第二百二十話 新戦略発表会(三)
天輪技研ネノクニ工場の敷地内にある大会議場は、新戦略発表会の会場として、ド派手といってもいいくらいの飾り付けがされていて、遠目から見ても目が痛くなるほどにきらびやかだった。
基本的に黒と赤を基調色とすることが多い天燎財団系列企業だが、天輪技研は、その二色に加え金色を混ぜている。天鱗技研の製品もそうだが、敷地内の構造物も三色織り交ぜて塗られているのだ。
そして、今回の会場は、金色がより目立つように配色されていて、どこもかしこも金色に光り輝いているかのようだった。
これほどまでに派手で華やかな会場というのは、あまりお目にかかれるものではないのではないか、というほどだ。
「対抗戦決勝大会以上じゃない?」
真弥が絢爛たる入場門を潜りながら、半ば圧倒されるようにいうと、紗江子がそんな彼女の腕に自分の腕を絡めながらうなずく。
「天輪技研、いえ、天燎財団の本気を感じますわ」
「天輪ってより天燎の新戦略だからな、そりゃそうなる」
「これに天燎の未来がかかってるってことだもんね」
圭悟と蘭も、華々しい未来を約束するような飾り付けの数々を見回していた。
ネノクニの青空の下、会場上空には、いくつもの巨大な風船が浮かんでいて、無数の幻板や立体映像が所狭しと乱舞している。立体映像の中には、芸能事務所である天稟技芸が売り出し中の幻想アイドルの姿もあった。
幻想アイドルとは、いわずもがな、幻想空間上で活動するアイドルのことだ。
幻想空間では、幻想体を用いる。幻想体は、現実とはかけ離れた姿形にすることも自由自在だ。よって、現実には存在しない理想のアイドルを作り出すことも難しくはない。そうして生み出されたアイドルが人気を博するかどうかは、別問題だが。
天稟技芸の幻想アイドルたちは、それこそ天燎財団の後押しもあってか、双界有数の幻想アイドルといってもいいほどの知名度を誇っている。
アイドルたちを含め、この会場を乱舞するいずれもが、天燎財団系列企業の出し物であることはいうまでもない。
「いたいたー!」
不意に圭悟たちの耳に届いたのは、幸多の大声であり、彼が疾風のように駆けつけてくる様には、圭悟たちを除く誰もが度肝を抜かれたようだった。圭悟たちにはもはや慣れ親しんだことではある。
「お、きた」
「長かったねえ」
「なにを話されていたのでしょう?」
「なんだろうねえ」
圭悟たちは、疑問を浮かべながら、幸多を迎えた。
四人は、幸多が校長に呼び出された理由が気になって仕方がなかったのだが、話が終わるのを待っていることは許されず、仕方無しに会場に向かって歩いていたのだ。
幸多一人が呼び出されたのだ。彼の家族の身になにかあったのか、と思ったが、それならば幸多の携帯端末に連絡があるはずだった。
では、なにがあったというのか。
幸多は、あっという間に圭悟たちの元に辿り着いたが、息を切らしてさえいなかった。幸多の体力の凄まじさについては、驚くこともない。
「遅かったな」
「校長先生の話が長くてさ」
幸多は、圭悟に笑いかけると、その隣に並んだ。周囲の生徒たちを始めとする入場者の注目を集めているが、幸多も圭悟たちも全く気にも留めていなかった。
「で、どんな話だったの? いっていい範囲でいいから教えて欲しいな」
「わたくしも知りたいです」
真弥と紗江子が身を乗り出すと、幸多は、少しばかり困惑したような表情を見せた。彼自身、あまり乗り気ではないというような、そんな様子にも見える。
「なんかさ、発表会に協力して欲しいんだって」
幸多が校長にいわれたことを掻い摘まんで伝えると、さすがの圭悟たちも目を丸くした。まったく想定外の話だったからだ。
「発表会に?」
「皆代がか?」
「うん」
「でも、皆代くんは戦団の導士様でしょ? 天輪技研の発表会に勝手に協力していいの?」
「そんなわけねえだろ、なあ?」
「うん、そんな勝手が許されるわけはないんだけど、どうやら天輪技研のほうが戦団に話を通していたらしくて」
「戦団が許可したってのか」
「うん、そうみたい」
「じゃあ、皆代くんは発表会に参加するんだ?」
「……そうなると思う」
幸多は、小さくうなずいた。
天輪技研の発表会に協力するということは、そういうことなのだろう。それは、発表会を圭悟たちと一緒に観覧することができないということでもある。少なくとも、協力している間は、観覧席にはいられないことは間違いなかった。
具体的にどのようなことをして発表会の協力をするのかまでは、まだ知らされていなかった。会場に入れば案内してくれるという話だったが。
「それは面白いことを聞いた。一体どんなことをするのか、教えたまえよ、皆代幸多」
などと、突如として会話に割り込んできた人物に、幸多たちはぎょっとした。まるで青天の霹靂のように現れたのは、黒木法子である。相変わらずの容姿端麗ぶりを見せつけるようにして、艶やかな黒髪を揺らめかせた彼女は、胸を張って、幸多の前に立ちはだかっている。
いつの間に先回りしていたというのか、幸多には、まったくわからない。
「あ、黒木先輩」
「法子ちゃん、列に戻らないと駄目よ!」
そういって法子の背後に現れたのは、我孫子雷智だ。長身の彼女は、胸を張って立ち尽くしたままの法子を抱き抱えると、幸多たちに片目を閉じて魅せた。
「じゃ、じゃあね、みんな、また後でね-」
「ま、待て、我孫子雷智、まだ話は終わってあああああ――」
法子の制止になど聞く耳を持たない、とでもいわんばかりの勢いで走り去っていった雷智の後ろ姿は、二年生の列の中に消えていった。雷智は三年生だが、どうやら法子と行動を共にしているようだ。
いくら傲岸不遜で縦横無尽な法子であっても、このような場所で自由自在に振る舞うのは御法度なのだろうし、それを制御できるのはおそらく雷智くらいしかいいないだろう、と、幸多たちは茫然としながらも納得した。
だからこそ、法子の班に雷智が組み込まれているのだ。
天燎高校の教師の中には、奔放極まりない法子を制御出来るものはおらず、故に特例として三年の雷智を二年と同行させている、という話だった。
そうする以外、法子の暴走を止める手立てがないのだから、仕方がない。そして、その特例に文句をいうような生徒は、天燎高校には一人もいなかった。
天燎高校に在籍する誰もが、黒木法子という魔女の奔放さを身を以て理解している。
幸多たちは、そんなこんなで唖然とした精神状態のまま、会場へと足を踏み入れた。
会場となっている建物内部も、さながらお祭り騒ぎの様相を呈しており、そこかしこに飾り付けがされていて、幻板や立体映像が踊り狂っているようだった。目にも眩しく、きらびやかだ。
まるで天輪技研の、天燎財団の未来が明るく輝かしいものであることを約束しているかのようであり、実際、そういう意図があることは圭悟の説明からも窺い知れた。
圭悟は、情報通の蘭以上に今回の発表会について詳しかった。それは彼の父親がこの工場でもそれなりの立場にいて、発表会にも深く関わっているからであるらしい。
もっとも、なにを発表するのかまでは知らないようだ。
「さすがのクソ親父でも守秘義務は護るらしいぜ」
「圭悟のお父様は素敵な方でしょ、そんな言い方ないわ」
「外面はいいのさ、外面はな。おれと同じだ」
「あんたの外面のどこがいいのか一から説明して欲しいわね」
「本当ですね」
「うんうん」
「てめえらはおれにならなにをいってもいいと思ってやがるな」
「違うの?」
などと、当然のように幸多が聞けば、圭悟ががっくりと肩を落とした。幼馴染みの真弥たちはともかくとして、最近知り合ったばかりといってもいい幸多は、彼にとって最後の砦というべき存在だったのだ。
だから、恨みがましく告げる。
「おまえまでもか」
「圭悟くんの外面は絶対良くないでしょ」
幸多は、しかし、臆面もなく言ってのけた。
圭悟は、愕然とした。
「一番ひでえや」
「そうかな」
「そんなことないない」
「当然の結果です」
「うんうん」
「血も涙もねえのかよ……って……」
親友たちが一斉にいってくるので更に凹んでいた矢先だった。
圭悟は、目の前に何名もの大人を引き連れて現れた人物を目の当たりにして、緊張を覚えた。天燎財団の制服を着込んだ大人たちの先頭にいる人物こそ、彼がよく知る人間だったからだ。
「親父……」
圭悟の一言に幸多は、はっとそちらを見た。制服の大人たちが皆代班の行く手を遮るように立っていて、その中でも抜きんでた長身の人物が、こちらを見ていた。黒髪で髪型も整えているが、容貌は圭悟によく似ている。圭悟が成長すればそうなるのではないか、というくらいにそっくりだった。つまり、厳めしい顔つきだということだが。
狐色の虹彩も、圭悟と同じだ。目つきまで酷似していた。
「きみが、皆代幸多くん、だね。いや、皆代幸多さん、と呼ぶべきかな」
「さんづけだろ、普通に考えりゃ。導士だぞ」
圭悟が毒づくも、圭悟の父親と思しき人物は一切動じていなかった。
「そうだね。圭悟、きみのいうとおりだ」
「あなたが、圭悟……くんのお父さん、ですか?」
「初めまして、米田圭助といいます。これを」
圭悟の父は、名乗るなり、携帯端末を提示した。携帯端末が出力した小さな幻板が幸多の手元へと移動してくる。
「あ、これはどうもご丁寧に……」
幸多は、幻板に表示された文字を目で追いながら、幻板そのものを自らの携帯端末に収納する。彼が表示し、寄越した幻板は、かつて紙資源が今ほど貴重ではなかった時代、紙製の名刺が大量に作られ、使用された。が、いまとなっては紙資源は極めて貴重であるため、名刺も電子化されているのだ。
このように、幻板は、情報のやり取りにも利用できる。
「いつも息子の圭悟が迷惑をかけているようで、本当に申し訳なく思っています」
「けっ」
圭悟がつまらなそうに顔を背ける傍らで、幸多は、米田圭助の名刺に記された文面に驚くばかりだった。
天燎財団ネノクニ支部総合管理官。
それが米田圭悟の父、米田圭助の役職だった。