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第二百三十四話 DEM(二)

「一体どうなっているんだ? 会場でなにが起きている?」

 米田圭助よねだけいすけが誰とはなしに問いかけたのは、室内に展開する幻板げんばんに映し出された発表会場が予想だにしなかった事態に陥ったからにほかならない。

 地上奪還作戦を模した演習が最高潮に至ったそのとき、である。

 突如として観客席から舞台上へと乱入したものたちがいたのだが、それが日岡ひおかイリアと戦闘部の導士たちだということは、誰の目にも明らかだった。

 日岡イリアは有名人だ。どのような格好をしていようと、一目でわかる。

 圭助ほどの立場の人間が知らないわけもなかったし、神吉道宏かんきみちひろ天輪技研てんりんぎけんの技術者たちも瞬時に理解した。魔法科学の技術者ならば、日岡イリアが学生時代からの天才であるということは当然のように知っているし、彼女の発明が戦団のみならず、魔法科学、魔法技術にさえも革新をもたらしたといことも存分に理解している。その恩恵を受けているのだから。

 だから、この場にいる誰もが、唖然あぜんとしていた。

 幸多こうたも、会場でなにが起こったのかがわからず、絶句するほかない。

 そもそも、幸多は、イリアが導士たちを引き連れて会場を訪れているということすら知らなかったのだ。

 央都おうと中の著名な技術者を始めとする招待客で満たされた会場だ。イリアが招待されていたとして、なんら不思議な話ではないのだが、知っていなければ驚かざるを得ない。

 そして、壇上への乱入である。

 イリアがそんなことをする理由が、幸多には全く見当もつかなかった。

 会場でなにかが起きているのか、それとも。

 舞台上では、イリアが四人の導士に護られるようにして、天燎鏡磨てんりょうきょうまと対峙している。発表会への乱入者ということで、警備員やら魔法士やらが対応しおうとしたようだが、それは鏡磨によって制された。

 鏡磨は、不遜な笑みを浮かべ、イリアを迎え入れていた。

 圭助は、なにがなんだかわからず、神吉道宏に叫ぶようにいった。

「舞台上の音声を拾えないのか!?」

「わ、わかりました、すぐに」

 神吉道宏は、慌てて部下に音声を上げるように命じた。

 神吉道宏たちは、幻想空間上での演習に集中しなければならず、会場の音を遮断して作業していたのだ。だから、この室内には、幻創機げんそうきがわずかに振動する音を始め、機材の発する音だけが響いていた。

 道宏の指示により、会場の音声が室内に入ってくる。それは、イリアによる鏡磨への糾弾であり、鏡磨の挑発染みた返答の応酬だった。

「なんだ? なにをいっているんだ?」

「一体、どういう……」

 イリアの言葉の一つ一つが、室内にいる人達の混乱を生んでいくようであり、圭助も道宏も、誰も彼もが画面上のイリアを睨み付けていた。

 そのとき、不意に幸多の携帯端末が鳴動した。幸多は、そっと携帯端末を手に取り、起動すると、戦務局作戦部からの通知があった。

 命令である。

(いますぐ転身機てんしんきを使い、闘衣とういを身につけろ?)

 幸多は、突然の命令に疑問符を浮かべたものの、命令の発信元は紛れもなく戦団本部だったこともあり、素直に従うことにした。

 転身機は、常に持ち歩いている。でなければ、いざというときに対応できないからだ。

 そして、いまこの状況こそがいざというとき、なのかもしれない、とも、幸多は考えた。

「転身」

 起動言語を発した瞬間、幸多の全身が転身機の発する光に包まれた。それは一瞬にも満たないわずかな時間の発光であり、強烈なものではない。が、室内にいる全員の目が幸多に向くのは、自然の成り行きだった。

 そのときには、幸多の服装は天燎高校の制服から闘衣へと置き換えられており、圭助も道宏も数多の技術者たちも、誰もがはっとしたようだった。

 幸多の全身を包み込む漆黒の全身服。各部を魔法金属製の装甲が覆っているが、運動性、柔軟性が損なわれるような作りにはなっていない。むしろ、幸多の身体能力を底上げしてくれるものである。

皆代みなしろ導士、それは……」

「どういうつもりなのかね? 」

「さあ……?」

「さあ!? きみも、イリア博士たちと同じく、戦団から送り込まれたんだろう!?」

「いや、そういうわけでは……」

 幸多は、神吉道宏に詰め寄られて、なんというべきか困惑するほかなかった。作戦部からの指示に従ったまでだ。無論、こうなることを予想しなかったわけではないし、想像できた反応ではあるのだが、だからといって適切に対応できるわけもない。

 そうしている間にも、会場の音声が室内に響いている。

 イリアと鏡磨の言葉による応酬は、警備員と黒衣の魔法士たちがイリアたちを包囲したことで終わったように思えた。

 ちょうど、そのときである。

『はいはーい、聞こえる? 聞こえるわよね-、聞こえなきゃおかしいもの!』

「……はい?」

 突如、幸多の頭の中に響いたのは、極めて明るく活発な女性の声だった。間違いなく戦団本部との音声通信なのだが、闘衣の神経接続を利用したものであるため、幸多の脳内に直接響くような形になっていた。だから、幸多は一瞬、取り乱しかけた。

 しかし、すぐさま状況を把握して、冷静さを取り戻す。

 室内の人達の視線の向かう先は、幸多と会場、半々になっている。

『初めまして、皆代幸多くん。わたし、特別情報官のヴェル。ヴェルちゃんって呼んでくれて構わないわよ』

「え、ああ、はい……?」

 幸多は、賑やかすぎる女性の声に対し、しどろもどろになりながら返答した。

 特別情報官などという役職は聞いたこともないが、しかし、作戦部及び作戦司令部しか使えない秘匿通信を使っているのだから、彼女の立場を疑う理由はない。ないのだが、混乱はする。

『幸多くん、そこにいる技術者たちに質問して欲しいことがあるの』

「質問ですか」

『そうよ。DEMシステムとはなんですか? って、聞いて頂戴』

「はい」

 幸多は、ヴェルからの指示そのものには疑問を持たなかった。それが戦団本部作戦司令部からの命令であると受け止めたのだ。

 圭助や道宏は、幸多を見つめている。幸多が闘衣を身につけ、なおかつ戦団本部と通信していることが伝わったのだろう。彼らは、怪訝けげんなまなざしをこちらに向けていた。

 幸多は、そんな視線を浴びながら、神吉道宏に目を向けた。柔和な表情が印象的だった技術者の顔は、いまは強張り、物凄い形相になっている。

「一つ、質問させてください。DEMシステムとは、なんですか?」

 幸多がヴェルに言われたとおりの質問をすると、神吉道宏は、幻板を一瞥いちべつした。演習は、既に終わっている。異形化したイクサによってリリスが撃滅げきめつされたのだ。

「……ご覧の通りだよ。イクサが鬼級幻魔を殲滅するための機構であり、イクサの根幹といっても過言ではないものだ。それ以上のことはいえない。教えるわけがないだろう」

 神吉道宏の返答を聞きながら幸多が考えるのは、イクサのことだ。異形の怪物へと成り果てたイクサは、圧倒的な力を発揮した。それこそ、鬼級幻魔と対等以上に戦い、撃滅して見せている。イクサがその性能を現実でも発揮できるというのであれば、確かにとんでもないことであり、鏡磨がいったように戦団は不要の存在ともなり得るだろう。

 常に、完全に、完璧に、イクサの性能を発揮できるのであれば、だが。

『まあ、当然よね。戦団の一導士風情に最重要機密を明かせるわけはないもの。では、つぎの質問。DEMシステムは、何処の誰が開発したんですか?』

「――では、DEMシステムは、何処の誰が開発したんですか?」

 幸多は、ヴェルからの指示に従い、さらに質問をした。

 すると、神吉道宏は、当然のように気色けしきばんで幸多を睨み付けた。

「なんだと? それは、どういう意図の質問かね?」

「そうだよ、皆代導士。いくらきみが導士様でも、いっていいことと悪いことがある。それではまるで、博士たちが開発したものではないといっているようではないか」

 圭助が怒るのも無理からぬことだ、と、幸多は彼らの反応を見ながら思うのだ。幸多も指示がなければそんな馬鹿げた質問をすることはなかった。

 圭助の言うとおりだ。

 それはまるで、この場にいる人間が開発したものではないといっているようなものだ。

 しかし。

「そうだ、DEMシステムは……DEMシステムは……DEMシステムは……?」

 神吉道宏が譫言うわごとのように同じ言葉を繰り返すものだから、圭助が彼の身を案じて歩み寄った。

「どうされました、博士」

「いや、おかしい……どういうことなのだ? わたしは、確かにDEMシステムを開発したはず……しかし、そんな、馬鹿な……!」

 神吉道宏が取り乱す様は、見るからに哀れというほかなかったが、幸多には、その理由も原因もわからなかった。ただ質問しただけだ。それが、どうやら彼にとって致命的な一撃となったようだ。

『確定ね』

 ヴェルの声は、宣告のように聞こえた。


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