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第二百七十五話 違和感(三)

「まず、最初にいっておくことがあるわ。きみも理解していることだと思うけど、義肢にせよ、義眼にせよ、生体部品を使っているかどうかに関わらず、魔素まそを取り除くことは不可能よ。魔素は万物に宿るものだもの。こればかりは仕方がないの。きみには、しばらく我慢してもらうしかないわ」

「我慢だなんて、そんな……」

 イリアの申し訳なさそうな言いようにこそ、幸多こうたは、むしろ申し訳なくなってしまった。

 こうなってしまったのは、自分のせいである。幸多が感情を抑えつけられずに暴走した結果、左前腕と右眼を失ってしまった。これほど高性能な義肢、義眼を与えられたのだから、感謝こそすれ、恨みがましく思うことなど一切ないのだ。

 そこまで考えて、イリアの発言に引っかかりを覚える。

「しばらく?」

「ええ、しばらく」

「どういうことですか?」

 幸多の疑問にイリアがうなずく。

 この義肢特有の問題点を解決する目処めどでもついているのか、この違和感を緩和するなんらかの方法があるのか、幸多には皆目見当もつかない。

「きみの失った左腕と右眼を新たに生成している最中なのよ。きみの細胞を培養して、ね」

「細胞を……培養!?」

「きみの体は特別製だということはめぐみから聞いていると思うけど、きみの体と完全に適合した義肢や義眼を既存の技術で作ることは不可能なのよ。だから、きみの細胞を培養して、きみの腕や眼を作ることにしたってわけ」

「そんなことが……」

 幸多は、イリアが当然のような顔でいってきたものだから、ただただ呆然とした。

「できるのよ。わたしたちの技術を持ってすれば、ね。ただ、いまもいったけど、きみの体は特別製でね、少々手間取っているのよね」

 特別製という言葉を聞けば、イリアたちが手間取っているというのも納得せざるを得ない。

 幸多の脳裏のうりには、自分の体を離れた毛髪や細胞が空気に触れた瞬間、砂のように崩れていく光景が過った。そして、サタンによって切り取られた左前腕が、右眼が、跡形もなく消え失せる様も、だ。魔素を内包していないが故に、魔素の持つ力に耐えきれず、崩壊してしまうのだ。

 特別製。

 言葉の響きとしては、良いことのようだが、そうではない。

 頑丈ではあるが、儚くもある。

 異様としか言い様がない。

 幸多は、右手を見下ろして、握り締めた。指先から手のひらに至るまで、その感覚は本物の自分の手だ。左手も、感覚としては同じなのだが、違和感は拭いきれない。

 イリアが、幸多の様子を見守りながら、口を開く。

「だから、もうしばらくの間、義肢と義眼で我慢してね」

「は、はい」

 幸多は、イリアの優しげな口調に顔を上げ、その微笑に見惚みとれかけた。

「それから……義眼にはいくつかの機能を搭載しておいたわ」

「その一つが、律像りつぞうを視認する機能、ですか?」

「ご明察。魔法士まほうしにせよ、幻魔げんまにせよ、魔法を発動するためにはどうしたところで律像を形成しなければならない。こればかりは、鬼級おにきゅう幻魔だってどうにもできないものよ。それがこの世のことわりだから」

 不意にイリアの周囲に複雑な紋様が浮かび上がった。幾何学的きかがくてきな紋様が幾重にも重なり合い、絡みつき、さらに複雑な図形を描き出していく。

「こんな風に、ね」

 イリアの周囲に浮かんでいた紋様――律像が消滅したのは、彼女が魔法の想像を止めたからだろう。そして、それが幸多にも理解できるのは、義眼の機能のおかげだということだ。

 幸多は、本来、律像を視認することすらできない。

「戦団の導士どうしたちも、幻魔の魔法攻撃に対し、律像を見て、それから対応することも少なくないわ。律像は魔法の設計図。律像を見れば、その魔法がどのような種類の魔法なのか、誰を対象にして、どれくらいの効果範囲があるのか等、ある程度の把握はできるものよ。もちろん、完全無欠とはいかないけれどね」

「なるほど」

「でも、きみは、律像を視ることができない。それでは、不便で不利でしょう。だから、どうにかして律像を視認できるようにできないものかと研究していたのよ」

「この義眼が研究成果、ってことですか?」

 幸多は、右眼をまぶたの上から触れながら、聞いた。イリアがうなずく。

「そういうこと。もちろん、きみが義眼を必要とする事態が起きるなんて想定していたわけじゃないし、今回義眼に律像視認機能を搭載したのは、きみが義眼を必要としていたからにほかならないんだけれど……」

「じゃあ、本来はどうやって運用する予定だったんです?」

 幸多が問うと、イリアが思いも寄らないことを言った。

「新型の闘衣とういに搭載する予定だったのよ」

「新型の闘衣……?」

「きみが闘衣を身につけてからの戦いの連続は、わたしたちの研究では得られなかった情報を大量に入手することができたわ。きみが高位の幻魔と戦い抜くために必要な情報が揃った、というわけ。だから、闘衣も武器も、全てに手を加えた第一世代を開発中よ」

「第一世代?」

 幸多が首を傾げるのも無理はない。幸多は、既に闘衣、白式武器はくしきぶきを使っているからだ。それを第一世代としないのは、どういう理屈なのか、と、幸多は思ったのだが。

 イリアが、そんな幸多の考えを察したように苦笑した。

「きみがいま使っているF型兵装(エフがたへいそう)は、どれもこれも試作品だって、いったはずよ」

「あー……そういえば、そうでしたね。それじゃあつまり、第一世代のF型兵装こそが」

「そう、完成品、というわけね」

 そういって、イリアは端末の鍵盤を叩く。空中に浮かんでいた幻板げんばんの映像が切り替わり、第一世代のF型兵装に関する映像が次々と映し出された。闘衣と白式武器の数々だ。いずれも、試作品とは形状から色合いまで変化しており、特に武器には、見たこともないものもあった。

「ついでにいうと、きみの義眼は、レイラインネットワークと接続出来るようにしておいたわ。それは試作型の闘衣でも出来ていたんだけれど」

「それ、どんな意味があるんです?」

「レイラインネットワークが繋がっている限り、ヴェルたちノルンがいつでもきみを補助できるもの。必要な処置よ。きみは暴走しがちだから、ノルンに見張ってもらおうと思って」

「ええ……」

「冗談よ」

 とはいったものの、半分は本気だったりもするのだが。

 イリアにしてみれば、幸多の危なっかしさは、想像を絶するものがあった。想定外といっても過言ではない。

 あのとき、サタンに向かって飛びかかった幸多を制することは、誰にも出来なかった、一瞬の出来事であり、星将せいしょうにすら引き止められなかったほどだ。

 だからこそ、イリアには、深い後悔があった。反応さえできていれば、イリアならば幸多を別の場所に移動させることだって出来たはずだからだ。

 イリアは、空間魔法の使い手だ。それも並外れた腕前の持ち主だという自負もあった。

 だが、予期せぬ幸多の行動には、対応が遅れてしまった。

 イリアは、だからこそ、ノルンに幸多の暴走を抑制させるという方法を考えたのだ。ヴェルザンディ、スクルド、ウルズの三女神に常に幸多を見守ってもらうことで、あらゆる状況を想定させておくのだ。そうすることで幸多の暴走を未然に食い止めよう、というのが、イリアの考えだった。

 無論、それだけではない。

 イリアは、端末を操作しながらいった。

「これを見て頂戴ちょうだい

「これは……」

 幻板に、白式武器とは異なる種類の武器群が映し出された。形状からしてまるで異なるそれらの武器は、現在、全く使われなくなったものだ。魔法の出現があらゆる武器を過去のものとしたが、幻板に映し出された武器群も同じだ。

 もはや過去の遺物と成り果てた兵器の数々。

 銃器である。

射式しゃしき武器と呼んでいるわ。見ての通り、射撃戦用の武器群よ」

「おお……」

 幸多は、イリアの説明を受けて、思わず感嘆の声を上げた。幻板に表示された射式武器は、性能や用途が異なる複数の種類があり、それぞれ、ゲームやアニメなどの創作物に登場する銃器のようだった。見るからに格好良く、幸多の心を刺激するのだ。

「幻魔との戦いに限らず、魔法を用いる敵との戦いにおいて、きみは圧倒的に不利だということは、当然、理解しているわよね。攻撃を叩き込むには接近しなければならず、相手もそれを理解すれば、距離を取って一方的に攻撃が出来てしまう。いくらきみの移動速度がはやいといっても、相手が妖級以上の幻魔となれば、きみにも追いつけるものかどうか」

 イリアのいうとおりだ。

 白式武器は、白兵専用の武器群である。白兵戦とは、古くは白刃を用いる近接戦闘のことを差し、白式武器の白もそこから来ている。

 白式武器は、いずれもが近接戦闘用の武器であり、幻魔との近距離での戦いが想定されたものばかりだ。武器を投擲することで遠距離の敵を攻撃することも不可能ではないが、それは想定された運用方法ではない。

 なにより、つい最近、射撃武器を用いて幻魔を討伐する兵器の存在を目の当たりにしたという事実があり、その映像が脳裏に浮かんでいた。

 人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサが用いてた銃は、連装式魔弾銃れんそうしきまだんじゅうハハヤという名称がつけられていたというが、名称はともかくとして、性能は確かなものだった。幻想空間上とはいえ、ハハヤから放たれた弾丸は、幻魔の魔晶体を貫通し、魔晶核を破壊して見せたのだ。

 その光景を目にした幸多は、同じような武器を欲したものである。

 しかし、イクサの体格に見合った大型の銃器でなければ、難しいのではないか、と考えたりもしていたのだが。

 どうやら、そうではないらしいということが、イリアの言動から伝わってきて、幸多は、興奮の真っ只中にいた。

「ちなみに、射式武器は、あの発表会の前から計画されていたものだから、覚えておくように」

 イリアが冷ややかに告げたのは、幸多に勘違いされては第四開発室の沽券に関わるからだ。

 幻魔に通用する射撃兵器の研究開発は、窮極幻想計画の要といっても過言ではなかった。


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