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第二百三十一話 人型魔動戦術機イクサ(七)

 地上奪還作戦をなぞるようにして展開する幻想空間上の戦いは、瞬く間に状況が変化していく。

 霊級獣級妖級入り乱れる大量の幻魔げんまを相手に苦戦を強いられていた幸多こうたは、それでも十二分に持ちこたえていたと言えるだろう。だが、突如出現した鬼級幻魔リリスの前に一瞬で敗れ去ってしまった。

 一撃を叩き込むことすら出来ずに倒された幸多を目の当たりにして、圭悟けいごたちは、ただただ言葉を失った。

 幻想空間上に再現された幻想体に過ぎないとはいえ、親友が跡形もなく消し飛ばされる光景というのは、目を覆いたくなるものだった。

「……なんていうか、なんなのかしら、これ」

 先程まで幸多に熱烈な声援を送り過ぎたがために注意されていた珠恵たまえが、いまや怒気を露わにするのも無理からぬことだ、と、真弥まやは思う。

 幸多は、地上奪還作戦を模した演習にただ一人、投入されたのだ。

 一方のイクサはといえば、四機どころか数十機もの機体が投入されており、統制の取れた連携によって、凄まじい弾幕を張ることができていた。幻魔の軍勢を圧倒するほどの勢いがあり、戦力がある。

 ただ一人で奮戦していた幸多と、数十機で幻魔を蹂躙するイクサ。

 どちらを応援したくなるかといえば、当然、前者だ。

 友人だから、というのも少なからず関係しているのだろうが、それにしたって、と、思わざるを得ない。

 それに、だ。

「あのクソ親父、なにがしたかったんだ?」

「たぶん、米田よねだくんのお父さんの指示じゃないと思うよ」

「……どうだか」

「米田くんのお父さんは、ネノクニ支部総合管理官だし、この発表会においてもすごく上の立場の人だけどさ。ここにはもっと上の人がいるでしょ」

「そりゃあ……そうだが」

 圭悟は、納得しがたいとでもいうようにして、壇上の男に目をった。天燎鏡磨てんりょうきょうまは、背後の特大幻板を眺めていて、観客席からはその表情を読み取ることはできない。

「きっと、理事長の仕業だと思うな」

「そこまでするか?」

「するでしょ、理事長なら」

「言い切るねえ」

 圭悟は、らんの強い口調に思わず笑ってしまった。蘭も天燎財団側の人間であるはずだが、幸多をないがしろにするような扱いをされて、心の底から怒っているようだった。

 幸多は、イクサのお披露目のだしにされている。

 無論、そんなことは、最初からわかっていたことだ。

 幻想空間上での演習に付き合わせるということがわかった時点で、天輪てんりん技研、いや、天燎財団の目論見というものがはっきりと理解できた。

 元より戦団のやり方に否定的で批判的な態度を取り、演説でも散々やり玉に挙げていたのだ。

 演習において、イクサが幸多を圧勝することで、イクサの有用性を証明するのと同時に、戦団を徹底的にこき下ろすつもりだったのではないか。

 それなのに幸多がイクサ四機よりも早く幻魔を殲滅せんめつしてしまった。

 その事実に腹を立てた誰かが、この絶望的な戦場に幸多を投入させたのだとすれば、納得が行く。

 おそらく、だが、幸多の最初の演習でイクサのほうが勝利していれば、幸多がリリスに倒される映像が流れることはなかったのではないか。

 圭悟たちは、そんな風に受け取っていた。

 そして、イクサとリリスの戦いは、佳境を迎えようとしていた。



「あからさまですね」

 義一ぎいちが冷ややかにつぶやいたのは、幸多がリリスによって撃破された後のことだ。

 地上奪還作戦を模倣した演習は、当然ながら、単独で挑むようなものではあるまい。圧倒的な数の幻魔を相手取って戦わなければならず、さらに鬼級幻魔リリスが待ち受けているのだ。大量の導士を投入したとしても、打ち勝つのは困難を極めるだろう。

 相手は鬼級なのだ。

 戦団であれば、星将の投入を躊躇ためらうまい。

 戦団の総合訓練所でも、似たような訓練を行うことが可能だ。

 幻想訓練は、魔法士同士の一対一の訓練だけではなく、幻魔との戦いを想定した訓練を行うこともできたし、様々な状況を指定することができた。過去の戦場を再現することも可能であり、入団したばかりの導士は、そのような訓練でもって、戦場での戦い方を学ぶ。

 とはいえ、地上奪還作戦を訓練で再現することは、まずないと考えていい。

 地上奪還作戦は、極限状態も極限状態といっていい状況で行われた戦いだった。地上奪還部隊は、まさに背水の陣でもってリリスに挑んだ。誰もが命を捨てる覚悟で、死兵と化したことで勝利を掴み取ることが出来たのだ。

 地上奪還が成り、央都が誕生し、人口が増大したいまとなっては、同様の極限状態が訪れることは考えにくい。そして、まったく同じ状況で戦うことなどありえないと考えれば、訓練として地上奪還作戦を模倣した戦場を用いる必要性は限りなく低いのだ。

 このような発表会の場で、戦団の過去の成果を否定し、批判するために活用するというのであれば、全く話は別だが。

「あからさますぎて怒る気にもなれないわ」

 イリアは、そういったが、しかし、彼女の全身から怒りに満ちた熱気が溢れていることには、龍野霞たつのかすみも気づいていた。天輪技研、天燎財団の悪辣あくらつなやり口が気に食わないのだ。

 そしてそれは、龍野霞も同意だった。

「そもそも、あんなやり方じゃあ、皆代みなしろに同情が集まるだけじゃあねえのか?」

「うむ。リリスに倒されたところでなんの問題もないしな」

 海運晃かいうんあきら七番冬樹ななばんふゆきが唸るようにいったが、実際、その通りだった。

 鬼級幻魔リリスに対し、幸多は、たった一人で挑む羽目になったのだが、それで敗れ去ったところで彼の評価が下がるようなことは一切なかった。負けて当然、倒されて当然の相手だ。最初の攻撃を避けられただけでも評価されて然るべき、そんな相手だった。

 実際、海運も七番も、皆代幸多に対する評価を大いに改めていた。

 元より伊佐那美由理いざなみゆりに評価されていた人物であったし、対抗戦での戦いぶりも記憶に新しい。魔法が使えないという最大の難点も、最新鋭の装備によって補われている。もはや、彼を否定するのも馬鹿らしいくらいの暴れっぷりを先の演習で披露したのだ。

 幸多の評価は、上がるばかりだ。

 一方のイクサは、といえば、四十機余りでもって地上奪還作戦を繰り広げている。

 戦いは、数だ。

 もちろん、個々の能力も重要だが、最後に物をいうのは数なのだ。どれだけ優れた魔法士であっても、たった一人では出来ることが限られている。しかし、何十人、何百人もの魔法士ならば、どうか。できることは何倍にも増えるだろうし、できないことも少なくなるだろう。

 幸多は、一人だった。出来ることは限りなく少なく、故に、リリスに瞬時に倒されてしまった。

 四十機のイクサは、リリスを相手に弾幕を張り巡らせながら、大きく距離を取り、包囲網を敷いていた。凄まじい銃弾の嵐がリリスを襲うのだが、リリスには全く通用していない。弾丸がリリスに触れることができていないのだ。

「ご覧の通り、鬼級幻魔は、妖級以下の幻魔とは比較にならないほどの圧倒的な力を誇ります。このことは、鬼級幻魔の現出が確認されて以来、長年の研究により、皆様も御存知のことでしょう」

「……光都事変こうとじへんのおかげでね」

 朗々たる鏡磨の演説に対し、イリアが突き刺すように告げた。

 戦団が鬼級幻魔と直接交戦した例というのは、数えるほどしかない。地上奪還作戦におけるリリスとの死闘はいわずもがなだが、ほかには、タロス、アルゴス、イブリースとの戦闘が記録されている。

 それらは三十年以上前の戦いであり、央都の若い世代にとっては知る由のない過去の出来事だった。

 しかし、およそ五年前、光都事変が起きたことによって、鬼級幻魔の脅威は、若い世代にも極めて現実的なものとなった。

 鬼級幻魔オロバス、エロスの侵攻は、央都を震撼させたものだ。

 それもこれも光都の完成による戦団支配からの脱却を目論んだ企業連の暴走が最大の要因であり、故に央都市民は企業連を非難し、企業連は、その勢力を失っていったのだ。

 そんな中にあって、光都開発事業に加わらなかった天燎財団が急速にその勢力を拡大していったのは、自然の成り行きだったのだろうが。

 その結果がこのザマならば、イリアも苦い顔をするしかない。

「しかし、鬼級幻魔を打倒できなければ、人類に未来はなく、人類復興の大願を果たすことなど出来ません!」

 鏡磨が、当たり前のことを大声でいってのけるものだから、イリアは渋面を作る。そんなことはわかりきっていて、戦団に所属する誰もがそのために全力を上げているのだ。

 命を賭してでも、鬼級幻魔を討つ――多くの導士が、そう想っている。

 実際、自分の命一つで鬼級幻魔をたおす事が出来れば安いものだ、と、考えている導士は少なくないだろう。

 そして、そんなことで斃せる相手ではないからこそ、誰もが苦悩しているのだが。

「人類復興! その大願を果たすためには、この地球上より幻魔を一掃しなければなりません! 鬼級幻魔との戦いは避けては通れないのです!」

 鏡磨が、人類復興を強調するように演説している理由は、イリアたちには明らかだった。

 戦団への当てこすりであり、皮肉なのだ。

 戦団は、人類復興を大願として掲げている。元々、地上奪還部隊から名を変えた先が人類復興隊だったのは、それこそが最大の目的だったからだ。しかし、人類復興のためには、まず戦わなければならないという現実に直面した彼らは、名を戦団と改めることとした。

 それが戦団という名称になった経緯だが、それはともかくとして。

「嫌みったらしいな」

「まったくだぜ」

 海運と七番が口先を尖らせるのも無理からぬことだ、と、義一は思った。鏡磨の演説は、徹頭徹尾、戦団に批判的であり、否定的だ。戦団に所属し、戦闘部として命を懸けている導士たちにしてみれば、面白くないのは当然だったし、当たり前の反応だった。

 義一も彼らと同意見である。

「イクサは、当然ですが、鬼級幻魔との戦闘を視野に入れて設計されています。オリハルコンの装甲は魔法に対する耐性も強く、機体そのものの機動性、運動性能も抜群です!」

「だが、肝心の攻撃が通用しないんじゃ意味がねえだろ」

 海運がぼやいた通りだ。

 イクサは、確かに演説通りの運動性能を発揮し、リリスの魔法攻撃を巧みに回避しながら、弾幕を張っている。四方八方から放たれる銃弾が、リリスへと殺到しているのだ。しかし、それら銃弾は、リリスに掠り傷ひとつ付けられていない。

 リリスが、その全周囲に魔法の防壁を張り巡らせているからだ。

 リリスを打倒するには、その強力無比な魔法の壁を突破できなければ、話にならない。


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