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第二百八十二話 合宿(一)

 伊佐那いざな家本邸の応接間は、広々としていて、高級そうな調度品ちょうどひんが所狭しと並んでいる。椅子や机、家具のいずれもが一般市民には縁遠いものに違いないし、部屋の作りそのものに高級感が漂っている。様々な趣向を凝らしていて、しばらく見ているだけで時間を潰せそうな、そんな感じがあったのだ。

 そんな一室に集められた合宿参加者は、奏恵かなえを除く七名の導士だ。

 皆代幸多みなしろこうた九十九真白つくもましろ、九十九黒乃(くろの)金田朝子かねだともこ、金田友美(ともみ)菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじ、伊佐那義一(ぎいち)

 そのうちの一人、義一は、伊佐那家の人間であり、この屋敷の住人である。だから、彼がここにいることそのものに疑問はないのだが、しかし、合宿の参加者となると話は別だ。

「義一先輩も参加するんです?」

「まあ、ね」

「なんでまた?」

「なんで……って、そんなに気になることかな」

 後輩たちに問い詰められ、義一は返答にきゅうした。理由は、至極簡単なものだ。この大合宿は、美由理が主催する合同訓練であり、美由理に直接手解きを受けることの出来る数少ない機会だからだ。

 義一は、美由理の弟子志望だったのだが、それが叶わなかったこともあり、こうした機会が訪れる日を待っていた。

 とはいえ、そんな本心を余り興味も持てない後輩たちに話すのも面倒なので、適当にはぐらかした。

「気になりますよ」

「気になる気になる」

 金田姉妹が義一に食い下がるのを横目に見て、菖蒲坂隆司が肩をすくめる。金田姉妹の目当てが理解できたような気がしたからだ。

 おそらくあの姉妹は、義一目当てに違いない。

 合宿への参加は、それぞれの軍団長からの指示であり、本人たちに拒否権こそあれ、拒否する理由もなかった。が、合宿に参加するに当たって、なにかしら気分を高揚こうようさせる目的のようなものがあってもいいだろうし、金田姉妹は、そのようなことをいっていたのだ。

 義一は、容姿端麗といった言葉がよく似合う、中性的な容貌の持ち主だ。伊佐那家の人間ということもあり、知名度も高いが、中でも女性人気がうなぎ登りなのはその華やかな容姿のおかげに違いない。

 そんな義一を間近で見ることができるだけでなく、触れ合うことができるというのもまた、金田姉妹にとっては喜ばしいことなのだろう。

 義一に纏わり付く二人の目の輝きを見れば、一目瞭然だ。

「へえ、上手くできてんなあ」

「ほんとだね」

 九十九兄弟は、といえば、幸多の左手を突いたり触ったり握ったりしていた。まるで生身であり、とても義肢とは思えなかったからだ。

「それで自由に動くんだろ? 思うままに」

「うん」

「だったら、なんの問題もねえじゃん」

「兄さん……」

 黒乃は、相手の心情など何処吹く風といわんばかりに言いたい放題な真白に対し、しかめっ面にならざるを得ない。幸多が左手や右眼を失ってどれだけ心を痛めているのか、兄には想像が出来ないのだろうか、と。

 そんな黒乃の反応に幸多は笑い返す。気にしてなどいないからだ。

「そうだよ。なんの問題もないんだ」

 そういって、幸多は左手を旋回させた。

「おっ? おおっ?」

 真白は、長椅子に座っていたはずの体が、幸多の手捌きひとつで、どういうわけか空中に浮かび上がったものだから、感心するばかりだった。そのまま、何事もなかったかのように椅子の上に戻される。

「魔法かよ」

「魔法は使えないよ」

「知ってる」

「凄い凄い、さすがは幸多くんだね」

「いやあ、大したことじゃないんだけど……」

 九十九兄弟が興奮する様に微笑した幸多だったが、ちらりと、背後を振り返った。椅子に腰を下ろした奏恵が、幸多に向けて柔らかな笑みを浮かべているのがわかる。

 その笑顔の意味は、幸多にはすぐに理解できた。

(怒ってる……)

 顔に張り付いたような笑顔だった。

 奏恵は、微笑みを絶やさない人だった。幸多が幼い頃からずっと笑っていて、だから幸多も笑顔でいることができたのだろうと思っている。そんな母が怒るときというのは、大抵、幸多か統魔とうまがなにかしでかしたときであり、そういう場合でも笑顔を崩さないことがあった。

 笑いながら怒っているときが一番怖いのだ、と、幸多は身に染みて理解していた。

 ではなぜ、いま、奏恵が怒っているのかといえば、幸多がなんの気なしに武術を披露したからだ。幸多が左手で軽く真白の体を中空に浮かせたのは、奏恵から教わった武術・真武しんぶの技の一つである。

 真武は、戦うための技術であり、無意味に使ってはいけない、というのが奏恵の教えだった。

 だから、奏恵は怒っている。

 しかし、同時に微笑ましくも思っているのが、難しいところだった。

 奏恵にしてみれば、幸多にこれだけの知り合いがいて、仲の良さそうな同年代の導士がいるということが嬉しくて堪らなかったし、他愛のないやり取りをする様を見られるだけでほっとしたものだった。

 とはいえ、幸多が真武の技を用いたことには、後でこってりと説教しなければならない、とも考えている。

 そんな賑やかな応接間の扉が開いたのは、幸多と奏恵が到着して、しばらくしてからのことだった。

 十分以上は経っていただろう。

 幸多が、九十九兄弟や義一たちから先日の出来事に関する質問攻めに遭い、返答に窮していた頃合いだった。

「全員、集まったようだな」

 応接間に姿を見せたのは、伊佐那美由理である。戦団の制服に身を包んだ美由理は、颯爽さっそうとした足取りで室内に入ってきて、室内にいた全員の視線を集めた。そして、その凛然たる姿を目の当たりにすれば、応接間で戯れていた導士たちの気も引き締まり、速やかに居住まいを正すのは当然だっただろう。

「まず最初に、この合宿を企画した意図から説明する。現在、戦団が戦力の増強を急務としていることは、きみたちも理解しているはずだ」

 美由理の凜々《りり》しく強い力を持った声の前には、誰も異論はなかった。

 虚空事変、天輪てんりんスキャンダルと、人類生存圏の安寧あんねいを脅かすような事件が連続していて、央都防衛構想そのものの見直しに迫られていることは、誰の目にも明らかだ。

 戦団が掲げる悲願たる人類復興が遠のくことになるかもしれないが、人類復興の基盤たる人類生存圏の守護に全力を注がなければ本末転倒になりかねないのもまた、事実なのだ。

 人類復興を急ぐ余り、幻魔殲滅げんませんめつはやる余り、央都をないがしろにした結果、葦原市を始めとする央都四市に甚大な被害が出てしまっては、本末転倒この上ない。

 央都こそ、人類復興の根幹であり、人類最後の砦といっても過言ではないのだから。

 その守護のため、戦団の行動方針が揺れ動くのも致し方のないことだった。

「とはいえ、全導士を対象とした訓練などできるわけもない。そこで、わたしが各軍団長に提案したのは、だ」

 美由理は、応接間に集まった七名の導士一人一人の顔を見回した。伊佐那義一、九十九真白、九十九黒乃、金田朝子、金田友美、菖蒲坂隆司、そして、皆代幸多。この中で一番階級が高いのは、伊佐那義一である。

 義一は、天輪スキャンダルの功績により、閃光級一位に昇級している。ついで、幸多の閃光級三位。それ以外は全員が灯光級三位である。

「才能こそあるものの、伸び悩んでいる新人導士たちを星将せいしょう自らが徹底的に鍛え直す、というものだ」

 美由理が説明した内容は、参加者たちには事前に通達されている事項であり、誰もが十全に理解していることだった。

 だから、というわけではないが、真白がにやりと弟を見た。

「まさにおれたちのことだな」

「兄さん……」

「んだよ?」

「いや……なんでもない」

 黒乃は、真白の自信に満ちた態度にもはやなにもいうまいと思った。

 金田姉妹は手を取り合って喜ぶような表情を見せ、菖蒲坂隆司も拳を握り締めた。皆、俄然やる気が満ちたといわんばかりの反応である。

 合宿への参加要請があったということは、つまり、己が所属する軍団長によって才能を認められ、同時に期待されていることの証明だったからだ。

 幸多は、といえば、彼らとは違う感覚の中にいたのだが。

(鍛え直す……か)

 幸多は、左手の感触を確かめるように握り締めながら、胸中でつぶやいた。

 もう二度と、あのようなことはあってはならない。

 幸多の脳裏に蠢くのは、暗黒の闇であり、悪魔たちであり、サタンの赤黒い目である。

 幸多は、瞬間的に激発しそうになる感情を抑え込むと、美由理を見た。

 美由理の冷徹な眼差しは、幸多を見据えていた。

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