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第二百九十五話 大事件(五)

 鬼級幻魔おにきゅうげんまは、強大無比な力を持つ。

 その魔力たるや、星将せいしょう級の導士どうしが数人がかりでようやく対等の戦いに持ち込めるほどのものだ。

 特に昨今、央都おうと市民を精神魔法によって支配し、影から暗躍することによって混乱を撒き散らしていた鬼級幻魔の存在が明らかとなっていた。そして、その被害者らの証言などから、鬼級幻魔と対面しただけで精神支配状態、いわゆる使い魔化したらしいという事実も判明している。

 そのような方法で央都に暗躍していたのは、サタン配下の〈七悪しちあく〉の一人、アスモデウスだが、それがアスモデウスだけの特性だという考え方は危険だった。

 鬼級幻魔ならば誰もが持ちうる能力であり、出来うることだと考えておくべきだったし、想定しておくべきだった。

 でなければ、足下をすくわれかねない。

 アスモデウスだけを警戒していてはいけないのだ。

 だから、というわけではないが、統魔とうまは、隊員たちの豹変ひょうへんぶりによって、冷水を浴びせられたような感覚になった。神経のたかぶりが抑えられ、頭の中が急激に冷えていく。幻魔に対する怒りや憎しみよりも、まず、目の前の部下たちをどうにかしなければならないのだ。

 つるぎ香織かおり枝連しれんあざなの四人はというと、本荘ほんじょうルナの姿をした幻魔の側に立ち、統魔の行動を制するようにしている。その表情、態度などに違和感はなく、普段通り、いつも通りの様子で、しかし、幻魔の味方をしていた。

 ありえないことだ。

 幻魔に恨みを持ち、憎悪し、滅ぼしたいほどの怒りを燃やしているのは、なにも統魔だけではない。導士のほとんど全員が、幻魔殲滅(せんめつ)論者であり、幻魔を滅ぼすためならば命を投げ出すことだっていとわないものばかりだ。

 皆代みなしろ小隊の隊員たちだって、そうだ。

 誰一人、幻魔を前におくするものもいなければ、幻魔に同情するようなものなどいようはずもない。

(同情……? 違うな)

 統魔は、脳裏のうりよぎった考えを否定すると、四人を見回し、その目から正気が失われていないことを確認する。

 精神魔法の影響下にあるのであれば、使い魔化しているのであれば、その表情、眼差しにもなんらかの変化、違和感があるはずだった。正気ではないことの証明が、言動のどこかに現れるはずなのだ。

 それが精神支配を受けている人間を見抜く数少ない方法だが、それはつまり、相手のことをよく理解していなければ出来ないことでもある。

 統魔は、その点では、彼らのことはよく理解しているつもりだった。

「どういうつもりだ? 幻魔にほだされたわけじゃないだろ」

 統魔の問いかけに対し、むすっとした表情をしたのは、香織だ。

「それはこっちの台詞っしょ」

「そうだよ、統魔くん。おかしいよ」

「幻魔ならばたおす。それはいい。だが、この子は人間だ。幻魔じゃない」

「隊長、ここは一度、ちゃんと話し合うべきです。彼女は、人間なんですから」

「……どこをどう見たら人間に見えるんだ。正気か?」

 そうはいうものの、四人が正気であることは、統魔が一番よく知っていた。正気なのに、おかしなことをいっている。ありえないことを口走り、統魔による幻魔への攻撃を止めようとしている。

 幻魔は、じっと統魔を見ていた。赤い瞳が、濡れて、光っているようだった。いや、幻魔の目だ。実際に光っているのだろうが。

 統魔は、仕方なく構えていた法機ほうきを下ろした。幻魔だけを攻撃するのは難しいことではない。だが、なぜか幻魔の味方をしている隊員たちが割って入ってくる可能性を考えると、おいそれと攻撃することなど出来なかった。彼らを傷つけることになりかねない。

 幻魔を滅ぼすための魔法は、当然だが、人間など容易く殺してしまうだろう。

 そんなこと、統魔に出来るわけがなかった。

 一刻も早く幻魔を斃すべきだったが、しかし、その幻魔が隊員たちを操っている以上、どうすることもできない。かといって、手をこまねいている場合でもない。

 統魔は、導衣どういの通信機を使い、作戦司令部と連絡を取った。

「作戦司令部、聞こえますか?」

『状況は把握しています。現在、麒麟寺きりんじ軍団長がそちらに急行しています。到着次第、指示に従うように』

「了解――」

 統魔は、作戦司令部の耳の早さに驚きつつも、その指示の的確さに胸を撫で下ろすような気分だった。麒麟寺蒼秀(そうしゅう)が到着すれば、それで全てが終わるだろう。

 相手は、鬼級幻魔の可能性が高いが、攻撃する隙さえ作ることが出来れば、蒼秀一人でも斃せないことはないはずだった。

 たとえ統魔程度の導士でも、動員されているであろう副長や杖長じょうちょうと協力すれば、手助けくらいはできるだろう。

 などと、統魔は、頭の中で考えながら、幻魔との睨み合いを続けていた。

「わたし、幻魔じゃないわよ」

「何度も聞いた。だが、おれには幻魔にしか見えない。そしておれが正しいのは、すぐに証明されるさ」

 統魔は、どういうわけか本荘ルナの姿を模したままの幻魔を凝視しながら、告げた。

 幻魔が本庄ルナに擬態していたのは間違いない。だが、幻魔であることが露見した以上、本庄ルナの姿を保ち続ける理由がないはずだった。意味がない。

 それが、統魔にはどうにも解せない。

 やがて、麒麟寺蒼秀が副長、杖長五名および多数の導士を引き連れて、現場に到着したのは、数分後のことである。

 導士たちは屋外各所に待機し、屋内に入り込んできたのは、選りすぐりの八名だけだった。軍団長、副長、杖長たちである。

 麒麟寺蒼秀は、寝室に足を踏み入れるなり、この異様な光景を目の当たりにして、統魔に多少なりとも同情したようだった。

 広い寝室の片隅で、統魔と幻魔が対峙しているのだが、その間に皆代小隊の隊員たちが立っていて、統魔を睨んでいるような有り様だったのだ。

 これでは、統魔も手の出しようがない。

 蒼秀は、弟子が安堵したような表情を浮かべるのを見て、彼の苦心を把握した。

「事情は聞いている。精神支配か」

「どうでしょう」

「どういうことだ?」

「皆、正気なんです」

「確かに、そのようだ」

 麒麟寺蒼秀は、皆代小隊の隊員たちが至って正常な精神状態であることをその表情から理解して、なんともいえない気分になった。

 魔法などによって精神を支配され、使い魔化しているのであれば、幻魔の側に立ち、幻魔の味方をするというのは理解できることだ。しかし、正気のまま、幻魔の味方になるというのは、とても考えられることではない。

 彼らが幻魔共生論者でもない限り、ありえないのだ。そしてそうではないということは、彼らのこれまでの戦績が証明している。彼らは、今日に至るまで数多の幻魔を討ち滅ぼしてきている。

「本荘ルナさん、だね?」

「は、はい……!」

 麒麟寺蒼秀の優しげな問いかけに、さすがの幻魔も緊張を覚えたようだった。しかし、そのやりとりに統魔が覚えるのは、違和感である。

(ん……?)

 統魔は、蒼秀が不用心にも幻魔に歩み寄っていく様を見て、引き留めようとしたが、副長の八咫鏡子やたきょうこに制されてなにもできなかった。

「おれの弟子がきみを幻魔と言い張っている。そして、きみの魔力総量は、とても人間のものとは思えないものだと戦団本部も考えている。この魔素異常の中心にきみがいる以上、当然の結論だ」

「なにが……いいたいんですか?」

「きみが人間であることを証明したいのであれば、戦団本部に御足労願いたい。戦団本部でなれば、徹底的な検査を行うことが可能だ。そして、その検査がきみを人間であると証明してくれることだろう」

「師匠、一体なにを……」

 統魔は、本庄ルナに対する蒼秀の言動の数々に不安を覚えざる得なかった。

「統魔。彼女は人間だ。きみや戦団本部は、彼女が幻魔であると断定しているが、おれはそうは思えない。だが、ノルンが観測した事象や計測された数値が、彼女がただ者ではないことを証明してもいる。だからこそ、徹底的に調査するべきだと、おれは思うのだが……」

 蒼秀が幻魔を見遣る眼差しは柔らかく、敵意や憎悪など一切存在しないものだった。庇護すべき人間に向ける表情そのものであり、故にこそ、統魔は、混乱するほかなかったのだ。

 誰もが、幻魔を目の当たりにした途端、その味方になっている。

 この事象が、目の前にいる鬼級幻魔の能力であるという可能性を考えたとき、統魔は、絶望的な気分になった。

 星将ですら一瞬のうちに取り込まれるような能力を持つのだ。

 もしかすると、誰にも太刀打ちできないのではないか。


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