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第二百七十九話 星将たち

「特異点……ねえ」

 天空地明日良てんくうじあすらがつぶやいたのは、〈七悪しちあく〉に関する記録映像を見返しながらのことだ。

 皆代幸多みなしろこうたの記憶から再生された映像、その最後に挟み込まれるようにして現れた悪魔を名乗る六体の鬼級幻魔おにきゅうげんま

 彼らは、自らを〈七悪〉と呼んだ。

 そして、戦団は、彼らを〈七悪〉と総称することを決めた。

 また、ノルン・システムの分析により、〈七悪〉に含まれる鬼級幻魔の固有波形と、他の鬼級幻魔の固有波形に微妙な差異があることが判明している。元より固有波形には差異があるものだが、〈七悪〉に類別される幻魔には、特有の波形が見られることがわかったのだ。

 つまり、〈七悪〉の悪魔たちと他の鬼級幻魔を判別することができるというわけだ。

 そして、悪魔は、サタンの力によって生まれ変わった鬼級幻魔である可能性が高かった。

 バアル・ゼブルがそうであるように、マモンがそうであるように、だ。

 戦団水穂みずほ支部基地司令室には、今現在、彼しかいない。

 真夜中だ。

 戦団本部にせよ支部にせよ、二十四時間体制で機能しており、真夜中であろうとも働いている導士どうしは少なくない。が、基地司令室となれば、話は別だ。基地司令、つまり、その支部基地に赴任した軍団長以外、そう簡単に入ることは許される場所ではないのだ。

 広い広い室内の様々な調度品や機材が並ぶ空間にあって、彼は端末と幻板げんばんに向き合っている。端末が出力している幻板の枚数は多く、彼を含む十二名の軍団長が様々な表情を覗かせていた。

「どう思うよ?」

 明日良が問えば、すぐさま反応が返ってくる。

「どうもこうもないだろう。これまで我々が欲して仕方がなかった情報を数多く得ることが出来たのだ。それだけでも十分な価値がある」

「おかげで、央都おうとが置かれている状況の最悪さもわかっちゃったね」

 麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅうが真面目な顔で当たり前のことをいえば、新野辺九乃一しのべくのいちが前髪を弄りながら嘆息たんそくを浮かべた。

 神木神流こうぎかみるが、そんな九乃一の言い分に釘を刺す。

「元より、央都に三体もの鬼級幻魔が暗躍していたのです。状況は変わりませんよ。より深刻化したとはいえ……」

「まったくだ」

 神流に同意したのは、伊佐那美由理いざなみゆりである。

 そんな星将せいしょうたちの益体やくたいもない会話を聞きながら、明日良は、渋い顔をした。論点がずれていくことを嫌い、話を戻す。

「おれが聞きたいのはだな、特異点という言葉の意味なんだが」

 特異点。

 悪魔たちが皆代幸多を指し示す言葉として用いたそれは、彼が悪魔たちにとって特別な存在であることを意味しているかのようである。

 なにも持たない彼が、だ。

 魔法不能者にして完全無能者である彼が、悪魔たちにとってどのような意味を持つのか、明日良には気がかりだった。

「確かに、特異点ではあるわね」

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐやが、幻板の向こう側で腕組みをしながら、いった。燃え盛る炎のような真紅の髪が、わずかに揺れる。

「皆代幸多が戦団に入ってからというもの、停滞していた状況が動き続けているわ。これまでわたしたちは、サタンの目的を想像することすらできなかった。幻魔災害を撒き散らすだけの、ただの害悪、厄災としか認識していなかったもの」

「確かに」

 火倶夜の意見に頷いたのは、播磨陽眞はりまはるまだ。

 城ノ宮日流子(じょうのみやひるこ)が、火倶夜に問う。

「それは良いこと? 悪いこと?」

「どうかしらね。あのまま、ただ幻魔災害が増え続けるのを良しとするのか、〈七悪〉が揃い始めたことによる状況の悪化をこそ良しとするのか。どっちも良くはないもの」

「良くはない。が、敵とその具体的な目的がわかったというのは、極めて大きい」

 とは、美由理である。

 確かに、それは大きな進展といえた。

 それまで特別指定幻魔壱号、弐号、参号でしかなかったものたちが、サタンを首魁とする〈七悪〉と名乗る一つの勢力であり、〈七悪〉を揃えるためにこそ活動しているということが判明したのだ。サタンがなぜ幻魔災害を頻発させていたのか、その意味も理由も、いまならば断言できる。

 彼らが〈七悪〉に相応しい鬼級幻魔を生み出すためであり、アスモデウスもまた、そのために暗躍していた。

 点と点が一本の線に繋がり、誰もがその事実に戦慄すらしていた。 

 ただ、彼らがなぜ〈七悪〉を揃えようとしているのかは依然として不明であり、そして。

「わかったところでどうしようもないのは困りものですわね」

 獅子王万里彩ししおうまりあのため息には、皆、頷くほかなかった。

 サタン一派の目的が判明したのは良いが、対応のしようがないのもまた、紛れもない事実なのだ。なにせ、サタンたちは、空間転移魔法によってこの央都の何処にでも移動することが出来るようだったし、逃げ帰ることも容易らしいのだ。

 サタンたちの固有波形を観測したときには、時既に遅し、といった状況になっている場合が多い。

 幻魔災害頻発の原因も、それだ。

 特定壱号の固有波形を観測し、即座に導士たちを当該座標に送り込んでも、そのときには全てが終わっているのだ。

 市民が殺され、幻魔が誕生している。

「常に後手に回っているこの状況をどうにかしたいものだが……」

「こればかりは、ねえ」

 それは、この場にいる全員の共通の思いだった。

 サタンがもたらす幻魔災害に対応するには、後手に回らざるを得ない。どれだけ央都警備に割り当てる導士を増員したところで、どこからともなく現れるサタンの凶行を止めることなどできるわけもないのだ。もしその現場に遭遇できたのだとしても、並の導士では手も足も出ない。被害者の代わりに殺されるだけのことだ。

 そして、殺された導士から幻魔が生まれるのだ。

 実際、そうした例がいくつもあった。市民の命は守られたが、導士の命は失われ、さらに幻魔災害が吹き荒れたことによって、護られたはずの市民の命もまた、奪い去られたという事例がだ。

「やはり、ユグドラシル・システムか」

「え?」

「ノルン・システムではなくて?」

 八幡瑞葉やはたみずはと万里彩が、美由理の発言に疑問を浮かべる。

「ノルン・システムは、元々、ユグドラシル・システムの補機に過ぎなかった三基のノルン・ユニットを使い、システムとして再構築したものだ。だから、不完全で不安定なのだそうだ」

「そして、ユグドラシル・システムは、未来予測をも可能としていた。ノルン・システムのそれより余程正確で、強力な未来予測は、幻魔災害の発生すらも予測していたそうよ」

 美由理の発言を受けて補足するように火倶夜が説明することができたのは、彼女もまた、ノルン・システムやユグドラシル・システムについて他の軍団長よりも詳しく知っているからだ。

 全て、日岡ひおかイリアの受け売りなのだが。

「へえ……そりゃあ凄い」

「だったらなんで戦団はユグドラシル・システムを使わないんだ?」

「使えないからでしょ」

「使えない? なんで?」

「ユグドラシル・システムは、補機たる三基のノルン・ユニットと、主機たるユグドラシル・ユニットからなる機構なのだが、肝心の主機の所在地が不明ではどうしようもない」

「なるほど」

「そして、ユグドラシル・ユニットが現存しているのかも不明よ」

 だから、ユグドラシル・エミュレーション・デバイスなる機構を研究、開発するべく、何度となく挑戦したというのだが尽く失敗に終わっている――という話は、美由理も火具夜も言葉にしなかった。そこまで説明し、深掘りするとなると、ますます話の軸がずれていく。

「なんだそりゃ」

「事実だから仕方ないでしょ」

「そうじゃなくて、だな。美由理が期待させるようなことをいうからさ」

 明日良が一瞥いちべつしてきたものだから、美由理は、渋い顔になった。

「それは失礼。だが、ユグドラシル・ユニットが現存している可能性は決して低くはないし、もし、発見することができれば、確保することができれば、戦団にとって、いや、人類にとって大きな力になることは疑いようがない」

「そりゃそうだろうが」

「存在しないものを念頭に置いて想像を巡らせるのは、あまりにも非現実的で非合理的だ。きみらしくもない」

 美由理に対し釘を刺すようにいったのは、蒼秀である。

「そうか?」

「きみはもう少し現実主義者だと思っていたのだが」

「あら、残念。美由理は理想主義者で夢想家でロマンチストよ」

 などと茶々を入れてきた火具夜を美由理は、横目に睨んだ。

「勝手なことを」

「本当のことじゃない」

 火倶夜が注いでくる眼差しに込められた意味に気づき、美由理は、憮然とするしかなかった。

 なにもかもを見透みすかされているような気分になるのは、相手が火倶夜だからにほかならない。長い付き合いだ。美由理の心理状態を表情から読み取ることも容易いだろう。

 そんな二人のやり取りを見てか、明日良が苦笑とともに言った。

「理想主義者でも夢想家でもロマンチストでもなんでも良いが、弟子の教育だけはなんとかしたほうがいいな」

「同感だ」

「今回、彼が助かったのは、たまたまだ。特異点と呼ばれているのも、それが奴らの本音なのかわかったものじゃない。おれたち人類を嘲笑い、挑発するために寄越してきただけかもしれない」

 明日良は、美由理の目を見据えた。

「幻魔が、なんの理由もなく人間を生かすことはない」

 特異点だから生かしたのか、〈七悪〉からのメッセンジャーとして利用するために生かしたのか、それとも、別な理由があって生き残ったのか。

 こればかりは、この場にいるだれにもわからないことだった。

 わかっているのは、幸多によってもたらされた情報を元に、戦団は大きな決断に迫られているということだ。

 十二群団長勢揃いの会議が真夜中まで続いたのも、そのためだった。

 央都を取り巻く事態が、大きく動こうとしている。


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