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第二百三十八話 DEM(六)

「一体どうなってんだよ!」

 圭悟けいごが、誰とはなしに怒声を張り上げるのも無理からぬことだった。

 突如として発表会場を混乱に包み込んだのは、戦団の日岡ひおかイリア博士率いる一団が舞台に乱入したからだが、それだけならば問題はなかった。それがどのような意味を為すのかなど、ただの観客に過ぎない圭悟たちにはわからなかったし、演出なのかとさえ思えた。

 しかし、そんな楽観的な気分を吹き飛ばしたのは、会場を襲った振動と轟音であり、会場の壁を突き破って出現した鉄の巨人たちだ。

 人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサが、まるで、戦団の一個小隊から天燎鏡磨てんりょうきょうまを護るためだけに突入してきたかのようであり、実際、そのような動きを見せた。

 四機の巨人が、鏡磨の周囲に布陣し、導士どうしたちに銃口を突きつけたのだ。

 それだけでも大混乱なのだが、さらに会場の天井に大穴が開き、上空から四機のイクサが降ってきた。それらは、観客を踏み潰しそうな勢いで落下してきたが、間一髪のところで空中に飛び上がり、舞台を包囲するように布陣した。

 とはいえ、観客席には、屋根や天井の建材、その破片が降り注いでいて、多数の怪我人が出ているようであり、悲鳴や怒号、救助を求める声が散乱していた。

 まるで地獄だ。

 観客たちは、もはや観客席に留まってはいられない、と、次々と席を立ち、会場を去り始めている。し、警備員や救護員が走り回っていた。

 天燎高校の生徒たちも、央魔連おうまれんの魔法士の指示に従って、会場から脱出しようとしていた。

米田よねだくんも早くこっちに!」

「わかってる!」

 圭悟は、らんの呼び声にそう言い返したが、舞台上で起きようとしている異常事態から目を背けられなかった。

 イクサが八機、五人の導士を取り囲んでいる。いずれのイクサも武器を持ち、銃口を導士たちに向けていた。すぐにでも攻撃するといわんばかりの様子だ。

 これは明らかな戦団への敵対行為であり、央都ならば紛れもなく罪に問われるだろう。

 その罪の中心近くに自分の父がいると思えば、圭悟もいても立ってもいられなかった。

「圭悟!?」

 真弥まやが悲鳴を上げたのは、会場の外へ向かおうとする観客の流れと逆行するようにして、圭悟が空中に飛び上がるのを見たからだ。彼の周囲には、確かに律像りつぞうが浮かび上がっている。

 天井が落下してきたことによる粉塵が濛々《もうもう》と立ちこめる真っ只中で、圭悟は、魔法を唱えた。

天翔翼ハイウイング!」

 巡らせていた想像が形と成り、圭悟の全身を空中に浮かせ、飛ばす。

 飛行魔法を発動させたのだ。一般市民は、飛行魔法を使うのにも法器を用いる。そのほうが簡単で安定しているからだ。

 しかし、魔法というのは本来、法器を持っていなくても使えるものだし、使えなければならないものだと教育された。

 圭悟とて、魔法士として生まれ育ち、長ずるに従って魔法の勉強をし、訓練を積んできたのだ。飛行魔法くらい、法器の補助がなくても使えるのだ。

 粉塵渦巻く空中を飛び、舞台上へ向かう。

 舞台上には四機のイクサがいて、さらに四機のイクサが舞台そのものを包囲するように布陣している。いずれのイクサも、いまにも攻勢に出ようとしているようだった。

 それが、圭悟には許せない。

「クソ親父――」

 圭悟が吐き捨てた瞬間だ。

 再び激震が会場を襲い、轟音とともに会場左側の壁に大穴が開いた。その大穴から複数のイクサが飛び込んできたのだが、圭悟は、その際の衝撃で吹き飛ばされていた。強烈な衝撃だった。危うく意識を失いそうになるほどの激痛に苛まれながら、圭悟は、イクサを睨み付けた。

 そして、なにかにぶつかって、動きが止まる。

「圭悟くんって、もっと冷静だと思ってたんだけど」

皆代みなしろ……」

 漆黒の戦闘装束を身に纏った幸多こうたが、圭悟を見下ろしていた。

 幸多は、会場に戻ってくるなり、青空の中、吹き飛ばされる圭悟の姿を発見したものだから、即座に救助に飛んだのだ。そして、抱き留めることに成功した。

「わりぃ、助かったぜ」

 地上に降り立った幸多から解放されて、圭悟は、心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。冷水を浴びたような気分になる。

 幸多に助けられて、身の程を思い知ったからかもしれない。

 幸多は、そんな圭悟を横目に見、それから会場全体を見回した。観客の大半は既に会場を脱出していて、救助が必要な人達に関しては警備員や救護員、央魔連の魔法士たちが対応している。

 問題は、舞台上だ。

 幸多は、圭悟に向かって、いった。

「悪いと思うならさっさと逃げる。これじゃ、お父さんが心配するのも当然だね」

「親父が……心配?」

「そ、だから、さっさと皆と合流する。こっちのことは、ぼくたちでどうにかするからさ」

「あ、ああ……わかったよ。こういうのは、プロに任せるべきだよな。頼む」

「任せて」

 幸多は、圭悟が立ち去り、観客席の通路で待ち構えていた珠恵たまえに叱られる様を見届けると、すぐさま気持ちを切り替えた。地を蹴り、一足飛びに舞台へ至る。

 閃光が瞬き、銃声が轟く。大気を引き裂く強烈な破壊音の連続。それはイクサによる攻撃開始の合図そのものであり、四機のイクサが一斉に銃撃を行ったことの証明だった。

断魔だんま

 幸多は、起動言語を唱えると、二十二式大戦斧にじゅうにしきだいせんふ・断魔を召喚し、その長大な柄を両手で握り締めた。眼下、凄まじいまでの火線が一点に集中している。が、それら銃撃が導士たちに直撃していないこともまた、明らかだった。導士たちとイクサたちの間に張り巡らされた魔法の壁が、嵐のような銃撃を受け止め、弾いている。

「ははははっ、いいぞっ、いいっ! これこそが我が天燎の新戦略! 人類の新時代! 地上の夜明けだ! イクサこそが、未来を切り開く! 戦団はもう用済みだ!」

 天燎鏡磨の狂気に満ちた笑い声が、銃声の中でもはっきりと聞こえていた。

 幸多は、四機のイクサに護られるように佇む男を一瞥いちべつしたが、すぐさま舞台上の一機に視点を絞った。舞台上に着地し、透かさず手前の一機に殺到する。

「おおおっ」

 幸多は、えた。全身全霊の力を込めて、巨大な斧を振り抜き、叩きつける。

 漆黒の巨人は、分厚い金属の塊であり、オリハルコンという魔法金属製の装甲で覆われている。幻魔の攻撃でもびくともせず、鬼級幻魔の攻撃にすら耐えられるほどの堅牢さを誇る、まさに金属の怪物といっても過言ではない。

 そして、幸多の全力の一撃も、イクサは右手の武器で受け止めて見せた。大剣である。剣と斧が激突し、火花が散った。互いに超周波振動を発生させる、いわば白式武器はくしきぶき同士の衝突であり、破壊に至らなかったのもそのためかもしれない。

 イクサのそれは、超反応としかいいようのない速度であり、動きだった。

 俊敏極まりない。

「早っ」

『きみがいうかな、それ』

「いいますよっ!」

 ヴェルの呆れるような一言に言い返しながら踏み込み、銃口がこちらに向けられるのを見て、さらに速度を上げる。イクサが後退したからだ。距離を取り、銃撃を行うつもりだからに違いない。

 幸多は、距離を取らない。積極的に間合いを詰め、飛びかかる。一瞬にして幸多とイクサの間に横たわっていた距離は皆無になった。

 イクサの銃口、その照準に捉えられるよりも早くその懐に潜り込み、股下に大斧を叩き込む。狙ったのは、股関節だ。

 イクサは、その金属の巨体の可動性を確保するための処置として、分厚い装甲に護られていない部分が存在している。肩や腕の関節部などがそうだが、股関節もそうだった。

 そこが弱点だという話は、ここに至るまでの道中、幸多がヴェルから教えられた話だった。

 イクサは、白式武器と同種の武器を用いており、そのために特殊な装甲で覆われているという。その装甲は、超周波振動に対する強い耐性を持っており、装甲部に白式武器を叩きつけても、構造崩壊を起こしにくい。

 それは、闘衣に用いられる装甲と同様の性質である。

 そうならざるを得ない。

 もし、超周波振動に耐性のない装甲ならば、武器が発した超周波振動の影響を受け、脆くなるからだ。

 そしてそれは、人体にも言えることである。

 幸多が平然と白式武器を使えているのは、完全無能者だからにほかならないのだ。

 万物は、魔素によって構成されているといっても過言ではない。超周波振動による構造崩壊は、幻魔の肉体である魔晶体の結晶構造に致命的な崩壊を起こすことを指すが、なにも幻魔の肉体だけに作用するものではないのだ。

 あらゆる物質、あらゆる存在に影響を及ぼす。

 人体とて例外ではない。

 白式武器の発生する超周波振動には、わずかながら反動がある。その反動は、手にしているものの魔素になんらかの悪影響が出る可能性があた。

 生まれながら高密度の魔素の結晶ともいえる魔法士たちには、決して扱えない代物なのだ。

 だからこそ、ほかの幸多なのだ、と、イリアはいった。

 イクサの股関節を狙った大斧の一撃は、見事に直撃した。それも、瞬時に二カ所、連続的に断ち切ったのだ。

 幸多は、その勢いでイクサの股下から背後へと至ると、イクサがこちらを振り向こうとして転倒する様子を見届ける間もなく、飛び退いた。舞台を包囲するイクサが、舞台上に銃撃を行ったからだ。

 何度目かの会場全体の激震があった。

 さらなる増援が、会場に到来したのだ。

 


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