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第二百三十五話 DEM(三)

「どういうことなんです? ヴェルさん。ヴェルさん?」

 幸多こうたは、脳内通信とでもいうべき特別情報官ヴェルとの会話を行うべく質問したのだが、返事がなかったことに困惑した。一刻も早い返答がほしいというのに、だ。

 そして、彼女の言葉を思い出し、恐る恐る口を開いた。

「えーと……ヴェルちゃん」

『はあい』

 脳内に響くヴェルの嬉しそうな声を聞いて、幸多は、なんだかどっと疲れるような気がした。ヴェルは幸多の気持ちなどお構いなしに続ける。

『ということで、いますぐ演習も発表会も中止させて頂戴。詳しい話は後。話している時間が勿体ないもの』

「え、あ……はい」

 とはいったものの、幸多は、どうするべきなのかと考えなければならなかった。幸多に発表会を中止させる権限などあろうはずもない。

 仕方がなく、圭助けいすけに話しかける。

「あのー、演習とか発表会とか、中止にしてもらうことはできませんか?」

 幸多の要請があまりにも唐突で飛躍しすぎていたこともあり、圭助と神吉道宏かんきみちひろは、唖然とするしかなかった。なにを言い出したのかと思ったのだ。しばらくの間を空けて、口々に叫ぶ。

「きみは、なにをいっているんだね?」

「そうだとも、なにをいっている? できるわけがないだろう、そんなこと!」

 猛烈な怒声を受けて、幸多は、口をつぐむ。当然の反応だった。

『だよねー』

「だよね、って」

 幸多が、余りにも能天気なヴェルの声に肩をこかしたときだ。

 地を揺らすような叫び声が、室内に響いた。

「え?」

「なんだ?」

 室内にいる誰もが、その声に反応した。

 叫び声の発生源は、筒状の幻創機げんそうきであり、一目見れば、その幻創機に異常事態が起きていることは明らかだった。

 漆黒の筒、いや、棺桶とでもいうべき金属の塊の表面には、赤い光が走っている。それは、DEMシステムを起動した瞬間から生じたものであり、DEMシステムと関連のあるものだということは間違いなかった。

 そして、その赤い光が激しくなり、幻創機そのものが強く振動しているのだが、それはどう見ても異常事態としか言いようがないほどのものだった。正規の挙動ではあるまい。中には人間が乗り込んでいて、イクサを遠隔操作しているのだ。乗り込んでいる人間の体に悪影響が出るのではないかと想うほどの激しい揺れ。

 それも、全ての幻創機が、だ。

 叫び声は、それら幻創機の中にいるのであろうイクサの操縦者たちのものだった。

 なにか、とてつもないことが起きている。

「博士、これは一体?」

「全DEMユニットを緊急停止!」

「全DEMユニット、緊急停止!」

 神吉道宏の指示を復唱する声が響き、技師たちが端末を操作する。

 幸多は、DEMユニットと呼ばれた幻創機が赤く強く激しく点滅する様を見つめながら、胸騒ぎを感じずにはいられなかったし、なにか異様な感覚に囚われかけていた。

「駄目です! 止まりません!」

「なんだと!?」

「博士!?」

 天輪技研の技師やらなにやらが慌てふためく中、幸多だけは、冷静さを保つことが出来ていたのは、結局のところ、部外者だからだろう。

 室内では異常事態が起きていて、悲鳴じみた叫び声が響いている。そんな中にあっても混乱することなく、冷ややかに状況を見守ることができるのは、やはりまったく無関係な人間だからだ。

『駄目ね。こちらからも制御不能だわ』

「はい?」

 幸多は、ヴェルの発した言葉の意味が理解できず、思わず聞き返した。すると、ヴェルは予想だにしないことをいってきた。

『幸多くんには悪いけど、DEMユニットを破壊して貰えるかな』

「破壊、ですか」

『そうよ、破壊。でも、中に人がいるから……そうね、DEMユニットと外部機器との接続を断てばいいわ』

「外部機器との接続を断つ」

 幸多は、ヴェルからの指示を復唱し、すぐさま転身機を起動した。光の中から出現した一対の短刀、二十二式双機刀にじゅうにしきそうきとう双閃そうせんを握り締める。

 当然、神吉道宏や圭介は、幸多の行動に動揺を隠せなかった。

「な、なにをするつもりだ!?」

「導士様!」

「緊急事態です」

 幸多は、制止しようとする声を振り切り、四十機ものDEMユニットが立ち並ぶ区画へと飛び込んだ。

 四十機の幻創機は、先程よりもさらに激しく光っていて、振動も大きくなっている。なによりも筒の中からの叫び声が、絶叫そのものだった。一刻も早く助け出さなければならないという使命感が幸多を駆り立てる。

 中にいる人間を傷つけることなくユニットを破壊するというのは簡単なことではないが、外部機器との接続を断つというだけならば難しくはない。

 DEMユニットは、筒状の機材である。

 幻想空間との繋がりを密接なものとし、完全無欠な相互情報通信を行うための最新鋭の幻創機なのだろう。ドリームステーションのように。

 その筒状の機材の下部には、いくつもの配線が繋がっていて、それらを切断さえすれば、接続は断たれるに違いなかった。

「止めろ、止めてくれ!」

 神吉道宏が懇願するように叫んできたものだから、幸多は、彼を一瞥いちべつした。

「なんで、止めなきゃならないんです。緊急事態なんですよ!」

「そうだ、そうだが、しかし……」

「博士?」

 神吉道宏は、しどろもどろになりながら、考え込むような顔をした。彼は混乱を極めているようだった。

 先程、緊急停止を命じたのは、彼自身だ。その操作が聞かなかったから、幸多が強引な手段に出ようとしているのだから、それを止めるのはおかしい。確かに機材や施設に被害が及ぶのは問題だろうが、それ以上にユニットの中の人達の安全のほうが重要だろう。

 幸多は、そう判断した。

 そして、決断した瞬間には、双閃を振り抜いている。両手の短刀を振り回しながらユニット群の真っ只中を駆け抜け、次々と配線を切断していった。すると、配線を切断されたDEMユニットから順番に光が失われ、振動も収まっていく。

 叫び声も、だ。

 幸多が、全てのユニットの配線を切断し終えると、筒状の幻創機は、いずれも動かなくなった。

『さすがは幸多くん。あっという間ね』

 幸多は、ヴェルの賞賛の声を聞きながら、沈黙の訪れた室内を見回した。幻板げんばんに映し出されていた演習風景が途絶えているのは、幻創機の接続を断ったからにほかならないのだろうが。

 神吉道宏はその場に膝から崩れていて、その側に技師たちが集まって、こちらを見ている。

 それから、DEMユニットに視線を戻せば、金属製の筒は、沈黙を保っている。光も音も振動すらもせず、悲鳴も上げていない。

 ただ一つ、問題も残っている。

「これ、配線を切っても開くんですよね?」

 幸多が誰とはなしに質問すると、圭助が歩み寄ってきながら、困ったような顔をした。

「切ってから聞くかね、普通」

「緊急事態ですから」

「それはそうだが……どうなのかね?」

 圭助が、技師たちを振り返る。

「は、はい、もちろんです」

「いますぐ出して上げてください」

「導士様の仰られる通りにしなさい」

「は、はい、いますぐに」

 圭助に促されると、技師たちがユニット区画に駆けつけてきた。

 技師たちによって、DEMユニットが手動で開放され、イクサの操縦者たちが引っ張り出されていく。誰もが全身から大量の汗を流しているだけでなく、疲労困憊といった様子だった。憔悴しきっているのが、一目で理解できた。

 あのまま放っておけばどうなったのか、わかったものではない。

 命の危険すらあったのではないか。

「……緊急停止装置が作動しないのであれば、こうするよりほかなかったのでしょう。なに、この程度の被害、たいしたことはありません。それよりも四十名の尊い命が救われたことのほうが重要です」

 圭助は、冷静かつ客観的に状況を見ていた。DEMユニットが制御不能状態に陥ったのは、紛れもなく、天輪技研の落ち度である。DEMユニットの暴走は、なんとしてでも止めなければならなかった。でなければ、どのような惨事が起こっていたのか。

 次々と運び出されるイクサ操縦者たちの様子を見れば、想像がつく。彼らは、呼吸すらまともに出来ないといった有り様であり、技師たちが様々な機器を用い、彼らの容態を安定させようとしていた。

「それもこれも、皆代みなしろ導士および戦団の判断のおかげ、です」

「それは……まあ」

 そうなのだろう、と、幸多は想う。幸多は、作戦司令部の指示通りに動いたのだ。そして、作戦司令部の指示は、戦団の指示であり、命令だ。

 戦団の判断なのだ。

 だから、圭助が戦団に感謝するのも当然のことではあるのだが。

 しかし。

(なんだろう……?)

 なんとも言いようのない不可解さが、奇妙なしこりとなって幸多の胸中に渦巻いていた。


 強引な方法で緊急停止したDEMユニットは、もう動くことはなく、光を発することもない。悲鳴を発していた操縦者たちは、ゆっくりと容態を安定させつつある。幻板は会場の様子しか映しておらず、幻想空間は失われた。

 なにかが、おかしい。

 そんな気がした、矢先だった。

 不意に、轟音が聞こえたかと思うと、強烈な振動が建物全体を揺らした。

「こ、今度はなんだ!? なにが起こっている!?」

「博士、気を確かに」

「この状況で冷静でなどいられるか!? 一体、一体、なんなんだ!? わたしがなにをしたというのだ!」

 神吉道宏の慟哭にも似た大声が響き渡る中、幸多は、ヴェルからの指示を聞いていた。

 事態は、更に悪化している。


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