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第二百四十三話 機械仕掛けの悪魔(一)

 戦団ネノクニ支部の導士どうし三十名が援軍として現場に到着すると、イクサとの戦闘は、ほとんど一方的なものとなった。

 珠恵たまえを含む全三十六名の魔法士まほうしと、幸多こうたの一斉攻撃によって、残る四機のイクサが瞬く間に行動不能に陥り、沈黙したからだ。

 上空からの絨毯じゅうたん爆撃にも似た魔法攻撃の雨霰あめあられは、監視カメラの中継映像を見るまでもなく、圧倒的であり、破壊的だった。

 元より廃墟同然だった大会議場が跡形もなく消し飛ぶほどだったが、こればかりはどうしようもないことだ。

 暴走状態そのもののイクサを止める、あるいは破壊する以外に、この状況を収める方法はなかった。

 二十機のイクサと工場を失うというのは、天燎てんりょう財団にとってはとんでもない損害だが、そもそも、天燎鏡磨(きょうま)が宣戦布告をした時点で取り返しがつかなくなっているのだから、どうしようもない。

 財団関係者の誰もが頭を抱えるのは当然だったし、その筆頭である米田圭助よねだけいすけも、苦渋に満ちた表情で戦団の勝利を見ていた。

「終わった……終わってしまった……」

 神吉道宏かんきみちひろが、黒煙が立ち上る戦場を見遣みやりながら、失意と落胆を抱えるようにして、いった。

 彼にしてみれば、長年の研究成果、その全てを失ったといっても過言ではなかった。しかも、その研究成果の中でも特筆するべきDEMシステムが、東雲貞子あずもていこのものだというのだ。

 神吉道宏が絶望的な顔になるのも当然なのかもしれない――などと、圭助が考えていたときだ。

『あら、呆気あっけない』

 妖艶な声が、神吉道宏の小型端末から聞こえてきた。聞き間違いようがなかった。

 東雲貞子の声だ。

「東雲くん、きみはいま、どこにいるんだ!?」

「すぐ後ろにいますわよ」

「なっ!?」

 真後ろから聞こえてきた声に愕然としたのは、神吉道宏だけではない。圭助も、背筋が凍るような驚愕とともに背後を振り返り、そして、その女の姿を目の当たりにした。

 その女は、天輪てんりん技研の制服の上に白衣を纏っていた。赤みがかった黒髪に赤黒い虹彩が特徴的な女。美女といっていい。声だけでなく容姿もまた妖艶そのものであり、白衣の内側から色香が漂ってくるような、そんな女だった。

 透けるように白い肌は、人工太陽の光を浴びながらも、輝いている様子がない。むしろ、光を全て吸収してしまっているような、そんな感じさえあった。

「彼女が、東雲貞子?」

 圭助が道宏に思わず尋ねてしまったのは、驚きの余りの反射である。

「あ、ああ、そうだ、彼女が東雲くんだ」

 道宏が肯定すると、東雲貞子は、圭助を見た。目と目が合うだけでぞくりとするような色気があり、息を呑んでしまう。

 その場にいる誰もが、東雲貞子の美貌に見惚みとれていた。男も女も関係なく、だ。

 彼女を目の当たりにした皆が皆、東雲貞子の色気に抗しがたい魅力を感じている。

「初めまして、米田圭助総合管理官様。わたしが、そう、東雲貞子。DEMシステムの設計者で、まあつまり、イクサの本当の生みの親です」

「イクサの本当の生みの親……」

「あんなにも頭を痛めて産んだ子が、こんなにもあっさりやられてしまうなんて、さすがは戦団の導士様……なあんて」

 東雲貞子は、表情をくるくると変えながら、そんなことをいった。そして、指を鳴らす。

 すると、工場に巨大な爆発が起きて、廃墟同然だった工場そのものが吹き飛んだかと思うと、巨大な光の柱が立ち上った。それは、何本もの光の柱が集まって出来たものであり、莫大な光が遥か上空へ至り、ついにはネノクニの天井に突き刺さるほどだった。天井を流れる映像に乱れが生じ、次々と暗転していく。

 その根元、天輪技研ネノクニ工場が跡形もなく消し飛んでいることがわかるのだが、よく見ると、どうやらその光の柱は工場の地下からそびえているようだった。

 神吉道宏は、驚愕の余りあんぐりと口を開けたが、すぐさま東雲貞子に向き直った。

「なんだ!? なにをしたんだ、一体!?」

「博士もよく御存知のあれですよ、あれぇ」

 東雲貞子は、満面の笑みを浮かべて、道宏をあおる。

「コード666か!」

「大・正・解。さっすが博士、なんでも知っていますねぇ。ところで、DEMシステムのDEMって、なんの頭文字か、知ってますぅ?」

「デウスエクスマキナだろうっ……!」

「それ、博士の考えた奴ぅ」

 東雲貞子は、道宏が即座に出した回答に対し、頬を膨らませた。妖艶さだけでなく愛嬌すらもあるのが、東雲貞子の魅力のようだった。

(わたしは、なにを……?)

 圭助は、いつの間にか東雲貞子の一挙手一投足も見逃すまいとしている自分に気づき、愕然とした。こんな感覚を味わうのは、彼の人生で初めてのことだった。

 恋とは違う。

 愛でもない。

 ただ、魅了されている。

「本当は、デビルエクスマキナっていうんです。わたしが考えたんですよ。良いでしょ、デビルエクスマキナ」

 どこかうっとりとした様子で、あまつさえ頬を紅潮させながら、東雲貞子は語る。

「色々考えたんですよぉ。人類を滅ぼす方法。頭を使うの苦手なのに。サタン様が考えろっていうからぁ」

「きみは、なにをいっているんだ? デビルエクスマキナ? サタン様?」

「デウスエクスマキナって、機械仕掛けの神とかっていう意味でしょう? だから、デビルエクスマキナは、機械仕掛けの悪魔って意味になるんじゃないかなぁって、わたしになりに精一杯考えたんですよぉ」

 東雲貞子が語る最中、圭助は、悲鳴染みた報告を聞いた。

「イクサ、再起動しました!」

「嘘でしょ!?」

「そんな馬鹿な!?」

 天輪技研の技師たちが見ているのは、監視カメラの中継映像であり、幻板げんばんに映し出されたそこには、沈黙していた二十機のイクサが、無数の赤い光の線に包まれ、ゆっくりと動き出す光景だった。

 それは、発表会の最中に見たものだ。

 DEMシステムをフルドライブしたことによって生じる機体そのものの変化が、現実にも起ころうとしていた。

 それがなにを意味するのか、わからない圭助ではない。

 だが、なにもできない。なにも考えられない。なにもかもどうでも良くなっていた。

 目の前にいる東雲貞子以外のことが、頭の中から抜け落ちていく。

 圭助だけではない。

 東雲貞子を見ていた誰もが、彼女の魔力に魅了され、飲まれ、我を忘れかけていた。

 その渦中にあって、東雲貞子だけは、思うままに振る舞っている。

「人間は滅びるべきなんです。もう一度。今度は徹底的に、ひとり残らず――え?」

 東雲貞子が虚を突かれたような顔をしたとき、彼女の身になにが起きたのか、瞬時に理解したものは、その場にいなかっただろう。

 東雲貞子の胸を炎が貫いていた。それはさながら研ぎ澄まされた刃のようであり、轟然と燃え盛る炎は、瞬く間に東雲貞子の制服を灼き、白衣を燃やしていく。そのまま全身をき尽くすまでに時間はかからなかった。

 そして、消し炭のように真っ黒焦げになった、東雲貞子だった物体がその場に崩れ落ちていく。

「滅びるのは、幻魔だけでいい」

 炎の刃の元を辿ると、そこには、数名の導士が立っていた。その先頭の女性導士が、東雲貞子を灼き尽くした魔法士である。

 絢爛豪華な装飾が施された導衣を身に纏う、真紅の髪の導士。その姿は、見るからに派手であり、ただ立っているだけで人目を引いた。手にしている法機も真っ赤だが、導衣にも赤が入っている。赤系の色が好きなのだ。そしてそれもまた血筋故といってはばからないのが、彼女の彼女たる所以なのだろう。

 星将せいしょうにして第十軍団長・朱雀院火倶夜すざくいんかぐや、その人である。

「でも、本当にこれでよかったのかしら? もし人間だったら、人殺しになってしまうんだけど」

「確認もせずに殺しきる方がどうかしてると思うのですが」

「なに? 師匠であるわたしに意見するつもり?」

「そういうわけでは……」

 圧力に屈するようにして引き下がったのは、言葉通り、彼女の弟子である草薙真くさなぎまことだ。

 彼は、師の行動の一部始終を見ていたが、その行動に一切の迷いもなければ、躊躇ためらいいもなく、鮮やかとしかいいようのないものだった。

 果断。

 それこそ、朱雀院火倶夜を言い表す言葉といっていい。

 しかし、事情を知らない人々からすれば、朱雀院火倶夜の行動は、殺人以外の何者にも見えなかったに違いなく、そのことが多少気がかりなのも確かだった。

 実際、圭助は、目の前で殺人が行われたと思い、頭の中が真っ白になった。が、すぐにそうではないらしい、と、思い至る。意識が、徐々に冷静さを取り戻している。

「これは、一体……?」

「東雲貞子は、人間じゃなくて幻魔だったのよ。幻魔が人間に化けて、あなたたちに接触、この騒動を起こしたというわけ――って、詳しい説明は後。誰か、この死骸の処理をしておいて!」

「は、はい、すぐに!」

 火倶夜が命じると、連れていた導士の一人が慌てて飛び出してくる。

「行くわよ、真」

「はい、師匠」

 草薙真は、師に言われるままに頷くと、即座にかけだした彼女の後を追った。

 戦場では、既に戦いが始まっている。


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