第二百二十八話 人型魔動戦術機イクサ(四)
幸多は、小高い丘の上から幻魔の集団が屯する荒野に向かって飛び降りようと跳躍したとき、全身に加わる力に多少の違和感を覚えた。
それはほんのごくわずかな差違であり、幸多が感覚を研ぎ澄ませていたからこそ察知できたほどのものに過ぎない。
しかし、その違和感が悪いものではないということも同時に理解できた。
体が、今までよりもわずかに軽く感じた。
これがなにを意味するのかは、考えるまでもないことだ。
第四開発室による支援、という奴だ。
F型兵装を開発したのは、日岡イリア率いる戦団技術局第四開発室だが、イリアたちは、F型兵装が完成したとは思っていなかった。まだまだ試作の段階であり、完成品などと呼べる代物ではないのだ、と、技術者たちは大いに謙遜していた。
実戦に投入し、十分な戦果を上げていても、技術者たちからしてみれば物足りないのだろう。
幸多は、そうした発言を聞く度に、イリアたちの志の高さに胸を打たれる思いがしたものだ。
そして、幸多が実際に使用することによって得られる情報等を精査し、最適化を図っていくことにより、F型兵装をより強力な装備へと改善、改良、改造していくつもりなのだともいっており、そのための努力を惜しまないといっていた。
これがその現れなのだ、と、幸多は実感しながら、幻魔の群れの中へと至った。
四方八方に獣級幻魔がいる。ガルム、フェンリル、ケットシー、カーシー、アーヴァンク、カラドリウス。いずれも獣級下位に類別される幻魔、その幻想体だ。
幻想体とはいえ、完璧に再現されたそれは、当然ながら狂暴で凶悪である。
幸多が荒野の中心に辿り着いたときには、全ての幻魔が反応していて、攻撃態勢に入っていた。ガルムが吼え、フェンリルが唸り、カラドリウスが飛び回れば、カーシー、ケットシーもまた、魔法攻撃を展開する。
一斉攻撃である。
驟雨の如く降り注ぐ数多の魔法を低空を飛び回って躱しながら、幸多は、幻魔の元へと殺到する。凄まじい爆音、破壊音が鳴り響き、大地が揺れるが、ものともしない。
当たらなければ、どうということはないのだ。
燃え盛る魔狼を一刀の元に切り捨てると、続け様にガルムを切り倒し、魔晶核を破壊する。そこへ氷塊が降ってきたものだから、飛び退いて回避し、視界の端に捉えたフェンリルに向かって剣を投げつける。斬魔は空を切り裂き、魔氷狼の胸を貫いた。
「裂魔」
透かさず召喚言語を発することで転身機を起動、二十二式大太刀・裂魔を呼び出せば、頭上から飛来したカラドリウスを真っ二つに断ち切って見せた。白い小鳥の胴体が割れ、魔力が飛び散る。
幻魔の数は、まだまだ多いが、この程度ならば問題はない、と幸多には思えていた。
以前ならば考えられないことだ。
少なくとも、F型兵装がなければ、このような大胆な戦い方は出来なかったし、獣級下位とはいえ、この数の幻魔を相手に生き延びられるとは到底思えなかっただろう。
だが、今は違う。
調整された闘衣が幸多の身体能力を最大限に引き出すだけでなく、向上させ、幻魔との高速戦闘を可能としている。さらに白式武器の数々は、幸多に幻魔を斃す力を与えてくれる。
幸多は、身の丈を越える大太刀を振り回しながら、ケットシーの群れを殲滅すると、飛来した火球を裂魔の一閃によって切り裂いて見せた。魔力体も魔晶体同様に構造崩壊を起こす、ということは、とっくに実証済みだ。
ただし、高密度の魔力の塊でなければ捉えられないようだが。
問題は、ない。
幸多は、幻魔の群れを相手どって大立ち回りを演じた。
獣級下位とはいえ数の上では幸多を圧倒していたし、幾重にも包囲するように布陣する幻魔の統制の取れっぷりは、人為的なものを感じざるを得ないくらいだった。
だが、幸多は後れを取らない。
それどころか、無数の幻魔を相手に圧倒してすらいた。
大刀の一閃が数体のカーシーを同時に切り裂き、露わになった魔晶核が次々と破壊されていく。
その光景は、幸多が戦団戦務局戦闘部の導士であるということを思い知らせるようだった。
「すげえ……」
圭悟は、もはやイクサのことなど考えていなかった。幸多のあざやかすぎるほどの戦いぶりに目を奪われていて、意識も傾いていた。
圭悟だけではない。
蘭も真弥も紗江子も、そしてその側にいる珠恵も、幸多のことだけしか考えられなくなっていた。
演習開始当初、二つの幻想空間に出現していた幻魔の数は、同じだ。幻板上には、幻魔の残存数が表示されており、その数がぴったり一致していたからだ。
そして、その残存数の減少速度は、四機もいるはずのイクサ側よりも、たった一人の幸多側のほうが圧倒的に早かった。
その有り様を目の当たりにすれば、イクサよりも幸多に注目が集まるのは当然の話であり、会場にいる誰もが幸多の戦いぶりに魅了されるようだった。
「幸多くん最高、幸多くん最強、幸多くん最上、幸多くん最良!」
珠恵がライブ会場にいるかのような興奮ぶりを見せるのも無理からぬことだ、と、圭悟たちも思う。
幸多は、もはやただの学生などではない、というとは、わかりきっていたし理解もしていた。しかし、こうして彼の戦いぶりを生で見るのと、報道番組などで見た映像とは、迫力が全く違った。
幸多の戦いぶりは、鬼気迫るものがあるのだ。
無論、幻想空間上で繰り広げられる演習は、本当の戦いとは言い難いものだ。が、しかし、幸多が全身全霊の力を込めて戦っていることは、その瞬時の判断の速さ、幻魔に対する容赦のなさからもわかるというものだった。
幸多は、幻魔に一切手加減しなかった。情け容赦のない攻撃が幻魔をずたずたに切り裂き、打ち砕き、断ち割っていく。
一方で、イクサも幻魔の群れを圧倒している。銃撃で牽制し、斬撃で仕留めるという戦い方は、幸多にはないものだ。しかも四機による連携で幻魔の群れを一カ所に追い込み、包囲覆滅する戦術も、素晴らしい手腕というべきだった。
だが、やはり、幸多がたった一人で、イクサ四機よりも早く幻魔の群れを殲滅してしまったものだから、会場の空気は、大きく変わっていた。
「皆代くん、かっこいいな……」
「はい、本当に……」
「憧れちゃうね」
「そうよ、そうなのよ、幸多くんは、最高なのよおおおおっ!」
珠恵の興奮が限界を突破していく中で、ようやく、イクサが幻魔を殲滅し終えた。
四機のイクサがたった一人の導士、それも魔法不能者に後れを取ったという事実は、観衆の興味をイクサよりも幸多に向けるには十分過ぎるものだった。
幸多と、彼が身に纏う兵装、手にした武器の数々こそ、注目の的になってしまっている。
そんな状況を理解してなのか、天燎鏡磨が殊更に声を励まして、いった。
「イクサの戦いぶりもさることながら、我が天燎高校が誇る皆代幸多導士の戦いぶりは、さすがの一言です。皆代幸多導士は、この硬直した現代魔法社会に風穴を開ける存在になってくれること間違いありません」
鏡磨の発言がどこか皮肉めいたものになっているのは、このような結果になってしまったことへの怒りなのか、どうか。
圭悟たちは、息を呑んで、状況を見守った。
鏡磨は、おそらく、イクサが圧勝すると踏んでこのような演習を提案したはずだ。戦団が今最も売り出し中の新人導士である皆代幸多を圧倒することで、戦団そのものを虚仮にしようという算段だったということは、圭悟たちですら想像がついた。
おそらく、この場にいる大半の人間が気づいたのではないか。
元より、天燎財団が戦団のやり口を嫌い、戦団そのものに否定的な立場であるということは、周知の事実だった。そして、今回の発表会においても、鏡磨の演説には、そうした財団の本音が現れていて、そんな中で行われた演習には、戦団を貶めようという意図が見え透いていたのだ。
しかし、演習は、幸多の圧倒的な勝利で終わってしまった。
幸多は、幻魔の死骸だけしか残っていない幻想空間で一人ぽつんと佇んでいる。
その表情には一切の油断がなく、歴戦の強者の風格すら漂っているようだった。
「そして、イクサもまた、皆代幸多導士にも負けず劣らずの新兵器であるということは、皆様もご覧になって理解されたことでしょう」
鏡磨が、会場を見渡しながら、大声で告げる。
「さて、つぎの演習こそが、本番です!」