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第二百七十三話 違和感(一)

 違和感は、最初からあった。

 幻創機げんそうき神影しんえいの設定によって一瞬にして復元され、幻想空間上に再配置された幸多こうたは、左手の感覚を確かめるように手を開き、握り締めた。そしてまた、手を開く。

 肉体のみならず、義肢をも完全に再現された幻想体。その感覚は、現実と大差ない。つまり、違和感だらけだということだ。

 通常、戦団が誇る最先端の技術で作られた義肢や義眼をつけた場合、違和感を覚えることはほとんどなく、身につけた瞬間から完璧に機能するといわれている。

 幻魔との戦いに明け暮れる導士に負傷はつきものだ。魔法で容易く回復できるような軽い怪我だけでなく、命に関わるほどの重傷を負うことも少なくないし、幸多のように体の一部を失うことだってありふれた話だ。そして、そうした重傷を負った導士は、医務局によって個人用に完璧に調整された生体義肢を与えられるのだ。

 これも、幸多と同じだ。

 生体義肢は過不足なく機能するものだったし、ほとんどの場合、再調整の必要性すらないといわれている。違和感を覚えることのほうが、稀なのだ。

 では何故幸多が違和感を覚えるのかと言えば、幸多が完全無能者であり、義肢にも義眼にも魔素まそが内包されているからにほかならない。生体部品を用いようと用いまいと、万物には魔素が宿っているのだから当たり前といえる。

 また、義肢、義眼には神経接続技術が用いられており、それによって脳との連動を完璧なものとしている。幸多の左腕と右眼が、違和感こそあれ、十全に機能しているのもそのためだ。

 そして、そのために義肢や義眼に満ちている魔素を実感として認識することとなり、違和感を覚えてしまっているのだ。

 とはいえ、慣れるまでしばらくはかかるだろうが、それだけならばなんの問題もないように思えた。

 実際、多少の違和感程度、普通に歩き回ったり、人と会話をしたりする上では不都合な点はなにひとつなかった。

 だが、まこととの幻想訓練を開始するなり、幸多は、違和感に直面する羽目になってしまった。

 まず最初に生じた異変は、視覚情報である。

 幸多が視界の中心に捉えていたのは法機ほうきを構える真だが、彼が飛び退すさり、同時に簡易魔法を発動させるために真言しんごんを唱えた瞬間、真の周囲に幾何学的きかがくてきな紋様が浮かび上がるのを見たのだ。

 それが律像りつぞうと呼ばれるものであり、魔法の設計図であることはいうまでもないのだが、それこそがおかしいのだ。

 魔法士まほうしでもない幸多の目に見えるわけがないからだ。

 ここは幻想空間である。

 幻想体の設定次第では、幸多にも律像を視認できるようになるのだが、しかし、そのような設定にしてもらった覚えはなかった。

 幸多の幻想体は、現在の幸多の肉体の状態を完全に反映させたものである。完全無能者の肉体そのものであり、律像を視覚的に認識できるわけがなかったのだ。

 が、そこで驚いて足を止めている場合ではなかった。そのときには、既に真に向かって飛びかかっていたからだ。

 幸多の進路を塞ぐようにして魔法の盾が現れたものだから、かさず両手の短刀を連続的に叩きつけた。二十二式双機刀にじゅうにしきそうきとう双閃そうせんである。

 まず、右手の短刀で斬りつけ、左手の短刀を続け様に直撃させた瞬間だった。蒼黒そうこくの刀身から発せられる超周波振動が魔法の盾の構造を分解していく中、その反動が両腕を襲った。

 だが、それ自体は、いつものことだった。

 白式武器はくしきぶきを使い、対象を攻撃した瞬間、幸多の手から両腕、そして全身を反動が駆け抜けるのだ。いつものように、微々たる反動が、だ。

 だが、今回ばかりは、なぜか、いつも通りとはいかなかった。

 突如、左腕が動かなくなり、短刀を落としてしまったのだ。

 あっ、となったときには、もう遅かった。

 真の魔法が完成し、炎の七支刀が具現すると、無数の火線が幸多に集中した。飛び離れたが、間に合わず、避けきれないままに直撃を喰らい、爆発に飲まれたのだ。

 そして、幻想体が崩壊した。

 幻想空間上に再構成された幻想体は、当然だが、先程と全く同じ設定、調整の幻想体であり、幸多は、左手の感覚を確かめた。それから、真を見遣みやる。

「本当に大丈夫なのか? 武器を落としてしまったようだが……」

 真は、幸多らしからぬ光景を目の当たりにしたものだから、心配になった。

 F型兵装(エフがたへいそう)の一種で白式武器と呼ばれる武装は、幻魔に有効だというだけでなく、魔法の盾のような魔力体にも効果があるということは理解している。だからこそ、幸多は魔法の盾を破壊しようと試みたのだろうし、実際、魔法の盾は粉砕されかけていた。

 本来ならば、それは一瞬で終わる作業だったのかもしれない。

 しかし、幸多は、なぜか強く握り締めていたはずの武器を取り落とし、大きな隙を作ってしまった。戦闘においては一切容赦をせず、常に沈着冷静で縦横無尽な彼からは考えられないような失態だった。

 とはいっても、それによって生まれた隙を見逃す真でもなく、故に魔法を叩き込んだのだが。

「うーん……なんともいえないかな」

「本調子じゃないなら、止めたほうがいいんじゃないか?」

「どうだろう?」

「きみ自身のことだが……」

 愛嬌あいきょうに満ちた笑顔で疑問を浮かべる幸多に対し、真はなんともいえない気分になった。

 幸多が本調子ではないということは、訓練を始める前からわかっていたことだ。一週間、眠り続けていて、起きたばかりだ。覚醒から数時間経過しているとはいえ、心身ともに不完全なのは間違いない。そんな状態で訓練などするべきではなかったのではないか、と、真も考え直さざるを得ない。

 しかし、幸多は、真の気遣いなど無用だと言わんばかりに新たな武器を召喚した。蒼黒の刀身を持つ両刃の剣である。二十二式両刃剣にじゅうにしきりょうじんけん斬魔ざんま

「まあ、もう少しやってみて、それからかな。考えるのはさ」

「きみがそれでいいなら、構わないが」

 真は、幸多が剣を構えたのを見て、杖を構え直した。幸多がそのつもりならば仕方がないし、引く気もなかった。元より訓練に誘ったのは真のほうだ。幸多の鈍りきった心身、その一部でも取り戻せるように、との想いを込めてのことだった。

 そして、再びぶつかり合った。

 幸多は、真っ直ぐに飛ぶ。低空を滑るように、一直線に真へ向かうのだ。最短距離。一瞬にして間合いを詰め、真が発動させた簡易魔法・大盾おおたての巨大な力場を迂回して回避し、間合いを詰める。

 真は、眼前に肉迫してきた幸多に対し、さらに大盾を発動した。目の前に膨れ上がった魔力の塊が、もはや目と鼻の先の幸多をわずかに押し退ける。幸多が両手に握り締めた剣を振り下ろし、大盾を真っ二つに切り裂いたときには、真は距離を取っている。

 真は、導衣どういに仕込んだ簡易魔法・飛翔翼ひしょうよくによって移動しつつ、律像を構築しながら、黒々とした塔の上に立った。

 戦場は、バビロンの市街地へと至っている。

 幻魔造りの建物が所狭しと並び立つ、幻魔の王国、その中心部である。かつてこの地上に確かに存在したその都市は、戦団が詳細な情報を記録していたため、細部に至るまで完璧に近く再現されている。

 この戦場の中心部には、リリス宮殿もそびえている。が、二人の主戦場は、宮殿からは遠い。

 その宮殿を遠方に見遣る高層建築物の屋上に立って、真は、魔法を発動させた。

七支霊刀しちしれいとう!」

 初戦と同じ魔法だ。

 紅蓮と燃える七支刀が真の頭上に具現し、七つの切っ先が火を噴いた。噴き出したのは追尾誘導性能を持つ熱光線であり、虚空に無数の軌跡を刻みつけるようにして、幸多へと殺到していく。幸多は、大盾を破壊した直後、地を蹴って、一足飛びで塔の屋上へと至ろうとしていた。そこへ、爆撃が集中する。

断魔だんま!」

 幸多は、咄嗟に武器を召喚したのは、頭上に、である。二十二式大戦斧にじゅうにしきだいせんふ・断魔が具現した瞬間、さらに斬魔を上空に投擲している。

 幸多は、本来、追尾誘導性能を持つ魔法に対して特別強い抵抗力を持つ存在だった。基本的に魔法が追尾誘導するのは、魔素を持つ対象だけだからだ。魔素を一切内包しない完全無能者には、その追尾誘導性を発揮できないのだ。

 しかし、今は、違う。

 闘衣とういを身につけ、白式武器を手にした幸多は、魔素の塊に等しい。

 故にこそ、真も追尾誘導式の攻型こうけい魔法を使っているのであり、熱光線も幸多に殺到した。

 そこで、幸多は、高密度の魔素の塊である武器を投げることによって、熱光線をそちらへと誘導したのだ。

 幸多の思惑は、当たった。

 無数の熱光線は、魔素濃度のより濃密な二つの武器へと集中し、幸多自身は、幻魔の塔の屋上へと到達することができていた。

 爆音が連続的に鳴り響く中、幸多は真を眼前に捉える。真の頭上には七支刀が浮かんでいて、切っ先からは熱光線が放たれ続けている。その目標が武器から幸多に変わるまで時間はない。武器が破壊されてしまえば、魔素密度は、闘衣を纏う幸多のほうが圧倒的になるからだ。

 幸多は、息吹きとともに地を蹴った。

「やる――」

 真は、一瞬にして間合いを詰めてきた幸多の残像が視界に揺らめいているのを認めて、つぶやいた。衝撃が腹を貫き、意識が飛ぶ。

 幸多の拳が、真の腹を突き破ったのだ。


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