第二百八十五話 合宿(四)
合宿参加者六名対伊佐那美由理の二戦目は、幸多が作戦を考えることとなった。
が、これも敗北した。
圧倒的な力量差の前では、小手先の作戦など通用しなかったのだ。
三戦目、六人は、さらに連携を意識して立ち回ると、多少なりとも善戦することができた。
とはいえ、美由理の魔法技量の前には、圧倒されざるを得ず、次々と打ちのめされていったのだ。
四戦目ともなると、いくらなんでも負けすぎではないか、ということで、六人は入念に作戦を練ることにした。
ああでもないこうでもないと言い合う六人を遠目に見遣りながら、義一は、彼らの戦いぶりを振り返る。脳裏に残るのは、膨大な魔素の入り乱れる戦場の景色であり、極彩色といっても過言ではない視界だ。
それは、この地上においては義一と麒麟だけが持つことのできる視界であり、だからこそ、自分がこのような役回りになったのだろう、と理解していた。
「どうだ?」
美由理が義一に声をかけたのは、六人の作戦会議が長引きそうだと思ったからだった。時間はたっぷりとあったし、作戦を練ることもまた意義ある訓練ということもあって、美由理は彼らがどのような手段を用いてくるのか楽しみにしてもいた。
「才能は、ありますよ。全員、将来、優秀な魔法士になれるでしょう」
「幸多以外は、な」
美由理が言わなくてもいいようなことをいってきたので、義一は姉を見上げた。凜とした佇まいは、彼女がただ立っているだけで絵になることを証明するかのようだ。
「……彼は、なんなんです?」
「どういう意味だ?」
「あれだけの目に遭ったというのに、へこたれるどころかすぐに復帰して、俄然やる気を見せている。彼は魔法不能者です。あれほどの目に遭ったなら、戦団を辞めたっておかしくない。そうでしょう?」
「そうだな。普通ならば、その通りだ」
美由理は、義一の意見を否定しなかった。彼の言葉にも一理ある。
サタンによって左手を切り取られ、右眼をくり抜かれたのだ。一命こそ取り留めたものの、一週間もの間、意識を失ったままだった。心に深い傷を負ったとしてもおかしくはなかったし、恐怖に飲まれたとしても不思議ではなかった。そしてその結果、戦団を辞めると言い出したとして、彼を責めるものはいなかっただろう。
窮極幻想計画、その中核を成していたとはいえ、だ。それを取り決めたのは、護法院であり戦団上層部であり第四開発室に過ぎない。
彼自身が戦えなくなったというのであれば、それを無理に引き留めることなどできるわけもなかった。
窮極幻想計画の最高責任者であるイリアも、そのことを特に心配していた。幸多の身体的損傷は完全に回復することができる。だが、精神的な傷痕を消し去ることはできない。
彼が、魔法士だったのであれば話は別だ。魔法によって心の傷を塞ぐことは、それほど難しいことではない。
しかし、彼は完全無能者だ。魔法による心身への干渉はできない。
だからこそ、イリアも護法院も幸多がどのような反応を見せるのか、気がかりだったのだが。
そうした心配は、杞憂に終わった。
幸多は、目覚めたときから戦団に残るつもりでいたし、辞める気配は微塵もなかった。
彼を突き動かしているのは、なにもサタンへの限りない怒りと燃え盛るような復讐心だが、それだけではあるまい。
美由理には、そう思えるのだが、実際の所は、どうなのか。
「……彼はそうではなかった。それだけのことだ」
美由理は、義一にそう答えると、幸多の視線に気づき、その場を離れた。六人の作戦会議が終わったようであり、全員が気概に満ちた表情をしていた。
彼ら六人の顔つきは、負ける度に鋭さを増していて、いまや実際の戦場を駆け抜ける導士そのものといっても過言ではなかった。訓練ではなく、実戦の中に身を置いている、とでもいうような表情であり、気迫だ。
それこそ、美由理が彼らに求めていたものだ。
「準備は整ったようだな?」
「はい! 師匠!」
「意気は良し」
美由理が満足げに頷くのを見て、幸多は、俄然、士気を高めた。剣の柄を握り締める手にも、より力が籠もる。
そんなふたりのやり取りを見ていた金田友美が思わずぼやいた。
「いいなあ……わたしも師匠って呼びたい」
「じゃあ、わたしの弟子にしてあげましょう」
「わあい、嬉しいなあ」
「ふふふ」
「なんなんだ」
「わかんない」
わけのわからない金田姉妹の会話を横目に見て、九十九《つくおm》兄弟は小首を傾げた。見かねた隆司が口を挟む。
「ああいう姉妹なんだよ」
「はあ」
「っても、わけのわからなさでいったら、おまえらも相当だからな」
「ええ?」
「どこがだよ!?」
隆司に食ってかかる真白とそれを止めようとする黒乃、そしてそれを囃し立てる金田姉妹の様子を一瞥して、幸多は、少しばかり憮然とした。
「……締まらないなあ」
「隊長が隊長だからだな」
「反論できないや」
幸多は、真白の言い分に対し、肩を竦める以外になかった。
隊長とは、この訓練において幸多が作戦を練ることになり、指揮を執ることになったがため、誰とはなしに呼ぶようになったのだ。その結果、即席の小隊が組まれている。
幸多を小隊長とする小隊である。
戦団の導士には、通常、三種の役割がある。
攻撃を担当する攻手、防御を担当する防手、回復・補助を担当する補手という三つの役割は、得意とする魔法の特性に合わせたものであることが大半だ。
攻型魔法が得意なのに補手を務めたり、防型魔法を得意とするのに攻手を担うというのは、余計な負担を強いることになり、得策ではないのだ。
即席小隊におけるそれぞれの役割は、幸多、隆司、黒乃、朝子が攻手、真白が防手、友美が補手である。
この役割を最終的に決めたのは幸多だが、それぞれの意見をくみ取ったものだ。各人がやりたい役割を聞き、それを幸多の脳内の作戦に当てはめていった。
とはいえ、戦術を考えるなど、幸多にとっては初めてのことだ。
これまで散々幻魔と戦い、斃してきたが、いずれも作戦を必要とするようなものではなかった。戦団に入る以前は、身一つで獣級幻魔と格闘していただけだったし、戦団に入ってからもそれはほとんど変わらなかった。
いずれ小隊長にならなければならないのだから、必要な経験ではあるのだろう、と、幸多は、今回の出来事を受け止めている。
必ずしも小隊長が作戦を考える必要はないし、大きな任務になれば作戦司令室の指示に従うことになるのだろうが、それはそれとして、だ。
小隊長としての経験を積んでおくに越したことはない。
(まさか……)
幸多は、美由理を見遣った。
十メートル先に佇む美由理の凛然とした立ち姿に目を奪われそうになりつつも、考えるのは、師が何処まで先のことを見据えてこの合宿を企画したのか、ということだ。
幸多を徹底的に鍛え直す、と、美由理はいった。
幸多の中の甘えとでもいうべき部分を根絶し、輝光級導士に相応しい人間へと成長させるのだ、と。
この合宿がそのためのものであるということは、わかっていた。
そして、だからこそ、合宿という体裁を取っているのだ、ということもだ。
でなければ、星将という戦団有数の魔法士を長時間に渡って独占することなどできない。
それがたとえ師弟であっても、だ。
そのための合宿であり、そのための自分以外の参加者なのだ、と、幸多は受け止めている。
そこには、師の厳しくも深い愛情を感じざるを得ない。
だから幸多は、負けられない。
この訓練が、幸多の小隊長としての才能を試すためのものであるかもしれないからだ。
「そろそろいいかな?」
義一が声をかけたのは、幸多が考え込んでいるような様子だったからだ。そんな状態で試合を始めても大丈夫なのかと、心配になった。
が、そんな必要はなかったようだ。
幸多は、瞬時に義一に目を向けた。
「はい!」
「では……始め!」
義一は、安堵とともに試合開始の合図を発した。
開戦と同時に動いたのは、全員である。
美由理は、幸多の突出を警戒して飛び退き、さらに距離を開こうとしたようだった。その移動先目掛けて飛来してくるものがあり、美由理は透かさず魔法を発動させる。
「大盾」
瞬時に美由理の前方に魔法の盾が具現し、飛来した物体を受け止めた。導衣に仕込んでいた簡易魔法である。強烈な激突音が魔法の盾を粉砕するも、それそのものの勢いも失われる。
移動中の美由理の視界を掠めたのは、両刃剣だった。
見遣れば、幸多が投擲した体勢のまま強引に飛び上がるところだった。とてつもない身体能力だ。思わず見惚れたくなるほどに研ぎ澄まされた肉体は、素晴らしいとしかいいようがない。
(なるほど)
しかし、美由理は見惚れることなく、幸多が強烈な牽制攻撃をしてきたのだと理解した。
幸多は魔法を使えない。故に近接戦闘しか出来ないという前提があった。しかし、あれほどの速度と威力の投擲ならば、射程魔法にも勝るとも劣らなかったし、美由理の思考にも影響を与えざるを得なかった。
そういえばそうだ、と、思い出す。
幸多の身体能力は、星将のそれを凌駕している。