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第二百二十五話 人型魔動戦術機イクサ(一)

人型魔動戦術機ひとがたまどうせんじゅつきイクサは、我が天輪技研てんりんぎけん天燎財団てんりょうざいだんの新戦略、その根本です。その理念は、人命の尊重。戦団が散々浪費してきた人命を守ることにこそ、イクサの本願はあります。無駄に無意味に人命を損うことなく、人類の天敵たる幻魔げんまを打倒し、撃破し、討伐し、殲滅する。そのためにこそ、我々は全身全霊を注ぎ込み、この新兵器を完成させ、今日の発表へと至ったのです!」

 人型の機械兵器を仰ぎ見るようにしながら熱弁を振るう天燎鏡磨てんりょうきょうまに対し、イリアは、ただただ冷徹なまなざしを投げかけていた。

 導士どうしたちは、イクサの発表の瞬間にこそ、多少なりとも興奮したようだったが、元より鏡磨の演説に敵愾心てきがいしんすら抱き始めており、戦団の存在に冷や水を浴びせるような彼の言動には怒気を禁じ得ないようだった。

「人命の尊重、だとよ」

「どこまでも戦団を虚仮こけにしてやがる」

「本当、現実を知らない人間はこれだから困る」

「……なんなんでしょう」

 義一ぎいちまでもが鏡磨の発言に怒りを覚えるのは、当然のことだ。

 戦団の、特に戦闘部の導士たちは、日夜、死と隣り合わせの戦場にいる。央都おうと市内であっても、そこは戦場なのだ。幻魔が現れれば、即座に急行し、死そのものたる幻魔と戦わなければならない。

 人類復興のみならず、央都守護という大目的のため、戦団の導士たちは日夜命()けで戦っているのだ。

 そうしなければ、人類生存圏を維持することなどできないし、人類復興など夢のまた夢だ。

 誰かが命を懸けなければ、ならない。

 相手は幻魔だ。人間ならざる異形の怪物であり、人類の天敵なのだ。圧倒的な生命力と強靭な肉体、莫大な魔力を持つ怪物たち。

 そんな幻魔から明日を勝ち取るためには、必要なだけの犠牲を払わなければならない。

 犠牲を払うことなく前進することなど、できるわけもないのだから。

「それにあんな兵器が幻魔に通用するんです?」

「それをわたしに聞く?」

「あ、いや……」

 義一がしどろもどろになったのは、つい先日、イリア率いる第四開発室が開発した兵器が幻魔討伐に成功したことを思い出したからだ。

 F型兵装(エフがたへいそう)と呼ばれる装備群は、一見すると通常兵器のような外観をしていた。しかし、通常兵器とは違って幻魔に通用し、討伐に成功している。

 ということは、だ。

 イクサが幻魔に通用したのだとしても、なんら不思議ではない、ということになる。

 無論、そう簡単に出来ることではないのだろうが、こうまで自信満々に発表しておいて、通用しないわけがない、とも思わざるを得ない。

「先日、戦団は、幻魔に通常兵器が通用しないという定説を覆しました。イクサは、それら戦団の新兵器とは理屈こそ違いますが、幻魔に通用し、打倒、殲滅しうる兵器であることを断言致しましょう」

 鏡磨が饒舌に語る中、観客席の周囲に展開したいくつもの幻板内の映像が動き出す。

「これより皆様にご覧頂くのは、イクサの実演です。イクサが一体どのような兵器なのか、どうやって幻魔と戦うのか、刮目かつもくしてご覧ください」

 鏡磨が告げると、画面が荒廃した都市の中から大きく引いていき、四体の機械兵器が映し出された。イクサの漆黒の機体は、どことなく禍々《まがまが》しさすらある。見慣れていないこともあるのだろうが、それにしたって巨大で、異物感が凄まじい。

 それら四機のイクサは、それぞれ異なる武器を手にしていた。右手に近接戦闘用の武器を持っているのだが、大剣、大刀、長槍、大斧を持ち、左手には銃器を携えている。三メートルの巨人用の武器である。いずれも、人間には扱いきれない大きさだ。機体同様の漆黒に染め上げられた武器は、どれもこれも禍々しい形状をしていた。

「イクサが人型であることの理由の一つは、ご覧のように様々な武器を扱うためにあります。戦場や状況に応じた武装の取捨選択が可能であるということは、汎用性が高く、幻魔殲滅において、人類復興において、極めて大きな利点となるでしょう」

 鏡磨が説明する最中、四機のイクサが動き出した。

 全長三メートルの鉄の巨人が、どうやって、幻魔との高速戦闘に対応するのかと、誰もが注目していたところだった。

 イクサは、地面を滑るように移動し始めた。少しばかり腰を屈め、前傾姿勢となって、真っ黒な大地を滑走していく。それもかなりの速度だということが映像からはっきりとわかる。風景があっという間に流れ去っていくからだ。

 そして、四機のイクサが荒廃した都市に突入すると、多数の獣級じゅうきゅう幻魔が一斉に反応した。ガルム、ケットシー、アーヴァンク、フェンリル、そして、キリン。

 大半が獣級下位の幻魔だが、キリンだけは獣級上位に類別される幻魔である。キリンとは、麒麟きりんと書く。動物の麒麟ではなく、伝承上の麒麟に酷似した幻魔だ。龍のような頭を持ち、鹿の体は龍の鱗に覆われていて、牛の尾を持つ怪物である。廃墟にたむろする獣級幻魔の中でもっとも巨大で、もっとも存在感を放っていた。全身に雷光を帯びていることも関係しているのだろうが。

「あてつけですかね?」

「考えすぎよ」

 龍野霞たつのかすみの疑問にイリアは苦笑するほかなかった。いくら天燎財団が戦団を毛嫌いしているとはいえ、発表会の標的に伊佐那いざな麒麟と同じ名前の幻魔を当てつけに選ぶとは、考えにくい。

 この発表会そのものが戦団に対する当てつけ、当てこすりなのだから、そこまでする必要はない、と、イリアは考えるのだが。

 そうしている間にも、イクサ四機が廃墟の真っ只中へと至っている。地上を滑走する速度は、相当なものだ。

 全身に紅蓮の炎を纏う狼ガルムが三頭、体中に冷気を走らせる狼フェンリルが四頭、廃墟の高層建造物から飛び降りてくる。さらに無数の水球が雨のように降り注いだのは、大量のケットシーによる先制攻撃だろう。

 幻魔の攻撃に対し、四機のイクサは、散開することで回避した。そして、即座に銃撃を行う。銃口から発射された無数の弾丸がケットシーの群れを、その足場としている建物ごと吹き飛ばした。爆砕の規模から、その威力の凄まじさが想像できる。歓声が上がった。

「直撃?」

「いくつかは、当たったようね」

「命中精度、悪くないですか?」

「牽制だろ」

「ケットシーに高所を取られたままのが嫌だったんだろうよ」

「なるほど」

 実際、高所からケットシーに攻撃され続けるのは、鬱陶うっとうしいことこの上ないだろう、と、義一は納得した。

 崩壊した建物から転げ落ちてきたケットシーに対し、イクサの大刀が唸りを上げ、その首をねた。幻魔の肉体たる魔晶体に弾かれることなく、寸断して見せたのだ。それはつまり、イクサの武器が幻魔に通用するという証明である。

 観客席から大きな拍手が沸き起こった。

 幻想空間とはいえ、発表会だ。

 イクサの幻想体も、幻魔の幻想体も、完全に再現されたものに違いない。

 さらに別のイクサが、三体のガルムを相手に大立ち回りを演じており、こちらにも歓声が上がっていた。ガルムたちの執拗な火炎攻撃をかわし、あるいは受け止めながら、果敢に攻め立て、槍を突き入れていく。ガルムを一体、二体と次々と撃破していくイクサの姿は、圧巻といっていい。

 まるで映画を見ているようだった。

 観客が興奮するのも無理からぬことだ。

 ついには、下位獣級幻魔が殲滅され、残すところキリンだけとなった。幻魔キリンは、五メートルは越えるだろう全身から雷光を発しており、その周囲の大気は常に帯電していた。赤黒い光を発する双眸が、遙か高空から眼下の機械兵器を見下ろしている。

 イクサたちは、キリンの様子を見ようなどとはしない。

 一斉に銃撃し、キリンを釣り出したのだ。キリンは、銃撃を巧みに回避し、一瞬にしてイクサの眼前へと至る。さながら雷光の速度だ。だが、それこそ、イクサたちの思う壺だった。一機のイクサがキリンの足に剣を突き立てると、十字砲火がキリンを襲った。三方からの銃撃が、キリンの巨躯を激しく揺らす。

 キリンがえ、凄まじい雷光が周囲に渦を巻き、足下のイクサを吹き飛ばしたが、大きな損傷はなかった。

「随分頑丈ですね」

「あれくらい頑丈じゃないと、使い物にならないわよ」

「そりゃあそうだ」

 イリアの冷静な評価に、海運晃かいうんあきらも頷くしかない。

 機械兵器は、一度大きく損傷すると、修理するのも簡単なことではない。相応の設備が必要であり、場合によっては材料、物資が必要だ。

 一方、魔法士は、重傷であったとしても、生きてさえいれば、一命を取り留めてさえいれば、魔法で容易く回復できる。

 無論、死ねばそれまでだが。

 無人の機械兵器は、破壊され尽くしたとして、人命を損なうことはない。

 だからこそ、過去、機械兵器に可能性を見出そうとした研究者、技術者たちが大量にいたのだが、魔法士との火力差の前にはどうすることもできず、廃れていった。そもそも、幻魔に通用しなかったのだから、そうなる運命だったのだが。

 では、イクサは、どうか。

 上位獣級幻魔キリンの雷撃を受けてもびくともせず、四機の連携によって圧倒し、打破して見せた機械兵器には、可能性があるのではないか。

 イリアは、冷ややかに、幻魔討伐を終えた機械人形を見据えていた。


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