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第二百三十六話 DEM(四)

 特別指定幻魔参号とくべつしていげんまさんごう

 虚空事変後、各地で観測された固有波形の持ち主である鬼級おにきゅう幻魔をそう呼称すると定めたのは、つい先日のことである。

 虚空事変、特にアルカナプリズムに深く関わる人々から検出された固有波形は、鬼級幻魔のものであると断定された。人間の魔法士が、虚空事変に纏わる人々全員を同時に精神支配し、長期間に渡って操り続けることなど到底不可能だからだ。

 その固有波形の持ち主たる鬼級幻魔の正体は不明のままだが、央都おうとで長らく暗躍していたことは間違いなかった。

 そのため、戦団情報局は総力を結集し、央都全域の調査を行った。

 央都の全勢力、あらゆる企業、組織、集団、著名な魔法士まほうしを調査し、特定参号の固有波形を観測した場合には、その対象を徹底的に調べ上げた。

 特定参号は、央都の様々な場所にその痕跡を残していた。

 芸能事務所ミューズハート、製薬会社・新星薬品しんせいやくひんだけでなく、いくつかの企業がその毒牙にかかり、操られていたということが判明している。

 特定参号に操られていた人々は、誰一人として記憶が判然としていなかったが、東雲貞子あずもていこという人物の名を上げることが多かった。

 どうやら、その東雲貞子と名乗る人物こそが、彼らを操り、央都に暗躍している鬼級幻魔のようなのだが、人間社会に溶け込み、策謀を巡らせるなど、とてもではないが幻魔らしくないといっていいだろう。

 幻魔が人間社会にひそみ活動するなど、到底、考えられることではない。

 幻魔は、人類の天敵であるが、特に鬼級幻魔は人間を下等生物と見下しているものだ。だからこそ彼らは、自ら幻魔を名乗り、皮肉と嫌味を込めて、己が領土をクリファと名付けたりしているのだ。

 鬼級幻魔は、徹頭徹尾、人間というものを認めていない。

 そういう事実があるからこそ、鬼級幻魔が人間に身をやつし、人間社会に暗躍しているという調査結果は、にわかには信じがたいものとして戦団上層部を混乱させた。

 が、固有波形が嘘をつくわけもない。

 固有波形は、その名称の通り、魔素まそが発する固有の波形だ。あらゆる生物が、個々に異なる波形を発していて、それを欺瞞ぎまんすることは何者にも出来ない。

 鬼級幻魔ですら、だ。

 だからこそ、固有波形を利用した様々な認証方法が成立しているのだし、この社会の根幹となっているのだ。

 そして、だからこそ、東雲貞子を名乗る鬼級幻魔の固有波形が大量に観測されているのだ。

 もし、固有波形を偽ることができるのであれば、そうしない理由がないのだ。

 東雲貞子は、央都に暗躍していたのだから。

 しかし、東雲貞子と名乗る人物のものとされる固有波形は観測され続けた。それこそ、鬼級幻魔ですら固有波形を偽ることの出来ない証明である。

 いや、単純に、偽る必要がないからなのか。

 理由はともかくとして、観測、検出される固有波形は同じものであり、戦団が特定参号と識別する鬼級幻魔のものであることに違いはなかった。

 人間社会に溶け込む幻魔など、聞いたことも見たこともなかったが、存在している以上、認識を改めるしかない。

 護法院ごほういんおよび戦団上層部は、特定参号の追跡調査を行わせるとともに、特定参号と関わりのあった企業等への介入を行っている。それら企業がなにを目的とし、なんのために干渉されていたのか、目下調査中であり、未だ全容は明らかになっていない。

 そんな最中、突如開催されることとなったのが、この天輪技研てんりんぎけんの新戦略発表会だ。

 これまで、天輪技研の動きは、どうにも不透明で、不気味なものがあった。

 なにか、強大な陰謀が蠢いているような、そんな気配がある――というのは、情報局の考えである。

 それは天輪技研そのものというよりは、天燎てんりょう財団全体の動きを見てのことのようだが。

 天輪技研は、天燎財団の一部であり、その動きは天燎財団と連動している。財団の指示なく、技研が動くことはない。

 故に、技研がなにか秘匿ひとくにしていることがあるというのであれば、それは、財団の命令によるものであると考えるのが筋というものだろう。

 そして、この発表会だ。

 天燎財団そのものの未来、そのための新戦略を伝えるという発表会には、天輪技研が開発した新兵器が大々的に公表されることが情報局の調べでわかっていた。

 それがイクサだ。

 人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサ。

 地上奪還部隊の異名であるヨモツイクサにちなんだ名前を持つそれは、イリアが情報局を通じて様々な企業に流した超周波振動技術を応用したものだった。

 でなければ、通常兵器で幻魔討伐など不可能だ。

 しかもそれが無人の戦闘機となれば、なおさらだろう。有人の戦闘機ならば、操縦者が魔法を使うことによって幻魔を攻撃、討伐することも不可能ではない。しかし、無人機ではそれはできない。

 それがどのような形をしていようとも、魔法を使えない機械では、幻魔を傷つけることすらできないのだ。

 構造崩壊を起こすことの出来る超周波振動こそ、通常兵器を魔法の杖へと変える秘術なのだ。

 もちろん、それそのものは、大した問題ではない。イリアが情報を流したのは、超周波振動のさらなる可能性を問うためであり、それが人型の戦闘兵器という形になって現れたというのであれば、喜んで受け入れただろう。

 イリアは、激しく揺れる天地の狭間で、警備員に支えられる天燎鏡磨(きょうま)の目を見ていた。浅葱あさぎ色の瞳は、狂気をはらみ、怒りに燃え盛っている。

「特定参号の固有波形……ですか」

「そうよ。だから、きみを連れてきたってわけ」

「……なるほど」

 義一ぎいちは、イリアの体を支えたまま、大いに納得した。それならば、義一を連れて行く以外に選択肢はなく、そのために即席で小隊が編成されたのだと理解する。つまり、義一のための小隊といっても過言ではないということだ。

 そして、義一は、イリアが態勢を立て直すのを手伝いながら、視線を巡らせる。

 会場は、先程から激しく揺れており、観客席からは悲鳴や喚声が聞こえている。警備員や央魔連おうまれんの魔法士たちがそうした人々の対応に追われる中、振動はさらに大きくなっていく。

 音も、だ。

 それはなにかが轟音を上げながら近づいてくるようであり、義一は、そちらに目を向け、瞬時に視界を覆うような魔素の圧力に顔を背けてしまった。不意に顔面を殴られたような錯覚を抱く。

 義一は内心舌打ちするとともに目線を戻し、特大幻板(げんばん)の遥か向こう側からいくつもの魔素の塊が迫ってきていることを再確認した。叫ぶ。

「向こうからなにか来ます! 防御態勢!」

「防御態勢?」

転身てんしん守盾シールド!」

 海運晃かいうんあきらが首を傾げる横で龍野霞たつのかすみが転身機を起動し、瞬時に、導衣どういに仕込んだ簡易魔法を発動させた。分厚い魔力の壁が、五人を包み込む。

 直後、けたたましい破壊音が轟き、会場が激しく揺れた。一段と強い悲鳴が聞こえる中、幻板が割れたかのような錯覚があった。幻板のすぐ真後ろの壁が砕け散ったのだ。粉塵の中から、黒い巨体が姿を見せる。

 もはやなにも映していない幻板を透過するようにして現れた漆黒の巨人は、壁に開けた穴を強引に押し開き、舞台上にその巨躯きょくを露わにした。

「イクサ!?」

「本物かよ……」

「本当に動くんだ……」

 海運たちが驚いたのは、ここが幻想空間ではなく、現実空間だからだ。

 現実空間の舞台上にも一機のイクサが佇んでいる。が、それは、観客にお披露目するためのものであって、戦闘行動を可能とする完成品などではなさそうだった。少なくとも、目が光っているだけのそれから脅威を感じ取ることは出来ない。

 しかし、現実にその威容を目の当たりにするとなると話は別だ。それはまさに鋼鉄の巨人とでもいうべき存在だった。

 会場の壁を破壊したことによる粉塵の真っ只中を突っ切るようにして現れたのは、四機のイクサである。

「お、おお……来たのか、来てくれたのか、イクサよ、イクサたちよ!」

 鏡磨が感極まったように叫ぶと、四機のイクサの双眸が赤く輝いた。

 人型魔動戦術機イクサ。

 身の丈三メートルほどの巨人が漆黒の甲冑に身を包み込んでいるような、そんな印象を受ける。間近で見るとより禍々しく、凶悪そうな面構えであるということが伝わってきていた。鋭角的な装甲がそれを助長している。

 手には遠距離戦闘用の銃器と、近距離戦闘用の近接武器が握られていた。いずれも、人体など一撃で消し飛ばすのではないかと思えるほどの巨大さだ。

 分厚い会場の壁をぶち抜いて現れたのだが、その装甲には傷ひとつついていないようだ。幻魔の攻撃に耐えられるような装甲が、壁を突き破った程度で損傷するはずもないのだが。

 イクサが悠然とした足取りで舞台上の鏡磨に近づくと、イリアたちとの間に立ちはだかった。銃口をイリアたちに向けてくる。

「なにも気にすることはない、やれ、やってしまえ! 我々の夢を否定し、我々の希望を侮辱し、我々の未来を奪い去ろうというものたちなど、誰であれ容赦する必要はない!」

「馬鹿なことを」

 七番冬樹ななばんふゆきが吐き捨てるようにいったが、もはや天燎鏡磨の耳には届いていないようだった。

 狂気が、彼を突き動かしている。


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