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第二百二十七話 人型魔動戦術機イクサ(三)

 会場内に展開する無数の幻板げんばんには、異なる二つの戦場が映し出されていた。

 一つは、四機のイクサが駆け抜ける荒野。

 一つは、戦団戦務局戦闘部導士・皆代幸多みなしろこうたがたった一人で降り立った荒野。

 いずれも風景そのものが同じであるということから全く同じ設定の幻想空間だということがわかる。そして、どちらの戦場にも無数の幻魔げんまが出現していた。数多の獣級じゅうきゅう幻魔が、四機のイクサと、幸多一人をそれぞれに待ち受けている。

「この度の発表会におきまして、戦団から参加して頂いたのは、皆代幸多導士です。皆様も御存知の通り、皆代幸多導士は、我が天燎てんりょう財団が運営する天燎高校に在籍しており、魔法不能者の身の上ながら今年度の対抗戦決勝大会において、最優秀選手に選ばれたほどの逸材であります。そして、魔法不能者でありながら戦闘部への所属を願い、戦闘部導士として既に活躍されていることも、知っておいでのことでしょう」

 鏡磨きょうまの声が、会場内に設置された音響設備を通して朗々と響く中、伊佐那義一いざなぎいちは、胡乱うろんげな目を天燎財団の次期総帥に向けていた。幻板に映し出されている戦場の様子も気がかりだが、それ以上に鏡磨のほうが気にかかった。

 鏡磨の声は、発表会の開始以来、熱を帯び、力を持ち始めている。それは次第に高まり、いまや最高潮を迎えようとしているのが感じられた。

 その上、鏡磨の目は、狂気をはらみつつあるのだ。

 異様なほどの興奮が彼を突き動かしている。

「戦団史上最速の昇進速度、活躍、そして実力。どれをとっても素晴らしいものがあります。そんな皆代導士に協力して頂くのは、我らが新戦略が戦団に遜色のないものであることを皆さんに知って頂くため、イクサが導士に引けを取らないものであるということを見て頂くためです!」

 鏡磨の説明に対し、観覧客から盛大な拍手が送り届けられる。

 幸多は、瞬く間に央都市民誰もが知るほどの有名人となり、人気もうなぎのぼりに上がっている。特に天燎高校の学生たちからの声援が強く、彼が学校内でも人気者だということを知らしめるようだった。

 龍野霞たつのかすみは、そんな学生たちの反応にこそほっこりとしたものの、一方では、鏡磨の発言に引っかかりを覚えていた。

「……本当でしょうか?」

「建前よ。彼自身がいっていたでしょう。新戦略――イクサは、戦団に取って代わる人類復興の力だ、と。見せつけたいのよ、イクサの力を。そして、戦団を虚仮こけにしたいから、協力を要請するだなんてうそぶいてきたのよ」

「そこまでわかっているなら、なんで……」

 なぜ、わざわざ協力することにしたのか。

 戦団の立場ならば、断っても良かったはずだ。

 なにせ、戦団は、央都の法秩序の根本である。導士たちは常に命()けで飛び回り、戦っている。なにより、一企業の発表会に協力する道理など、どこにもないのだ。

 しかも、その発表会の目的が、戦団を馬鹿にするためのものだというのならば、なおさらだ。

「幸多くんだからよ」

「はい?」

 義一は、イリアを見た。イリアの目は、真っ直ぐに幻板を見つめている。その幻板には、F型兵装(エフがたへいそう)を見に纏う幸多の姿があり、彼は、獣級幻魔の集団を眼前に捉えていた。

「財団が今回の発表会に際し、戦団に協力を求めてきたのは、つい数日前のことよ。財団は、幸多くんの活躍ぶりを見て、これならば利用できると踏んだのでしょうね。幸多くんは、魔法不能者で、戦団最新鋭の装備の力で幻魔を撃破したようなもの。それはつまり、魔法を用いず幻魔を殲滅せんめつする兵器であるイクサと同質の存在である、ということ」

「なるほど?」

 義一たち導士は、イリアの説明を聞きながら、四機のイクサが荒野に展開する獣級幻魔の群れに対し、銃撃による弾幕を張る様を見ていた。イクサが手にした大型の銃器、その黒々とした銃口からは間断なく弾丸が発射され、銃弾が、吹きすさぶ嵐の如く敵陣へと殺到していく。圧倒的な火力であり、制圧力と言っていい。

 一方、その隣の幻板では、幸多が幻魔が放つ魔法攻撃の弾幕の真っ只中へと突っ込んでいくところだった。

 弾幕を構築するイクサたち、弾幕の中へ突っ込んでいく幸多。

 正反対の戦場が構築されている。

 幸多の武装は、現状、近・中距離用のものばかりだ。剣、刀、槍、斧等々、接近してこそという武器しかなく、よって、幸多は接近戦を仕掛けなければならなかった。

 一方のイクサは、銃撃で魔晶体ましょうたいを破壊できるということもあり、幻魔の攻撃の射程距離外から一方的に銃弾を浴びせ、大攻勢を展開することが出来るようだった。

「イクサの性能が、戦団の技術の粋を集めて作り上げたF型兵装の性能を大きく上回るものだと証明し、戦団は不要であると言ってのけたいのよ」

「……このままでは、博士の仰るとおりになるのでは?」

「相手は、幸多くんよ」

 イリアが、肩を竦めて見せたのは、龍野霞らが同軍団の皆代幸多についてなにも知らないという様子だったからだ。

「そして、いま現在幸多くんが身につけているF型兵装は、昨日仕上がった最新のものよ。まだ実際には完成していない、データ上だけの存在。それを装備した幸多くんを止めるには、あの程度では全く足りないのよ」

 イリアの幸多への信頼の厚さは、義一には疑問を覚えるくらいに強烈だった。

 義一は、幸多についてほとんど知らない。知っていることといえば、魔法不能者でありながら対抗戦優勝をかっさらう活躍をし、その活躍ぶりのままに戦団戦闘部でも成果を上げているということくらいだ。

 そして、義一の姉である美由理みゆりの唯一の弟子である、ということ。

 美由理とイリアに全幅の信頼を寄せられている幸多が、どうしようもなくうらやましく思えるのは、義一の心情としては打倒なのだが。

 幻想空間上、最新型の闘衣とういを身につけた幸多は、いまや幻魔の群れの真っ只中にいる。ガルム、ケットシー、アーヴァンク、カーシー、カラドリウス、フェンリル――多種多様な獣級幻魔が、広大な戦場の各所に分散しており、幸多に対し集中攻撃を浴びせようとしているのだが、幸多は、その全ての攻撃を軽々と回避して見せていた。

 幸多の反応速度が凄まじすぎるのだ。

 一方、イクサはといえば、遠方からの一斉射撃だけでは決着をつけられなくなっていた。フェンリルの生み出した巨大な氷壁が銃撃を防いだのだ。幻魔たちは、氷壁の向こう側から、イクサに向かって様々な魔法攻撃を行った。そうすることで、一方的な展開を打破しようとしたのだろう。

 四機のイクサは、起伏の激しい荒野を滑走していく。複雑な地形もなんのそのといった感じで、超高速で駆け抜けていく様は、勇壮極まりない。

 そこへ、無数の火球が降り注ぎ、イクサの巨躯を飲み込んだ。

「イクサは、ハルモニウム合金製の駆体くたいを超魔法金属オリハルコンの装甲で覆っており、あらゆる属性の魔法に極めて強い耐性を獲得することに成功しています。ご覧の通り、幻魔の魔法攻撃をものともしないのです!」

 声高らかに、鏡磨が宣言する。

 実際、ガルムの火球によって生み出された火の海の中ですら、黒き鉄の巨人たちは、平然とした様子で突き進んでいた。火球の直撃も、火球から発生した炎の海も、なにもかも無視し、黙殺するかのようだった。

「導士でも簡易魔法で対応可能でしょ」

「そ、そうですね……」

 イリアの冷徹極まりない一言には、この発表会そのものに懐疑的な龍野霞もさすがに気圧けおされるしかない。イリアのいうとおり、法機や導衣に防型ぼうけい魔法を仕込んでおけば、あのような事態は瞬時に対応できるのも間違いない事実なのだが。

「イクサは、あらゆる環境に対応し、あらゆる地形を走破することができます。つまり、地上であれ水中であれ、ありとあらゆる場所で作戦を展開可能だといことなのです!」

 イクサが、うずたかそびえ立つ氷壁を垂直になって滑走し始めると、鏡磨がさらに声を張り上げた。

 イクサは瞬く間に氷壁を昇りきり、氷壁の向こう側へと、大きく跳躍した。空中から銃弾をばら撒いて幻魔を牽制し、着地するとともに散開、魔法攻撃の雨から逃れた。魔法の着弾によって爆煙が吹き荒れる中、四機の巨人が火花を散らしながら荒野を駆け抜ける。

「導士なら飛行魔法で一っ飛びよね。水中だって問題ないわ。たとえマグマの中だって、ねえ」

「は、はい」

 イリアに同意を求められて、龍野霞は、ただただうなずくことしかできない。

 イリアは、鏡磨の戦団への当てこすりのような演説に抑えがたい怒りを覚えているようだった。それは、龍野霞としても同意なのだが、その怒りをぶつけられている状況は、御免被りたかった。

 四機のイクサが、次々と幻魔をたおしていく。

 銃撃で牽制した幻魔に対し、急加速によってあっという間に詰め寄ると、巨大な剣でフェンリルの巨躯を両断した。別の機体が、長槍でもってガルムの頭蓋を貫き、そのまま魔晶核を破壊して見せる。銃弾の嵐が無数のカラドリウスを撃ち落とせば、イクサの上半身ごと大斧が旋回し、周囲のケットシーを切り刻んでいく。

「イクサは、無人兵器です。よって、あのような自由自在な動きが可能なのです!」

 鏡磨が熱弁を振るう中、しかし、会場からの反応は芳しくない。

 それもそのはずだ。

 イクサが幻魔の群れと激闘を演じている間、幸多のほうは、大半の幻魔を討伐しており、残すところ三分の一といったところだったからだ。

「さすがは幸多くんよね」

 イリアが、溜飲が下がるとでも言いたげにいった言葉は、その場にいる導士たちの心情そのものでもあった。



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