第二百八十四話 合宿(三)
「遠慮することはない。全力でかかってきたまえ」
美由理が、悠然と法機を構え、いった。ROD型法機・流星の先端を天に向け、そこに左手をそっと添えるように構えている。
対峙するのは、六人。
幸多、九十九兄弟、金田姉妹、菖蒲坂隆司である。
義一が参加せず、一人離れた場所にいるのは、美由理からの指示が有ったからだ。
幸多は白式武器・斬魔を右手だけで握り、構えていた。現状、左手は使えない。
真白は短杖型法機・迅星を、黒乃は長杖型法機・流星を呼び出しており、金田姉妹は二人とも中杖型法機・双星を手にしていた。隆司は、短杖型法機・迅星である。
六対一。
数の上では、幸多たちのほうが圧倒的に有利だったが、誰一人として優勢だという確信を持っていなかった。相手は星将であり、歴戦の猛者であり、英雄なのだ。鬼級幻魔を討伐したという実績を持つ数少ない導士の一人であり、戦団最高戦力の筆頭。
伊佐那美由理。
氷の女帝の異名を持つ彼女は、並大抵の魔法士ではないのだ。
とてつもない緊張感が、幸多たち六人を襲っていた。武器を握り締める手にも力が籠もる。
「始め!」
義一が試合開始の合図として声を張り上げるのと同時に、六人が動いた。
真っ先に美由理に飛びかかったのは、幸多だ。距離は十メートル。だが、その程度の距離など、幸多には関係がない。真武の歩法・空脚を用い、一足飛びに間合いを詰めようとした。しかし、当然のように美由理は対応する。素早く飛び退きながら、真言を唱えているのだ。
「氷石」
瞬時に、美由理の周囲に律像が展開するとともに魔法が発動した。幸多の眼前に巨大な氷塊が出現したのだ。法機に仕込んだ簡易魔法に違いなかった。
自然、幸多は氷塊に突っ込んでいくことになったが、両刃剣を叩きつけて粉砕することで道を切り開く。氷の砕片と冷気が舞い散る中を突っ切り、美由理を追おうとした直後、幸多は、視界の片隅に律像が広がる様を視た。複雑過ぎる余り神秘的ですらある紋様は、美由理の魔法が瞬く間に完成していく光景を見せつけるかのようだった。
「六百弐式改・雪月花」
真言が聞こえたときには、猛烈な吹雪が幸多を飲み込んでいた。無数の氷の結晶が吹き荒び、竜巻のように渦を巻いて幸多の全身をずたずたに引き裂くと、傷口から氷漬けにしていく。雪が花を咲かせ、その狭間に月光が煌めくようだった。
「馬鹿か!」
幸多が脱落していく光景を目の当たりにしながら、真白は舌打ちした。幸多が試合開始と同時に突出しすぎたがために孤立した結果が、これだ。
「馬鹿ね」
「機先を制そうとしたんだろうけどさ」
金田姉妹が真白に同意しながら、空を舞う。法機に仕込んだ飛行魔法で以て飛び回ることで、広大な幻想空間を最大限に利用するためだ。
「相手は星将だぜ! 持久戦には持ち込めないだろ!」
隆司は、自身が使いうる最大威力の魔法を想像しながら、幸多を擁護した。相手との実力差を考えれば、幸多の判断も悪くはない。しかも、幸多の身体能力は頭抜けていて、隆司たちの目では追いつけないほどのものだったのだ。星将にも通用するのではないかと思えるほどの速度。だが、足りなかった。
というより、美由理は、幸多の突出を想定していたような動きを見せていたのだ。
幸多は、美由理の弟子である。何度となく実戦形式の訓練を行ってきたのだろう。その結果、幸多の戦い方というものを誰よりも熟知していて、だからこそ、幸多を一方的に倒すことが出来たのではないか。
他の星将に同様の対応が出来たかといえば、怪しいところだ。
そして、遥か前方、いまや空中に浮かび上がった美由理の周囲には、膨大な律像が展開されていて、その構造の美しさには目が眩むようだった。
黒乃が思わず見惚れそうになったのは、これほどまでに美しく精緻で完璧といっても過言ではない律像を直接視たことがなかったからだ。
さすがは星将、というほかなかった。
凄まじい魔法技量の持ち主だからこその律像であり、その構造の完成度だけで圧倒されるような、そんな感覚があった。
だから、というわけではないのだろうが、金田姉妹が次々と魔法を繰り出していた。
「闇星!」
「金剛投槍!」
法機に跨がって空を翔る金田朝子の手のひらから放たれた暗黒球は、急速に巨大化しながら美由理へと向かっていき、同じく空を舞う金田友美が投射した魔力体は、金剛石の槍そのものとなって美由理へと殺到する。
さらに、それを機と見た隆司が魔法を放つものだから、黒乃も慌てて真言を唱えた。
「覇光千刃!」
「断撃砕!」
隆司の全身から放たれた魔力の光は、凄まじい熱量を帯びた無数の光線となり、美由理へと収斂していくようであり、黒乃の放った巨大な闇の塊もまた、虚空を駆け抜けていく。
多数の魔法が迫り来る様を目の当たりにしてもなお、美由理は、微動だにしなかった。悠然と構え、唱える。
「六百捌式改・真絶零」
真言の発声によって魔法が完成し、律像が光を放って拡散した。
美由理の全周囲、広範に渡る空間が瞬時に凍り付き、美由理自身を氷の檻の中に閉じ込めた。そして、迫り来る無数の魔力体をも凍てつかせ、無力化していったかと思えば、巨大な氷柱が次々と降り注ぎ、金田姉妹、隆司、黒乃の四人をあっという間に押し潰してしまった。
残ったのは、真白だけだ。
「どいつもこいつもなに考えてんだ!?」
真白は、考えなしに突っ込んでいった挙げ句、返り討ちに遭った四人に対して毒づくほかなかった。真白が生き残っているのは、美由理の魔法の攻撃範囲から逃れていたからなのだが、それもこれも相手が星将であるという前提があったからだ。
特に美由理は戦団最高峰の魔法士であり、実力差は埋めがたいものがある。ならば、まず、相手の出方を見るべきではないか、と、真白なりに考えた結果なのだ。
しかし、真白が考えている間に幸多が飛びかかり、金田姉妹、隆司に続き、黒乃までもが攻撃に参加し、全員が全員、瞬く間に返り討ちに遭ってしまったものだから、目も当てられない。
惨憺たる結果とはまさにこのことだ、と、真白は想い、そして、眼前に現れた美由理に対し為す術も出来ないまま、打ちのめされた。
初戦は、そんな風にあっという間に終わった。
連携もなにも有ったものではなく、誰も彼もが好き勝手に戦い、暴れ回ったのだ。結果、美由理の圧倒的な魔法技量の前に壊滅してしまった。
そんな戦いぶりを冷静に観察するのが、義一の役割である。彼の黄金色の瞳は、わずかに光を帯びており、幻想空間上で二戦目の準備を始める導士たちの姿を正確無比に捉えていた。
幸多は、やはり両刃剣を手にしているし、ほかの五人も先程と同じ武装だ。
美由理も同じ。
違うのは、六人が話し合う機会を設けたことだった。
「やっぱり真正面からぶつかり合うのは駄目だね」
幸多が正直な感想を漏らすと、真白が半眼になって彼を見上げた。
「当たり前だろー。相手は星将様なんだからなあ」
「それは皆代くんだってわかってると想うけど」
「わかっててあれかよ」
「そうだよ。わかってても、あれなんだよ」
幸多は、真白の毒づきに対し、満面の笑みを返した。一瞬でしてやられたというのに清々しい表情をしている幸多の精神状態が、真白には理解できない。
「そうよね。相手は星将だもの。そう簡単にはいかないわよね」
「まったくもってその通りだわ」
金田姉妹も、美由理の魔法技量を目の当たりにして納得するほかないといった様子だった。
「じゃあ、どうするんだ?」
隆司が、五人の顔を見回すと、一人を除く全員の視線が幸多に集まった。
「ぼく?」
幸多は、五人の熱烈なまでの視線にたじろぎつつも、彼らの意図を理解して、美由理を見遣った。
この六人の中で、美由理との戦闘経験が最も豊富なのは、幸多以外にはいなかった。