第二百七十六話 新たなる武器
「射式武器には、拳銃、突撃銃、狙撃銃、散弾銃等の種類があるわ。そして、当然だけど、超周波振動を起こし、魔晶体の結晶構造を崩壊させることが出来るのよ」
イリアは、複数の幻板を出力させ、射式武器に関する映像を次々と表示させた。
二十二式連発銃・迅電、二十二式突撃銃・飛電、二十二式狙撃銃・閃電、二十二式散弾銃・破電という四種類の銃器が、幻板一枚ごとに表示されている。いずれも黒を基調色としており、見るからに凶悪そうな形状をしていた。
「いっておくけれど、天輪技研に先を越されたのが悔しいとか、そんなこと一切思っていないからね」
「誰もそんなこと思ってませんよ」
「そう? ならいいのだけれど」
イリアは、幸多の反応に安堵した。幸多は身を乗り出して、幻板を覗き込んでいる。その食い入るような眼差しからは興奮が感じられ、彼が射式武器に興味津々だということが伝わってくるようだった。
「そもそも、天輪技研が使っていた技術の大半は、わたしたちが発明したものなのよ。それを流用して、さらに幻魔の知識を交えたことで完成したのがイクサと、その武装群だったってわけよ」
「はい」
それについては、いわれるまでもなく、幸多も聞き及んでいる。
先程の戦団最高会議の場で明らかになったいくつもの新事実は、幸多にとって衝撃的なものばかりだった
その場で頻出した東雲貞子という名前には、聞き覚えがあった。ヴェルが神吉道宏に尋ねろといった名前だからだ。その東雲貞子は、どうやらアスモデウスが人間社会に溶け込むための擬態であるというのは、まさに衝撃的な事実としか言いようがないだろう。そして、アスモデウスが長らく央都に潜伏し、暗躍していたということも、だ。
その暗躍の成果が、虚空事変であり、天輪スキャンダルなのだ。
そして、アスモデウスがなにを目的として暗躍していたのかも、議論が交わされ、一つの結論が導き出されている。
サタンを首魁とする〈七悪〉に相応しい鬼級幻魔を生み出すこと。
それが、サタンが次々と幻魔災害を起こしている理由であり、アスモデウスが暗躍していた理由なのではないか、と、考えられた。
サタンは、鬼級幻魔バアルをバアル・ゼブルと名乗る鬼級幻魔に生まれ変わらせた――と、推測されている。バアル・ゼブルの発言等からは、そうとしか考えられなかった。
そしてマモンである。
アスモデウスの暗躍により、天輪技研の技術者たちの魔力と、イクサの残骸をも取り込んで誕生した鬼級幻魔もまた、サタンの力によって変貌を遂げ、マモンと名乗った。
サタン一派〈七悪〉の目的の一つは、〈七悪〉に相応しい鬼級幻魔を揃えることだというのは、間違いなさそうであり、そのためにこそ暗躍していたのだとしたら辻褄も合うというものだ。
天輪技研にせよ、天燎財団にせよ、天燎鏡磨にせよ、アスモデウスの大いなる目的のため、良いように利用されていたに過ぎないのだ。
だからといって、鏡磨のやったことはそう簡単に許されるようなことではないのだが。
「まあ、それはそれとして、射式武器よ。きみは白式武器の扱いすらままならなかったわね。いまでこそ様になっているけれど、最初は見るも無惨な有様だったわ」
「は、はい……」
ぐうの音もでないとはこのことだが、それにしたって言い過ぎではないか、と思わないではない幸多だった。
「幸多くんは、武術を嗜んでいたものね。慣れない武器の使い方も美由理に叩き込まれれば、すぐに自分のものに出来てもおかしくはなかった」
「それ、褒めてるんです?」
「ええ、褒めてるけど……なに? 熱烈な口づけでもして欲しい?」
「あ、いや、そういうことではなく……」
「冗談よ」
イリアが片目を瞑って愛嬌たっぷりに笑いかけてきたが、幸多は、なんだかどぎまぎした。イリアは美人で、愛想がよく、さらに軽妙だということもあり、ちょっとしたことでその調子に飲まれてしまいかねない。
とにかく、魅力的なのだ。
「でも、射式武器は、そう簡単にはいかないでしょうね。動かない的を狙い撃つだけならばともかく、戦闘中の幻魔に当てられると思う?」
「まったく思いませんが」
「でしょうね。だからこそのノルンなのよ」
イリアは、幸多の目を見つめて、いった。
「ノルンは、過去、現在、未来を司る女神のこと。実際、ノルン・ユニットの役割は、ウルズが過去を、ヴェルザンディが現在を、そしてスクルドが未来を担当し、それぞれの担当に相応しい機能を有しているわ。ウルズは、過去の膨大な情報を蓄積し、管理しているし、ヴェルはそれらの情報を現在に適応させている。そしてスクルドは過去と現在の情報を元にした未来予測を行い続けているのよ。彼女たちが戦団にどれだけの貢献を果たしているのか、想像もつかないでしょう?」
「はい……」
イリアにノルン・システムの説明を聞かされたところで、幸多には頷く以外の選択肢がなかった。
ヴェルザンディ、スクルド、ウルズという戦団の三女神に関しては、その存在そのものを知ったのがつい先程なのだ。その三女神が戦団にとってどれだけ重要なのかについては、厳重に秘匿されているというだけでもわかろうというものだが、しかし、彼女たちが担い、果たしてきたことについては、まったく想像できない。
イリアも、幸多に全てを理解してもらおうなどとは思ってもいない。
「ま、そこはいいのよ。大事なのは、彼女たちとの接続がいまのきみならば常時可能ということ。そして、ノルンに協力して貰えば、銃の扱いに関してド素人のきみでも、戦場を飛び回る幻魔相手にも当てることができるってわけ」
「な、なるほど……?」
「要するに、ノルンがきみの戦いも支援するということよ。だから、安心してくれていいわ」
「は、はあ……」
幸多にはいまいち理解の出来ない領域の話であり、なんともいえない顔にならざるを得なかったが、イリアは満足感に満ちた表情をしていた。伝えなければならないことを話し終えたとでも言いたげな顔だった。そして、イリアは告げる。
「と、いうことで、今日はここまで」
「はい?」
「もう遅いでしょ。そろそろわたしも家に帰りたいし」
そういって、イリアは腕時計を見た。時計の針は、午後十時を大きく回っている。幸多も時間に気づき、慌てた。
「あ、ああ……すみません、長々と引き留めてしまって」
「長話をしていたわたしへの嫌味かしら」
「そ、そんなこと――」
「冗談よ」
イリアは、幸多の反応がおかしくてたまらず笑ってしまった。まるで美由理を見ているようだった。
「本当、きみは美由理にそっくりね。師弟ってそんなにすぐに似るものかしら」
「それは……」
イリアが冗談ばかりをいうからだろう、と、言いかけて、幸多は口を噤んだ。イリアは伸びをしていて、幸多の声も聞こえていないようで、安堵する。
それから、幸多は、執務室を辞した。
第四開発室を後にした幸多は、満天の星空と膨大な月明かりの下、大急ぎで家に帰った。
義手と義眼に関する疑問は解決した。それどころか、わくわくするような新情報を手に入れてしまって、足取りは軽かった。
天風荘の三階に辿り着いた幸多は、普段とは異なる様子に気づき、足を止めた。
(なんだろう?)
思わず疑問が脳裏に浮かんだのは、通路側の部屋の窓から光が漏れていたからだ。
天風荘三階の角部屋が、統魔の借りている家である。その家の玄関からすぐ左右に部屋があるのだが、左手にある部屋が統魔の、右手にある部屋が幸多の部屋だった。
その両方の部屋の灯りが窓の外に漏れている。
部屋の主がいないのに、だ。
統魔が幸多の部屋に入り込んでいるというのであれば、統魔の部屋の灯りまでついているのはおかしい。そもそも、統魔が幸多の部屋に潜り込んでくるのは、眠れない夜くらいだけだ。そして、幸多がいない時間に潜り込んでくるなどということはあるまい。
玄関前に立ち、扉の側の壁に設置された認証装置に触れる。魔紋認証が機能し、厳重に施錠されていた扉が自動的に開いた。
去り際、イリアは、幸多の義肢、義眼が魔紋認証も行ってくれるということも教えてくれた。これにより、魔紋認証用の魔具を持ち歩く必要がなくなった、ということだが、それも今のうちだけだった。
細胞から培養され、生成された左腕や右眼と取り替えれば、また魔具が必要な生活に戻るだろう。
そんなことは、いまはどうでもいいのだが。
「あ」
玄関に足を踏み入れる直前、幸多は、玄関に女性ものの靴があることに気づいた。その靴には見覚えがあった。
「母さん?」
幸多が思わず口にすると、幸多の部屋から奏恵が姿を見せた。
「おかえりなさい、幸多。随分遅かったわね。ちょっと心配しちゃったわ」
「あー……そっか。ただいま、母さん」
幸多は、奏恵の顔を見て、母が家に居る理由を瞬時に理解した。




