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第二百四十七話 機械仕掛けの悪魔(五)

鬼級幻魔殲滅機構おにきゅうげんませんめつきこうというだけのことは、あったわね」

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐやが、事も無げにいったのは、異形化したイクサの大半をたった一人で撃破したあとのことだった。

 DEMシステムによって再起動した二十機のイクサ、今やその全てが沈黙し、金属の塊に成り果てている。もはや残骸としか思えないような姿であり、胴体を貫通する大穴により、動力機関DEMリアクターの破損状況も確認できるほどだった。

 DEMリアクターの破壊を徹底するように通達したのは、イリアである。

 イクサは、DEMリアクターを破壊しなければ、動き続けるからだ。

 それはまるで、魔晶核ましょうかくが存在する限り活動し続ける幻魔のようだった。

「そのわりには余裕そうですが」

「ええ、余裕」

 火倶夜は、弟子に対し胸を張って見せた。燃え盛る炎を纏い続ける彼女に対し、草薙真くさなぎまことがいつものように肩を竦める。

 そんな弟子の反応を横目に見て、火具夜は視線を巡らせた。

 戦場。

 なにかの建物の跡地であるらしいそこには、熱気が渦巻き、そこかしこを這い回る炎が煙を立ち上らせている。焦げた臭いが鼻腔びくうに刺さるようだが、仕方のないことだ。

 戦いが終われば、いつだってこうだ。

 どんな戦場だって、彼女の戦いに炎が付きものなのだから。

 二十機のイクサの残骸は、DEMリアクターの破壊によって二度と動くまい。機体に満ちていた魔力も途絶えていて、動力が完全に失われたことを示している。装甲表面を流れていた赤い光も、消え去っていた。

 味方は、どうか。

 イリアたちの中には、負傷者はいないようだ。戦闘中、手傷を負ったものもいるようだが、既に治療を済ませている。

 しかし、ネノクニ支部の導士どうしの中には、戦死者が出ていた。三十名余りの導士の内、十名が命を落としている。重傷者も多いが、生きている限り希望はある。実際、懸命な治療が功を奏しつつあるようだった。

 そんな有り様を見回した後、火倶夜が向かったのは、イリアの元だ。

 イリアは、一機のイクサの残骸に歩み寄っていて、装甲に空けられた大穴を覗き込んでいた。

「この状況で、熱心なことね。感心するわ」

「褒めてもなにも出ませんよ、火倶夜星将(せいしょう)

「褒めてないけど」

 火倶夜が冷ややかに告げてきたものだから、イリアは、仕方なしに彼女に向き直った。

「戦死者十名。最初からこうなることがわかっていたなら、もっと高位の導士を帯同しておくなり、準備しておくべきだったわね」

「想定外の事態です。ここまでの状況になるというのは……わたしは無論、ノルンにもわからなかったことですから」

「だから、たった四人の小隊を引き連れてきたってわけ?」

天輪技研てんりんぎけん東雲貞子あずもていこと繋がっているという事実を暴くことさえ出来れば良かったんです。それだけで良かった。それなのに」

「こんな事態にまで発展してしまった。全部、わたしの責任じゃありませんって?」

 火倶夜は、周囲を見回して、嘆息たんそくした。

「……まあ、そりゃあそうでしょうけど」

 実際、イリアにはどうすることもできなかったのだから、彼女に責任を問うのは間違っている。

 イリアは、天輪技研の内部情報から、東雲貞子の存在を嗅ぎ取った。東雲貞子は、特別指定幻魔参号である。東雲貞子と関わっていることさえ暴くことができれば、戦団の権限を駆使し、強制的な介入が可能となるだろう、と踏んだのだ。だから、この新戦略発表会に乗り込み、内情を探ろうとした。

 そして、固有波形を観測したがために、行動に移った。

 結果が、この有り様なのだが、しかし、それはイリアの責任ではあるまい。

 ましてや、天燎鏡磨てんりょうきょうまの暴走でもなかった。

 東雲貞子。

 そう名乗る人間に擬態ぎたいする幻魔の仕業に違いないのだ。

 でなければ、天燎財団の理事長がこのような真似をするわけがない。戦団を敵に回すようなことをすれば、天輪技研のみならず、財団に関連する数多の企業がどうなるものか。それを想像できない鏡磨ではあるまい。

 だが、鏡磨は、イクサに攻撃を命じた――のだが、そのイクサは、鏡磨が出撃させたものではないらしい、ということもまた、明らかになっている。

 工場跡地から伸びている光の柱を見ればわかることだ。

 全て、東雲貞子こと、央都に暗躍する鬼級おにきゅう幻魔の仕業だ。

「東雲貞子は、一応、殺しておいたけど」

「殺した?」

 イリアは、火倶夜のちょっとした用事のついでとでもいうような言い方に虚を突かれたような顔をした。火倶夜の表情はあっけらかんとしたものだ。

「ここに来る途中でね」

「……ああ、だからヴェルがあんなことを。でも、どうして火倶夜様がこちらに?」

「わたしにも届いてたのよ、招待状。まあ、わたしっていうか、お母様に、だけどね」

 火倶夜の母は、朱雀院家当主・朱雀院火留多(かるた)である。火留多に招待状を送ったのは、十中八九、天輪技研ではなく天燎財団側の意志だろう。天燎財団は、戦団を敵視している。つまり、財団は、この新戦略発表会を戦団上層部の人間に見せつけることで、溜飲《》を下げようとでもいうつもりだったのではないか。

 実際、イクサがその性能を現実に発揮できるのであれば、戦団技術局も戦団上層部も誰もが息を呑んだだろうし、技術者たちの中には悔しがったものもいることだろう。

 しかし現実には、そうはならなかった。

 イクサの性能を補填していたのは、DEMリアクターであり、DEMシステムだ。それらは、人間の技術者たちが生み出したものではなかった。

 東雲貞子が、その悪魔的な知識によって作り上げた代物であり、おそらくは人間では実現不可能な機構なのではないか。

 イリアは、そのように確信する。

 DEMリアクターが最新型の魔力炉であり、人間の手で実現可能であるというのであれば、利用価値もあるのだが、しかし、イクサの異形化を人間の技術で実現出来るものだとは考えられなかった。 

 異形化したイクサ。あれは、まさに魔晶体ましょうたいに覆われた怪物――幻魔そのものだった。

 実現は無論のこと、制御など不可能なのではないか。

「だからといって、あなたのように前日に降りてこられるほど暇人じゃないから、ついさっき降りてきたってわけ。これもネノクニに用事があったからだけど」

「偶然にしては出来過ぎですが」

「運命的よね」

 イリアの追求を適度に受け流し、火倶夜は、周囲を見回す。

 その頃には、導士たちによる消火作業が終わり、戦場から熱気が消え去っていた。むしろ、辺り一帯に冷気が立ちこめ、寒さすら感じるほどになる。

 戦闘は、終わった。

 戦死者は、十名。

 それ以外の全員が生き残っていて、市民の中に負傷者は一人としていない。導士たちの足下には、天燎鏡磨が気を失ったまま、生きている。

 導士たち。

 イリアの護衛小隊も全員無事だ。龍野霞たつのかすみ海運晃かいうんあきら七番冬樹ななばんふゆき伊佐那義一いざなぎいち――。皆、イクサとの戦闘で疲労困憊といった様子だ。それはそうだろう。あれだけの攻撃力、防御力、機動力を持った怪物を相手に長時間戦っていたのだ。

 精も根も尽き果てるというものだ。

 さらに皆代幸多みなしろこうたがいるが、彼は天燎高校の学生であり、学校の修学旅行でネノクニを訪れているという話だった。

 ここに至るまでの道中にその話を知ると、火倶夜の弟子、草薙真が驚き、火倶夜を急かしたものだ。真にとって幸多は大切な友人であるらしい。

 そして、火具夜の妹分である美由理みゆりの大切な弟子である幸多は、火倶夜にとっても多少なりとも気にかけなければならない存在ではあった。

 そんな幸多が央魔連おうまれん幹部の長沢珠恵ながさわたまえに抱きしめられ、あまつさえ振り回されている様子を見て、なんともいえない顔になる。

 なぜ、央魔連幹部、重圧の魔女がここにいるのか。そして、皆代幸多を振り回しているのか、火倶夜にはわからない。

 激しい戦いが終わり、誰もが安堵していた。戦死した同胞を悼むものもいるし、ネノクニ支部と通信しているものもいる。

 戦いは終わった。

(本当にそうかしら?)

 火倶夜は、未だに輝き続ける光の柱が気がかりだった。

 それは、莫大な魔力の奔流まりょくであり、ネノクニの天井に突き刺さったまま、被害を拡大し続けている。天井に映し出された映像に乱れが生じているだけでなく、亀裂が無数に走っているのだ。

 このままでは、ネノクニに甚大な被害がもたらされるのではないか。

 一刻も早く、あの魔力の柱を止めるべきではないのか。

 そう、火倶夜が考えた矢先だった。

 ごうん、というような音がしたかと思うと、イリアの目の前のイクサが突如として動き出したのだ。

 DEMリアクターが破壊され、動力であろう魔力が失われているにも関わらずだ。

 火倶夜は、咄嗟にイリアの首根っこを掴んで引き寄せると、そのまま飛び離れた。

 見れば、ほかの十九機のイクサも、同様に動き出していた。

 腕が千切れた機体も、足が砕かれた機体も、出来る限りの可動範囲で体を動かし、一点を見遣みやる。その視線の先には、光の柱が聳えていた。

「な、なんだよ、おい」

「これは……一体……?」

「なにが……」

「あれは……魔力の収束……」

 誰もが予期せぬ状況に混乱する中、義一だけは、光の柱の中を流れる膨大な魔力、その圧倒的な密度を認識していた。


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