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第二百八十七話 合宿(六)

 幻想空間に舞い戻った幸多こうたは、右眼と左前腕の感覚を確かめるように瞬きし、手を握ったり開いたりした。

 美由理みゆり星象現界せいしょうげんかい月黄泉つくよみの影響から逃れるための苦肉の策は、確かに効果はあった。

 月黄泉は、魔素まその時間を静止する星象現界である。

 つまり、幸多の体の中で魔素を内包する部分を切り離せば動けるのではないかと閃き、即座に実行に移した。結果、確かに動けるようにはなったのだ。その際、痛みを感じなかったのは、月黄泉の影響下にあったからなのだろうが。

 しかし、美由理は、幸多のそんな対抗手段に瞬時に対応して見せた。月黄泉を解除し、月黄泉中に想像していた魔法を一斉に発動させたのだ。その結果、幸多を除く五人が倒されてしまった、というわけだ。

 さらにそこから幸多は防戦一方となり、一矢報いることもできないまま撃破されてしまったのは、無念というほかなかった。

「一体、なにが起きたってわけ?」

「追い詰めてたのは、こっちじゃなかった?」

「ああ、間違いない」

「幸多くんの作戦、上手く行ってたのにね」

「おれは悪くねえからな!」

 幸多以外の五人は、なぜ敗れたのか、なぜ自分たちの幻想体が崩壊したのか、まるでわからないといった様子で話し込んでいる。

 それはそうだろう。

 静止した時間を認識できているのは、術者の美由理と、完全無能者の幸多の二人だけなのだ。それ以外の誰もがあの時間静止中に起きていた出来事を理解できていない。

 仮に月黄泉の解除直後、美由理を捕捉ほそくできたものがいたとしても、美由理が瞬間的に別の場所に移動したとしか思えなかっただろう。そして、こう思ったはずだ。空間転移魔法を使ったのではないか、と。

 実際、一瞬のうちに別の座標に移動しているのだから、そう捉えられたとしても不思議ではない。

「わかってるよ。皆悪くない。皆、最善を尽くしたと想うよ」

 幸多は、五人の健闘を称えてから、美由理に半眼を向けた。美由理が幸多の眼差しに気づく。

「不服か?」

「そんなこと、あるわけないじゃないですか。ぼくたちは死力を尽くし、師匠も死力を尽くした。それだけのことですし」

「言い方に棘があるが……間違ってはいない。わたしも全力を尽くさせてもらった。だから、勝てたのだ」

 美由理は、幸多の視線から逃れるようにして、残る五人を見回した。わけがわからないといった様子の五人は、美由理による解説を期待したようだったが、美由理にそのつもりはなかった。

 月黄泉は、種がわかっていても発動してしまえばどうしようもなかったし、そもそも対策しようのない強力無比な魔法だ。月黄泉そのものに破壊力があるわけではないし、美由理にかかる負荷、消耗たるや凄まじいものだが、それだけの価値があるだろう。とはいえ、彼らのような駆け出しの魔法士に話すようなことではない、と、美由理は考えていた。

 星象現界は、戦団魔法技術における極致であり、奥義であり、秘伝といっても過言ではない。

 誰もが簡単に扱えるものでもなければ、教わるだけで使えるようになる代物でもない。

 無論、全ての導士が星象現界を会得できればそれに越したことはないのだが。

「きみたちには、この合宿中に、わたしを倒せるようになってもらいたい。一対一で、などとはいうまい。きみたち六人に義一ぎいちを加えた七人で、わたしを倒せるようになれば、それだけで十分だ」

 そんな美由理の掲げた大目標には、幸多たちも顔を見合わせるほかなかった。

 義一を含めたとしても、駆け出しの導士ばかりといっていい。

 合宿参加者は見込みのある才能の持ち主たちだというが、しかし、だ。たった一ヶ月そこらで星将を倒せるようになるのか、と、想わずにはいられない。

 先程の戦いの結果を踏まえれば、なおさらだ。

 わけもわからず倒されてしまったのは、それこそ、星将との圧倒的な実力差によるものに違いないと受け取るしかなかったのだ。

 もっとも、やる気がないわけではなかったし、合宿に参加した以上は、美由理が掲げた目標に向かってひた走るしかない、とも彼らは思うのだが。

 それから、美由理は、義一に目を向けた。

「今回、義一に参加してもらわなかったのは、彼には特別な才能があるからだ」

「知ってまーす! 第三因子サードファクター、ですよね!」

麒麟きりん様と同じ真眼しんがんの持ち主だとか!」

「さすがに説明するまでもないか」

 美由理は、金田かねだ姉妹が義一に向けた目を輝かせる様を見て、苦笑した。

 伊佐那家の血統にのみ現れる第三因子・真眼は、世界で最初に確認された第三因子であり、第三因子の存在をこの世に知らしめた異能である。

 そして、地上奪還作戦から央都おうとの拡大に至るまで、大いに活躍し、伊佐那麒麟の代名詞になったということもあり、央都で知らないものはいないくらいに有名だった。

 また、義一が伊佐那麒麟の養子にして、伊佐那家の次期当主であり、第三因子・真眼の保持者であるということは、戦団内部ではよく知られた話だ。

「義一には、真眼を用い、きみたちの戦いぶりをてもらっていたのだが……どうだ?」

 美由理が義一に話を振ると、彼は、小さく息を吐いた。類い希な金色の瞳は、いつだって美しく、光を帯びているように見える。

「この眼は、魔素の本質を見抜くことができる、といいます。それは歴代の伊佐那家当主、真眼の発現者が証明してきたことですが……そんな前置きはさておいて、ですね。金田朝子(ともこ)さん」

「は、はい!」

 義一に名を呼ばれただけでなく目と目が合ったことで、朝子は、この上なく興奮した。義一は中性的な容貌の持ち主であり、朝子好みの顔立ちだということもあれば、元より興味を持っていたからだ。友美ともみが、そんな朝子を横目に睨んだ。

 いくらなんでも浮かれ過ぎだ。

「きみは、魔素の傾向から見た場合、補助向きですね。つまり、補型ほけい魔法を修め、小隊においては補手ほしゅを担うことをお勧めします」

「え、まじ!? 攻手こうしゅに向いてないってこと!?」

「そういうことになりますね」

 義一は、素っ頓狂な声を上げた朝子の勢いに気圧けおされかけながら、努めて冷静にうなずいた。

 朝子には全く想定外の結果であり、彼女はしばし放心状態にならざるを得なかった。その隣からぐっと身を乗り出したのが、友美である。

「わたしは!? どうなんですか!?」

「金田友美さん、きみは、防手ぼうしゅに向いています。この合宿期間中は、特に防型ぼうけい魔法を習熟することをお勧めしますね」

「ええっ!? 嘘でしょ!? 今までと真逆じゃん!」

 友美が絶叫するのも無理からぬことだった。

 攻型こうけい魔法と防型魔法は、性質的には正反対の魔法だ。攻型魔法を得意だと思い込み、実際得手としていた友美からすれば、ありえない結果のように思えたならなかった。だが、義一が嘘をついているようにも見えない。

 朝子が、呆然としたままの妹に話しかける。

「わたしたち、いままでなにをしていたのかしらね?」

「えーと……でも、さ、学校だとそう判定された、よね?」

「そうよ、そうなのよねえ」

「飽くまで真眼で視た結果ですから」

「でもでもぉ、義一様が仰られるのなら」

「間違いないですう!」

「……まあ、たぶん、間違いないけど」

 義一は、金田姉妹の猫なで声に仰け反りかけるのをなんとかして抑えつけながら、三人目に目を向けた。

菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじくん。きみの魔素傾向は、攻手向きですね。いままで通り、攻型魔法を磨き上げていけば、もっと強くなれますよ」

「よしっ」

 隆司は、拳を握り締め、気合を込める。彼は、金田姉妹の診断結果を聞いていたということもあり、戦々恐々としていた。攻型魔法の使い手だからといって、一切、防型魔法や補型魔法を使えないわけではないし、一から学び直すことになるわけではないにせよ、だ。

 いまさら役割を変えるというのは、簡単なことではないような気がした。

 だからこそ、義一も言いづらい部分があるのだ。義一も一介の魔法士であり、導士だ。小隊における役割を変えることの難しさを理解していないわけがなかった。

「おれたちはどうなんだ?」

「気になるね……」

 九十九つくも兄弟もまた、義一の判定が気がかりだった。

真白ましろくんも黒乃くろくんも、役割分担は完璧だったよ。きみたちの魔素傾向からして、今まで通りで良いはずだ」

「そっか」

「ふう……」

 義一の返答に、真白も黒乃も心底安堵した。

 二人は、魔法を学ぶこととなったそのときから、いまの役割に落ち着いていた。真白が防型魔法を学び、黒乃が攻型魔法を修めていったのも、そのためだ。それが理に適っている、というのが、二人に魔法を教えた魔法士の意見だった。

 それに対し、九十九兄弟は、何度となく反論をぶつけ、異論を述べたが、しかし、魔法士は、二人の意見に聞く耳など持たず、結果、今に至っている。

 性格的には、全く正反対だ、と、二人は最初から想っていた。

 攻撃的な真白が攻手をやるべきだし、内向的な黒乃こそ、防手に向いているのではないか。

 だが、現実には、真白の方が防型魔法の扱いが巧みであり、黒乃の方が破壊力の高い攻型魔法を使うことが出来ている。

 つまり、二人に魔法の教育を施した魔法士は、紛れもなく慧眼の持ち主だったということだ。

 しかし、義一の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「ただ……」

「ただ?」

「んだよ?」

 黒乃と真白は、どうにも言いにくそうな態度の義一に注目した。

「……きみたちには、ひとつだけ共通する不思議な点があるんだ」

 それはいうべきか、いわざるべきか、義一は悩み、迷った。

 それは本来、ありうべかざることではないか。


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