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第二百四十六話 機械仕掛けの悪魔(四)

「なっ……!?」

 幸多こうたは、突然の出来事に思わず声を上げながらも、瞬時に飛んで下がった。イクサが動きを止めた以上、攻撃する好機でもあったが、猛然と燃え盛る炎の中でイクサの様子が判然としないのが幸多の行動を制した。迂闊に手を出せば、手痛い反撃を喰らいかねない。

 距離を取り、状況を見るべきだ、と、幸多の無意識は判断した。

「なるほど。確かにデビルエクスマキナ」

「なにが確かになんですか」

「わたしが納得しているのよ。あなたも納得する」

「はい。納得します」

 聞き覚えのある女の声と、聞き知った男の声がしてきたが、おいそれと視線を向けることはできなかった。イクサは、炎の中で動こうとしている。そして、砲口を幸多とは全く別の方向に向け、砲撃を行った。魔力の塊そのものの砲弾が、あらぬ方向へと飛んでいく。

「熱暴走ね」

「そういうものですか」

「機械仕掛けだし」

「なるほど」

 そして、無数の火線がイクサに集中し、連続的な爆発が起きた。そこへ、ひらりと舞い降りた女が、炎の塊でもってイクサの巨躯を貫いて見せる。

 イクサの巨体ががくりと崩れ落ち、機能停止になったことを示した。

 女が、いまだ轟々と燃え続ける巨躯の上に立ち、幸多を見下ろす。炎の照り返しを受けて、赤々と輝く女。ゆらめく炎の中で、みずからも紅蓮の炎を身に纏っているような有様は、己が炎の魔女であることを知らしめるようだった。

 その姿を一目見ただけで、幸多には彼女が何者なのか瞬時にわかった。彼女の名を知らぬものは、央都おうとにはいないだろうし、ネノクニでも有名に違いない。

 朱雀院火倶夜すざくいんかぐや

 戦団戦務局戦闘部第十軍団長であり、戦団が誇る最高級の魔法士・星将せいしょうの一人だ。そして、光都事変こうとじへんの英雄、五星杖ごせいじょうの一人でもある。

 幸多の友人、草薙真くさなぎまことの師匠でもあるが。

 その凜然とした立ち姿は、さすがは星将という風格があり、幸多は、思わず見惚みとれそうになった。

 朱雀院火倶夜は火属性を得意とする。だから、というわけではないだろうが、頭の先から足の先までが炎のように真っ赤だった。真紅の頭髪は、絢爛たる輝きを放つ髪飾りに彩られ、美しい容貌が際立つようだ。長身に身につけているのは、導衣。だが、その導衣の上から炎の衣を纏っていて、その炎の衣の派手さたるや、その周囲に展開する繊細で精緻な律像りつぞうからかけ離れたものだった。

炎の衣は、それこそ、魔法で生み出したものなのだろうが。

 不意に、脳内に声が響いた。

『間に合ったわねー』

「知ってたんですか」

『当たり前でしょ。わたしが要請したんだから』

「それならそうと教えてくれても」

『教えたってどうしようもないでしょ』

「それは……そうか」

 ヴェルとの言い合いで勝てるわけもなさそうだと判断した幸多は、怪訝けげんなまなざしをこちらに向ける人物に気づき、そちらに目を向けた。草薙真だ。

「大丈夫か?」

「あ、うん、平気」

 真が心配してきたのは、幸多がぶつぶつと独り言をいっていたからに違いない。それもこれもヴェルの脳内通信のせいなのだが、そんなことを説明している場合ではない。

「残り十二体。行くわよ」

「はい、師匠。では、後でな、幸多くん」

「あ、うん、真くん。気をつけて」

『って、きみも行くのよ?』

「わかってますよ」

 幸多は、脳内に響くヴェルの声に多少うんざりしながら、既に飛び立った朱雀院火倶夜と草薙真、それに数名の導士たちの後に続いた。

 残り十二機。

 一機は、火倶夜と真が破壊した。

 二機は、イリアたちと空中の導士たちがなんとか撃破したのだろう。

 数の上では、こちらの方が有利だ。しかし、イクサの能力は圧倒的だ。現状、こちらが押しているとは考えにくい。

『むしろ、押されているわね』

「ぼくの思考、読んでます?」

『読んでないけど、読んでるわ』

「どっちなんですか」

『やーねー、過去を参照し、現在を知れば、自ずと未来も見えてくるものよー』

「わけがわかんないです」

『いまはね』

「はい?」

 ヴェルの発言の内容が全く理解できないまま、幸多は、激戦地へと足を踏み入れた。 

 イリアたちのいる主戦場。

 そこには巨大な魔力の結界が張り巡らされているのだが、イクサの半数以上が砲撃の雨霰を浴びせている。次々と起こる爆発が、結界を削ぎ、亀裂を走らせており、いまにも崩壊しそうな気配があった。

 魔法の防壁も、魔力体である。魔力体は、魔力体をぶつけることで破壊することが可能だ。イクサの砲撃によって発射される砲弾もまた、強力な魔力体なのだから、結界が破壊されるのも時間の問題だった。

 とはいえ、かなりの長時間、持ち堪えているのというのもまた、事実ではある。 

 爆撃に次ぐ爆撃に耐え、今に至っている。

 そこへ、幸多は衝魔しょうまを担ぎ、参戦した。

 二十二式特大槍にじゅうにしきとくだいそう・衝魔。

 槍型の白式武器はくしきぶきは、他に突魔とつまがあるが、突魔は、突きのみならず、斬ることも可能な、一般的な槍と考えていい。柄も長く、穂先も長いため、近接武器ではあるが、至近距離のみならず、長く広い攻撃範囲を持つ武器だ。

 一方、衝魔は、巨大さでいえば、突魔の追随を許さない。大戦斧だいせんふ断魔だんま大槌おおつち・砕魔さいま《》以上の迫力を感じるのは、その異形ともいえる形状のせいもあるだろう。

 衝魔は、一見して槍とは思えなかった。とにかく特大の穂先は、螺旋状に捻れており、まるで掘削機のようだった。柄も長く、石突きには星の意匠があるのは、白式武器共通の特徴だろうが。

 そんな大仰な武器を携えてイリアたちの元へ向かった幸多だが、思わず、足を止めた。地上と空中からの砲撃の雨霰が、幸多の合流を阻むのだ。

 爆撃の隙間を縫って、というわけにはいかない。

 やはり、結界の外でイクサとやり合うべきなのだろう、と、幸多が考えているときには、上空から一機のイクサが流星のように落下してきて、地上のイクサと激突、大爆発を起こした。

 見上げれば、朱雀院火倶夜が勝ち誇っている。

「すご」

 幸多は、火倶夜の圧倒的な魔法技量に惚れ惚れとするほかなかったし、星将一人が加わっただけで戦況が一変していく有り様に興奮さえ覚えていた。

 火倶夜は、それほどまでに強かった。

 強力無比といっても過言ではない。

 炎を纏って戦場を飛び回り、瞬く間に二体、三体とイクサを撃破していく火倶夜の戦いぶりは、絢爛豪華とでもいうべき華やかさがあり、舞い散る炎がそんな彼女の鮮やかさを彩るようだった。その戦いには、草薙真や配下の導士たちも付き従い、炎が舞い踊り、爆発が咲き乱れた。

 きらびやかな紅蓮の炎が、戦場を埋め尽くしていく。

 もちろん、幸多もただ見ているだけではない。

 幸多は、一機のイクサに攻撃を仕掛けた。砲撃の瞬間、そのわずかな隙に肉迫して衝魔を叩きつけた。分厚く頑丈な結晶装甲に直撃した瞬間、衝魔の回転機構が唸りを上げた。衝魔は、掘削機のような外見通りの機能を持っており、それこそ、穂先を回転させることによる貫通力の強化である。

 衝魔の穂先が超高速で回転すると、イクサの結晶装甲に巨大な穴が穿たれた。

 元より白式武器には、超周波振動があり、それだけでも構造崩壊を起こすものだが、衝魔は、超周波振動を回転機構によって効率的に伝達させる事が出来るらしい。

 ただし、超振機と回転機構を両立した結果、とんでもなくでかくなってしまい、取り回しが悪く、極めて扱いづらい武器になってしまったのだが。

 装甲に巨大な穴が開いたイクサだが、それで終わりなどではない。複腕を伸ばし、衝魔の回転を止めようとした。だが、イクサの複腕、その両手は衝魔の超高速回転に巻き込まれ、あっという間にバラバラになってしまう。

 今度は、イクサの砲口が幸多を狙った。衝魔は、特大武器だ。しかも並の白式武器とは違い、回転機構の振動もあるため、両手でしっかりと握り締めていなければならない。

 衝魔を突き刺している間、幸多は隙だらけなのだ。

 そんなことは、幸多だってわかっている。だから、幸多は召喚言語を唱えた。

切魔せつま!」

 イクサの砲口に魔力の光が満ちた瞬間、別種の閃光が砲口を塞いだ。

 そして、爆発が起きた。

 幸多に呼び出された切魔が砲口を塞ぎ、イクサの銃を自爆させたのだ。爆発は大きく、破片が幸多の頬を切り裂いたが、その程度で済んだのは僥倖ぎょうこうというほかないだろう。

 そのおかげで、衝魔は、イクサの腹部装甲を完全に突き破り、胴体を貫通することができたのだ。

 イクサの動力機関は、DEMリアクターと呼ばれる代物であり、胴体の中心部に格納されている。元より幾重もの装甲がDEMリアクターを保護しており、異形化によってさらなる防御性能を獲得していることもあって、幸多は、衝魔の召喚を思い至ったのだ。

 そして、幸多の思惑通り、衝魔は異形化イクサの結晶装甲及び内部装甲を貫通し、DEMリアクターの破壊に成功した。

『おおー、さすがは幸多くん。わたしたちが見込んだだけのことはあるわね!』

「見込んだ?」

 幸多は、ヴェルの発言の内容が気にかかったが、当然、そんな場合ではなかった。

 朱雀院火倶夜の合流によって戦況は一変したものの、未だイクサは多く、砲火が絶えない。

 爆音が、地下世界に響いている。


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