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第二百四十一話 DEM(九)

「さすがは戦団だな……」

 携帯端末が出力する幻板げんばんを見つめながら、米田圭助よねだけいすけはつぶやいた。

 新戦略発表会の会場として利用していた大会議場は、続々と襲来したイクサによって完膚かんぷなきまでに破壊され、完全に倒壊してしまっている。

 もしあのまま内部に残っていれば、巻き込まれ、大怪我を負っていた可能性は高かった。

 強引にでも神吉道宏かんきみちひろを連れ出してきたのは正解だった、と、圭介は胸を撫で下ろしたものだった。

 そして減配、圭助たちは、招待客や警備員、央魔連おうまれん魔法士まほうしとともに工場の敷地外まで避難していた。工場内で作業していた全従業員、関係者にも避難命令が出されている。

 その避難命令は、当然のことだが、天燎鏡磨てんりょうきょうまが下したものではない。

 発表会の惨状を察知した天燎財団央都本部から発せられたものである。

 だからこそ、会場にいた警備員たちも速やかに退避することができたのだ。

 あの場の支配者は、天燎鏡磨だった。天燎鏡磨より上の立場にあり、権限を持っているものでなければ、警備員たちも動くに動けなかっただろう。

 それはつまり、天燎財団総帥・天燎鏡史郎てんりょうきょうしろうが、この事態を知ったということでもある。

 天燎鏡磨は、天燎財団の理事長である。

 最高権力者たる総帥に次ぐ役職であり、故にこそ、彼はネノクニ支部を支配し、思い通りに動かすことが出来たのだが、その結果がこの有り様では、さすがの総帥も黙ってはいられなかったのだろう。

 総帥の権限は、財団において絶対的なものだ。神の言に等しい。

 故に、総帥命令が発せられたとあらば、鏡磨派閥の人間であっても従わざるを得ない。従わなければ、鏡磨共々失墜(しっつい)することになりかねないからだ。

 そうなのだ。

 鏡磨は、失墜するだろう、ということは、もはや誰の目にも明らかだった。

 次期総帥候補筆頭にして、現在の財団理事長を務めるほどの人物が、一日にして、全ての立場を失うのだ。

 それほどのことを、してしまった。

 鏡磨が音頭を取り、推進したイクサ開発計画に加担した圭助も、今後どうなるかわかったものではない。いくら圭助の与り知らぬこととはいえ、鏡磨がこれほどの大事件を引き起こした以上、なにかしら責任を追求されるだろう。

 が、それは、いい。

 ネノクニ支部総合管理官である圭助の責任問題なのは、紛れもない事実だ。圭助がこのような事態を想定していれば、鏡磨をいさめ、暴挙に出るのを抑えることが出来ていれば、こんな事態にはならなかった――かもしれない。

 可能性の話だが、そう思わざるを得ないし、後悔ばかりが彼の脳裏のうりよぎっていた。

 そんな精神状態で、工場の監視カメラが捉えている戦場の様子を眺めていた。監視カメラと携帯端末を接続し、携帯端末が出力した幻板に映しだしている。

 現状、戦況は、導士どうしたちが優勢に見えた。

 全部で二十機のイクサが会場に終結しており、それによって大会議場が完全に倒壊してしまっている。戦場は、廃墟同然であり、イクサの銃撃や導士たちの魔法によって火が上がり、熱気が渦巻いていた。

 二十機ものイクサと、たった七人の導士が繰り広げた戦いは、激闘そのものだった。火線が四方八方に飛び交い、魔法が乱舞した。流れ弾が工場の壁に穴を空け、爆発が起きた。工場内のなにか重要なものに着弾したからのようだ。技師たちが頭を抱え、叫んでいた。

 もはや、工場の敷地内そのものが、地獄のような様相であり、発表会に招待された人々が、口々に天輪技研てんりんぎけんを詰り、天燎財団の対応に怒りを表していた。

 招待客の中には、イクサが落とした天井に押し潰され怪我を負った人もいれば、危うく流れ弾に当たりそうになった人もいた。

 それらの怒りが技研や財団に向けられるのは、当然の帰結だ。

 天輪技研や天燎財団ネノクニ支部の人間たちは、それらの対応に追われていた。

 多くの財団関係者は、総合管理官である圭助に指示を仰ぎ、あるいは央都本部からの命令を待った。圭介は、てきぱきと指示を下したが、それが正しいものかどうかを判断している時間はなかった。

 戦況そのものは、悪くない。

 たった七人で、あれだけの数のイクサを相手に優勢を維持し、大半を沈黙させている。さすがは戦団の導士、というほかなかったし、央魔連幹部の実力も素晴らしいというほかない。

「いいご身分だな」

 不意に、聞き知った声が飛んできて、圭助の思考を妨げた。

 振り向けば、真っ赤な髪の少年が彼を睨み付けていた。厳めしい顔つきをさらに険しくし、刃のように鋭いまなざしをしているのは、圭助の息子、圭悟けいごである。

 圭悟は、天燎高校の集団からたった一人で飛び出してきたようだ。

 その怒りに満ちた言動の意味が理解できない圭助ではなかったが。

「部外者は、彼らの指示に従い、速やかに避難しなさい」

「部外者だと……!」

 圭悟が、圭助に駆け寄り、その胸ぐらを掴む。

「なにが部外者だ! こんな状況に巻き込んだのは、どこのだれだよ! てめえだろうが、このクソ親父!」

「そうだよ。きみたちを巻き込んでしまったことには、本当に申し訳ないと思っている」

「だったら――!」

「だが、きみは部外者だ」

 圭助は、冷ややかに告げて、胸ぐらを掴む圭助の右手首を握り締めた。圭助が痛みのあまり手を離すのを待ち、頭を振る。

「きみが天燎財団の幹部ならばいざ知らず、大人ですらないただの学生の身分ならば、取り合う理由がない。緊急事態に対応するのは、部外者ではないのだよ」

「……皆代みなしらにもしものことがあったら、絶対に許さねえからな……!」

「きみは、前提から間違えている」

「なんだと……!」

「導士とは、そういうものだろう」

 圭助は、遠方の戦場を見遣みやり、それから幻板に視線を落とす。大半のイクサが沈黙し、残り五機というところで、イクサの攻撃が苛烈になっていた。戦場を滑走しながら銃を乱射し、導士たちを防戦一方に追い遣っている。

 超高速で滑走する五機のイクサに対し、導士たちもまた、魔法による弾幕を張った。雷撃が乱れ飛び、巨大な氷筍ひょうじゅんがイクサの進路を塞ぐ。そこへ激突したイクサには大刀を手にした幸多こうたが飛びかかれば、別のイクサに対しては暗黒球が足止めとなった。

 そんな大激戦が繰り広げられている中であって、圭助が、一切の不安を抱いていないのには、大きな理由があった。

「導士は、央都守護を担う戦団の一員であり、その尖兵だ。央都市民の守護者であり、法と秩序の盾であり、杖だ。いつ如何なる時も、央都市民のために戦い、命の限り全力を尽くす。それが戦団の役割、導士の使命――そうだろう」

「よくもまあ、ぬけぬけと……」

 圭悟の軽蔑けいべつに満ちた反応は、圭助にとって予想通りのものだった。そして、それは圭助自身の気持ちでもあった。

 天燎財団は、かねてより、戦団を毛嫌いしていた。戦団による支配体制を忌み嫌い、対抗するためにこそ、その財力を高めてきたといっても過言ではない。

 脱・戦団。

 それが天燎財団幹部の合い言葉であり、原動力といっても良かった。

 イクサ開発計画もまた、そんな合い言葉を実現するためのものだった。

 戦団を排除し、市民による市民のための平等な世界を実現するための――。

 そんな夢物語は、しかし、失敗に終わってしまった。

 おそらく、東雲貞子あずもていこなるものの干渉によって、なのだが、それはつまり、最初から失敗していた、ということでもあった。

 その失敗の尻拭いを、散々忌み嫌ってきた戦団の導士たちに任せようというのは、あまりにも虫のいい話だ。

 そしてここは、ネノクニ。

 央都ではない。

「それに、もう終わる」

 圭助は、頭上を見上げた。ネノクニの遥か上空に映し出された雲一つない蒼穹そうきゅう、その中を突っ切ってくる無数の影があった。

 戦団ネノクニ支部の導士たちが、大急ぎでここまで飛んできたのだ。

 彼らがここに向かっているという報せは、圭助らの避難中にあったものであり、圭助は、今か今かと待ち侘びていた。

 いくらイリア率いる導士たちが優秀なのだとしても、イクサ二十機を相手にすれば、善戦することも難しいのではないかと思っていた、ということもある。しかし、現実には、善戦どころか圧倒しているといっても過言ではなかったため、圭助の杞憂きゆうだったのだが。

 だとしても、だ。

 戦団の援軍が到着したことは、この戦いの勝敗を決定づけるものといってよかった。



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