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第二百九十三話 大事件(三)

「あれか」

 統魔とうまは、携帯端末が出力した立体映像と前方の住宅街を見比べながら、いった。

 虚空に投影された立体映像は、目の前の住宅街そのものであり、その中の建物の一つが赤く点滅して表示されている。

「ごくふつーの民家だねー」

 香織かおりのいうとおり、白塗りの立方体のような外観は、葦原あしはら市内ならばありふれた建物といっていい。付近の住宅街に並び立つ民家のほとんどが、似たような外観をしていて、見分けをつけるのは難しいだろう。

幻魔げんま災害はどこにだって起こり得る。魔素まそ異常が検知されたのなら、なおさらだ」

「わかってるわよう、そんなこと」

「一応、念のためだ」

 枝連しれんは、頬を膨らませて立ちはだかる香織を押し退けるようにして前に出た。枝連は、皆代小隊の防手ぼうしゅ、つまり盾であり、壁なのだ。巡回中はともかくとして、戦闘に置いて先陣を切るのが、彼の役割だった。

 当然、危険だとわかっている場所に飛び込む際にも、彼が先頭を進む。

 枝連は、携帯端末が出力した立体映像が指し示す通りに歩いて行く。

 作戦司令室から皆代みなしろ小隊に下された指示は、魔素異常地点を調査し、原因を究明すること、である。

 魔素とは、万物に宿るものだ。万物の構成要素と呼ばれ、当初は万素ばんそと名付けられていた。やがて魔力が発見され、魔法が発明されると、魔の素、魔素とその呼び名を変えたようだが。

 魔素は、生物のみならず、水中や空気中、真空中にもその存在が確認されている。非生物に宿る魔素の量というのは一定であり、外的要因がなければ変動することはないとされている。

 魔素異常とは、そうした外的要因による魔素の密度と濃度、いわゆる魔素質量の激変のこという。

 魔素質量が大きく変化する要因はいくつもある。

 一つは、魔法だ。

 人間が魔法を使うためには、魔素を魔力へと練成する必要があるが、その練成によって魔素質量は大きく変化する。しかし、人間が使うことのできる魔法の威力から計算すれば、それに伴う魔素異常などたかが知れているものだ。

 もし万が一、人間の魔力を魔素異常として検出するのであれば、毎日毎時毎分毎秒、魔素異常警報が鳴りっぱなしになるだろう。

 余程強力な魔法でも使おうとしない限り、魔素異常として検出されることはないのだ。

 だが、人間から検知される魔素異常として、もっとも大きなものが一つある。

 それは、死によって生じる魔力である。

 魔法士まほうしは、死の瞬間、莫大な魔力を生み出すことがある。死によって生じる感情の起伏、激情の喚起が、無意識に全身の魔素から魔力を練成してしまうからだといわれているが、真相は解明されていない。

 それはそうだろう。

 死人に口なし。

 死者がその体験談を語ってくれることなどないのだ。

 ただ、死によって生み出された莫大な魔力が苗床なえどことなり、幻魔が誕生することは確かであり、だからこそ、魔素異常が検知され次第、付近の小隊が現場に急行することになっている。

 皆代小隊は、これまで幾度か、魔素異常の現場に急行し、現出した幻魔を討伐してきていた。

 今回もそのようなものだろう、と、五人ともが考えていた。

 央都四市内で魔素異常が観測されるとすれば、それ以外には考えられなかったからだ。

 それもごくごく小規模のものならば、なおさらだ。

 とはいえ、枝連は、全力で警戒していたし、中杖型法機ちゅうじょうがたほうき双星そうせいを呼び出し、いつでも防型ぼうけい魔法を発動できるように身構えながら、住宅地へと足を踏み入れていた。そして、背後に向かっていう。

「幻魔の現出に備えておけよ」

「いわれるまでもねーぜ」

 香織が軽口を叩き返してきたものだから、枝連は口の端だけで笑った。

 白塗りの立方体を想起させる一般住宅は、低い塀で四方を囲われており、特殊合成樹脂製の門があった。門には表札が掲げられていて、本荘ほんじょうと記されている。

 この家の主は、本荘理助(りすけ)といい、妻の志乃しの、娘のルナと三人で暮らしているという。それらは情報官から送信された情報によって判明したことだ。そして、その三名の姿を立体映像でもって確認してもいる。

 枝連は、特殊合成樹脂製の門に触れ、押し開いた。鍵はかかっておらず、敷地内への侵入に成功する。

 静かだった。

 生活音一つ聞こえないような静寂が、住宅街全体を包み込んでいる。その時点で、異様だといわざるを得ないが、当然のことではある。

 魔素異常が観測された時点で、周辺住民には避難命令が出される。勧告ではなく、命令である。命令に従わないものは、厳罰に処されるということもあり、市民の大半は素直に避難しているはずであった。

 だからこその静寂なのだが。

「静かすぎる」

「静かなのはいいことじゃーん」

「おまえはうるさい」

「ええ!?」

「うるさ」

「たかみー」

「えーと……」

 香織の追及を逃れるべく目線を逸らしたつるぎだが、そんなことをしている場合でもないと考え直し、仕方なしに枝連に目を向ける。そこには香織の胸があり、ぎょっとする。香織がいつの間にか回り込んでいたのだ。

「遊んでいる場合か」

「遊びじゃないよ、本気だよ」

「ますます駄目だろ」

「えー」

「えーじゃないですよ」

 統魔とうまあざなと顔を見合わせ、それから周囲を警戒した。確かに枝連のいうとおりだった。不自然なまでの静けさがこの家だけでなく、周囲一帯を包み込んでいる。

「この静けさは、魔素異常の影響か?」

「可能性はあります」

「可能性ならなんだってあるよ。相手が幻魔である可能性だって、市井に隠遁いんとんする賢者の可能性だって、いくらでもね」

「そりゃあそうだ」

 香織が字の意見を訂正するのを聞いて、統魔は静かにうなずく。可能性は無限大、とまではいかないにせよ、いくらでも考えられた。だから、考えるだけ無駄なのだ、とも思う。

 枝連が、玄関先に立ち、扉の取っ手に触れた。白塗りの建物の黒塗りの扉。取っ手は合金製であり、触れるとひんやりしていた。回してみると、するりと動いた。

「鍵はかかってないが……どうする?」

 枝連は、統魔に指示を仰ぐ。

「入ろう」

 統魔は、思案するまでもない、と、瞬時に判断すると同時に警戒をさらに強めた。既に短杖たんじょう型法機を召喚し、魔力を練り上げている。屋内での戦闘の可能性を考えた場合、得物は短い方がいい。なにより、戦闘前から魔力を練り上げているのであれば、簡易魔法がなくてもある程度の対応は可能なのだ。

 それでも念のために防型魔法を仕込んである短杖を召喚している。

 香織と剣は中杖型法機を、そして字は長杖ちょうじょう型法機を手にしており、それぞれ魔力の練成を終えている。

 枝連が扉を開き、屋内に突入する。壁に背を預け、全周囲を警戒しながら、一歩、また一歩と奥へ進む。

 ありふれた二階建ての民家。玄関から入ってすぐ右手に部屋があり、中を覗くも誰もいなかった。小綺麗に整えられた部屋だが、むしろそのせいで生活感が感じられない。かといって埃が積もっている様子もないのだから、不思議だ。

(生きていてくれればいいが……)

 枝連は、そう願わずにはいられなかった。だが、この状況では期待できない。

 魔素異常が検知されたのは、つい二十分前くらいだ。その間、この家から飛び出してきたものはいない。地下から脱出した可能性も皆無ではないが、その確率は低いだろう。

 幻魔災害が発生したわけではないのだ。この家の住人が危険性に気づくには、戦団からの警告が届くまで待たなければならない。そして、警告は、住人によって無視された。

 それがなにを意味するのか、考えるまでもない。

 いまこの家に、戦団からの警告に対応できる人間がいない、ということだ。

 最悪の事態は考えておくべきだった。

 魔素異常が幻魔災害へと変化しているという、最悪の事態。

 だから、というわけではないが、枝連は、慎重に調査を進めることにした。

 まず、自身を中心とする全周囲に魔法の防壁を構築した。そうすることにより、幻魔が奇襲してきた場合でも対応できるはずだ。相手が妖級ようきゅう以下ならば、だが、鬼級おにきゅう幻魔ほどの魔素質量ならば、そもそも星将せいしょうの派遣を検討しているに違いなく、皆代小隊は星将なり杖長じょうちょうなりの到着を待ってから行動することになったはずだ。

 だが、そうはならなかった。

 それほどの魔素質量は観測されていないということだ。

 それから、皆代小隊は、まず、一階の全室を確認した。台所や居間も整然としていることを把握し、荒らされてもいない様子になんともいえない気分になる。平穏な一般家庭の日常風景がそこにあったからだ。

 そして、二階への階段を昇りきり、目の前の部屋を覗き込んだ枝連が目の当たりにしたのは、予期せぬ光景だった。

 一階の各室同様に整然とした一室、その真ん中で、一人の少女が、膝を抱えてうずくまっていたのだ。

 本荘ルナだ。


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