第二百八十三話 合宿(二)
星将自らが鍛え直すため、選ばれた才能ある若き導士たち。
この合宿に参加することになった七名の導士のうち、五名がそのような認識を持っている。
幸多と義一だけが、別の認識でこの合宿を迎えていた。
幸多は、己の全てを徹底的に鍛え直し、導士としての自分を作り上げるための合宿だと思っているし、それが美由理の真意だと考えている。
一方、義一は、この場に集められた導士たちの纏め役なのだろう、と、自分の役割を認識していた。でなければ、自分がここに呼ばれる理由がなかった。
将来、伊佐那家を背負って立つ運命だ。それはつまり、人の上に立つということであり、そのための経験を積め、と、美由理が暗に言っているような気がしてならなかった。
美由理による合宿の説明は、極めて簡潔だった。
今日から八月一杯、伊佐那本邸を拠点とし、寝食をともにし、切磋琢磨していくことになる、というものである。
座学もあれば、実技もある。幻想訓練も行うし、現実空間での訓練も行うことになっている。合間合間に任務に出る可能性もある。
そして、この合宿の指導教官たる星将は、美由理一人ではない、ということも発表された。
七月中は美由理だけだが、八月からは葦原市の通常任務につくことになる二名の星将が新たに指導教官に加わることになっているのだという。
「なぜたった七名なのか、といえば、だ。集中的に教えられる人数には限りがあり、徹底的に鍛え上げるとなればさらに絞られるからだ。つまり、きみたちは選び抜かれた七名なのだ。戦団の将来を背負う七名といっても過言ではない」
(言い過ぎだと思うけど)
義一は、美由理のそんな言い様に胸中で苦笑するほかなかった。
戦団最高峰の魔法したる星将自らが教官となり、徹底的に扱いてくれる合宿など、煌光級の導士ですら喜んで参加しようとするだろう。導士ならば、金を払ったって参加したがるはずだ。
しかし、央都の現状がそれを許さない。
央都防衛構想の抜本的な見直しが迫られ、央都市民からもより強力な防衛体制の構築が求められている以上、ある程度実力のある導士を合宿に参加させるわけにはいかなかった。防衛戦力の低下に繋がるからだ。
星将が指導教官を務めるのも、持ち回りとし、最低でも二名の星将が任務に対応できる状況を作ることによってようやく可能となったのだ。
無論、才能のある導士を星将が鍛え上げることによって戦団の戦力を底上げできるのであれば、それに越したことはないのだが。
もし今回の合宿が成果を上げることができれば、今後、同様の合同訓練が度々開催されていくに違いない。
義一は、美由理の鼓舞ともいえる発言によって、参加者たちが俄然やる気になっていく様を見ながら、そんなことを考えていた。
かくして、合宿の初日が、始まる。
伊佐那家本邸の敷地内には、道場と呼ばれる建物がある。
黒塗りの母屋とは対照的に白一色といっても過言ではない建物であるそこは、伊佐那家の人間が訓練を行うための道場であり、室内運動場といってもいいほどの広さがあった。
伊佐那家が修める伊佐那流魔導戦技は、魔法のみならず、武芸百般に通じる。体術を始め、様々な武術を修得するのもまた、伊佐那家の人間のたしなみなのだ。
そのため、この建物が道場と呼ばれるようになった、という。
道場は、そのまま現実での鍛錬を行うことも出来たし、幻想訓練を行うことも可能だった。道場内に幻想訓練用の部屋があるのだ。
合宿初日となる今日、まず最初に行うことになったのは、幻想訓練である。
美由理と七人の参加者が、一斉に幻想空間へとその意識を転移した。
八人が飛び込んだ幻想空間は、だだっ広く、なにもない場所だった。いわゆる汎用訓練場と呼ばれるその空間は、壁も床も天井も真っ白で、無数の線が縦横に等間隔で刻まれている。
そんな幻想空間に意識を転移させた八名の導士たちは、当然のように導衣を身につけていた。
幸多だけは闘衣を装着しているが、それ以外の全員が導衣だ。第三世代導衣・流光をそれぞれが独自に改良を施している。
導衣は、各自が使い勝手が良いように改造することが許されている。それら導衣の調整を行うのが、第三開発室であり、導士たちが自分好みの導衣に改良するため、足繁く通っているのを幸多は横目に見たりしていた。
幸多はといえば、第四開発室にお世話になっているのだが。
真白の導衣は、黒基調に白が混ざっていて、黒乃の導衣は真っ黒だ。
金田朝子の導衣は、上下に分かれたものであり、丈の短いスカートが特徴的だった。友美は、同じく上下に分かれた導衣だが、スカートの丈は長めになっている。代わりにというわけではあるまいが、上半身の露出度が高めである。
菖蒲坂隆司の導衣には、銀細工が施されており、きらびやかだった。
義一の導衣は、伊佐那家の紋章である幻獣・麒麟が胸元に刻まれていて、伊佐那家の人間であることを強く主張していた。
美由理の導衣にも同様の趣向が凝らされていることからして、彼が美由理の真似をしたのだろうと想像がつく。あるいは、伊佐那家お抱えの魔法士たちの導衣を真似たものかもしれない。
「まずは、きみたちの実力を知りたい」
美由理は、七人の導士たちを見回して、いった。
幸多や義一の実力はよく理解しているつもりだが、九十九真白、九十九黒乃、金田朝子、金田友美、菖蒲坂隆司のことはほとんど知らなかった。
九十九兄弟は、第八軍団長・天空地明日良の推薦であり、才能と実力についてはお墨付きだということだったが、それ以外に問題を抱えていて、あの明日良ですらお手上げといった様子だった。
金田姉妹は、第六軍団に所属しており、合宿への参加を勧めたのは軍団長・新野辺九乃一である。九乃一曰く、姉妹の才能は確かだが、いい師匠に巡り会えないがために発揮できないのではないか、ということだった。
菖蒲坂隆司。彼は、第十一軍団長・獅子王万里彩から推薦されて、合宿に参加している。獅子王万里彩は、菖蒲坂隆司の魔法士としての素養を買ってはいるが、星将の弟子にするほどではないという判断をしていたようだ。合宿ならば、星将から直接学ぶことができるということもあり、才能が開花する可能性もあるだろう、と、万里彩は考えているのだろう。
義一は、この場に相応しくないほどの実力者だが、将来のことを考えれば、合宿に参加させるのも悪くはないのではないか、という戦団上層部の意向によって、急遽参加が決まった。そこには美由理の意見も含まれている。
そして、幸多だ。
この合宿は、そもそも、美由理が幸多を徹底的に鍛え直すための時間を捻出するために考案し、企画したものである。
幸多は、美由理の弟子だ。弟子を鍛え上げるの師匠の務めであり、幸多だけに全力を尽くすというのは、ごくごく自然な成り行きといっていい。しかし、星将ほどの立場となれば、幸多のためだけに全ての時間を費やすことは難しく、簡単なことではなかった。
それが戦団のため、引いては央都守護のためになるのだとしても、だ。
星将ほどの魔法士ならば、自らが飛び回り、あらゆる状況に対応する方が余程効率的であり、効果的であると考えるのが普通だろうし、道理だろう。
だから、美由理は、考えに考えた。
そうして至ったのが、幸多一人ではなく、複数名の有望な導士を集めた合宿を開くという名目である。
それならば、幸多につきっきりで鍛え直すことも不可能ではないのではないか。
無論、幸多だけでなく、他の導士の面倒も見なければならないが、その点に関しては美由理も考えている。そのための義一、といっても過言ではないのだ。
将来、伊佐那家の当主となり、戦団の未来を担うであろう義一には、指導者としての成長も期待されている。
この合宿は、幸多を徹底的に鍛え直すだけでなく、義一に指導者としての経験を積ませることも、一つの目的だった。