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第二百六十二話 戦団の女神様

 戦団本部中枢深層区画。

 そこは、ここに至るまでの道中と同様の暗さがあり、蒼白い光の線がそこかしこを駆け巡ることによって、わずかばかりの光明を得ているような、そんな空間だった。

 空間の全体像は把握しにくいが、相当な広さがあるようだということは、遠方に走る光線を見ればなんとはなしに理解できる。

 半球形の空間であるらしい、ということもだ。

 よく見れば、縦横無尽に空間内を走っている光の線の内、いくつかは中心から外に向かって無数の同心円を描いていることもわかる。

 無数の光の同心円、その中心に光る台座があり、それも円形だった。

「ここが……中枢……」

「中枢深層区画だ。アスガルドともいう。ようこそ、皆代幸多みなしろこうた閃士せんし

 深く重く、そして幸多にとって聞き覚えのある声が聞こえたきたものだから、そちらに目を向けると、不意に室内の光が増した。暗闇が薄れ、蒼白い光が強くなって、声の主の姿が闇の中に浮かび上がる。

 戦団総長・神木神威こうぎかむういが、中枢深層区画の中心近くに立っていた。右目を覆う眼帯が一際目を引く大男。その鍛え上げられた肉体の強靭さは、忘れようもない。

「総長……」

「きみは、護法院ごほういんおよび戦団上層部、そして戦団にとって特別な存在となった。故に、この最重要機密を明かすことになったというわけだ」

「え?」

 幸多は、神威の言ってきたことの意味を理解しようとして、すぐさま混乱した。

「特別な存在?」

 なにがどうなったらそうなるのか、幸多には全く想像もつかないし、納得の行く理屈も思いつかない。頭の中に飛び込んできた情報の突拍子もなさには、呆然とするほかなかった。

 そんな幸多の様子を気にしつつ、美由理が扉を閉めた。

「どうやら、そういうことらしい」

「きみがとんでもないことをしでかしてくれたおかげで、色々とわかったことがあるんだよ」

「大手柄よ、幸多くん」

 そう言ってきたのは、イリアだった。イリアは、いつもの白衣姿で、左腕で小型の端末を抱えるようにしながら幸多を見ていた。

「イリアさんまで……」

「わたしだけじゃないわ」

 イリアが周囲を見回すのに合わせて、空間内に仮面のようなものが浮かび上がっていることに気づかされる。雀のような仮面、麒麟きりんのような仮面、さぎのような仮面――動物を模した仮面たち。

「彼らは護法院。戦団の最高意志決定機関よ」

「護法院……」

 幸多は、思わず息を呑む。その名前も存在も知っている。しかし、実際に目の当たりにしたこともなければ、どのような存在なのか、はっきりとしたことは知らなかった。

 それがまさか、仮面の姿だけで活動しているなどとは、思いも寄らない。

 無論、幸多は、空中に浮かぶ複数の仮面が、彼らの本体などと思っているわけではない。ただ、奇異な光景だと思っただけのことだ。

 護法院たちは、別の場所にいて、仮面を通してこの空間に参加しているのだろう。

 そして、その仮面はおそらく、幻想体――立体映像なのだ。

 つまりこの空間には、幻想体を出力し、投影する機能があるということになるのだが。

『そして!』

「わたくしたちも……!』

『いるよ』

 ヴェルを含めた三人の女性の声が、空間内に反響するとともに、莫大な光が生じた。壁や床、天井から放たれた膨大な光は、室内の三カ所に集まっていき、光の塊となったかと思うと、それぞれが形を成していく。

 光の塊から、人の形へ。

 それは、幻想体の生成過程そのものであり、いままさに三体の幻想体が具現しようとしているということを幸多に知らしめるようだった。

 そして、幸多が驚いている間にも、三体の幻想体は完成した。

 三人の女性形の幻想体である。

『じゃじゃーん!』

 元気一杯に両腕両足を伸ばしながら自己主張したのは、声からしてヴェルだった。長い灰色の髪と銀色の瞳が特徴的な女の姿をしており、樹木を想起させるような深緑色の衣を纏っている。身の丈は幸多より低く、しなやかな体つきをしており、胸が女性であることを大きく主張している。

 少女と大人の狭間、とでもいうような空気感があった。

『初めまして、幸多様』

 幸多に対し、深々とお辞儀をしてきたのは、真っ白な長髪を持ち、銀色の瞳を持つ女性の姿をした幻想体である。長い前髪が右眼を隠しているが、左眼ははっきりと見えている。こちらも、深緑色の衣を纏っており、ヴェルよりは長身で、より豊かな胸を始めとした体つきは、肉感的ですらある。そして、どこか大人びた雰囲気を持っているというのが、ヴェルとの最大の違いだろうか。

『よろしく』

 ぼそりといってきたのは、真っ黒な髪を長く伸ばした少女の幻想体だ。前髪が左眼を隠すように長い。大きな右眼の虹彩は銀色で、透き通るような白い肌とともに三人とも共通しているようだった。顔立ちも似通っていて、身につけている深緑色の衣もそっくりだ。意匠こそ多少違うようだが。

 彼女は、三人の中で特に幼く感じられ、背丈も低く、体つきも子供のそれである。

「えーと……」

 幸多が戸惑っている様を見て、神威が口を開いた。

「彼女たちは、戦団の女神だ」

「……はい?」

 幸多は、思わず、神威を見た。神威は、至極真面目な顔をしていて、そこには冗談や軽口を言ったというような様子は見て取れなかった。

 めぐみが、告げる。

「言葉通りの意味だよ」

「めがみちゃん、嫉妬しないのよ」

「だれが嫉妬してるんだい?」

 イリアを睨み付ける愛に対し、美由理がぼそりといった。

魔導院まどういん時代、めがみといえば、愛だったからな」

「そんなに定着してたかい!?」

「そうそう、めがみちゃんめがみちゃんって皆いってたもんねえ」

「いやいや、あんただけだろ!?」

「わたしも呼んでたな」

「呼ばれてない!」

「……相変わらず、三人揃うと賑やかすぎるな」

「仲良しさんですね……」

 幸多は、苦笑交じりの総長の反応を受けて、ぼそりとつぶやいた。美由理たちのやり取りのおかげで、戦団の女神と呼ばれた三人への驚きが吹き飛んでしまっていた。

 美由理、イリア、愛の三人が星央魔導院の同期生であり、仲の良い間柄だったというのは、有名な話だ。優秀な人材であればあるほど、魔導院時代から取り沙汰されるものである。美由理たち三人も、魔導院時代からその存在、実力が大きく取り上げられていたのだ。

 そんな三人の仲の良さをこんな場所で実感できるとは、さすがの幸多も想像もしていなかったが。

 すると、ヴェルが大慌てで口を挟んでくる。

『わ、わわわ、わたしたちが話題の中心なんだけど!?』

『まあまあ、落ち着いて』

『そんなに慌てるようなこと……?』

『慌てるわよ、慌てるでしょ、慌てなさいよ!』

 女神と呼ばれた三人の中で一際騒がしく、ヴェルが叫ぶ。

 幸多は、そんな彼女たちの会話が、脳内にではなく、耳から聞こえてきていることに気づき、少しほっとする。脳内に直接響くから余計にうるさく感じていたのだ。

 いまは、少しはマシに感じられた。

 少しだけ、だが。

 神威が、空間内に響き渡るように咳払いした。それによって沈黙が訪れると、頃合いを見計らって、女神たちを一瞥いちべつする。

「まずは自己紹介をしてもらおうか」

『そ、そうね。そうよね、それがいいわ。そうしましょう!』

『ではまず、わたくしから、よね?』

「うむ」

 神威の許可を得て、外見上は年長の幻想体が、幸多の目の前まで移動してきた。空中を華麗に移動する様は、この空間全体が幻想体を投影できるからこそ可能な動きに違いなかった。

『わたくしはウルズ。この三姉妹の長女を務めさせて頂いておりますわ。幸多様、何卒、お見知りおきを』

「よ、よろしくお願いします」

 白髪の美女は、幸多に対し、柔和に微笑みかける。その微笑は、絵に描いたように美しく、誰もが思わず見惚みとれるものだっただろうし、幸多も、一瞬我を忘れかけるほどだった。

 さすがは幻想体、というべきだろう。

 幻想体ならば、理想的な容貌をいくらでも作ることが出来る。無論、完璧な美貌を作るのは、簡単なことではない。ちょっとした調整の失敗が、不気味な容姿を作り出してしまうことなど、ままあることだった。

 それを考えれば、女神と呼ばれた三人は、それぞれに完璧に近い作りをしているのではないだろうか。

 次に幸多に近づいてきたのは、ヴェルだ。彼女は、力一杯言ってのける。

『わたしのことはとっくに知ってると思うけど、一応、自己紹介しておくね! ヴェルちゃんよ!』

「あ、うん……」

 幸多は、思わず、そんな風な返事を浮かべてしまった。すると、神威が彼女を睨み付けた。

「ヴェル」

『……わたしは、ヴェルザンディ! 次女のヴェルザンディよ! よろしくね、幸多くん! いえ、幸多ちゃん!』

 神威の視線が余程痛かったのか、ヴェルは即座に自己紹介をし直した。それにより、彼女のヴェルというのは愛称であるということがわかる。

 そして、三人目が、幸多の前にゆっくりとした足取りでやってきた。

『ぼくはスクルド。三姉妹の末っ子だよ。まあ、そんな感じ』

「よ、よろしく」

 どこか余所余所しいというか、人を寄せ付けないような雰囲気を持った少女の幻想体には、幸多もなんといえばいいのかわからなかった。

 そうして三人の自己紹介が終わると、なんともいえない空気感が空間を満たした。

 幸多は、三人の女神たちに見られながら、どうすればいいものかと困惑する。

「……なんなんです? そもそも、戦団の女神って……?」

「愛くんの言ったとおり、言葉通りの意味だ。彼女たちこそ、戦団が存続できている最大の理由といっても過言ではない。戦団の最重要機密であり、根幹そのものなのだ」

 神威の発言は驚くべきものであり、幸多は、愕然としながらも女神たちをまじまじと見つめるしかなかった。

 




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