言いようのない光景を目の当たりにして、歯噛みするしかなかった。本荘ルナの姿をしたそれは、どう見たところで幻魔以外の何者でもないのだ。

 その派手であでやかで際どすぎる格好は、常識外れ極まりなかったし、その目も、幻魔の目そのものだった。元々、翡翠色の虹彩こうさいだったのが、赤黒く変色したのを統魔は目の当たりにしているし、姿が変わったのも見ている。頭上に浮かぶ黒い輪も、背後に浮かぶ黒い花弁のような光背も、なにもかもが人間とは異なるものだ。浮遊装飾フロートレットといわれても、納得し難い。

 無論、星象現界せいしょうげんかいとも、違う。

 星象現界は、戦団の魔法技術における秘奥ひおうであり、極致きょくちといっても過言ではない代物だったし、その発動によって外見的な変化が起きることも少なくなかった。麒麟寺蒼秀の星象現界がその最たるものだろう。

 だが、幻魔のそれは、星象現界とはまるで異なるものだったし、星象現界ならば、強大な魔力によって圧倒されるはずだった。

 それがない。

 人間に擬態していた幻魔が、ついにその本性を現しただけでしかないように思えてならない。

 統魔はそう考えていて、だからこそ、今すぐにでもたおすべきだと思うのだが、いまこの場で攻撃しようとすれば、統魔の方が蒼秀たちに制圧されてしまうだけだろう。

 この幻魔が一人のときを狙う以外にはないのだが、その場合、統魔に勝ち目があるのかどうかは、不明瞭だ。

 鬼級幻魔相当だと、考えられる。

 統魔の力は、鬼級幻魔には遠く及ばない。

 星将ですら、複数人でようやく対等に戦えるようになるほどだ。

 輝光級の統魔ならば、なおさらだろう。

 では、どうすればいいのか。

 簡単なことだ。

 深層区画で行われる検査で、幻魔であることが証明されればいい。そうすれば、戦団の最高戦力たちが滅ぼしてくれるだろう。

 それで、いい。

 統魔は、手柄が欲しいわけではない。

 幻魔を滅ぼすことが出来れば、その方法や手段などどうだっていいのだ。

 統魔がこの手で滅ぼしたいのは、サタンだけだ。

 昇降機が中枢深層区画に到達し、扉が開くと、暗闇が統魔たちを出迎えた。

 深層区画は、闇の深淵しんえんのようだ。その闇の中を走る蒼白い光線が迷路のような複雑な通路を浮かび上がらせているのだが、やはり、そう簡単に慣れるものではなかった。

 不意に手を握り締められ、統魔は、ぎょっとした。見ると、幻魔の緊張と不安に満ちた顔があった。統魔は透かさず幻魔の手を振り解こうとしたが、蒼秀に睨まれ、出来なかった。

 蒼秀は、さながら幻魔の保護者のようになっている。

 気が狂いそうだ、と、統魔は思わずにはいられなかった。

 統魔の部下も上司も誰もが、斃すべき、滅ぼすべき幻魔の味方をしていて、彼の心を踏みにじるような振る舞いをしてくるのだ。無論、彼らが統魔の心情を無視しているわけではない。

 幻魔の支配下にあるだけのことだ。

 それが許せなかったし、怒りを覚えるのだが、いまはどうすることもできない。

 ひんやりとした少女の手を握り返すことこそしないものの、その手の感触がどうにも柔らかいということにも違和感を覚えずにはいられなかった。

 幻魔の肉体は、魔晶体である。

 魔晶体は、結晶構造と呼ばれる。莫大な魔力が凝縮した結果、結晶化したものであり、その集合体が魔晶体である。その表面は極めて硬質であり、柔らかいというのは魔晶体の構造上ありえないのではないか。少なくとも、人間の皮膚とは大きく質感が異なるもののはずだ。

 深層区画の闇の道を進む統魔の頭の中には、混乱ばかりが広がっていた。


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