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第二百八十八話 合宿(七)

「おれたちに共通する……」

「不思議な点?」

 真白ましろ黒乃くろのは、義一の意味深長な物言いこそが不思議になり、互いに顔を見合わせた。瓜二つの顔だが、髪色と気性の違いが、わずかな造作の差異となって現れている。

 物心つく前からずっと一緒にいる双子の兄弟だ。互いのことは誰よりも一番良く理解し合っていたし、美点も欠点もわかりすぎるくらいにわかっているつもりだった。

 真白が直情的な性格でありながら防型ぼうけい魔法に秀で、黒乃が引っ込み思案な性格でありながら攻型こうけい魔法に優れているということも、兄弟でもって納得済みのことだった。

 だから、その点で間違いがないというお墨付きを得られたということには、満足感すらあった。

 しかし、義一ぎいちは、いう。

「きみたち二人は、ほかの魔法士まほうしにはない特性がある。いや、むしろ、魔法士が持つ特性を持っていない、といってほうが正しいのかな」

「はあ?」

「どういうこと?」

「端的にいうと、きみたち二人には、得意属性がないんだ」

「はあ?」

「なにをいって……」

 義一の発言に驚愕したのは、九十九つくも兄弟だけではなかった。その場にいる誰もが義一の発した言葉の意味を理解したとき、驚きを覚えざるを得なかった。

 魔法は、大きく八つの属性に分類される。

 地、水、火、風、雷、氷、光、闇の八つの属性のことだ。

 それらは八大属性とも呼ばれ、魔法士は、八大属性の内の一つを得意属性とし、相反する属性を不得意属性とする。それは生まれながらにして決まったものであり、生涯変わることのないものだ。

 火と水、風と地、氷と雷、光と闇が、それぞれ相反する属性だという。

 それらは、魔法の発明後、次第に解き明かされていったことであり、いまでは魔法学の基礎知識として子供のころから学ぶことだ。

 魔法士が、得意属性の魔法だけを重点的に覚え、学び、鍛え、研ぎ澄ませるのは、不得意属性を修得するのは非効率的であり、非合理的だからだ。不得意属性の魔法も決して使えないわけではないのだが、魔法の威力や精度、効能、範囲までもが得意属性に比べるまでもなく著しく低下するため、不得意属性の魔法を修得する利点がなかった。

 そのため、得意属性か、不得意属性以外の属性の魔法を修得するのが、魔法士の基本的な在り方だ。

 央都おうとに生まれた魔法士は皆、属性診断を受けることになる。不得意属性の魔法を学ぶことの非合理さ、無意味さは、魔法社会における常識といっても過言ではないからだ。

 美由理みゆりは、氷属性を得意とし、義一は雷属性を得意とする。隆司りゅうじは光属性、朝子ともこは闇属性、友美ともみは地属性であるが、それらの得意属性も、子供のころの診断結果に基づくものだ。

 真白と黒乃も、属性診断を受けているのだが。

「嘘だろ!」

「そうだよ、ぼくたちだって属性診断は受けたんだ」

「でも、この眼は、きみたちの魔素に属性傾向を見いだせなかった」

 義一は、真白と黒乃が食ってかかってくるのを涼しい顔で受け流しながら、淡々と告げた。中性的な容貌、その中に浮かぶ黄金色の瞳は、淡い光を帯びている。その光が、真白の幻想体を循環する高密度の魔素を視認させるのだ。

 幻想体である。

 現実の肉体ではなく、幻想空間上に再現された情報の塊に過ぎない。が、伊佐那家本邸の道場にあるのは、最新の幻創機げんそうきであり、そこに登録された幻想体は、戦団本部が管理する情報に基づくものであるため、完全にして完璧に近い代物であるはずだった。

 現実の肉体と遜色のない、仮想の肉体。その体内を循環する濃密な魔素もまた、完璧に近く再現されているはずだ。

 でなければ、義一の第三因子サードファクター真眼しんがんも役に立たない。

 そして、義一の真眼が、今回の訓練で視てきたのは、導士たちの戦いぶりなどではない。戦闘の最中、彼らの体内を巡る魔素の様子であり、傾向であり、特性である。

 生物が己が体内で生産する魔素には、固有の波形があるように、個々に様々な特色を持つ。

 それが得意とする魔法の性質であったり、属性であったりするというわけなのだが、義一の真眼を通して視た世界では、生物の魔素が様々な色彩を帯びていた。それは属性に応じた色彩であり、火は赤、水は青、風は緑、地は茶、雷は黄、氷は紫、光は白、闇は黒という具合である。

 それなのに、彼の目には、真白も黒乃も無色透明だった。

 そんなこと、ありえないはずだった。

 これまで何百人、何千人、いや、もっと多くの魔法士をこの真眼で視てきた義一にも、初めて視る魔素の色であり、それがなにを意味するのかしばらく考えあぐねていたのだ。

「おそらく、きみたちには得意属性もなければ、不得意属性もないんじゃないかな」

「そんな……」

「そんなこと、あるのかよ?」

 茫然とする黒乃に対し、真白は、義一に怪訝けげんな眼差しを向けた。義一が特別な眼の持ち主であるということは噂では聞いているし、それが伊佐那家が受け継いできた第三因子だということも知っているのだが、だからといって簡単に受け入れられる話ではなかった。

「……この眼を通して視た結果をいったまでだし、そこから導き出される答えがそれだけだという話だからね。信じる信じないはきみたち次第だよ」

「むう……」

「急にそんなこと言われても……ねえ」

「おれは光だとばかり想ってたからなあ」

「ぼくだって、闇が得意だって、そう教わったし……」

 九十九兄弟が困り果てたような顔をするのも無理からぬことだ。

 義一も同情を禁じ得なかった。九十九兄弟がいつ頃から魔法を学んでいるのかはともかくとして、あれほどの精度、威力の魔法を使えるということは、相当な修練の賜物であることに違いないのだ。

 義一の診断結果に基づく発言は、彼らの努力が、一蹴され、否定されたとも受け取れかねないようなものでもあった。無論、そういうつもりは一切なかったし、これからのことを想えば、必要な指摘でもあるのだが。

 どう対応するべきか考え込んでいる義一に助け船を出すようにして口を挟んだのは、美由理である。

「得意属性も不得意属性もないということは、だ。どの属性の魔法を使っても問題ないということだろう。それがなにを意味するのかを考えるのも、この合宿の目的の一つとなったわけだ」

「合宿の目的……」

「なるほど……?」

「この合宿は、きみたちを戦団でも随一の戦力に引き上げるためのものだ。合宿の中でなにを学び、なにを鍛え、なにを身につけ、なにを手に入れるか。それはきみたち自身の向き合い方次第で大きく変わる。きみたちが真摯しんしに向き合い、全身全霊で取り組めば、必ずや道は開かれる。そう、断言しよう」

 美由理は、九十九兄弟だけではなく、この空間にいる全員の顔を見回して、言い切った。実際、彼ら全員を一線級に鍛え上げることも大事なことだ。

 央都は現在、最悪の事態に直面しているといっても過言ではない。

 戦団の戦力拡充は急務であり、そのための様々な手が次々と打たれていて、この夏合宿も、そうした戦力拡充策の一つである。

 星将せいしょう自らが将来有望な魔法士を徹底的に鍛え上げるのだ。

 たった、一月ひとつき

 されど、一月。

 この夏の一月の全てを修練に費やせば、任務と訓練を行き来するよりも効率的かつ合理的に、強力な導士を育成することが出来るのではないか。 

 戦団結成以来、戦団には、そうした機会が訪れてこなかった。

 黎明期は央都の開発に全力を注がなければならなかったし、央都の開発が一段落したころには、外敵との戦いに尽力する必要があり、央都四市が完成すると、その安定に力を割かなければならなかった。

 そして、今現在においては、どうか。

 特別指定幻魔壱号ダークセラフの確認以降、幻魔災害が頻発ひんぱつするようになり、何度となく央都防衛構想の見直しが迫られ、導士の育成に人手を割いている場合ではないという考え方に戦団そのものが縛られていた。

 どうにかして、この状況を打破しなければならない。

 なにせ、敵が明らかとなり、その目的も判明したのだ。

 サタン率いる〈七悪しちあく〉が勢揃いするようなことがあれば、それこそ、人類の存亡を賭けた全面戦争が始まることになるかもしれない。

 そのときまでにサタンたち〈七悪〉を殲滅せんめつすることこそ、戦団の当面の目標となったのだが、それには戦力が足りなすぎるのではないか、というのが、ノルン・システムと戦団最高会議の導き出した結論であった。

 そして、その結論にかこつけ、幸多こうたを鍛え直すための合宿を企画したのが、美由理である。

 美由理は、幸多を一から鍛え直すためにこそこの合宿を企画したのだが、幸多だけを鍛え上げればそれでいい、などと考えているわけでもなかった。

 幸多を徹底して鍛え直しつつ、戦団の戦力増強も図る。

 そして、それが上手く行けば、導士の育成に対する考え方に大きな変化をもたらすことができるに違いなかった。

 それは、人類復興の大きな力となるだろう。 

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