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第二百十九話 新戦略発表会(二)

 天燎てんりょう高校一行を乗せた十二台のバスは、工場の敷地内にある広々とした駐車場の一角に並んだ。それだけでも壮観だったが、駐車場内には、バス以外にも無数の車両が所狭しと止まっていた。

 工場勤務の従業員の車両を除いても、かなりの数の来客がいるのだろうと想像できた。その来客の大半は、新戦略発表会に招待された人々に違いない。

 天輪技研てんりんぎけん新戦略発表会場と銘打たれた会場は、天輪技研ネノクニ工場の敷地内にある大会議場だという。

 ただでさえ巨大な工場とはまた別の、大きな建物だった。

 作り物の空は、青々と晴れ渡っていて、雲一つ見当たらない。

 ネノクニの天候は、統治機構気象部によって管理されているという話は、バスの移動中、添乗員がしていた。

 ネノクニは、地底の王国である。天候も地上のそれとは全く関係のないものであり、天候そのものが人間の手によって管理、操作されているのだ。そして、天気予報というものは存在せず、天候予定表という形で統治機構気象部が発表する。

 この雲一つ見当たらない空模様は、気象官が発表会に気を利かせた結果なのではないか、などといったのは、圭悟けいごだが。

 そこまでするものだろうか、と、らん真弥まやも取り合わなかった。

 どうやら、圭悟の昔からの友人たちには、彼と父親の不仲については周知の事実であったようだ。幸多こうただけが知らなかった。

 が、それも当然のことだ、と、幸多は想うのだ。

 幸多は、つい最近、圭悟と仲良くなった。親友と呼んでも差し支えがないと思ってはいるが、とはいえ、互いの家族、親族について詳しく話し合ったことはない。親友とは言え、そこまで踏み込んで話し込むものかといえば、そんなことがそうあるわけもなかった。

 幸多だって、珠恵たまえ望実のぞみのことを圭悟たちに話してはいないのだ。

 お互い様だ。

 生徒一同がバスを降りると、天燎高校の修学旅行に関わる総勢四百名近い人間が整列することとなった。

 天燎高校の校長である川上元長かわかみもとながが、生徒たちの前に姿を見せる。彼は、三年生と行動をともにしていたらしい。

 校長が、生徒たちに向かって、訓辞を述べる。

「本日は、我が天燎高校とも関連の深い、天輪技研の新戦略発表会を観覧することとなります。天鱗技研のみならず、我らが天燎財団にとっても極めて重大な発表会です。その場に招待して頂けたというだけでも光栄であり――」

曽根そねがいたら気が気じゃなかっただろうな」

「だね」

 校長が生徒たちに訓示を述べる中でいった圭悟の一言には、幸多も小さく頷いた。

 天燎高校一の問題児、曽根伸也(しんや)が姿を見せなくなって三ヶ月以上が経過している。

 もし、彼がこの場にいれば、どうなっていたのか。幸多には想像もつかなかった。

 彼は、破綻者といっても過言ではないような人物だった。人に攻撃魔法を使うことに躊躇ちゅうちょがないだけでなく、様々な問題行動を起こしては、教師たちを困らせていた。

 たがが外れていたのだ。

 だから、誰からも忌み嫌われ、恐れられ、結果、消息が知れなくなっても、誰一人心配しなくなっていった。

 それが、少しばかり哀れだと、幸多は想った。

 曽根伸也に従っていた北浜怜治きたはまれいじ魚住亨梧うおずみきょうごも、いまや曽根伸也の話題を口にすることがない。彼らが恐怖で支配されていたのだから、解放された今となっては当然の結果ではあるのだが。

 しかし、それでも、誰か一人くらい気にしてやってもいいのではないか、などと思うのは、

「おまえがお人好しすぎるからだよ」

 とは、以前、そんなことを考える幸多に対し、圭悟がいってきたことだ。

 確かに、その通りなのだろうが。

「――それから、皆代みなしろくん、皆代幸多くん」

「おい、呼ばれてるぞ」

「どうしたんだろ?」

「皆代くん?」

「え、あ、え?」

 幸多は、圭悟や真弥からつつかれて、我に返った。曽根伸也のことを考え過ぎてしまっていた。今となっては行方も知らない彼のことを考える必要などないのだろうに。

 周囲の視線が自分に集中していることに気づき、それから、小沢星奈おざわせいなが歩み寄ってきていることを知る。

「皆代くん、校長先生からお話があるそうです」

「ぼくに、ですか?」

「ええ。わたしにもなにがなんだかわからないから、校長先生に聞いて頂戴ね」

 小沢星奈は、多少、困ったような顔をしながら、幸多を川上元長の元へと連れて行く。

 生徒たちは、なにが起きているのかわからないという表情だが、それぞれの担任教師の指示に従って、その場を離れていった。

 一年二組も、小沢星奈が指導して、バス前から移動を始める。圭悟たちは、校長たちの元に取り残された幸多の姿を何度も見たが、なにを話し込んでいるのか、全くわからなかった。

「なんなんだ?」

 圭悟は、いぶかしみ、胡乱うろんげなまなざしを工場に向けた。

 何度となく足を運んだことのある工場は、彼にとってもはや見慣れたものだ。しかし、その見慣れた外観が新戦略発表会のための様々な装飾によって覆い隠されていることもあって、なんだか不思議な感じがした。


 天輪技研新戦略発表会の会場は、ネノクニ工場の敷地内に建てられた工場とは別の建物である。

 工場そのものが派手派手しく飾り付けられているものだから、当初は、工場こそが会場かと思ってしまったが、そんなわけはないと思い返したりもした。

 新兵器が鋭意開発中の工場内は、発表会の場には決して向かない空間だ。製造中の兵器の詳細を見せることならばできるだろうが。

 日岡ひおかイリアたちを乗せた車両は、工場の敷地内に入ると、誘導員に導かれるまま、駐車場へと進んでいく。広々とした駐車場内には、央都おうととネノクニ、双界そうかい各地から呼び集めた研究者、技術者、著名人を運んできたのであろう車両が無数に止まっていて、大昇降機で見た天燎高校の学生たちを乗せていたバスも並んでいた。

「さすがに一日も経てば、体調も万全でしょう」

 イリアは、車を降りるなり、大きく伸びをして、導士どうしたちの様子を見た。

 イリアを護衛するためだけに組まれた即席の小隊の関係も、一日を経たことで、多少なりとも良くなっているような、そんな気がしないでもない。

「そうですね。気分は悪くありません」

 小隊長・龍野霞たつのかすみは、その小柄な体躯から想像もつかないほどに鋭い目つきの持ち主だ。輝光級一位であり、この即席小隊の四人の中でもっとも階級が高い。故に小隊長に任じられている。

「一日で順応するものなんだな」

「うむ。これならば護衛も完璧にこなせそうだ」

 海運晃かいうんあきら七番冬樹ななばんふゆきがそれぞれに頷く。海運はしなやかな肢体の持ち主で、七番は太り気味というこの時代には珍しい体格が特徴といえるだろう。どちらも、平均的な背の高さだが、鍛え上げられた肉体の持ち主でもある。

「どんなときだって完璧にこなしてほしいな」

 ぼそりとつぶやいたのは、伊佐那義一いざなぎいち。彼もまた、到着したときとは見違えるほどの血色の良さだ。

 央都とネノクニは、魔素まそ濃度が大きく違う。かつて、ネノクニの魔素濃度こそが世界規準であり、標準だった。しかし、魔天創世まてんそうせいによって、地球規模で魔素濃度の激変が起きた。

 それは地球そのものの魔素生産量の増大である。

 幻魔げんまがなぜ魔天創世などという真似をしたのかは、その一点でわかるだろう。

 幻魔は、地球の環境そのものを作り替えたのだ。

 幻魔にとって住みやすい環境に。

 その結果、幻魔以外の生物が死滅したのだとしても、幻魔にとってはなんの問題もなかった。

 幻魔は、幻魔だけで生きていける。

 人間や他の動植物とは違う。

 完結した生き物なのだ。

 だから、幻魔は、魔天創世を行い、地球環境を作り替え、魔素濃度を何倍、何十倍にも増幅させた。

 地上は滅びたが、ネノクニだけは、その難を逃れた。

 地底深くにあり、ネノクニを覆う隔壁が幾重にも厳重に封鎖しているからだと考えられている。

 そして、現在もなお、地上と地下の魔素濃度は、数十倍の差があり、だからこそ、地上から地下に降りてきた大半の人間は、その差に違和感を覚え、体調に異変を来すのだ。

 ただし、それは一時的なものに過ぎない。

 異界環境適応処置とも魔導強化法とも呼ばれる生体強化によって、地上の魔素濃度に適応出来るようになった人間は、だからといって魔素濃度の薄い場所で活動できないわけではないからだ。

 地上の魔素濃度に慣れきっているから、体や脳が違和感を覚えてしまう。それだけのことだ。すぐになれる。

 そして、慣れてさえしまえば、なんの問題もない。

(ただし)

 と、イリアは、導士たちの準備運動を眺めながら、胸中で付け加える。

(地上と同じようには戦えないのよね)

 それは、昨晩のうちに彼らに伝えたことではある。

 魔素濃度の薄い空間では、魔素濃度の濃い空間と同じような魔法の使い方、戦い方は出来ないと考えたほうがよく、普段よりもより慎重な対処が必要だ、と、イリアは彼らにいった。

 彼らは、歴戦の導士である。

 いわれるまでもない、と、言い返してきた物だった。

「……それで、本当に協力するんですか?」

 不意にイリアに問いかけてきたのは、義一だった。彼の顔は、イリアや戦団上層部の考えが全く理解できないと言いたげだ。

「ええ。それが彼らのお望みなら、協力してあげるわよ。それが戦団の、いえ、人類のためというのであれば、ね」

「……なんだか、彼が可哀想だな」

「そう?」

「余興にされるのは誰だって嫌でしょう」

 義一が憮然ぶぜんとした表情でいってきたものだから、イリアは、少しばかり驚いた。

 義一が他人に関心を持つという事自体そうあることではない、ということをイリアが知らないわけがないからだ。

 義一にとっての関心事は、伊佐那家とそれに深く関わる人間だけだ。

 それは、彼の言動を見ていればよくわかる。イリアが関心を持たれているのは、彼の最愛の姉である美由理みゆりの親友だからにほかならない。もし、イリアが美由理と全く関わりのない人間ならば、彼は毛ほどの興味も示さなかっただろう。

 皆代幸多は、どうか。

 確かに美由理と関わりはある。師弟関係であるだけでなく、美由理はそれ以上に熱心に彼の面倒を見ている。

 しかし、義一の反応を見る限り、どうやらそれだけが理由ではなさそうな気がした。

 幸多に強い関心を持っているだけでなく、そこはかとなく同情的なのは、彼の生まれが関係しているのではないか、と、イリアは推察したが、そのことを口にすることはなかった。

 そんなことをすれば、義一だけでなく、美由理にまで嫌われかねない。


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