第二百二十四話 新戦略発表会(七)
会場を埋め尽くす招待客の動揺と注目が増していく中、天燎鏡磨は、常ならざる昂揚感を覚えていた。彼が自ら考え、押し進めてきた計画、その全貌をようやく人々に知らしめることが出来るのだ。
この興奮は、鏡磨の立場でなければわからないことかもしれない。
鏡磨は、壇上で、熱弁を振るう。
「わたしはいいました。戦団のやり方では駄目だ、と。戦団は、確かに地上奪還に成功し、人類生存圏の拡大を成し遂げました。ですが、今現在の戦団はどうでしょう。市民の安寧を護るため、という大義名聞を掲げ、央都から出ようとしない。確かに央都は現在、困難に直面してはいます。頻発する幻魔災害に対応するためには、戦団も相応の戦力を割かなければならないのでしょう」
それこそ、子供でもわかる道理だ。
人類生存圏を拡大するため、人類復興のため、外界の幻魔と戦い、滅ぼしていくためには、戦団も総力を挙げなければならない。
でなければ、地に満ちる膨大な数の幻魔の前に各個撃破されるだけだ。
だからこそ、戦団は、時が来るのを待っているのだ。央都がこの困難の時代を抜け出し、戦力を外界に展開できる日が来るのを待ち侘びている。
いまは雌伏の時、と、割り切っているということでもある。
しかし。
「それが問題なのです。戦団は、人命を重んじている。導士は胸を張って死んでいくために戦うものだと嘯きながら、その実、導士の命を限りなく丁重に扱っている。現有戦力でも、外界の殻の一つや二つ、制圧できるでしょうに、博打を打てない。なぜならば、導士たちの命が重いからだ」
それが悪いことだとは、鏡磨も思わない。人命は尊いものだ。命は、一人に一つしかない。一度死ねば、それで終わり。なにもかも失われ、永遠に取り戻せない。
だからこそ、戦団が外征に慎重になるのも無理のないことだったし、当然と言えた。
そして、だからこそ、そこに付け入る隙があるのだ、と、鏡磨は、声を励ますのだ。
「戦団は、臆病極まりないのだ。人類復興を本願と掲げながら、そのために必要不可欠な人類生存圏の拡大に打って出ようとしない。央都の現状を放置してはいけない? ならばもっと戦力を増やせば良い。そう、失っても構わない戦力を増やせば、あらゆる問題が解決する」
鏡磨は、熱弁を振るいながら、壇上から観客席を見ていた。観客の中には、鏡磨の発言に顔をしかめるもの、否定的な反応を示すものが大半を占める中で、彼に同意を示すものもいないわけではなかった。戦団の今のやり方を良しとはしない人々。戦団の支配を快く思わない連中。そういったものたちの不満は、いまや天を衝くほどに積み上がっている。
「そう、わたしたちがこのたび発表するのは、戦団が抱える、いや、この人類生存圏が抱えるあらゆる問題を解決する方法なのです!」
鏡磨は、壇上から背後の舞台を指し示した。特大幻板が見やすいように暗くなっていた舞台に光が集中したかと思うと、舞台の中心部の床が左右に分かれるようにして開いた。
そして、舞台の真下からせり上がってきたのは、魔法の幕で覆われたなにかだ。その大きさは、台座が舞台に固定され、鏡磨が近づいたことで明らかになる。
全長三メートルほど。
観衆がどよめき、様々な反応を見せる。
新戦略発表会の内容を想像すらしていなかった人々にとっては、全く想定外の事態に違いない。
天輪技研の新戦略発表会とはつまり、天輪技研が今後どのように研究し、開発を進めていくのかについて発表し、説明する場だと、多くの招待客は思っていたはずだ。
だが、鏡磨がいままさに紹介しようとしているそれは、なんらかの完成品であり、鏡磨の演説の内容からある程度の推測がついた。
「これが、我々が掲げる新戦略、その根本となる――」
鏡磨が、それを覆い隠す魔法の幕を解除すると、その漆黒の機体が姿を現し、会場全体が揺れるほどのどよめきが生まれた。
「人型魔動戦術機イクサです!」
鏡磨は、声高らかにその名を告げた。
会場からは、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
人型魔動戦術機イクサ。
天燎鏡磨によって紹介され、会場にいる千人を超える招待客が目の当たりにしたのは、その名称通り、人型の機械だった。
全長三メートルの鉄の巨人とでもいうべきそれは、鎧武者を想起させる漆黒の装甲に覆われ、ところどころに赤と金の色彩が差し込まれている。それは天燎の色であり、天輪技研の色だからだろう。
全体的に鋭角的な印象を受ける姿形をしているのだが、人間を模していることははっきりとわかる。長い手足を持ち、手には五本の指があった。人間を模しているとはいえ、顔面の造形などは、人間とはまるで違う。二つの眼は、おそらくカメラなのだろうが、青白く輝いていた。
甲冑を着込んだ巨人のような、そんな印象を受けた。
それは、かつて、魔法時代黄金期以降、何度となく研究、開発され、さらに実用化までされた人型の機械兵器やロボットを連想させた。
魔法の発明と普及によって、様々な分野が大きな影響を受け、発展した。機械技術の分野もそうだ。
技術者たちは、かつての夢を実現するべく、人型の機械や自動人形の開発を行った。それらは、旧時代には考えられないほどに有用だったが、戦闘兵器としては、役に立たなかった。
魔法があるからだ。
魔法の前では、通常兵器などものの役にも立たない。どれほどの火力を搭載していたところで、強力な魔法を打ち込まれれば、一瞬で鉄くずと化す。それが機械の宿命であり、機械兵器が廃れていった理由だ。
もっとも、兵器として以外の使い道ならば、いくらでもあるだろうし、有効活用もできるだろう。
資源さえ許すのであれば、だが。
しかし、現状、央都の資源も、ネノクニの資源も限られている。
「イクサ……! かっこいい……!」
「ううむ……」
蘭が目を輝かせるのは当然だったが、その隣の圭悟も、幻板に拡大表示されたイクサに熱烈な視線を送っていた。
だが、その計画にどうやら自分の父親が深く関わっているらしいことを知った彼は、その感情を認められないといわんばかりに顔をしかめている。
「認めたいのに認められないのって、辛いよね、わかるわかる」
「米田くんは素直じゃありませんもの」
「う、うるせー」
圭悟が顔を赤らめながら真弥たちに食ってかかる横で、珠恵もまた、鉄の塊を見つめていた。いまにも動き出しそうな鉄の巨人は、遠目に見ても厳つく、凶悪な姿形をしている。
「……あれがこの発表会の目的として、じゃあ、幸多くんはなにを手伝うのかしら?」
「確かに……なんなんでしょう?」
真弥にも、その点は疑問だった。
イクサは、天輪技研が開発した新製品、新兵器なのだろうし、その発表の場としてこのような機会を設けるのはわからないではなかった。
人型の戦闘兵器など、それこそ、央都には存在しなかったものだし、歴史の中にしか見られないものだ。それを大々的に発表するというのであれば、これくらいの規模の発表会を開く必要はあるかもしれない。
だが、だとしても、幸多はどう関係するというのか、真弥たちにはまったく想像がつかない。
そんな真弥たちの疑問は、すぐに解決する。
特大の幻板が、会場内に所狭しと展開され、そこにはなにやら戦場と思しき風景が映し出されていた。荒廃した都市の無惨な景色は、現在の央都のどこでもなかったし、ネノクニでもなかった。存在しない戦場が、作り上げられている。
それが幻想空間だということは、誰の目にも明らかだった。
遠方に幻魔が映っていたからだ。
もし、幻板に映し出された映像が現実世界の中継ならば、大問題だ。
央都四市のどこかの街が幻魔に攻撃され、廃墟の如き有り様になっているということなのだから。
しかし、そんなことがあれば、緊急報道があるだろうし、この会場も大騒ぎになっていることだろう。
だから安心して、幻板に映し出された風景を見ることができるのだが、真弥は、なんだか不安を覚えずにはいられなかった。
その幻想空間にこそ、幸多はいるのだろうと確信できたからだ。
戦団がいま売出し中の導士を発表会に利用しようというのだ。
導士は、戦闘でこそ輝く。
一部の人間が考えていそうなことだ、と、真弥は想ったりもした。