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第二百七十二話 草薙真(四)

 そんな絶望から生還した幸多こうただが、満身創痍まんしんそういかつ意識不明の重態じゅうたいだという話を聞いたときには、まことは、居ても立ってもいられなかった。

 しかし、真には、任務がある。

 師・朱雀院火倶夜すざくいんかぐやの従者としてその任務を全うしなければ、地上に上がることなど許されない。そんなことをすれば、地位も立場も失ってしまうだろう。

 ようやく導士どうしになれたというのに、一時の感情で失うことなどあってはならない。

 真は、理性でもって感情を抑えつけ、火倶夜の任務に付き従った。

 火倶夜は、元々、天輪てんりん技研の発表会とは全く別の目的でネノクニに降りており、その同行者として選ばれたのが弟子である真と、三名の導士である。いずれも第十軍団所属の導士たちであり、閃光級以下の導士は真だけだった。

 真が厚遇されているのは、火倶夜の弟子だからに他ならず、故に、入団当初、同軍団の導士からの視線はどこか冷たいものがあったが、実力を示すことによって彼を取り巻く状況は大きく変わっていった。

 今や、真を火倶夜の弟子と認めない、などというものは圧倒的に少なくなり、今回のネノクニ行きに際しても、些細な問題一つ起きなかった。

 火倶夜は、戦団最高火力とうたわれるほどの攻型こうけい魔法の使い手であり、光都事変こうとじへんの英雄、五星杖ごせいじょうの一人だ。その人気は高く、伊佐那美由理いざなみゆりと双璧と成すといっても過言ではないほどである。

 弟子を一人として取ってこなかった美由理とは違い、火倶夜はこれまでも何人もの弟子を取り、優秀な導士への育成を成功させている。

 真を弟子としたのも、真の才能を磨き上げる自信があるからだ、と、火倶夜は笑って言った。その笑顔は目が眩むほどの光を放っていたことを真は覚えている。

 さて、火倶夜のネノクニ行きは、護法院ごほういんからの指示である。

 火倶夜は、今現在、防衛任務中であり、戦団の大和支部を拠点として活動している最中だった。

 戦団戦務局戦闘部には、全部で十二の軍団が存在する。

 十二軍団は、それぞれ、防衛任務と衛星任務に割り振られる。

 防衛任務とは、央都四市の防衛に当たる任務であり、防衛任務中の軍団の導士たちによって、いわゆる通常任務が行われる。

 衛星任務は、衛星拠点に滞在しつつ、空白地帯を巡回したり、央都周辺の“クリファ”から出てきた幻魔を撃退することを主な任務とする。

 防衛任務と衛星任務の割り当ては、年単位で計画されており、月毎に担当する都市や衛星拠点が変わる。

 防衛任務の場合は、央都四市のいずれかが担当となり、特に葦原市は、三軍団が担当することになっている。

 というのも、央都四市の中で葦原市がもっとも大きく、人口が多いからであり、また、幻魔災害の頻度も他の都市に比べて多いからだ。そして、人類生存圏の中心であり、戦団本部が置かれているからである。

 衛星任務の場合は、全部で十二ある衛星拠点を六軍団で受け持つことになり、一軍団につき二つの拠点を担当することになる――が、いまは関係のない話である。

 火倶夜の任務について、だ。

 火倶夜は、護法院からの指示によって、大和市を離れ、葦原市からネノクニへと移動することになった。一人でもなんの問題もなかったが、経験を積ませるべく、草薙真らを同行させることとした。

 しかし、ネノクニに降り立った火倶夜を待っていたのは、ヴェルザンディからの指示であり、それは当然の如く護法院の任務よりも優先された。

 そして、可及的速やかに現地に赴いた火倶夜は、東雲貞子あずもていこを焼き殺した後、日岡ひおかイリアらの救援を行った。その後のことは、知っての通りである。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまが現出し、火倶夜が致命傷を与えるも、サタンの現出によって状況は一変、さらに幸多がサタンに飛びかかったものだから、誰もが衝撃を受けた。

 ただでさえ混沌としていた現場は、大いなる混乱に飲まれていった。

 火倶夜は、イリアたちととも事態の収拾を図り、しかる後、本来の任務に戻った。

 本来の任務とは、ネノクニ統治機構総主(そうしゅ)・伊佐那ミカミが主催する晩餐会ばんさんかいへの出席だった。

 伊佐那ミカミとしては、伊佐那麒麟(きりん)ら護法院を招待したかったようだが、その要望には応えられない、というのが護法院の判断だった。

 その代わりとして送り込まれたのが、火倶夜なのだ。火倶夜の雷鳴は、ネノクニにもとどろき渡っている。階級も立場も知名度も、戦団の代表として恥ずかしくない人選だった。

 それになにより、伊佐那麒麟の薫陶くんとうを受けているという点も、彼女が選ばれた理由のひとつとして挙げるべきだろう。

 晩餐会の主催者・伊佐那ミカミは、伊佐那麒麟のことをこの上なく尊敬しており、ミカミが戦団側に立ち、統治機構との間を取り持ったことによってネノクニと戦団の間に協定が結ばれたという過去がある。それは、戦団と統治機構の断絶を繋ぎ止める唯一の光であり、だからこそ、戦団もミカミをないがしろにしなかったし、尊重していた。

 護法院としても、護法院の誰かを寄越よこしたかったというのが本音なのだが、何分、護法院にそのような暇はなく、故に麒麟の愛弟子の一人である火倶夜に白羽の矢が立ったというわけだ。

 そして、真も晩餐会に参加する羽目になってしまったわけだが、特に問題もなかった。草薙家は、名門である。

 央都の上流階級の間では、これほど大規模な晩餐会とはいかないまでも、食事会などは頻繁に行われていて、そうした場には、真は毎度の如く出席させられたものだった。

 もちろん、草薙家の跡取りだったからだ。

 立ち居振る舞いに関しては、子供のころから徹底的にしつけられ、体に染みついていたこともあり、火倶夜同様にその場に相応しい対応をすることができた、と、彼は自負していた。

 幸多の無事が確認されたからこそ、晩餐会に集中することができた、というのも間違いない事実だ。

 もし、幸多の無事が確認できないままであれば、さすがの真も冷静さを欠いたままだったのではないか、と、思えてならなかった。

 それほどまでに、目の前の少年は、彼にとって大切な存在だった。

 そして、だからこそ、その左腕と右眼を失った幸多の姿を目の当たりにしたときには、衝撃の余り絶句したものである。

 そんな幸多が、いま、真の目の前に立っている。

 現実通り、幸多の幻想体の右眼は義眼であり、左前腕は義手である。一見した限りでは、大怪我を負う前の彼とはなんら変わらないようだが、実際のところはどうなのか、動いてみなければわからない。

 特に幸多は、一週間もの間、眠り続けていたのだ。

 筋肉は衰え、反射は鈍り、戦闘能力そのものが低下していること間違いなかった。

 だからこそ、訓練に誘ったのだが。

「さて、始めようか」

「そうだね」

 互いにうなずき合った瞬間だった。

 幸多が、地を蹴った。低空を滑るような高速移動は、幸多独特のものである。少なくとも、導士の中に彼と同じ体術たいじゅつを用いるものはいなかった。

 真武しんぶ

 対魔法士用戦闘術であるそれは、魔法不能者だからというより、幸多ほどの身体能力があればこそ、大いに力を発揮するものに違いなかったし、魔法士には不要なものだ。

 真は、大きく右に跳躍しながら、法機ほうきと左手をかざした。

大盾おおたて!」

 真言しんごんとともに発動するのは、法機に仕込んだ簡易魔法だ。防型ぼうけい魔法の光札こうさつが読み込まれ、魔力が練成され、律像りつぞうが脳に焼き付く。そして、瞬時に魔法が発動し、分厚い力場りきばの盾が真の眼前に展開した。

 瞬間、真の耳朶じだを貫くように響いた凄まじい激突音は、幸多が両手の短刀を魔法の盾に叩きつけた際に生じたものだ。衝撃が魔法の力場を烈しく震わせる。

 幸多の右眼が真を見ている。

 褐色の虹彩がきらめいていた。 

 その直後、幸多が突如として愕然とした表情を浮かべたものだから、真は、想像を具現した。

七支霊刀しちしれいとう!」

 真言を唱えた瞬間、真の全身から満ち溢れた莫大な魔力が収斂しゅうれんし、一振りの剣を形作る。それは枝分かれした七つの刃を持つ、七支刀しちしとうと呼ばれる刀剣を模した魔法の剣であり、燃え盛る炎を凝縮したような魔力体でもあった。

 そして、七つの切っ先、その全てが火をき、なぜか左手の短刀を取り落とした幸多が飛び離れるのを追尾した。完全無能者の幸多を、だ。

 無数の火線が幸多を追い続け、次々と炸裂していく。

 幻想空間に数多の火球が咲き乱れ、ついには幸多を捉えた。

 爆光が、幸多の全身を飲み込んだ。


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